第四話 動き出した歯車
「おぃ、浅野!」
完全にブチ切れた矢吹が、受付の席に座る浅野に駆け寄り、テーブルに先ほどの張り紙を叩き付けた。
「こりゃ、一体なんだ」
「何って・・・大会のパンフレット」
「そうじゃねぇよ。俺達が知らないとでも思ってんのか?あからさまな嫌がらせにしか見えないんだよ」
「違う違う、君は何か誤解してるな・・・映画と現実をごちゃ混ぜにしてるんじゃないのか?」
「あぁ?何言ってんだ?」
「所謂、風評被害だよ・・・世間一般では、リアルウォーの起源がこの大会って事になってるけど、実際は違う。
この大会は実際に行われている。第一回の大会だって実際に優勝チームだってある」
「けど、この大会に参加した人達のほとんどがリアルウォーの被害にあっている」
「そこは被害妄想だよ。確かに非公式かもしれないけど、現実そんな事はない。偶然、この大会時期と彼等が重なっただけだ。
・・・それを面白がった製作者たちが、ウォーゲームを陥れるためにこのパンフレットを用いたにすぎない」
「・・・そうなのか?」
「そうさ。君達はそう言った社会背景によって迫害されるゲームを実際に体験するのが目的なんだろ?その偏見をなくすために協力してくれよ」
「・・・・少し、考える。悪かったな、変にキレたりして」
立ち去る矢吹の姿に、浅野の口元は薄気味悪く笑っていた。
ミーティングルームに戻ると、俯く三人に矢吹も仲間入りした。
「いや・・・さすがに、無理だよな」
口を開いたのは翔だった。
「で、でも、俺達の活動内容は」
「活動どうこうの問題じゃねぇよ・・・」
山城が珍しく口を開くが、それを矢吹が遮った。
「俺達だって・・・偏見の目を持ってるんだ。抵抗があるだろうが・・・」
矢吹は俯きながら山城に「お前は無いのかよ」と尋ねると「そ、そうだね」と短く答えた。
「一応、お前の意見も聞こうと思ってたけど・・・俺等と同じ意見って事でいいんだな?」
翔の問いかけに矢吹は頷いた。
「当り前だ・・・さすがに無理だろ」
浅野の言っている事が本当だとしても、俺達はリアルウォーが起源だと言う風に教わってる。
だから、客観的に見て、そこに手を出せるかと言えば、絶対に無理だ。・・・主観的にとらえてしまう。
さっきから、一度も口を開かない三好の方を見ると、いつもなら元気いっぱいのはずだが、下を向いたまま全く動かなかった。
「三好・・・お前はどうなんだ?」
「私は・・・私も無理です。確かにウォーゲームは、色々と楽しかったですけど、知らない間に本物を握ってたりしたら・・
映画の彼等みたく気が狂っちゃいそうです」
「そうだよな・・・山城は?・・お前はやってみたいのか」
「お、俺は・・・正直言ってわからない。た、ただ・・・もし、参加しなかったら、俺達のサークルの趣旨を捻じ曲げてる気がする。
で、でも、みんなはやりたくないんだろ・・俺一人の意見だから、気にしないで・・くれ」
「そうか?それならいいけど」
最終的に出した結論は、参加しないと言う事になり、各自、次の予定された試合に向けて、練習をする事になった。
目の前にいるのは、ナイフを持った敵だ。
互いに睨みあいながら、相手の出かたをみようと一定の距離をとり、動き続ける。
突き出されたナイフをナイフの柄で受け止め、相手の手首を掴み、そのままうつ伏せに相手を倒した。
「いてっ!」
うつ伏せに倒れた敵はそんな言葉を口に出し、矢吹はそんな敵の頭を地面に抑えつけながら、背中から心臓を一突きにした。
会場からは、ゲーム終了と言うアナウンスが流れ、矢吹は黒い覆面を外した。
「おぅ、大丈夫か?」
「ん~・・・擦り剥いたかも~」
「悪い・・・大丈夫か?」
「擦り剥いた」
「だから、悪いって」
うつ伏せに倒れたままの三好はそのままの状態で、覆面を外し、覆面を乱暴に放り投げた。
「先輩?」
「ん?」
「このナイフって作り物なんですよね・・・実際は人を刺しても、怪我一つ負わせる事が出来ない」
「あぁ・・そうだな」
だが、そうは言っても、とてもよく出来たナイフだ。
切れない、刺せないナイフ。だが、本物と見分けがつかないくらいリアルだ。
「偽物だからこそ・・・こうやって私もそうですけど、躊躇なく人を刺せる」
「・・・あぁ」
「でも、もし・・・これが本物とすり替えられていたら?・・先輩は、今みたいに私の事刺せますか?」
「・・・何言ってんだ、お前」
「もしもの話ですよ」
「・・・無理だ・・・と、言いたいが本物だと気付かなければ、刺してるかもしれないな」
「そうですよね・・・」
「・・・・限界だな」
「えっ?」
「もぅ俺達は、客観的にこのスポーツを見る事が出来なくなっている・・・潮時だ」
「やめるって事ですか?」
「あぁ、やめよう。・・・いい機会だ」
矢吹は、そう言うと狙撃場にいる翔と山城に、無線で連絡を取り、ミーティングルームで話があると伝えた。
「・・・確かにな。これ以上、のめり込んだら危険なのかもしれない」
ミーティングルームで矢吹の意見を伝えると、翔は少し困惑しながらも頷いて見せた。
「山城は?」
「俺も・・そう思う」
「なら、それで決定だ。次の試合を最後に、ウォーゲームをやめよう・・・もしかしたら、俺達はすでに、のめり込み過ぎていたのかもしれない」
「・・・あぁ~だったら、次の研究対象何にする?」
「ネイキッドゲームは?」
翔の呟きに、三好がそう答え、思わずビクッとする二人だが
「「ウォーゲームと差して変わらねぇじゃねぇか!」」
と、二人同時に突っ込みを入れ、却下した。
「そうか・・参加してくれないのか」
「あぁ、悪いな。・・・それと、今度の試合で俺達、ウォーゲーム終わりにするよ」
帰りに受付に座る浅野に参加しない事と、もぅ来ない事を伝えた。
「そうか~残念だな~。君たちなら、きっと上位に食い込んでくれると思ってたんだけど」
「無理無理、このガンズショップで一位って訳じゃないんだし、きっと全国だったらもっと強い奴がいるよ」
「ん~・・・そっか、まぁ強要はしないから別にいいけどさ・・・今度の試合の予定はキャンセル出来ないぞ?相手に失礼だしな」
「大丈夫、それが俺達の引退試合だ」
「ん、了解」
立ち去る矢吹達に、浅野は「またのご来店をお待ちしております」と一礼し、矢吹達は店の外に出た。
外はすでに夕暮れ近く、後ろを振り返れば何もない場所に一つ佇むガンズショップを赤く染め上げていた。
「さてと・・・そしたら、今度の活動内容を考える事も兼ねて、どこかに飯でも食いに行くか!」
翔の提案に、レポートの代筆で儲けた山城は無言のまま喜んで見せ、生活面で切羽つまる三好は萎れて見せた。
「大丈夫だ、先輩としてそこは奢ってやる」
萎れる三好の肩を叩きながら矢吹はそう言うと、三好は「何でも良いですか?」と、どうやら相当、生活面で苦しんでいるようだ。
「肉、肉がいいです!」
「よ~し、翔、サラダバイキングに行くぞ~」
「いやぁぁぁ!先輩の意地悪!」
最終的に焼き肉へ行く事となり、何故か食べ飲み放題を注文し、酔いつぶれた三好を家まで運ぶ事になるとは、いまは想像すらしなかった。
鼠色の壁に覆われた広い部屋は、次第に作りを変え、気が付けばそこは緑が生い茂る森林になっていた。
『今日、君達最後の試合なんだって?寂しくなるね~』
「えぇ、最後の試合、よろしくお願いします」
『うん、よろしく~。最後ぐらい、勝って見せないとね』
無線で、いつも戦ってくれる対戦相手の人とそんな事を話しながら、黙々と装備を整えていた。
「相手の人数はいつも通り四人。試合内容は、防衛拠点の撃破だ。・・・俺達がアタック側、向こうは拠点をディフェンスしている」
翔が、今回の試合内容を俺達に伝えてくる。
「今回も同様、拠点の索敵を俺と山城で行う。矢吹と三好は、随時、侵攻を続け、敵拠点を目指せ。バックアップは俺達に任せろ」
「「了解」」
装備が全て整い、矢吹は立ち上がった。
「よし、これが俺達の最後の戦いだ。そして、この願掛けも最後だ・・・しっかりやろう」
矢吹はそう言い、握った拳を突き出した。
すると、残りの三人も円陣を組むように並び、拳を突き出しくっ付けた。
「行くぞ !!」
「「LET'S DO THIS !!(やってやるぜ!)」」
くっ付けていた拳を少し離し、セリフを言い終えると再び拳をぶつけた。
「よっしゃぁぁ!」
男顔負けの声を張り上げる三好と共に矢吹は侵攻を開始し、翔と山城は観測台を求めて反対方向へ移動を開始した。
ピピピと腕時計が試合開始の合図を出した。
蒸し暑い日差しが、矢吹達の侵攻を妨げ、森林迷彩のヘルメットからは、汗が滴り落ちる。
敵に気付かれぬように、顔にも緑と茶色のペイントを塗り、体のあちこちには、作られた草や枯れ木を生やし、矢吹はその場から動かず、あたりに溶け込んでいた。
「観測兵に通達。・・・俺から見て、前方30メートル。木製の建物を発見、人影なし・・・そちらからの索敵を待つ」
『突撃兵に通達。こちらからも人影は確認できない・・・クリアリングを求む。異常が無ければ、俺達の観測台にする』
「了解」
太陽の日が、生い茂った森林を光と影を作りだし、辺りは鳥や虫の鳴き声が響き渡る。
そんな中、小さな小屋が一つある。薄い木の板で作られた小屋は、腐敗が進み、コケなどが生えている。
一定の距離を取る三好に、矢吹は手信号で指示を与えた。
『俺が建物内に侵入し、クリアリングを行う。その間、辺りを警戒してくれ』
その指示に対し、三好は『了解』と伝え、矢吹は木陰からゆっくりと小屋に近づいて行った。
ガタついた扉の横に張り付き、ドアノブにゆっくりと触れる。
音を立てずに扉を開き始め、トラップなど無いか確信した。
ない事を確認すると、矢吹は扉を開き、一気に小屋の内部に侵入した。
中腰の状態で、辺りを警戒し、なにもいない事を確認すると深くため息を漏らした。
「観測兵に通達。・・・異常なし」
『まぁそんな制圧射撃で壊れちまいそうな、小屋に拠点を置く訳ないか』
「それもそうだな」
『突撃兵から通達。敵影確認』
小屋の中を見渡しながら翔と連絡を取っていると三好から、無線が入り、矢吹は再び銃を握った。
『私から見て、前方60メートル・・・かな?・・・一瞬、何かが動いた』
『了解、赤外線で確認する』
翔と三好のやり取りが行われる間、矢吹は小屋の外に出て、三好と合流した。
『・・・ビンゴだ。突撃兵、二名を確認。周囲の捜索をしている模様』
細かな場所が翔から伝えられ、矢吹も双眼鏡で森林の中を歩く敵の姿をとらえた。
「・・・ライフル銃とマシンガンを携帯してるな。翔、周囲に拠点を置けそうな所はあるか?」
『ある。・・・突撃兵の場所から左に30メートル、緑の迷彩がされた建物だ。そこに観測兵と狙撃兵が二階に設置されている』
捜索を続ける二人の敵から、双眼鏡は左に動き、森林に馴染もうとする一軒の小屋を確認した。
二階の窓からは、双眼鏡と狙撃銃のスコープが、あたりを警戒している。
『とりあえず俺達は、お前たちのいるほうへ移動をする。こちらからスコープを出したら、反射光に気付くかもしれない』
「わかった。・・・俺達は、観測兵の目をくぐって、向こうの突撃兵の方に接近する」
翔と無線でやり取りをしながら、横を向けば、顔に矢吹と同じくペイントをした三好が「暑い」なんて呟きながら汗をぬぐっていた。
「三好」
「えっ?・・・なんですか?」
「ペイントが崩れてるぞ」
「嘘っ・・」
本来なら、窓のないただの室内なのだが、偽物の太陽の日差しに脳がマヒして、二人とも大量の汗を噴き出していた。
「冷房利かせればいいのに・・・」
「その場合、汗のせいで体が冷えて風邪引くこと間違いなしだ」
室温は20度に設定されているが、目から入る偽物の情報に体感温度は30度を超えていた。
「さっきも言った通り、俺達は突撃兵の方へ観測兵の索敵を逃れながら、接近する。俺が先行するから、後に続け」
「了解」
「敵拠点ももうすぐだ。これまで以上に慎重に進むぞ」
そう言うと、矢吹達は木々や茂みに隠れながら、移動を開始した。
『狙撃兵を補足、いつでもいける』
小屋のすぐ脇に身を潜めた山城から無線が入った。
『三好、敵が後ろを向いてる。移動するなら今だ』
双眼鏡でこちらの状況を逐一報告する翔の合図で、矢吹と三好は敵のすぐそばまで、きていた。
矢吹は木を壁にして、すぐ側にいる敵の姿を目でとらえた。
敵の二人は捜索範囲を拡大し、少し距離を置いて矢吹達を探している。
向こうにいる敵の背後で、少し距離の取った場所には、同じく茂みに身を潜める三好の姿がある。
二人は互いに目を合わせ、矢吹はナイフを取り出し、三好は消音機のついたハンドガンを取り出した。
『よし、俺が数を数える。好きなタイミングで飛び出し、目標を倒せ』
翔の真剣な声がいつも通り、数を数え始めた。
1,2,3・・・
その間に、矢吹は音を立てずに敵の背後を移動し始め、距離をどんどんと縮めていった。
向こうでは木を壁に体を半分だし、三好が銃口で敵の背中を捉えた。
4,5・・
移動をしていた矢吹の足元で、枝がパキっと折れ、敵がこちらを振り返ってきた。
だが、それも想定内の距離だ。矢吹は銃を構える敵の銃口を下に下げながら、敵の首を目がけ、ナイフを横に振りぬいた。
『もし・・・これが本物とすり替えられていたら・・・』
その瞬間、三好の言った言葉が蘇った。
敵の首から、噴き出す鮮血。生温かい血液が、矢吹の顔に振りかかり、敵は首を手で抑えながら力なく膝から崩れ落ちた。
自分が見ているこの光景は・・・間違いなく本物だ。
6,7・・
リズムよく聞こえる翔の言葉に作戦がまだ実行されている事に気が付き、我を取り戻した。
山城は、狙撃兵の頭をスコープでとらえ、引き金に指を伸ばしている。
「さ、作戦中止!」
矢吹は全員の耳に届くような大きな声でそう叫んだ。
それに気付いた敵はこちらを振り返り、倒れる味方を見て銃口をこちらに向けてきた。
だが、そんな事は今、矢吹にとってはどうでもよかった。
矢吹の視線の向こうには、銃口を敵に向ける三好の姿があった。
「撃つなぁぁぁ !!三好!」
8,9・・・
頭を屈めながら、三好の方へ駆け出した。
飛んでくる銃弾の音を聞きながら、矢吹は三好の方へ走った。
10・・・
二発の銃声が、深い森に木霊した。