第二十五話 もぅ一人の戦争体験者
消毒くさい匂いが漂っている事に気づき目を開けると、見慣れぬ天井が見えた。
「ん・・・うわっ」
尋常じゃない光が目に入り自分が今、裸眼だと言う事に気づいた。
「頭の横にコンタクトレンズ置いてあるぞ」
声に気づき、声がする方に顔を上げる。
「よく生き返ったな。正直、死んだと思った」
「・・・誰だ」
コンタクトを素早く入れて目を慣らすが、ピントがうまく合わない
「君は、一度ここに来た事があるね」
「何の話だ」
「私は、一度見た顔は忘れれないんだよ」
ようやくピントが合ってきた。
壁に松葉杖を立てかけた白衣を着た男が、立っていた。
部屋は広く、とてもきれいでリッチな部屋だった。
「病院か?」
「特殊な病院だが、一応病院だ」
「悪いが病院に通った記憶なんてない。人違いだ」
「そうでもないさ。この前は違う女性を連れてきた」
「女・・・あっ」
意識を失った女の付き添いで病院に一度来たっけか・・
「まったく・・あの野次馬の中、君と洋子君を見つからないように運ぶのは大変だったよ」
その言葉で記憶がどんどんと蘇ってきた。
洋子を家まで送る途中、同志と名乗る奴に襲われ腹に銃弾を喰らった・・・そして倒れた。
「洋子は?無事か」
「・・・自分の体より洋子君か・・大丈夫、無事だ。私に連絡をよこしたのは、彼女だ。『お父さんを助けてくれ』ってな」
「・・お父さん?」
「彼女は小さい頃、似たような事件に巻き込まれたんだ。その時は父親に助けられたが、父親は犯人にけがを負わされた。打ち所が悪くてな・・しばらくして脳内出血で父親は亡くなった。父親と君が重なったんだろう。だから、父親の担当をしていた私に電話をよこした。」
「電話番号を覚えてるだなんてすごい記憶力だな」
「凄いのは君だ。どんな生命力をしてるんだ?救急隊に扮した私の部下が着いた時には、心肺停止状態だった。そこから君は、持ち治した」
「凄い、ゴキブリ並みだな・・・」
「・・・まぁいい。本題に入ろう」
男は片足を引きずりながら近寄ってきて、ポケットから何かを取り出し布団の上に置いた。
蒲団の上に置かれたのは、ガンズショップの発信器だった。
五十嵐はすかさず、自分の左手首を見た。自分の左腕には、端末の穴が開いてる手首があった。
発信器が付いていない・・・
「君、プレイヤーだろ?」
「・・・・・」
「大丈夫だ。この発信器は、今は作動していない。だから盗聴される心配もない」
「あんた、何者だ?」
「特殊な病院の院長だ。」
男は、少し笑ってそう言った。
「五十嵐君 !!」
扉が勢いよく開き、洋子が入ってきた。
そして問答無用で五十嵐の腹の上に乗っかった。
傷口の上にちょうど膝がジャストミートした。
「い゛・・・」
体の穴と言う穴から一気に汗が噴き出す。
「大丈夫だった?もぅ心配したんだから。」
その後も洋子は体を揺らしながら何かを話してるが、痛さに悶える五十嵐の耳には届かなかった。
「洋子君!降りなさい」
「院長、違うよ。『君』じゃなくて『ちゃん』でしょ」
「洋子ちゃん、彼から降りなさい」
「は〜い・・・」
残念そうな声を出し洋子は、五十嵐から降りた。
「・・・さて、洋子ちゃん。ちょっと彼と調べたい事があるから、お母さんの所に戻っててくれないかな?」
「えぇ〜、私も五十嵐君とお話したい」
残る痛みと格闘しながら、さっきからの洋子の反応に首をかしげる五十嵐。
「終わったら教えるから、いいね」
「うん・・・わかった」
洋子が部屋から出て行き、深くため息をする二人。嵐の後の静けさとはまさにこれだ。
「おぃ、傷口開いたか?」
「いや・・大丈夫」
「さすが、私が縫合したかいがある」
「それよりも、洋子ってあんな性格だったか?」
「あぁちょっと子供に戻っちゃってな。相当ショックだったんだろう」
「はぁっ?・・・元には戻らないのか?」
「あれでも結構戻ってるんだ。最初の頃は、君の事をお父さんと呼んでたんだぞ」
「17歳にしてお父さんか・・」
「何喜んでるんだよ」
「喜んでねーよ」
なんだか軽蔑されてるような目でこっちを見てくるので、一瞬戸惑った。
「・・・ほ、ホントだよ」
「なるほど、君もあの戦争の体験者か・・・」
「も?」
「実は私もある意味、体験者だ」
リアルウォーの事、自分の過去を(一部補正有)話したあと、そう言われるとは思ってもいなかった。
「君とは年代が違うが、私は『国境なき医師団』にボランティアとして入っていた事があった。」
私がいたのは、一般に呼ばれる『創られた戦争、偽りの戦争』と呼ばれる内戦が開戦したばかりでね、傭兵もそんなに出回っていない時だった。
兵隊をどんなに治しても、また戦場に死にに行く。そんな事の繰り返しだった。
そんな時、一人の傭兵に会った。
「くそがっ !!」
テントから手術着を血まみれにした私が罵声を上げながら出てきた。
テントの中には、手の施しようのない兵隊がいた。
しかもその兵隊は、私が遂この前治療したばかりの兵隊だった。
一度見た顔が忘れられないと言うのは、とても残酷なものだ。
「俺が何のために助けたと思ってるんだ !!」
日本語で罵声を上げる私に対し周りからは変な目でこっちを見てくる。
「見てんじゃねーよ !!」
その場に腰を下ろし煙草を口にくわえ火をつけようとした、ちょうどその時だった。
「お前、日本人か?」
顔を上げると目の前に服を何重にも重ね着し、背中に銃と大きな布袋を背負った顔じゅう泥まみれの日系人が立っていた。
「こんな所で日本語が聞けるとは思ってもいなかった」
日本語を流暢に喋る奴だな、と最初は思っていた。
私も日本語をしばらく聞いていなかったからかもしれない。
《何の用だ?俺は、傭兵が嫌いなんだ。》
「おぃおぃ、俺も日本人だ。日本語が久しぶりに聞きたいんだ。聞かせてくれ」
「日本人だと?なんでそんな恰好をしてる。傭兵と間違えられるぞ」
医師以外にも、ボランティアとしてここにいる日本人の事は聞いている。私はそれの誰かだと思っていた。
「間違えられるも何も、俺は傭兵だ。」
「な・・・」
銜えていた煙草が、地面に落ちた。
俺とそんなに年は変わらないだろう。なのにどうして傭兵なんかに・・・
「そうだ。俺にも一本煙草をくれ」
「傭兵だったのかよ・・・これ吸ったらさっさと行け。お前の顔なんて記憶もしたくねぇ」
煙草とマッチ箱をそいつに乱暴に放り投げた。
「まぁそう言うなや これもなんかの縁だ。仲良くしようぜ」
「ご免だね、お前だって人を殺すんだろ?そんな奴と仲良くなんかできるか。・・・なんで、日本を離れてこんな所にいるんだ?」
「・・・あの国に嫌気がさしたのさ」
「嫌気だと・・?ここら辺じゃ平和な国に住みたいと思う奴等はいっぱいいるぞ」
「何事もない平和なら俺も望むさ。けど、そうじゃない平和なら俺はいらない」
「どういう事だ?」
「お前もいつかわかる。日本と言う仮面をした国の本性がな。じゃぁな、楽しかったよ」
傭兵は、煙草を握りつぶし傭兵の群がる所へ歩いて行った。
「おぃ、名前は?」
記憶したくないと言っておきながら何故か口が勝手に動いた。
「岸辺 悟だ」
そいつとは、それ以来会ってはいない。どこかで死んだのだと思っていたが、風の噂で色々と活躍を聞かされた。
そんな噂のせいで、同じ日本人だからと言う理由でボランティアに来ていた日本人が突然殺された。
それで私も日本へ連れ戻された。それから私はこの国とあの戦争の真実を知った。
「どうやって知ったんだ?」
「一応、一流大学を出てるからな。同学年のお偉いさんにも知り合いがいる。そいつ等からあくまで‘噂’として聞いた」
「なるほど・・」
「でも、まさかあの岸辺が日本に飼いならされてるとは」
「違う岸辺は、ただの呼び名だ。岸辺 悟は死んだ。」
「死んだ・・?」
「あいつは、俺を戦争の世界に引きづり込んだ男だ。俺が殺した。あいつもただのプレイヤーだったんだよ。」
「そうか・・」
「悲しいか?」
「そりゃ悲しいもんだ。知っている奴が死ぬって言うのはな」
「あいつが死んで悲しむ奴なんていたんだな・・・」
「お前さんは、どうなんだ?」
「殺したいほど憎んでいた相手だ。でも、いざ殺してみると何も感じない。」
「人殺しなんて所詮そんなものだ。」
「あんたは、殺したい相手はいないのかよ」
「いるさ・・・この国だ」
一瞬戸惑った五十嵐は、これまでにないくらいの笑い声を出した。
「馬鹿かあんた。この国相手にして、ただの病院に何ができる。」
「ここをただの病院だと思うなよ」
見下したように言う五十嵐に勝ち誇ったかのように男が言った。
「知ってるよ。病院で唯一、この国に侵害を受ける事のない病院だ。だから、日本で違法とされる治療も行う事が出来る。」
「そう、司法にも行政にも指図されない唯一の病院だ。」
「その病院に一体何ができる?」
「例えば、君の保護が出来る。ここ以外の病院だったら今頃、君はガス室送りだ。」
「助けてもらった事は感謝するが、俺の保護をしてどうなる。何も変わらないだろ」
「それで君に、この国の現状をテレビを使って報告してもらう。もちろん、君の親しい友達や親類は私達が保護しよう」
「確かにいい考えかもしれないが、・・・断る。俺の仲間はどうなる?スイッチ一つで死ぬんだぞ」
「・・・だが、必要な犠牲だ。」
「あんた正気か?」
「もちろんだ。私だってこの病院を創り上げるのにいくつもの犠牲を払った。汚い事もたくさんしてきた。この国に妻は殺され、今は息子まで人質に取られてる」
「息子が、どうなってもいいのか?」
「向こうだってそう簡単には、息子を殺さないさ。私には、この国が一気に崩壊するような情報を持っているからな」
「切り札を互いに持っているって事か・・」
「その通りだ。」
「そう言うのなんて言うか知ってるか?宝の持ち腐れだ。」
「・・・・」
「話はそれで終わりか?」
「・・・まぁ、いい。気持ちが変わったら教えてくれ」
男は、松葉杖を取り立ち上がった。
「その足も日本にやられたのか?」
「・・・いや、これは息子にやられた。危なく殺される所だった。」
「かなり荒れた息子だな・・」
「ハハッ、そこだけ聞けば、そうだろうな」
そう言うと男は部屋から出て行った。
あれからしばらく日にちが経ち、怪我の具合が良くなる中
「五十嵐君、いま大丈夫?」
そう言いながら突然、洋子が一人女性を連れて入ってきた。
「ねぇお母さん、お父さんにそっくりでしょ?」
「えぇ確かに雰囲気は、似てるかもしれないわね」
「ほらホストだ、ホスト」
「だから、お父さんはホストじゃないって言ってるでしょ・・・ホストクラブのオーナーです。
・・・っあら、ごめんなさいね。洋子、ちょっとジュース買ってきなさい。」
「は〜い」
二人で盛り上がる会話に戸惑う五十嵐に気づいた母親は、そう言って洋子を部屋から出した。
「洋子を助けていただいて本当にありがとうございます。」
深々とお辞儀をする母親に戸惑う五十嵐。
「いえ、俺こそ彼女を巻き込んでしまって、本当に申し訳ないです。・・・それに、あんな風になっちゃって・・・」
俯く五十嵐に母親は首を横に振った。
「ううん、むしろ楽しいわ。あの子、お父さんが死んでから早く大人になろうとして、あんな無邪気な時期は全然なかったもの。」
「でも、ホント・・申し訳ないです。」
頭をさらに深く下げる五十嵐の顔を母親は、両手ではさみ持ち上げた。
「フベラッ・・」
「ホント雰囲気だけだと思ったら、性格まで似てるわね。謙虚なのか、心が弱いのか」
「は?はぁ・・」
五十嵐を覗きこむように見る母親は、洋子とそんなに年が離れていないのか若々しく瞳に吸い込まれそうになるくらい大きな目をしていた。
「・・あら、駄目よ。私みたいなおばさんに顔を赤く染めちゃったりしたら」
「いえ、まだまだ若いですよ。お母さん」
本音だった。実際、化粧もそんなにのせていないのにとても綺麗だった。
「あっ何それ、口説いてるの?」
「いえ、別に・・・そう言う訳じゃ」
「ほらっ!!熟女キラーだ!!」
扉を豪快に足で開け、両手でジュースを抱えた洋子が入ってきた。
「五十嵐君やっぱり、そっち系だったんだ。でも、駄目だよ。お母さんと結婚したら私の立場はどうなるのよ。私の家で五十嵐君と会った時、私どんな顔すればいいのよ!」
「洋子」
少々不気味な笑顔で、洋子に近づく母親
「何?お母さん」
「私がなに?熟女?誰が熟女だって?」
笑顔のままお母さんは、洋子の頭に見事なアイアンクローをした。
「痛い、痛い、お母さん痛い」
「・・・まぁいいわ、後は若い二人で楽しくやりなさい」
母親はそう言い残して、あまりの痛さに頭を抱えしゃがみ込む洋子を残し部屋から出て行った。
「あぁ〜痛い・・」
「大丈夫か?」
「うん・・・大丈夫。それより怪我はもぅ大丈夫?」
「あぁ、意外とよくなってきている」
「さすが、康太のお父さんはすごいね」
「・・・・・・・何だって?」
「・・・康太のお父さん」
「・・誰が?」
「・お医者さん」
「どの?」
「え?いつもの」
「あの、井上先生・・・」
看護師が急ぎ、井上にある事を伝えた。
「はぁっ?退院?」
看護師にそう伝えられ驚く井上
「あんな体で無理に決まってるだろ。それに彼は、大事な人間だ。何としても止めろ」
そう言いながら自分も五十嵐の所へ向かう。
だが、部屋にはもぅ五十嵐の姿はなかった。
「どこに行ったんだ?」
「先生 !!正面玄関です。」
井上も急ぎ正面玄関へ向かうが、その時はじめて足が不自由な事に後悔した。
なんと、少々小太りな・・っあ、嘘。かなり太ってる看護師よりも足が遅い・・
ホッホッホッホッホっと走りながら口に出すタルの様な看護師よりも足が遅い。
「治療しようかな・・・この足・・いや、でもなぁ・・戒めだし・・」
そう何度も呟きながら、井上は急いだ。
やっとの思いで玄関に着くと何人もの看護師に引き止められる五十嵐の姿があった。
「まだ退院は危険です。戻ってください」
「いや、お金ないんで」
「治療費いらないから、お願い」
「自分、閉所恐怖症なんで」
「広い所に大部屋に移しますから。・・・って言うか、あの部屋狭い?」
「じゃぁ自分、暗い所苦手なんです」
「今、明らかに嘘ついたよね?暗い所とか君、ほとんど関係無いじゃん。暗くないからあの部屋めっちゃゴージャスである意味、輝いてるから。」
などとやり取りをする五十嵐に何とか追いついた井上
「何を考えてるんだい?五十嵐君」
「悪いが、俺は行かなくちゃいけない」
「その前に君にはやらなきゃいけない事があるだろ」
「いいのか?息子さんが死ぬ事になるぞ」
「だから言っただろ。向こうは、息子をそんなに簡単に殺す事はしない」
「息子さんが、俺のチームのリーダーだとしてもか?」
「なんだと?」
驚き井上は固まった。
「それは困るだろ?だから俺があんたの息子を守ってやるよ。
あんたが、この国相手取って戦うのは、別にかまわねぇ。だが、これは俺達の戦いでもあるんだ。どうする?それでも俺をテレビで報道させたいか?」
息子の命かこの国の崩壊か・・客観的な秤に乗せればこの国の崩壊に明らかに傾く。
だが主観ではそうはいかない。
「・・・・・・」
必死に悩む井上
「答えが出せないなら俺は行くぞ」
五十嵐は止める看護師たちを押しのけ病院の外に出た。
「待つんだ。」
病院と外の境界線の手前で五十嵐は、井上に引きとめられた。
「なんだ、止めるつもりなのか?」
松葉杖をつきながら、何も言わずに五十嵐に近づき、茶色いコートを取り出した。
「私のコートだ。季節が急変してその恰好じゃ寒いだろ。いいか、必ず返せ。そして仲間を連れて必ず戻って来い」
五十嵐がコートを羽織ると井上は、白衣のポケットから発信器を取り出した。
「盗聴機能と発信機としての役割以外の機能は、すべて削除した。それに自由に取り外し可能になってる」
「・・・わかった。」
井上は、発信器をコートのポケットに突っ込んだ。
「気をつけろよ」
そう言うと井上は病院へ戻っていった。
「五十嵐君」
病院から叫びながら洋子が走ってきた。
「どっか行っちゃうの?」
「大丈夫だ。すぐ戻ってくる」
「すぐってどのくらい?お父さんもそう言って死んじゃったんだから・・・」
俯きながら涙を流す洋子の頭に五十嵐は手を乗せる
「大丈夫だ。何とかなる」
「・・・お父さんもそう言ってた」
不貞腐れながら洋子はそう言った。
どんだけお前の言うお父さんは俺に似てるんだよ・・・だがその気持ちは、心の中にしまいこんだ。
「なら、賭けだ。俺がすぐに帰ってこなかったら、好きなだけお前の奴隷になってやる」
「本当?や、約束だからね。帰ってくるんでしょ?」
「あぁ、約束だ」
手を大きく振る洋子に見送られながら、五十嵐は一度も振り向かずに病院の境界線をまたいだ。
そしてしばらく歩いたところで、五十嵐はコートのポケットから発信器を取り出し左手首の端末にカチリとはめ込んだ。