第十一話 命は脆いが重い
五十嵐は、ライフルの銃口を掴み向きを変えた。
「えっ・・何?」
息は荒く、視線は洋子を見ているが、まるで違う人を見ているかのようだった。
「五十嵐君?」
しばらく動かない五十嵐を心配そうに洋子は覗いた。
「・・・あぁ、悪ぃ大丈夫だ。ほら、安全ロックはここだ。」
ロックを外すと、五十嵐は外に出た。しばらく上を向きボーっとしていているのか動かず前にある長椅子に腰を下ろした。
「大丈夫だ、心配しないでくれ」
心配する洋子に五十嵐はそう呟いた。そう言われた洋子は、銃を構え目標物をとらえた。
引き金を引くと、反動がすごく思わず声を漏らした。弾は、的には当たらなかった。
『着弾場所、目標物から20m右にずれています』
音声がそう流れる
「えぇ〜、ちゃんと狙い定めたのに〜この機械、壊れてるんじゃない?」
「きっと、反動で銃口が少しずれたんだ。数ミリのズレでも狙撃の場合、着弾するときには、かなりずれるんだ」
椅子に座りながら、様子を見ていた五十嵐がそう言う
「ねぇ、コツとかないの?」
「引き金を引く時に、指に力をそんなに加えるな。指が緊張して思うように動かなくなる。人差し指は、軽く置いておくんだ」
コツを聞き、もう一度、挑戦してみる。
『着弾場所、目標物から15m右手前にずれています』
「ん〜当たんない・・・五十嵐君は、どうやっていつもやってるの?」
「俺の場合は・・・銃を構えて、無心になろうとする、だが色々な記憶や考え事が出てくる。けど、それをどうにか、抑え込み一つの目標物に集中する。そうすると、俺の中で的がズームアップしているかのように見えてくる。それで的を捕えても、慌てて、引き金を引こうとするんじゃなく・・あせらずに三回、心の中で、数を数える。今だ・・今だ・・今だ」
声に合わせ、洋子は引き金を引くと目標物ははじけた。
『150m、成功』
「や、やったぁぁ〜」
その場で喜び飛び跳ねる洋子
「凄いな、狙撃のセンスあるんじゃないか?」
「え〜、違うよ。五十嵐君の教え方がうまかったんだよ」
「じゃぁ、次300いってみるか」
「えっ、いいょ。次、五十嵐君やってみてよ」
洋子は外に出てきて設定をいじる、五十嵐に横入りし、設定を変えようとした。
「いや・・俺がやったら大変な事になるから、駄目だ」
そう言って、割りこもうとする洋子に抵抗しながら設定を戻そうとした。
「あっ、ズルイ。大変な事って何よ・・いいから、やってみてよ・・」
また設定を変えた。
「駄目だ」
また、戻した。
「いや、ちょっと」
変えた。
「無理」
戻した。
「ヤダ、やってよ」
「お前が、やれ」
「そっちが先」
「くそっ・・」
「なんの、これしき」
「しつこい」
「そっちこそ・・」
こんな状態が、しばらく続いた・・
「よし、わかった!!じゃんけんで決めよう」
そう言いだしたのは、五十嵐だ。
「いいわよ、負けた方は勝った方の言う事をちゃんと聞く事!!私、こういう時の勝負運は誰にも負けないわ」
「俺は、狙撃手だ。戦いでは、敵との駆け引きが、勝負の行方を左右する。こんな初歩的な、心理戦で負けるはずがない」
「じゃぁ、負けたら一日奴隷よ。いい?」
「いいだろう、そっちが負けたら狙撃以外にも、色々と要求してやる」
「そっちこそ、覚悟しておきなさい」
互いににらみ合いほぼ同時のタイミングでハモリながら
「ジャン・・ケン !!」
「洋子っ !!こんな所で何やってやがる」
ポン・・で出した結果は、五十嵐はパーで、洋子はグーだった。
だが、五十嵐は康太の叫び声でそっちに目線をやっていたので洋子は、すかさずグーをパーにしておいた。
五十嵐は、結果を見て首をかしげたが、追及はしなかった。
それよりも、康太がズンズンとこっちに歩いてきた。
「なにしに来てるんだ」
「何って・・遊びによ。それ以外に何があるのよ」
本当の理由と違う事に五十嵐がピクリと反応したが、何も言おうとはしなかった。
「お前みたいな奴が、こんな所に来てんじゃねーょ。帰れっ !!」
「わかったわよっ !!それじゃぁね五十嵐君、じゃんけんの続きはまた今度」
「あぁ、わかった」
洋子は、駆け足でその場から立ち去った。
洋子がいなくなってから
「なんで、教えてくれなかった」
「教えようとしたさ、ゲーム中だったからな、お前の戦い見て彼女、困惑してたぞ」
「勉にも言われた。お前は、人を殺す事に何の躊躇もなくなってしまったのかって」
「本当はどうなんだ?」
「正直、わからない・・お前はどうだ?」
「躊躇してたら、自分が死ぬだけだ」
「やっぱりそんなもんか」
「ただ、お前の考えとは違う」
「どういう意味だ?」
「お前、狙撃はしないって言ってたよな?」
「・・?あぁ、そう言ってたな」
「なら、接近戦でいいから俺と勝負だ」
訳が分からないがとりあえず、接近戦なら俺が負けるはずがない。
「そっちの好きな状況でいいぞ」
「あぁ、わかった」
部屋に入ると、正方形の広い部屋だった。凸凹もなくただの平面だ。何も身を隠すところもない向こうの扉から五十嵐が入ってくる。
「この部屋でいいのか?」
「あぁ、ゲームスタート」
『確認しました。ゲームスタート』
すると、突然部屋の明かりが消え、何も見えなくなった。
「うわっ・・なんだこれ?」
「三日だ」
「何?」
「通常の人間が密閉された空間で光も音も何も感じない場所で心身に異常が出てくる期限だ。
けど、今からお前を、30分以内にそれに近い状態にしてやる」
五十嵐の声が壁に反響しどこにいるかもわからない。
「この状況で、戦えないのはお互い様だろ」
「そうでもないさ俺には見えてる」
今の五十嵐の声は、後ろから耳元で呟かれた。背筋に鳥肌が一気にたった。
俺は、後ろに向かってナイフをがむしゃらに振り回す
「くそっ、どこに行った」
あたりを見渡しても、暗闇だけ気配を感じようと集中しても何も感じない。ただ、突然、両足の腱が切られ、足が動かなくなり、身動きを取れなくなった。
どういう事だ。どうして向こうには俺が見えているのか?
俺には、何も見えない自分の手すら見えないのに・・・・けど、妙だ。俺はもう身動きが取れない。
なのにとどめをどうして刺さない?俺は、いつ足を切られた?どうして足だけしか切らない、もしかして、足以外にも切られたのに気づいていない?俺は、痛みも何も感じないのか?
俺は今、声を出しているのか?それとも心の中で考えているのか?
いや、それ以前に俺は・・・・・生きているのか?
『ゲーム終了 勝者、五十嵐選手』
「フィールド、アウト」
『確認しました。フィールドアウトします』
暗闇が消え両手で頭を抱えうずくまる俺の前に五十嵐が立っていた。
「大丈夫か?どうだった?」
「わからない・・ただ怖かった」
「試合の時、そう言う思いを敵がしているって事を忘れるなよ。そんな事、ゲームでは思わないだろ。殺しあいとゲームの違いはここだ」
「あぁ・・」
五十嵐は、康太の肩を軽く叩き部屋を出て行った。
「兄貴、開けてくれ」
「どうした、今日はやけに早いな」
「いや、この後またすぐに出かけないといけないんだ」
大次は、部屋に飛び移り一階の部屋の扉が、閉まる音を確認してから扉を開け、一階に下りて行った。
いつも通り、飯を食い食器を片づけ上に上がろうとした。
「・・・あんた、いつも部屋に鍵かけてどこに行ってるのよ」
扉をはさんで、母親の声が聞こえてくる。
「別に、出かけてなんかねーし部屋で勉強してるよ」
「嘘つくんじゃないわよ。いつも、夜遅くに帰ってきてるの知ってるんだからね。周りに変な噂が出るような事はしないでよ」
「そんなに世間が大事かよ・・」
「少しは、お兄ちゃんを見習ったらどうなの」
「はぃはぃ、自慢の息子ですね」
「今日は、やけに帰りが早いけど、どうせこれからお父さんにでも、会いに行くんでしょ」
その母親の言葉に一瞬イラッときた。
「なんだと・・」
「ムキになるって事は、そうなんでしょ!!やっぱり、あんたはあの人の息子なんだわ」
「あぁ、そうだよ !!あんたの息子は、兄貴だけだもんな!!俺はあんたの息子なんかじゃねーょ !!」
大次は、そう叫ぶと大声で泣き叫ぶ母親を無視し二階に駆け上がり、部屋の扉を閉めた。
何重にも鍵をかけ、乱れた息を整える。
「大次・・」
今度は、扉をはさんで英介の声が聞こえてきた。
「ごめん、兄貴・・兄貴の事、少し悪く言っちゃった」
「それは、別にかまわん。それより、母さんを許してやってくれ、あれは本心で言ってるわけじゃないんだ」
「何も考えないで、口から出た言葉が本心以外に何があるって言うんだ」
「じゃぁ、お前はさっき言ったことは本心なのか?」
「・・・本心ではないけど、心のどこかで思ってたのかもしれないな」
「母さんもきっと同じだ。言いたくて言ったわけじゃない」
「俺の代わりに謝っといてくれ」
大次は、窓から外に出ようとした。
「大次っ」
「何?」
「俺達って昔は、よく外で一緒に遊んでたよな」
「あぁ、遊ぶ道具ないから、ガムテープ丸めてキャッチボールとかしてたな」
「いつから、こんな風に扉はさんだり窓をはさんだりしないと、面と向かって話ができなくなっちまったのかな?」
「それは・・」
考えてみても一体いつからこうなったのか、全く分からなかった。
「わからないな・・ただ、俺の父親がいなくなってから、きっとこうなる事は、決まっていたんだよ」
大次は、窓に足をかけ身を乗り出した。
「今日も行かないと駄目なのか?今日は家にいてやってくれ」
「悪い・・兄貴・・・今日だけは、どうしても行かないといけないんだ。母さんには、謝っておいてくれ『ごめん・・』って」
大次は、そう言うと窓から飛び降り外で待つ裕大と一緒に、ガンズショップではなくみんなが待つ駅へと向かった。
「お待たせ・・・」
「ねぇ何かあったの?」
「いや、別に・・・」