第十九話 人が死ぬ事で生を実感できる
あれから何分経ったのだろう・・・いや、もしかしたら何時間かもしれない。
五十嵐が発砲してから白い雪が薄く積もった。森には虫の音も何も聞こえない静けさが広がっていた。
そして俺達は、周りに警戒しながら最初にいた場所から一歩も動く事が出来ない状態が続いた。
「チーム梟のメンバーは全員、狙撃手だ。それぞれ別々の所にポイントを置き、敵が来るのを待ってる。気づいた頃にはもぅ死んでる。なんて事には、なりたくないね・・
羽音を出さないで梟は獲物を捕える。チーム梟の名前の由来だ」
木に体をはりつけながら悠二が言った。
「敵に手の内を読まれているのにどうして、変えようとしないんだ?」
「それほどこの暗闇ではこの戦術に自信があるってことだ」
そんな事を言っていると勉が割って入った。
「五十嵐は一体何やってるんだ」
「とにかく、五十嵐と連絡を取らないと、何も始まらない」
「連絡を取るってどうやって?無線は壊されたし、体内無線もオフにしてやがる」
木から雪の塊がドサリと落ちた。その音に全員が反応し銃を構える。
だが、安全を確認し一息つく
「くそっ・・五十嵐のやろー」
勉は木の幹にひじ打ちを喰らわせた。木の上にあった雪がパラパラと落ちてくる。
「おぃ、止せ、敵にばれるぞ」
その通りだった。勉のすぐ横の地面に弾がはじけた。
「うわっ・・!!」
その後に遠くから銃声が鳴った。勉だけでなく康太や裕大、悠二の地面でも土と雪が舞った。
全員が急いで立ち上がり木にビッタリと張り付いた。
その時、悠二は銃を落としてしまった。
「くそっ・・」
手を出そうとするが、すぐ横を弾が通る音がし、すぐさま手を引っ込めた。
すぐ後ろでは、木に弾が当たる音を聞きながら康太達は、目を閉じ歯を噛みしめる事しかできなかった。
裕大は手鏡を取り出しどこからの狙撃か確かめようとした。
「くそっ・・わからねぇ」
鏡には暗闇と白く濁った木だけしか映らなかった。その鏡まで、敵の銃弾によって壊された。
「あいつ等・・・遊んでやがる」
弾は全員のすぐ横で弾けるだけでそれが何回も繰り返されるだけだった。
「ふざけやがって!!なめてんじゃねぇー」
「くそっ、どこにいやがる!!」
だが、どんなに吠える事は出来ても状況は何も変わらなかった。
「どうする、康太!!このままだったら全員死ぬぞ」
「・・・一旦散ろう。合流ポイントは後で言う」
康太はそう言うと白煙弾、閃光弾、発熱弾を投げた。
全てが爆発したと同時に全員が一気に散った。
突然の閃光と白い煙、すかさず赤外線に変えてみるが発熱弾でどれが人影かわからない状態だった。
「ほぉ・・考えたな」
岸辺は左頬をさすりながらスコープから目を離した。五十嵐の放った銃弾は、岸辺の左頬をかすめ無線に当たった。お前なんかいつでも殺せると言わんばかりの挑発した一発だった。
ならば、俺を挑発したことを後悔させてやろうと息子の仲間を恐怖に駆らせようと取った行動だが、敵もなかなかの発想力だ。
「おぃ、全員聞け」
体内無線で仲間に通信を取る
「もぅ遊ばなくていいぞ。見つけたら殺しても構わん好きにしろ」
無線からは、返事は返ってこない。ただ無線が切れる音だけが聞こえた。
窓枠に窓がないくコンクリートがむき出しの建物で息を切らせる康太。
全員無事だろうか・・
『みんな、大丈夫か?』
建物に誰もいないか詮索をしながら無線を入れてみる。階段に差し掛かったところで勉と裕大から無線が入った。
『俺と裕大は無事だ。今どこにいる?』
『待て、今いる座標を教えてくれ』
階段を音を立てずに一歩ずつゆっくりと進んで行く。二階には、誰かいるのだろうか?
そう思いながら上へと進んだ。《気づいた時にはもぅ死んでる》それは、マジで勘弁・・・
二階の手前で一度止まり、一呼吸置き、二階に一気に飛び出す。
銃を構え周りを確認するが誰もいない。勉達の座標が康太に送られてくる。
部屋を一つ一つ調べるが今のところ何もなく、ただ最後の部屋に五十嵐の空の鞄が放り出されていた。
『勉、裕大、俺の所にゆっくりでいい。気付かれないように来てくれ、建物の中にいる』
『わかった。それより悠二は?』
『わからない。今のところ連絡がないんだ』
『そっかまぁ、あいつなら大丈夫だろう。これからそっちに向かう』
そう言うと、勉の無線が切れた。
そんな中、勉と裕大が手を使いコンタクトをとる姿を敵のスコープが捕らえた。
横の観測手が手で敵の距離、風向きを伝える。狙撃手は、確認しスコープに目を戻す。
観測手も双眼鏡で敵を注視する。スコープは勉の頭を捕え引き金に人差し指が伸びる。
「うげっ・・」
引き金に延びた人差し指は止まり、声に気づいた観測手は双眼鏡から目を放し横を見る。
そこには頭にナイフが刺さり二度と動く事がない仲間と、こっちを睨みつける敵がいた。
覆面からは何も表情はわからないが、睨みつける目はまるで笑っているようにも見えた。
その目で金縛りにあった観測手は、何も動けぬまま狙撃手の頭に刺さってあったナイフが今度は自分の顎に入る事になる・・・
顎からナイフを抜くと返り血は、白い地面と自分にかかった。目の前に横たわる二人を見て軽く舌打ちをする。
「くそっ・・」
血のかかった白い覆面を外すと悠二の顔が現れた。悠二の顔は、覆面の中で笑ってたとは思えないほど暗く曇っていた。
「・・・俺にも人を殺したい願望があったのか」
緊張のあまり口の中は乾きネバネバとして舌で舐めまわす。その時、唇に付いた血を舐めてしまい口の中に血の味が充満する。思わず吐き出すが、口から血の味が取れる事はなかった。
「俺って・・生きてるんだな」
落ちてる銃を拾い悠二は勉達の所に向かった。
建物にこもる康太。外で物音がしたような気がした。康太は壁に張り付き窓から様子を見ようと顔を出す。ところが、敵のスコープは窓から顔を出そうとする康太を捕らえようとしていた。
「窓から顔を出すな !!」
誰かがそう叫びながら康太の顔を手で抑えつけながら窓に飛び込んできた。
その瞬間、弾が康太の頭を抑えつけた手をかすめた。
康太はその場に倒れ、窓から飛び込んできた男は腕を撃たれバランスを崩し転がりながら建物の中に入ってきた。
「いって・・・・五十嵐か?大丈夫か」
「大丈夫だ・・・かすめただけだ」
右腕からは血がにじみ出てくる。そんな事を無視し、腰を下ろしながら指が動くか確認をする。
大丈夫だとわかると背負っていた荷物を下ろし中から銃口がないが引き金がある謎の機械を取り出した。
「なんだそれ?」
五十嵐はもう一つ、片目にセットするスコープ的な物を自分にかけた。
「遠隔操作だ。セットに手間取った」
右腕に機械をはめ込み何かをいじり始める。すると、五十嵐がどこかにセットしたと言う銃がひとりでに動き五十嵐のスコープには今、俺達を狙っている敵が映っていた。
いつものチェックと言うカウントもなく五十嵐は引き金を二回引いた。
映し出される映像で頭から血を流す二人が映し出される事を確認すると今度は違う所にセットした銃のチャンネルに合わせる。
だが、スコープに映し出されたのは二人の死体だった。
「誰かが殺したのか・・?」
「あぁ、さっき悠二が二人倒したって連絡があった」
「・・・って事は、残りは俺だけか」
気がつくと入口に敵が銃を構え立っていた。
「動くなょ。手も上げなくていい」
敵は俺達から目を離す事なく体内無線を使い周りの状況を確認する。
「・・・全員死亡か・・せっかく育ててきたのに、どうしてくれるんだよ」
ため息交じりでこっちに話しかけてくる。
「おぃ、五十嵐・・・あいつがもしかして」
銃を突き付けられているのに康太と五十嵐はやけに落ち着いていた。
「あぁ・・・俺の親父だ」
小柄で髪は白髪だらけのおじさんだがどっしりと構え、全く隙を見せない。
今までの岸辺とは違い(悠二は除き)軽い性格でもなさそうだ。
「・・ったく、会話が成立しねぇ。お前のチームって誰でもそうなのか?」
「・・・・」
何も話そうとはしない五十嵐
「どうして、俺を裏切った?」
「裏切ったのはあんただろ」
「割り切れと言ったはずだ。仲間は味方ではない」
「じゃぁあんたは同じ状況に立たされて割り切れたと言うのか?」
「当たり前だ。だから俺はここにこうしている」
岸辺はそう言うと康太に銃口を向けた。
「俺の所に戻れ。」
「また、俺に仲間を裏切れと言うのか」
「そうだ。俺とお前ならまだこの状況を挽回できる」
「俺が、そんな話に乗ると思っているのか?」
「お前が拒否できると思っているのか?」
岸辺は康太に向けた銃をアピールした。
「俺が、話に乗ったとしても殺すんだろ」
「もちろん、乗らなかったらお前も殺す。そうすれば、お前は何を選ぶか俺は知っている。俺がそう教えたからな」
「あぁ、そうだ。殺されそうになった仲間を助けようとするな。殺されそうな仲間なら自分で殺せだったな」
「その通りだ。俺と一緒にまた戦え」
五十嵐は立ち上がると康太を庇うように岸辺の前にドンと立った。
「何のつもりだ?」
「いつまでも親離れできない子供だと思うなよ。今は反抗期だ」
「今、置かれている状況を理解してないのか?」
「あんたこそ、わかってないみたいだな」
突然、岸辺の脇腹を銃弾が貫いた。その瞬間、五十嵐は腰に差してあたナイフを抜き岸辺に向かって投げた。
ナイフは、岸辺の右肩に刺さりよろつきながらも岸辺は、白煙弾で部屋の中を包んだ。
五十嵐は、康太を乱暴に掴み窓から外に飛び出した。
煙の中から飛び出してきた岸辺をスコープは必死に追う。だが、岸辺はこちらの場所を把握したのか木や山の斜面を盾に岸辺は走り見失ってしまった。
「くそっ、見失った」
悠二はスコープから目を離し立ち上がった。
「康太達は無事なのか?」
横で勉と裕大が聞いてくる
「あぁ、無事だ。康太達の所に行こう」
悠二は銃を肩に背負い康太達の所に向かった。
「大丈夫か?」
せき込む康太に五十嵐が聞いてきた。
「煙吸い込んだ」
「俺は、あいつの後を追う。お前は残ってろ」
五十嵐は立ち上がり岸辺の後を追おうとしていた。
「いや、俺も行く。一人で行かせるわけないだろ・・・今度は逃がさないからな」
そう言うと康太は立ち上がり五十嵐の後を追った。
「・・勝手にしろ」
五十嵐は建物の入口から岸辺の足跡や少ない手掛かりだが、着々と後を追って行った。
「こんな暗闇の中、よく足跡なんか見つけれるよな。その障害って日常で支障はないのかよ」
「あるさ、冬なんか特に最悪だ。周りが白くて何も見えなくなる」
「学校の時とかはどうしてるんだよ」
「コンタクトレンズをしている。俺の目は光の量を調節できないらしい」
「・・・どうして教えてくれなかったんだよ」
「別に隠しているつもりじゃなかった。話すことでもないと思ってな」
「この戦い終わったら、全て聞かせてもらうからな」
それからは、口も開かず森の中を進んで行った。
進んでいくと、目の前にさっきの建物より一回り大きな建物が出てきた。
床には血の跡が点々と続いていた。血の後を追い一つの部屋にたどり着くとタイミングを合わせ扉を蹴破り中の様子を窺うと机に足を乗せ、椅子に座りショットガンを構える岸辺がいた。
「うわっ・・」
康太と五十嵐は横っ飛びした。一発の銃声で壁にボッコリと綺麗な穴が開いた。
頭を抑える手に瓦礫がバラバラと落ちてくる。
「五十嵐、どうする」
ショットガンで上から瓦礫が落ちてくる中、康太は五十嵐に聞いた。
「・・・いや、このまま引こう」
「まじか・・?」
銃声と瓦礫はまだ止まない
「あぁ、どうせあのままほっとけば、あいつは死ぬ。それでいい」
確かに、あの傷で助かるとは思えないほぼの出血と椅子の下には血が溜まっていた。
でも、五十嵐はあいつを殺すためにこれまで生きてきた。それなのにこんな終わり方でいいのか疑問だった。
「・・・・そうか、お前がそれでいいなら。それでいい」
その疑問は、今の五十嵐に聞く事は出来なかった。立ち上がり部屋から離れて行くと岸辺の豪快な笑い声が聞こえてきた。
「おぃ!!お前は俺を殺さなくていいのか?どうせこの傷じゃ助からないと思って放置したんだろ!!甘いな!!・・・けどな、俺はお前達がつけたこの傷じゃ絶対に死なないからな!!」
笑い声はまるで永遠に続くかのように聞こえた。
だが、その笑い声は一発のショットガンの銃声によって止まり、今度は銃声が通路に鳴り響いた。
五十嵐は、上を向き大きく深呼吸をし「終わった・・」と一言呟き、突然倒れた。