第五話 圧力による強制
『試合終了。勝者、チームPEACE(平和)』
撃つな!そう叫びながら、三好にダイブし、そのまま抑えつけた矢吹に敵は銃弾を浴びせ、二人は倒れた。
作戦中止という声に、狙撃の手元が狂った山城に敵の狙撃兵が気付き、反撃を食らい、最後の引退試合は、なんともまぁ微妙な終わりを告げた。
「もぅ、先輩。何やってるんですか~」
下で仰向けに倒れる三好が、いやいやみたいな感じで、言ってくる。
「あぁ・・いや、悪い。変な光景を見ちまってさ」
「いや~、最後に勝てたのはうれしいけど、君の白兵戦はずば抜けてるね」
敵の一人が、そんなことを言いながら手を差し出してくる。
俺が赤っ恥をかいて、試合に負ける。そんな事であってくれと何度、願ったことか・・・だが、現実は違った。
森の中を木霊した銃声は、次第に収まり始め、三好にダイブした矢吹は恐る恐る目を開けた。
下に仰向けに倒れる三好の姿がそこにはある。
横っ跳びを食らいながらも引き金を引いた三好は、そのまま金縛りにあったかのように、銃を構えたまま動かなかった。
三好がずっと見ている方向を向くと、そこには胸のあたりを手でさすり、脈を打ちながら飛び出る血を見て、信じられない・・・そういった感じでこちらを向く敵の姿があった。
こちらを見た敵は、そのままグニャリを倒れた。
倒れた敵の姿を見て、三好の呼吸が乱れ始めた。
それに気付いた矢吹は、急ぎ三好の手から銃を外し、上空に向けて発砲した。
パシュンという消音銃特有の銃声が森の中を駆け巡った。
「三好、俺を見ろ!」
錯乱する三好の両肩を掴み、揺さぶりながらこっちを見るように指示した。
「いいか、撃ったのは俺だ!お前じゃない!・・・今言った言葉を繰り返せ!」
「・・・撃ったのは・・私じゃない。・・・先輩が撃った」
「そうだ。撃ったのは俺だ・・・お前の銃弾は外れた。だから、俺がお前の銃を奪って撃った」
「先輩が撃った・・・」
「そうだ・・・俺だ・・俺が撃った」
教授に決して使わないと約束し、教えてもらった催眠術をこうして使うことになるとは思いもしなかった。
「先輩が・・・撃った?・・・先輩が・・・殺した」
暗示にかかった三好は、次第に矢吹から距離を取ろうとし始めた。
だが、そんな三好の肩を掴んだまま離さなかった。
「イヤ・・イヤ!離して!」
「いいか、今から三つ数えて俺が三好の顔に手をかざす。数を数える間に三好は次第に眠くなり始める。そして、手をかざされた時には、しばらくの間眠る」
「いやぁぁぁぁ!」
「1・・・2・・・3」
ゆっくりと小さな声で数を数えていく間に、三好の眼は座り始め手をかざし、手を外すとそこには静かに眠る三好の姿があった。
眠りに就いた三好の姿を見て、ため込んでいた息を一気に吐き出した。
噴き出す大量の脂汗をぬぐいながら、矢吹は視線を先ほどの敵に向けた。
胸から血を流す敵と、その向こうには首が切れ、倒れる敵の姿。
異様な光景に、腹の底からこみあげる嗚咽に、三好に跨っていた矢吹はその場から少し離れ、胃の中身をすべて吐き出した。
『矢吹!大丈夫か!』
無線から翔の声が聞こえた。
「あぁ・・・大丈夫だ・・・」
目から零れる涙を拭いながら、矢吹は無線に答えた。
『三好は!・・倒れてるぞ』
「問題ない・・・しばらく寝てもらった」
込み上げてくる嗚咽に喉を詰まらせながら、無線に答える矢吹。
「銃声が二発聞こえた。一発はこっちだけど、山城も・・・撃ったのか」
『・・・・あぁ・・俺はお前みたく催眠術、使えないからな・・・殴って気絶させた』
「敵の・・・観測兵は?」
『まだいる・・・俺達みたく、横にいる仲間の亡骸に信じられないみたいだ』
「どういう事だよ・・・これ・・」
『わからない・・・とりあえず、敵を保護しよう。錯乱して乱射でもされたらたまったもんじゃない』
「わかった・・・指示を出してくれ」
『いや、俺も行く・・・今のお前より、俺の方が動けるだろ。そこで待ってろ。合流する』
「わかった・・・」
無線が切れ、翔の言葉に癒されていた矢吹だが、頼みの綱が切れた途端、再び嗚咽と格闘する事となった。
ライフル銃を構えた翔が先行し、二人は建物内部に侵入し、階段に差し掛かっていた。
「おぃ!そこにいるんだろ?」
上の階にある人の気配に、翔は声を張り上げた。
翔の声に、反応した敵は、銃を構えたらしく、金属音が聞こえた。
「待て!撃つな!俺達はあんたらのいつも覆面をしてるから顔は知らない。けど、何回も戦った仲だ・・・この状況を理解できてないのはお互い様だ。
撃ちたくないんだ!銃は降ろしてくれ!」
翔の言葉に弱弱しい声で返事が返ってきた。
「そ・・・そんなの信じられるか!」
「じゃぁ、あんたは撃てるのか!・・・その銃が本物だと知ってもなお撃てるのかっ!」
「それは・・・」
「こっちじゃ、仲間が二人、錯乱状態になった!・・・おそらく一生癒える事がない傷を負った。あんたにその荷を背負えるのか」
「・・・・」
「いいか?まず俺ともう一人が、階段の上に銃を投げ捨てる。それを確認したら、そっちもこちらに銃を投げ捨ててほしい。
・・・・そしたら、お前を保護する」
「・・・わ、わかった」
敵の言葉に、二人は顔を見合わせ、持っていた銃を階段の上に投げた。
「・・・さぁ、次はあんたの番だ」
返事はないが、敵はライフル銃を階段の上に投げてきた。
「ハンドガンも持ってるだろ。それもだ」
「あ、あんた等も持ってるだろ!・・・そっちが先だ」
「俺は持ってない!ナイフだけだ!」
矢吹はとっさに嘘をついた。
「わかった。まず、俺のハンドガンを投げる。・・・いや、同時にだ。数を数える、3つ数えるからそのタイミングでお互いに投げよう」
矢吹が音を立てずにハンドガンを握るのを見ながら翔は数を数えた。
「1・・・2・・・」
下手投げで投げようと翔が手を振りかざしていたその時、二階の敵の足が動いた。
「うわぁぁぁぁ!」
乾いた叫び声を発しながら突進してくる音に、矢吹は翔の前に立ちはだかり、階段から身を乗り出し、引き金を引いた。
三発の乾いた銃声が鳴り、敵の胸に三発の銃弾が当たり、勢い余って敵は仰向けに勢いよく倒れた。
仰向けに倒れた敵の懐から、手榴弾がゴトッと音を立てて転がった。
それに気付いた矢吹は、翔を抱きながら壁を突き破り、外に飛び出した。
木製の建物の二階は炎と爆風で吹き飛び、矢吹と翔は、地面に叩きつけられた。
体制を整えた翔は炎上する二階を見ていた。
「矢吹!大丈夫か!」
うつ伏せに蹲る矢吹に気付き、飛び降りた際に怪我をしたと思っていたが、実は違った。
矢吹は下に蹲りながら、手で顔を覆い体を震わせながら涙を流していた。
矢吹の口から聞こえてくるのは、泣き声と嗚咽のみだが、翔はそれだけですべてを察した。
「矢吹・・・今回は俺だ。俺が撃ったんだ」
「違う・・・ちげーよ・・・やり方もちげ~けど・・・俺だ。俺が撃ったんだ」
蹲る矢吹は「最低だ」と自分をさげすみ始めた。
「心理学なんて専攻するんじゃなかった。危機的状況での言動や態度で、人の心が分かっちまう・・・」
「けどよ・・・そのお陰で、俺は助けられた」
『試合終了、勝者チームFOOL』
試合終了のアナウンスが流れ、森林にいたはずの矢吹達だが、気がつけば何もない部屋に矢吹は蹲っていた。
そして、すぐ横に倒れている敵の亡骸、少し離れた所に山城と三好の姿があった。
「いや~お疲れ様~」
拍手をしながら現れたのは薄気味悪く笑う浅野だった。
「浅野・・・」
浅野に気付いた翔は、映画で出てくる紹介者の岸辺を思い浮かべていた。
「そして、お休み~」
手に持っていたスイッチを浅野が押すと、その場で蹲っていた矢吹と放心状態の翔は、意識を失い、その場に倒れた。
目を覚ますとそこは、いつものミーティングルームだった。
「ハッ!」
あわてて起き上がると、脇腹あたりに激痛が走る。
どうやら、骨折まではいっていないが、怪我をしているようだ。
すぐ横には、未だ意識のない三好が横たわっていた。
「矢吹・・・三好を起こしてくれ・・・」
声のする方向をみると椅子に座る翔と、腫れあがった顔を冷えた布で冷ます山城の姿があった。
「・・・何分間寝てた」
「わからない。・・ただ一日も経っていないはずだ」
まずいな・・・長時間暗示に掛け続けると、簡単に戻ってこれない事がある。
顔に付着した乾いた血液を削り落しながら、矢吹は三好の方を向いた。
「起きろ、三好」
そう言って手を耳元で鳴らすと、三好は眼を開いた。
「・・・あれ?私・・いつから?」
「三好、一番最近の記憶はどこにある?」
「えっ?・・・えぇっと」
まだ錯乱状態にある三好は、頭を手で抑えながら必死に記憶をさかのぼり始めた。
「今日、試合があるから・・・ミーティングルームに来て・・・それから・・・あぁ、駄目です・・思い出せない」
体の言う事も効かない三好の上体を起こしながら、矢吹は翔の方を見て首を横に振った。
「駄目だ・・抜けてる。・・・俺のせいだ」
「いや・・・救われた方だろ」
「そうじゃない。戻った時が危険だ」
浮かない顔をする三人の先輩に訳のわからない三好は「何かあったんですか?」なんて素っ頓狂な質問をぶつけてきた。
「そんな浮かない顔して」
首をかしげる三好に翔は答えた。
「リアルウォーだよ」
「・・・・えっ?」
「参加しちまったんだ・・・・俺達」
「えっ・・・冗談ですよね?だって・・私達」
翔は何か言おうとする三好に自分の手首の裏側に就いた発信機を見せつけた。
それを見た三好は、自分にも付いている発信機を見て、必死に外そうとするが全く外れなかった。
「えっ・・外れない・・なんで?」
上体を起こしてくれた矢吹の腕にも発信機がついていて、それを外そうとするが全く外れる気配がなかった。
「記憶が抜けてる?・・・先輩、もしかして私・・」
「違う、お前はやってない。やったのは俺だ」
「先輩が・・・?」
「そうだ。最初に異変に気がついた俺が作戦中止を叫んで、お前の銃身がずれたんだ。だから、俺がバックアップに回った。・・・俺が殺したんだ」
「先輩が・・・人を?」
距離を取ろうとする三好を見て翔は「待て」と口をはさんだ。
「待て、矢吹はお前を救うために、人をあやめた。そんな矢吹をお前はそんな目で見るのか?」
「それは・・・そんな事はないです」
「そうか、ならいい」
「よ~し、みんな気付いたみたいだね」
扉を開けて入ってきたのは浅野だった。
「わかってると思うけど、一応説明ね。君達はすでに人質を取られてる。身近な人間に死なれたくないだろ?だったら、この国のために死んでいってくれ」
「・・・・」
「・・あれ?無反応?いや~騙す気は満々だったんだけどさ~、君達こうでもしなきゃ、乗ってくれなかっただろ?
安心しなよ。・・・・君達が人を殺した事実はもみ消される」
最後の言葉に圧力を加えながら、浅野は言ってきた。
「圧力による強制か・・・」
「そう、まさにそれ!詳しいね矢吹君。
前回の時もそうだけど、人質云々よりも、こっちの方がプレイヤーの原動力になっていたんだよね」
「なんでだよ・・・」
「ん?」
「なんでリアルウォーが再開したんだよ・・・・今の総理って確か、元プレイヤーだよな!」
「そんなに怒るなよ。・・・俺には関係のない事だ。詳しくは知らない・・・次の試合は前回のリアルウォー同様、3週間後、駅にバスが来る。それに乗るんだ」
そういうと浅野は「以上だ」とその場から立ち去ろうとするが、ドアノブを握ったところで「あっそうだ」と思い出したかのようにこちらを振り返ってきた。
「国に売って、いくらだったかなんて、聞こうとするなよ?・・・君達の実力じゃあんな額は出せない」
不気味な笑い声を残しながら、浅野は立ち去って行った。
「・・・やるしかないだろ」
誰も口を開かなかったが、矢吹がついに口を開いた。
「先に言っておく、俺は俺の人質に死なれたら困る。だから、俺は一人でも戦う」
「誰が、一人で戦わせるかよ・・・言っておくが俺は永ちゃんLOVEだからな。俺が戦わなきゃ、お前が戦っても永ちゃんが殺される可能性だってある」
立ち上がりながら、翔は矢吹の肩を掴むが矢吹は無表情のまま「妹はやらん」と掴んできた手を叩き落した。
「確かに俺達は超有名高校生とは、実力が違うかもしれない。だが、俺達はもぅいい大人だ。現実と非現実の区別ぐらいつく。割り切ろう」
矢吹の言葉に頷いて見せる山城を見て、三好も口を開いた。
「私も・・・私も戦います。私が参加しないことで、チーム全体に被害が出たらたまったもんじゃないですからね」
「そこで提案なんだが」
胸を張る三好を横目に矢吹は話を続けた。
「三好を外す」