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第二話 俺達がやっているのは・・・

「おぃ、永。準備できたか?・・・もぅタクシー着てんぞ」

玄関先から、上の階にいる妹に声を掛けると「もう少し~」なんてバタバタと慌てる音と声が帰ってくる。

家まで結局ついてきた翔と三好を帰らせ、家に到着するとパジャマ姿の妹が居間でボケっと座り、準備もしないまま矢吹を出迎えた。

検査日だと言う事をすっかり忘れていたらしく、いや、もしかしたら行きたくないのかもしれないが、さすがにそうもいかない。

8つ程年の離れた妹は、再婚した新しい母親の連れ子で血は繋がっていない。

親父の資産目的でやってきた若い母親と体目的で再婚した糞親父はと言うと、現在、行方不明。

・・・というのは冗談で、バカンスに行ってくると言って海外旅行中、日本人を狙った強盗集団に狙われたらしく、数日後、親父の遺体と対面する事となった。

母親の遺体は、現在も見つかっていないらしい。

「準備できたよ~」

小柄な妹は、通販で買った新しい服に袖を通し、階段の上で「どうよ」と言わんばかりにポーズを取ってくる。

外出もままならない妹は、病院に行く時だけが、唯一、新しい服と新鮮な空気を吸える機会でもある。

「よし、じゃぁとっとと行くぞ」

「うん」

無駄にばかでかい扉を開き、夕日を浴びながら無駄にばかでかい庭を通り過ぎ、敷地の外で待つタクシーへと向かった。

「うわ~、綺麗な夕日」

「そうだな」

「お母さんにも・・・見せたかったな」

「・・・そうだな」

いつも元気そうに振舞う妹だが、やはり母親の死からはいまだに立ち直れていなかった。

「井上私立病院まで」

「わかりました」

タクシーに乗り込み、行き先を告げると運転手は車を走らせた。





一日を要する検査のため、前日から入院する事となる。

食事制限がれ、腕には痛々しいほどの大量の管が通される。

先ほど、再婚相手の母親は資産目的といったが、それは愛娘のためだったのかもしれない。

「それじゃ、良い子にしてるんだぞ」

「えぇ~、泊って行かないの~?」

「兄ちゃんはこれからバイトだ」

口を尖らす妹の頭を撫で、矢吹は薄暗い病室から立ち去った。


消灯時間が過ぎ、廊下は非常灯のみが緑色に薄暗く光りを放ち、矢吹はその長い廊下を歩いた。

そして、月に一度、不定期ではあるが必ずある男と対面する事がある。

スーツ姿に身を包んでいるが、曲々しいオーラを放つ男。

いつものように、ある病室から出てくる。

「よぉ・・・また会ったな」

廊下を歩く矢吹に気付き、男はそう話しかけてくる。

「ども・・・」

なるべくその男に興味を示さず、頭を下げた。

「妹さんは大丈夫なのか?」

「えぇ・・・お陰様で」

「そうか、しっかり守ってやれよ」

その男の言葉は、本当に意味深で深く突き刺さってくる。

矢吹は「それじゃ」と男の横を通り過ぎながら言い、その場を立ち去った。

その男は、三十代後半だと言うのに、鍛え抜かれた体は衰えを知らず、スーツの上からもハッキリとわかる。

あんなオーラを放てる男だからこそ、革命を成功させれたのかもしれない。

あの男の名前は、誰もが知る。リアルウォーを表に公表した高校生の一人、井上康太である。

いや、最後の生き残りと言った方がいいのかもしれない。

当初、六人編成のチームを作り、リアルウォーに参加していた。

だが、無事に生き残ったのは彼のみだ。彼の友人は未だに意識が戻らないらしい。

おそらく、毎月この病院にやってくるのもそれが原因だろう。


彼等の物語は武勇伝として、何度もドラマや映画でリメイクされ、再びこのような惨事を起こしてはならないと訴えかけてくる。

だからこそ、ウォーゲームは今でも批判されていると言っても過言ではないはずだ。






さて、莫大な資産を残してこの世を去った親父なのだが、実はすでに底に尽きかけている。

愛する愛娘のために、あの親父と再婚したとか言っていたが実はそうではないんじゃないかと俺は睨んでいる。

しかも、底を尽きかけている原因はその母親だと思う。

親父が死んだ後、莫大な生命保険は、相続税や税金と言った関係で半分にまで減らされ、矢吹の元にやってきた訳だが、たまに口座を確認して見るとちょくちょく金が減っていたのだ。

しかも、海外で現金で引き落とし。

もしかして、母親が生きてるんじゃないかと俺はその時思った。

だから、口座番号をちょっと変えただけで、案の定一気に現金が無くなる事は無くなり、俺はなんとなく確信した。

親父を殺したのは母親だ。

愛する愛娘を捨て、海外で優雅な暮らしをするあの女を思い浮かべると腹が立つが、今となっちゃどうでもいい事だ。

今頃、一文無しで身分証明も出来ず、慌てふためきどこかで野たれ死んでるだろうよ。

金の有難味ありがたみをわからなかった俺にとってはいい経験だ。

バイトなんてやらなくても生きていけるような人生だったはずが、今やアルバイトなしでは、妹の治療費を出せないほどに追い込まれている訳だ。



そして、税金などを逃れるため、非合法的な仕事をする事になるのは、時間の問題だった。




薄暗い倉庫で足音を消し、階段を上る男が一人。

そして、一階の貨物が置かれた場所で辺りを警戒しながら、歩く男が一人。

彼等の手にはナイフが握られている。

まずは一階にいる男だ。

荷物が壁のように並べられた所にいる男の背後についた。

男は気配を感じ取ったのか、こっちに顔を向けてきた。

すぐさま、身を隠し、男の進行方向に先回りした。

先ほどの気配を感じ取ってから男は後ろばかり警戒しながら、ゆっくりとこっちに近づいて来る。

物音に反応し、男が振り返るとそこには矢吹の姿があった。

息をのむ間の無く、矢吹は男の利き腕を切り付け、すぐさま、心臓を一突きにした。

呆気ない出来事に、男は口を開きながらも声を発する事なく、矢吹に倒れ込むようにして倒れた。

倒れ込む彼をゆっくりと音を立てずに、倒すはずだったが、彼の握っていたナイフが地面に落ち、倉庫中に鳴り響いた。


カランカラン・・


その音に気付いた男は急ぎ、階段の降り始めた。

矢吹は、男が来る前に急ぎ貨物の隙間に手を入れ上に上り始めた。

男は荷物が重ねられた所を捜索していた仲間が倒れているのを目にし、一瞬動きが止まった。

その隙をつき、矢吹は上から飛びおり、男の背後に着地した。

敵の背後から空いている手で男の口を抑え、顎を持ち上げると、空いた首をナイフで切った。

『試合終了。勝者、矢吹』

薄暗かった倉庫は一気に照明が灯され、辺りからは歓声と拍手が飛び交った。

試合に負けた男達は悔しがり、矢吹はギャラリーの声援に応えていた。

すると、バーチャル映像で創りだされていた倉庫は、溶けてなくなり、辺りは立体映像を作り出す機材と金網に囲まれた部屋になった。

そして、矢吹がその金網から外に出ると、くしゃくしゃに折れ曲がった大量の紙幣がお出迎えをしてくれた。

「おぅ、お疲れ」

紙幣と共に出迎えてくれたのは、セコンド・・・というよりも付き添いと言った方がいいかもしれないが翔である。

「俺の順位上がったか?」

翔の持つ掲示板を覗き込むと、矢吹の順位が下から一気に上り始め、10位の所で止まった。

「やったじゃん。これで、掛け金も倍になる」

汚れた机の上に置かれた煙草を取る矢吹に翔はそう言ってきた。

「あぁ、これもウォーゲームの成果って奴かな?」

なかなか点火しないライターに手こずる矢吹。

そんな矢吹の横から翔が火を付けたライターを差し出した。

「まぁ・・・こんな賭け試合に参加してるって事、大学にばれたら退学だろうけどな」

「俺は退学になっても、当てがあるから問題無い」

「お前みたいなボンボンと違って俺は無いんだ」



『ネイキッドサバイバル』

ナイフと己の身体能力のみで戦うサバイバルゲームだ。

ストリートの間では、それを掛け試合にしている。

ウォーゲームで知り合った人からこのゲームの存在を知り、矢吹と翔は金欲しさにバイト感覚で参加している。

さすがストリートだ。周りは普通の人間らしきひとは俺達以外に存在しない。

普通の服装をした二人が逆に浮いているように見える。

だから、舐められないために始めた煙草だが、二人はその依存症に悩まされる事となっていた。

社会背景に煙草撲滅運動が叫ばれる中だからこそ、他の二人の前でも吸うに吸えない。

山城は薄々気が付いているのかもしれないが、三島は「先輩、香水でも付けたんですか」だ。

「いや~二人とも・・・お疲れ様」

拍手をしながら近づいて来たのは、俺達にこのゲームを教えてくれた人物だ。

「浅野・・・」

ウォーゲームの店員で浅野と呼ばれる人物だ。

「さすが、俺が目を付けただけの事はある」

「それで、お前は紹介料を得てるんだから、いいだろ」

「まっ、それもそうなんだけどさ・・・でも、半年もしない間にトップテンに入れるんだ。さすがだね」

浅野は、軽い口調でそんな事を言いながら、二人の前に一枚の紙を差し出した。

「そして、トップテンになった君達にナンバー4の人からラブレターだ」

手紙を受け取り、自分達がいる場所から、金網を挟み、上の階にいる人達を覗き込んだ。

金網を中央に吹き抜けとなっているこの建物は、上の階から順にナンバー1,2,3とプレイヤー達が居坐っている。

そして、上の階に1,2,3がいて、その一つ下の階にいるのがナンバー4だ。

こちらの視線に気付き、下は赤いジャージ上半身は裸の男がこっちに手を振ってきた。

手紙の内容はこうだ。

『俺と勝負しろ』

矢吹は、吸い殻を灰皿に捨て、再び金網の中に入った。

一応はOKというサインだ。

すると、上半身裸の男は「イヤッホォォイ!」なんて少々、発狂しながら上の階から飛び降り、金網の中にある会場に飛び降りてきた。

予定されていない乱入試合に、会場は一気に盛り上がりを見せ、掛け金が宙を舞い始める。

目の前に立つ上半身裸の男は、鍛え抜かれた細い体に、サソリの刺青を肩から腹にかけて掘り、口と鼻に金色のピアスを付けていた。

それに引き換え、矢吹は黒いジーパンに紺のポロシャツ。

どちらが不釣り合いかと言うと、やはり矢吹に軍配が上がる。

「俺とお前、一体一サシの勝負だ。文句はねぇよな」

「問題無い」

男は、ポケットからナイフを二本、取り出すと一本を矢吹の足元に投げた。

下に落ちるナイフを矢吹は拾うが、そのナイフに顔を歪め、会場がヒートアップする中、そのナイフを地面に捨てた。

会場の空気が一気に凍りつく。

「おぃ、何のつもりだ」

「そっちこそ、どういうつもりだ。本物のナイフを渡しやがって」

凍りついていた会場は「ブラット」と言う単語が細々と聞こえ始めたかと思うと「ブラットゲーム」と大きな声が何度も会場を木霊し始めた。

「ブラットゲーム!ブラットゲーム!ブラットゲーム!・・・」

会場から一体感が増す掛け声が響き渡る。

「お前達は、一気に順位を上げ過ぎた。出る杭は打たれるって言葉知らないのか?」

男はナイフを矢吹に向けながらそう言ってきた。

「・・・俺がやっているのは、スポーツだ。殺し合いじゃない」

矢吹はそう言うと、男に背を向け会場を立ち去ろうとした。

「おぃおぃ、いいのか?・・・このまま引き下がれば、お前はこの会場で一生、腰抜けと言う称号を受け継ぐ事になるぞ!」

男は会場全体に聞こえるように声を張り上げ、会場全体を煽った。

観客席からは「腰抜け」という単語が飛び交い始める。

「腰抜けじゃだけじゃない。弱虫、度胸無しって言葉もお似合いだなぁ!おぃ!」

勝ち誇ったかのように男は会場全体に向けそう言ってくる。

そんな態度に、そんな会場に矢吹は腹が立った。

「黙れぇ!」

会場全体に響き渡った声は、客席から声を失わせた。

「お前等はいいのか!こんなちんけな野郎に好き勝手やらせて!・・・お前等はそれでいいのか!これはネイキッドサバイバルだ。それをこんな糞餓鬼、一人のためにこの会場をブラットに染めていいのか!」

矢吹の言葉に、誰もが互いに目を合わせ、会場がどよめき始めた。

「ナンバー1~3が不在だからって、好き勝手やらせていいのかって聞いてんだよ!ナンバー4だけだ!ブラットを好き好んでやるのは!

俺がやっているのは、俺達がやっているのはな!・・・スポーツだ!殺し合いじゃねぇ!

俺を腰抜けだと思う奴等はな、力に負けて、反抗しようともしないただの腑抜けだ。そして」

矢吹は、後ろを振り返り呆然と立ち尽くす男を指差した。

「ブラットではなく、正々堂々とネイキッドで戦えないお前は、ただの弱虫だ」

その言葉に逆上した男はナイフを突き出し、矢吹に向かって猛突進してきた。

後ろからは翔が「矢吹」なんて声を張り上げている。

矢吹は体を横向きにし、突き出された男の手首を掴むとそのまま、金網の壁に向けて男を投げ飛ばした。

男は顔から金網にヒットし、手で鼻を抑えている。

そんな男の頭を矢吹は後ろから蹴り、男は再び顔を金網にぶつけた。

意識を失った男は、そのまま横に倒れ「勝負あり!」という翔の言葉に会場は歓声を上げた。





会場から降りてきた矢吹を待っていたのは、矢吹と浅野。そして、一人の老人だった。

「・・・誰?」

「この会場の運営責任者で、今そこで伸びている男の父親だってさ」

矢吹の質問に翔が答えた。

そして、浅野が「それだけじゃないよ」と付け加えるかのように口を開いた。

「彼は、リアルウォーの元プレイヤーだ」

「はぁ!?」

浅野の説明に矢吹と翔は驚き、老人の方へ目を向けると、老人はこっちに一礼してきた。



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