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死霊狩り

作者: 桜町院熾雪

この世に彷徨う魂を集めて暮らす狩り人の少女のお話。




*初めて書いた短編です。

*誤字脱字等、御座いましたらご報告願います。

*ご意見・ご感想等、お待ちしております。

その日、沙都子は一日中そこでじっと身を潜めて、獲物が通りかかるのを待ち構えていた。


 そろそろ日も沈む。そうなれば、野山を駆けずり回っていた子供たちが、必ずこの峠を通るはずだ。その中に紛れ込んでいる獲物を狩るのである。


 狩った獲物は、ものにもよるが〈閻魔庁〉に納めればそれなりの儲けになる。狩り人の中には、捕らえたそれを食らってしまう者もいるそうだが、沙都子にはそんな気は毛頭ないし、第一、庁の役人に見つかったらただでは済むまい。杖刑千回か、あるいは……。


 沙都子は軽く身震いをすると、峠の先から戻って来る人間たちに全神経を集中させた。


「来た!」


 思わず声を上げてしまう。


 しかし、それも無理からぬことだった。何しろ沙都子は、ここ一週間ろくなものを食っていない。


 一昨々日の晩は山桃を少しばかし齧っただけだし、一昨日は山蛇の干した肉(これがまた不味いのだ……)、昨日は雀の素焼きだった。今日こそ獲物を仕留めて、町で美味いものをたらふく食べたい。


 狩人にとって、獲物を前に舌なめずりをするなどということは三流のすることだと相場が決まっているのだが、沙都子はそんな言い訳を思考のうちで求めながら、愛用の大鎌の柄を握り締める。


(こりゃ凄い)


 とてつもなく強い妖気を全身に感じ、沙都子は自身の手が勝手に柄を握り締めていたことに気づく。これは期待出来そうだ。


 一方の子供たちはといえば、暢気にお喋りなど交わしながら楽しそうに笑い声を上げている。その一番後ろに混じって嬉しげな表情で歩いている少年に狙いを定めた。


(暢気なもんだなあ。自分たちの精気が吸われているとも知らずに)


 瞬間、沙都子は草むらから颯爽と躍り出ると、勢い良く柄の底を地面に叩きつけた。途端に辺りに結界が構築される。


「な、なに!」


 少年は驚き戸惑った表情を見せ、右往左往している。


 沙都子はそこへ、すかさず術を施してそれの動きを封じた。


「だ、だれ? きみ、だれ?」


 たどたどしい言葉を発しながら、少年は必死にもがいて抵抗する。しかし、その問いには答えず、沙都子は大鎌を構えると、右腕目がけて勢い良く振り下ろし少年の利き腕を封じた。続いて左腕も同様に排除する。


「う、うぎゃああぁ!」


 もう、とっくの昔に体なんか失くしてるくせに、それでも痛いのかその場に倒れ込んでじたばたと転げ回る。術のせいで、大してのた打ち回れないようだが、勿論解いてやる気などさらさらない。それよりも、沙都子の頭の中はすでに値踏みの段階に入っていた。


(これだけの大物だ。砂金十、いや二十匁は下るまい)


 ゴクリ……


 沙都子は生唾を飲んだ。

それだけ鶏の丸焼きを百羽注文してもまだ御釣りが来る。


「や、やめて! お願い、殺さないで!」


「ッ!」


 だから、少年がじたばたと暴れて術に隙が出来ていることに気づいたのは、かなり後になってからだった。


「なッ! お前!」


 少年は沙都子に飛びかかり、大鎌を奪い取った。


「こ、これでお姉ちゃん、鎌は使えないね!」


 頬が片方ない顔で唇を吊り上げると、少年はけらけらと声を立てて笑う。

小賢しい餓鬼だと胸中で毒づきつつも、額を伝う汗が止まらない。興奮しているのだろうか。


「御霊に傷がつくかもしれないから、あまり使いたくないんだけど」


 沙都子は意識を集中させると、口の中で何事かを呟いて術を施した。


 刹那――


「ぎゃああぁ!」


 まるで全身を硬い樫のこんぼうで打たれたかのごとくたいそう大袈裟な悲鳴を上げると、少年はそれきり気絶してしまったのか、うんともすんとも言わなくなってようやく静かになった。


(これでやっとまともな食事にありつける)


 沙都子は大きく溜め息をつくと大鎌をしまい、その御霊を竹筒に詰めると鼻歌交じりに峠を下って行った。





§          §          §




「…………」


「どうした、沙都子?」


 銀狐にそう問われ、沙都子は一瞬辺りを見回して、自分の置かれている状況を確認した。


 なるほど。どうやら軽く眠ってしまっていたらしい。

沙都子は懐から小さなブリキの缶を取り出すと、


「薄荷飴、いる?」


 眠気を覚まそうと、銀紙を外して口の中へと放り込んだ。


「うむ」


 虚空をふわふわと漂っていた銀狐はゆっくりと沙都子の方へ降りてくると、口を大きく開けて中に入れろと人差し指を口へやる。


「少しね、うとうとしちゃってたみたいだ」


 流石に電信柱のてっぺんは風がきつい。


 横風に髪を掻き回されながら、沙都子はどこを見詰めるでもなくぼーっと眼下を眺めみた。


「ほおう。お前にしては珍しい」


 カランコロンと美味しそうに音を立てながら、銀狐も鬱陶しそうに髪を掻きあげた。


 いつもは自慢げにしている銀色の長髪も、流石にこの強風にさらされては違うらしい。軽く不快な雰囲気を漂わせながら風の精にぶつくさと文句を言っている(何を言っても空まで聞こえないだろうに)。


「もう直ぐ春だってのに、凄い風だね」


「うむ、おまけに寒いしのう」


 云いながら、ぶるぶると身震いする妖狐。


 半分神のようなものなのに一応人並みの感覚は持ち合わせているようで、痛みも感じるし空腹も感じるらしい。まったく変な存在だ、化け狐なんて。


「で、どんな夢を見たんじゃ?」


 鼻に抜ける薄荷の香りを楽しみながら一人思慮にふけっていると、銀狐が思い出したように訊いてきた。忘れてくれていればよかったものを……。


 沙都子は胸中で軽く舌打ちをするも、不承不承答えることにした。


「別に、たいしたことじゃないよ。昔の話」


「ほう。それは興味深い」


 幼い少女のような瞳で、興味津々といった様子で話を聞くその様は、傍から見れば十代半ばの少女のようだが、中身は五百年は生きている古狐だ(沙都子のそれには敵わないが)。


「何だかんだいって、結局俺は、お前の昔のことをほとんど知らん。狩り人の中でも数百年来の古株だということしか」


「それだけ知ってれば十分じゃん」


 沙都子は悪戯っぽく微笑するとそのまま静かに立ち上がり、器用に電信柱のてっぺんへと次々に移動しはじめる。


「お、うわ!」


 遅れて銀狐も続く。


「社に戻るのか?」


「今日はもう帰ろう」


「じゃ、じゃが、まだ獲物が――」


「寮に戻る」


 言葉をさえぎって一言吐き捨て、沙都子はそれきり黙り込むと虚空を駆けるスピードをどんどん上げた。


 どうしてあんな夢なんかみたんだろう。


 自分自身、もうとっくに忘れてると思ってたのに。


 なんで今頃になって……。


 沙都子は自分自身に交互に悪態と舌打ちを与えながら、ひたすら真夜中の街を駆け抜けた。


 肌を突き刺す寒さが、今の沙都子にはほどよい罰となり得た。




〈終〉

初めてちゃんと書いた短編小説で、思い出深い作品だったので投稿させて頂きました。特に続編等は考えておりませんが、気が向いたら書くかも……?



ここまでお付き合い下さいましてありがとう御座いました。願わくはまたお目にかかれますことをーー。

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