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09:月を見上げて

 その人は私の憧れの人。


 小さい頃、両親に連れられてデパートに行くと、おもちゃ売り場も屋上遊園地も、洋服売り場も無視して、その人に会いに行ったものだ。

 母が買い物をしている間、父はソファーに座って私を見てくれた。

 私はそこからずっと動かないから、子守りとしては楽だけど、親心としては複雑だったかもしれない。

 

 時代は変わったけど、かつての私のように、そこには先客としてワンピースを着た女の子が立っていた。

 若い父親……もしかしたら、私とそれほど変わらない年の人かもしれない……が、もう帰ろうと、何度も促すが、少女は動かない。


 ここはキッチン用品のフロア。

 その人が売るのは、二十年前とほとんど変わっていない調理器具だ。

 名をダンディ・清原さんという。

 清原さんは伝説の実演販売人だ。テレビにも出るが、こうやってお客さまと直にやり取りして売るのを好み、今なお、地方を回って商品を売っている。

 その語り口調は、静か。ともすれば、売る気があるのかどうかと思うほどだ。二十年経って、ますますその態度は控えめになっているようにすら見えた。

 実際、彼は自分のショーの間に物を売ったりはしない。値段も言わなければ、買うように勧めたりはしない。

 テレビショッピングとは真逆だ。もっとも、欲しくなければ、いつでもテレビを消したり、チャンネルを替えたり出来るテレビショッピングと、直接、対面して売られるのとは、客の心持ちも違う。

 それまで通行人にすぎなかったデパートの客に足を止めさせ、自分の客にし、そこからさらに物を売るのだ。

 それがどれだけ難易度の高いことか。

 清原さんのやり方は、自分に向けて話し掛けられているようで、そうではない絶妙な手加減だった。

 だから客はある意味、安心して彼の語りと手際の良さに見惚れることが出来る。そして、いつしか、その清原さんが勧める商品が欲しくてたまらなくなるのだ。

 それを使えば、調理の手間がどんなに簡単になるのだろうか。どんなに食卓が華やかになるだろうか。

 人々は想像し、心を躍らせる。

 もう金額など関係ない。とにかく売って欲しい。

 人が集まれば、さらなる人を呼ぶ。人は多くなればなるほど、自らは第三者となり、自分一人に売りつけられると言う気持ちが薄くなる。

 だが、その人たちもまた清原さんの術中にはまっていく。

 なのに清原さんは売らないのだ。最後まで、自分の説明を聞かせ、その調理器具の使い方を見せる。

 客は焦れるが、口出しも出来ない。

 もっと話を聞きたくなり、さらに使い方を見たくなる。そして、どんどん欲しくなる。

 最終的に、清原さんの口上の締めとともに、それは飛ぶように売れるのだ。


 私もすっかり欲しくなってしまい、一つ手に取った。


「お嬢ちゃん、一体、同じものがいくつ家にあるんだい?」


 将司に指摘されてたのと同じだ。

 自分が心を込めて売ったものを、ガラクタのような扱いをして欲しくないのだ。

 何しろ、私ときたら、清原さんの実演販売を聞くたびに買っているのだから。

 買い換えたいという理由は使えない。この調理器具は丈夫さも売りなのだ。「この商品にはリピーターがいないんですよ。何しろ、一度、買ったらずっと使えるものでね。商売、あがったりですよ」と言うのが、常套句なほどだ。


「一つは家で使っています。あとは実家に、それから友達の家に……」


 私は清原さんから買ったものを、プレゼントとして使っていた。一人暮らしに、結婚祝い。この調理器具は絶対に便利だ。自信を持っておススメ出来るし、喜んでもらえる。清原さんを真似した私の実演付だと、引っ越しパーティーが盛り上がる。


「今度は、マンションの管理人さん夫婦に。

すごくお世話になって」 


「今日は、止めときなさい」


「なぜ?」


 清原さんはここでは現金のやり取りをしない。客は商品を手に取り、デパートのレジに持っていくのだ。それまで多くの人を魅了した実演販売の台を綺麗に掃除しながら、清原さんは私と話してくれる。

 あの小さな女の子が、父親に商品を買って貰って、嬉しそうに清原さんに手を振った。父親の方は思わぬ出費に、奥さんにどう説明したものか、という顔をしていたが、娘の「これでお母さんも家事が楽になるのよ。私も手伝うの」という言葉に、相好を崩した。


「またなにかあったのか?」


「またって、言わないで下さいよ」


 最近は、落ち込んだ時にばかり来ていたのを見抜かれてい。

 もっと、あの小さな女の子のように純粋に、清原さんの技に見惚れたいし、清原さんもそう望んでいるだろう。


「ひどい顔をしている」


「えっ、ヤダ。ちゃんと化粧、してきたのに」


「化粧は完璧だよ。派手すぎるが。まるでサバみたいだ…っと、若い女の子の化粧におじさんが何か言うものじゃないな。

表情が……という意味だ」


 商売道具をしまうと、清原さんはデパートの催事担当の人に合図をする。


「ちょっと休憩します」


 それから私を手招きする。


「これからランチなんだが、一緒にどうだ?」


「え?」


 珍しい。さらに珍しいことに、清原さんは困ったような顔で、周囲を見回したのだ。


「実はちょうど良かった。

ちょっとお嬢ちゃんに、面倒なことを頼みたくってね」


 だからランチ代は驕るから、話を聞いて欲しいと言われた。

 通帳が空になった私には助かる話だが、「いつもお世話になっている清原さんの頼みです。勿論、お聞きしますよ」と答え、財布を握った。

 大丈夫。ランチ代くらい、まだ出せる。

 このデパートの昔懐かしい大食堂で一番安いカレーなら、それほど懐に痛くない。

 清原さんはカツカレーを頼み「年を取ると、全部、食べると胃にもたれる」と私にカツを半分くれた。


「なにかあったのかな?」


「……三年、同棲していた彼氏に浮気されて、今、その男を家から叩き出してきたところです」


 カツを頬張る。さくっとした衣の下は、厚いのに柔らかく、じゅわっと油と肉汁が溢れる。老舗デパートの昔ながらの自慢のポークカツレツだ。

 隣のテーブルでは新幹線の形の皿に乗ったお子様ランチが運ばれ、歓声が上がった。

 二十八歳か……結婚の話が出ると将司はすぐに逃げた。この年の三年は極めて重要だったのに、無駄にしてしまった感が襲ってくる。


「叩き出したというわりに、叩き出されたような顔をしている」


「そうですね……彼が帰ってくるのが怖くて、家に居られないんですもの」


 鍵は替えたこと、管理人夫婦がエントランスを見張ってくれていることを伝えた。


「お嬢ちゃんはしっかりしてそうなのに、そっち関係は頼りなかったか」


「清原さん。私を弟子にして下さいよ」


 会う度にお願いしていることを、今日も頼んでみた。

 案の定、手を振られ、断られる。

 中学の時もそうだった。「高校を卒業してからきなさい」

 高校を卒業してもそうだった。「大学に行きなさい」

 大学に行けば、「社会に出て、見聞を広めてからにしなさい」だ。


「私、もう十分、社会に出たと思うんですよね」


 大学時代にショッピング・シャワー・チャンネルのオペレーターとしてアルバイトしていた時から数えれば、十年は通販業界で働いている。

 そろそろ、弟子にしてくれてもいいはずだ。


「ショッピング・シャワー・チャンネルのアテンドを辞めるのか?」


「清原さんの弟子になれるのなら……!」


 言ってから気が付いた。

 私、貯金無いんだった。これまでの仕事を辞め、新しい仕事をするのに、それは不安だ。

 折角、清原さんが思案顔になってくれたと言うのに。ああ、将司の奴め!

 浮気されたことも、金を使い込まれたことよりも、この絶好の機会をふいにしてしまうことが、今日、一番に腹立たしいと感じた。


「そうだねぇ。

私の頼みを聞いて、それを達成出来たら考えてもいい」


「本当ですか!?」


 貯金のことは忘れよう。

 将司のせいで、自分の夢を台無しにするのだけでは嫌だ。私の人生、あんな男のためにこれ以上、振り回されてたまるものか。

 これまでモヤモヤと漂っていた将司への情け心が、急速に消え失せたことが分かった。

 家に帰っても怖くない。

 しかし、その前に、清原さんの話を聞かないと。

 その清原さんの視線が私から外れ、その後ろに向かった。


「何度、お願いされても、私はその話を受けないよ」


「お願いします。どうしても、ダンディ・清原さんのお力が必要なんです。

お願いします」


 可愛らしい声だったが、必死さがそれを上回る印象だった。

 振り向くと、綺麗な髪の毛が揺れていた。

 彼女は、清原さんに向かって、深々とお辞儀をしていた。肩からさらりと髪の毛がすべり落ちた。さらにその後ろにいる男性も、同じように頭を下げている。

 

「どうしても、駄目ですか?」


 頭を上げた女性の顔は、これぞ正統派お嬢さま! と感嘆符を付けたくなるようなものだった。

 化粧も薄く、ファンデーションと眉、口紅、と言うよりも、色付きリップくらい。それでも、十分すぎるほど可愛い。もともとの素材の良さと、二十代前半くらいだろうか、その若さが眩しい。初めに目にした通り、さらさらの髪の毛は真っ直ぐで黒く、品良くハーフアップにしてある。胸元切り替えのワンピースにボレロは、どこかの観光大使かデパートの案内係みたいだが、それも彼女の雰囲気にはよく似合った。


 思わず、大食堂の古式ゆかしき銀色に光る紙ナプキン立てに自分の顔を映してみる。

 うわぁ、サバみたいだ。

 清原さんの言う通り、クリスマスコフレのグリッターパウダーをつけ過ぎている。

 アイラインも攻撃的に目尻を跳ねあげているし、眉毛は鋭角的とは言えないまでも、キツイ角度だ。化粧している時は、楽しい気分に盛り上げていたはずだが、やっぱり怒っていたらしい。

 それとなく、紙ナプキンを一枚、抜き取り、額や頬に当てる。

 一方、目の前のお嬢さまの優しげなたれ目と、穏やかなカーブを描く眉は、ますます悲しげに下がった。


「私は駄目だが、彼女ならばあなたの願いを聞き届けてくれるでしょう」


「はい?」


 清原さんが、清楚なお嬢さまに私を紹介し始めた。「彼女こそ、”完売の輝夜”の異名を持つ、私の一番弟子です」


 ――まだ私、清原さんの弟子入り、認められていませんよね?

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