2.葵梨 葵
「な、なんじゃこりゃぁ〜」
疾風がとてつもなく驚いた理由、それは千佳さんの後ろにいた。
なにがいたって?そこには日本の至宝、ホンダ NSXと、ニッサン GT-R NISMOが止まっていたのだ。
「こ、これを運転しろと?」
「まぁ、そういうことね。どっちか選んで」
「ぬあー、迷う!」
10分ほど触ったり、乗ってみたりして、疾風が選んだのは、GT-R NISMOだった。
なぜか勝手に採寸され、勝手に作られていたGPRのレーシングウェアとグローブ、ヘルメットをつけさせられ、ドア内蔵式のドアノブを引っ張って、GT-Rに乗り込む。
センタートンネル上にあるスターターを押し込むと、バルクヘッドを隔てたエンジンルームからVR38DETTの轟音が聞こえてくる。
スターターの横にあるシフトレバーをとりあえず「D」レンジにして、恐る恐るアクセルを踏み込んでいく。エンジンの回転数が低い位置で上下する。
左右にハンドルを振ってみると、グランツーリスモがいかにリアリティが高いのかがよくわかる。
だんだん慣れてきたので、マニュアルモードにしてみる。2回ほど左パドルをひいて回転数を上げていく。が、気づけば目の前に1コーナーが迫っていたので慌ててブレーキング。予想以上の減速Gが疾風の体をシートに押し付ける。そして、すぐにアクセルオン。
そこで、疾風は気づく。
やべぇ、これマジで楽しい、ってことに。
そのまま疾風はしばらく周回を続け、感覚をつかんでいった。
10周ほどこなして、ラストのシケインを脱出するときにピットレーンから青っぽい車が出てくるのが見えた。アクセルをあけながら、目を凝らしてみる。それは、どうやらNSXのようだ。
ん?だれが運転してんだろう、と、思ったがそれは一瞬のことで、そんなことよりもその速さに目を見張った。あの速さは、疾風が世界一を取った時よりも少し遅いかどうかくらいのレベルだった。
「く、あんなのにおれが負けてたまるかぁぁ!」
と、一人で絶叫しながらスロットルペダルを床まで押し付ける、同時にエンジンが雄叫びをあげ、先ほどとは段違いの加速Gが疾風の体を襲うが、そんなことは疾風の意識には入ってきていなかった。疾風の脳に入ってきていたのは、あのNSXに追いつけ、ということだけだった。
さすがに初速度が違ったので、ストレートエンドのスピードはGT-Rの方が上だった。1コーナーまでにかなり車間を詰める。しかし、NSXは超模範的な走りで疾風を引き離そうとしてくる。疾風は、何としてでも追いつきたかったので、S字コーナーをオーバーステアをもろに出しながら、突破。そのまま、逆バンクに飛び込んでいった。
NSXの運転席では、一人の女性が奮闘していた。
「お嬢、このままだと追いつかれてしまいます」
「もうちょっと引っ張って。絶対ヘアピンまでは抜かさせないで」
「わかりました」
「全盛期の力ふり絞ってね」
「はい、もちろんです」
疾風は、懸命に追い続ける。ヘアピンの入り口で、疾風得意のレイトブレーキで一気に距離を詰める。ヘアピンでは、意図的に軽くリアをスライドさせていく。ヘアピンあけでは、完璧にテールトゥノーズの状態に移行させる。
そのまま、スリップに入り込んで、スプーンコーナー入り口でオーバーテイクする。そのあと、NSXはあきらめたように、まったく追ってこなかった。
疾風もそろそろピットに戻るか、と思い、西ストレートでもあまり速度を上げずに、ゆっくりと走る。
ピットに戻ると、葵が待っていた。
「さすがの走りだったね。感服だよ」
「いや、それよりあのNSXは誰だよ!」
「ほら、帰ってきたよ」
見ると、ライトを(昼間なのに)煌々と点けて、静かにそろそろと、ピットに入ってきた。その運転席に座っていたのは、
「心さん!?」
そう、そこには家政婦の心さんが座っていたのである。
「え、言ったじゃない、家政婦兼ドライバーだって」
「ガチなドライバーかよ!」
思わず、シャウトしてしまう。
「うん、何しろ、もとF1ドライバーだからね」
「あ~、もとF1ね…… え!F1!?」
あまりの驚きに、タイムラグが生じてしまった。
「あれ、いってなかったっけ?」
「うん、初耳」
「まぁ、何回かポールポジションもとったことがあるって聞いてるわ」
「………、すいませんでした」
なんでかはわからないが、自然と謝ってしまっていた。
「いいえ、そんなことは過ぎた話でありますから」
やべぇ、葵梨に比べたら、天使だ、そう思ってしまう疾風であった。
そのあとも、何周かして、ホテルへと向かう。シャワーを軽く浴びて夕食をとると、葵梨の部屋によばれた。
そこには、葵、心さん、千佳さんの三人がいた。
葵が話し始める。
「じゃあ、今日のドライビングを見ての話になるんだけど、GPRとしてはあなたを正式なドライバーとして、チームに入れたいんだけど、椎名、あなたの意見は?」
「いや、おれはめちゃめちゃやりたいけど、学校とかはどうするんだ?」
「外部のクラブチーム所属、という形にしようと思ってる。あとテスト前なんかは私が少し勉強をてつだったりするわ。あと、強くなってきて上位入賞とかになってきたら、学校でも公開しようと思ってる」
葵が神速で答える。
「まぁ、そこまでしてくれるんだったら、おれはいいけど、親がなんていうか」
「それは、帰ったらうちの父親と一緒に交渉にいくわ」
「わかった、じゃあいいよ、おれは」
「ありがとう、じゃあ戻ったら正式な書類をかいてもらうわね」
そのあと葵は衝撃の言葉を放つ。
「もうGPRの一員になるんだから、私のことは下の名前で呼んでね、は、疾風」
その瞬間、葵の顔が一瞬紅くなったのには誰も気づかなかった。
「いやぁーーーー、そんなの無理でしょ」
会談から十分後、部屋の整理をする疾風の口からはずっとその言葉が零れていた。
その瞬間、部屋のドアが勢いよくあいた。
そこにいたのは葵だった。
「あ、葵梨…じゃない、あ、あ、葵?ど、どうしたんだ?」
おそらく顔を真っ赤にしながら言ってみる。
「いや、その、疾風に、夜練しよ?っていいにきたの」
なぜか言葉のところどころで顔を赤くしながら葵は言った。
そのあと、葵の部屋に向かうと、そこには見慣れた機械があった。
「ハンコン?」
「そう、グランツーリスモをやってもらおうと思ってね」
先ほどの動揺を見事にかくして、葵が言った。
そのあと、3時間ほどぶっ通しでプレイさせられ、部屋に戻れたのは、10時をまわっていた。
しかも、翌日5時起きというオプション付きで。
「疾風、疾風、起きなさい、って言ってるでしょうがぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぶふぉぉっっ!!」
「ふん、ぶふぉ、なんて鳴く生物は存在するのね」
疾風が目の前にあった枕(おそらく投げられた)をどかすと、そこには葵がいた。
「あ、おはよ…ん?今の流れどっかのラノベで…」
「いいから早く起きろーーー!!!」
こうして騒々しく二日目は始まった。
かなり早めの朝食をとり、RS7に乗り、再び鈴鹿サーキットに向かう。
そしてまた、疾風は驚きの声を上げるのであった。
なんでかっていうと…
「なんでアヴェンタSVがいるんだぁぁーー!」
そこに止まっていたのは、ロッソタルガで彩られた、ランボルギーニ アヴェンタドール LP750-4 SV
であったのだから。
いつもご愛読ありがとうございます。
これからも続けていくのでよろしくお願いします。