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46:古今の月姿

 ダンディ・清原さんの実演販売は、相変わらず人々を魅了する。

 今日の現場は、デパートの上階にある催事場だ。『職人の技展』というイベントの一角で、清原さんが商品を売っている。小さな町工場が開発した調理器具で、清原さんが香穂さんの会社のネット動画にあげたことが切っ掛けとなり、名が売れ始めているせいか、観客が多くいた。

 ショッピング・シャワー・チャンネルもだが、こういう品質や性能は良いが、世間に埋もれた商品を見出し、紹介するのも一つの仕事の形なのだ。

 将司が私に”買ってやった”地方の老舗パン屋さんのパンも、一時は廃業寸前だったのを、小さい頃から親しんできた同じ地元出身のバイヤーが『もっと販路を広げれば絶対に売れる品です』と口説き落とし、美味しいまま冷凍するノウハウと工場を手配して、取り扱うようになったものだった。パン屋さんは今も、地元の人に愛される商品を作りながらも、通販も行うことで、経営を安定させることが出来たと言う。

 そこが、自らの資力とセンスが勝負の、香穂さんのネット動画通販会社とは一線を画すところだと思う。もっとも、征吾さんが廃止しようと検討したように、こちら側の資力と人員が必要なので、値段に響いてくるのも現実だ。

 どちらも一長一短があるならば、どちらもあれば、好きな方を選べる。

 私はお客さんの邪魔にならないように、端で清原さんの販売を見ていた。

 すると、催事場の担当店員が寄って来た。

 気を付けてはいたのだけど、やっぱり邪魔だったか……。


「すみません」


「お客さま、どうぞ、あちらにお座りになってご覧下さい」

 

 見れば、小さな女の子が先客として座っていて、その隣に空の椅子がもう一客、用意されていた。

 人の流れを遮らず、かつ、実演販売もじっくり見ていられる絶好の位置だ。


「あの、私、お客さまじゃないんです」


 身なりはきちんと整えて来て、バッグには大金が入っているけど、物を買う予定はない。

 しかし、デパートの店員さんは重ねた。「いいえ、お客さまです」


 私は遠慮がちに女の子の隣に座った。 

 この子は知っている。以前も清原さんの実演販売を熱心に見ていた子だ。私が座ったのを察し、視線を向ける。「あ……輝夜さん」

 どうやら彼女も、私のことを知っているようだ。微笑みかけてから、人差し指を唇に当てお願いすると、小さく頷いた。

 一応、顔を隠しておいた方がいいかもしれない。一時は、朝、昼、夕の情報番組で私の顔が出ていたのだ。バッグ・イン・バッグの中に入れたままのサングラスがあった。

 ワンピースを着た小さな女の子は、それ以降、こちらには視線を向けず、じっと人垣を見た。大人たちが群がっているから、手元は見えないだろうに、飽きる気配はない。

 私もそれに倣って、清原さんの実演販売を三回ほど見続けた。

 たくさん買っていく人もいれば、リアクションだけ良くて、何も買わない人もいる。

 けれども清原さんは、全ての人に商品の良さを伝えた。


 今はお客さまでなくても、いつかはお客さまになるかもしれない。

 そうでなくても、ただ単に、見て欲しいのだ。自分がほれ込んだ商品を。


 しばらくすると、疲れた様子のご婦人が来たので、立ちあがる。買い物袋をたくさん持っている。これこそ本当のお客さまだ。


『ありがとう。お嬢さん』


 日本語ではない。何語だろう? 日本の品はインバウントも呼びこむ。


 清原さんはまだ忙しそうだ。

 折角だから、催事を見て行こう。だんだんとお客さまになりたくなってきた。

 戻って来た時、私の手には小さいけどしっかりデパートの紙袋があって、清原さんに苦笑いされた。

 女の子はいつの間にかいなくなっていて、椅子は休憩用に成り変わっている。


「お嬢ちゃん、久々だね。

何か良いことがあったかな?」


 私は小さな紙袋を掲げた。


「とってもいい買い物をしました」


 すごくよく切れるキッチン用のハサミだ。今晩はこれで、業務用冷凍庫の奥深くに眠り続けているカニを攻略しよう。縁切りカニパーティーだ。


「――それは、良かったね」


「清原さん、私を弟子にしてくれる約束、覚えています?」


 美弥さんの課題を手伝ったら、考えてくれると言っていた。


「今更、教えることなど何もないさ」


 自分のスペースを整理しながら、清原さんは答えた。


「……そんな! 何も教えてもらってませんよ」


 清原さんは静かに微笑んだ。


「本当は第四の課題の前に、何か役立つ話を一つ、しておこうと思ったんだけどね」


「そうなんですか!?」


「松子さんに聞いたら、まぁ、その必要はないことが分かった」


「松子さん……?」


 竹取物産の会長の名前を、懐かしむような口調で出て来た。


「お知り合い……でしたか」


「でしたね」

 

「まさか……」


「そう、そのまさかだ。

突然、訪ねてきたと思ったら、『近々、竹取物産の課題を持ったお嬢さんが、訪ねてくる。そうしたら、うまいこと”私の弟子”の讃岐輝夜嬢を巻き込んでくれ』と頼まれた」


 松子さまは最初から私を巻き込む気、満々だったようだ。


「また、お嬢ちゃんがタイミングよく飛び込んでくるものだから、驚いたよ」


「運命なんですって」


 征吾さんが言っていた。


「お嬢ちゃんなら、次の課題も”負けたりはしない”だろう?」


「そうですね。”負けはしない”ですよ」


「そう言うことだ」


 清原さんは私をしみじみと見た。「……お嬢ちゃんも立派になったものだ」

 そこにワンピースの女の子が戻ってきて、椅子に座った。どうやらまだ見る気、満々だ。


「さて、私は次の商売がある」


 これで話は終わった。

 私も退く。

 必要なことは全て学んでいたようだ。私はもう、父親に手を引かれるワンピースを着た小さな女の子じゃない。あとは自分次第。


「帰ります」


「そうするといい。お迎えが来たぞ」


「へぇ?」


 更紗ちゃんかな? と思ったら、なんと征吾さんだった。


「どうしてここに?」


「あらゆる手を使って」


 不審そうな顔になったのかもしれない。慌てて弁解が入る。


「菅原嬢から話を聞いて、あなたが頼った弁護士に連絡して、近くのデパートのイベント情報を調べたんですよ。

そうしたら、ここしかないでしょう!」


「はい、その通り。

……我ながら分かりやすいですかね?」


 もう少し、ミステリアスな女の方が、追いかけがいがあるだろうか?

 征吾さんのことだから、多分、五分で見つけられたと思う。


「いいえ!

お願いですから、そのままで」


 手を握られたまま、その場から引き離される。

 

「お昼は食べましたか?」


「まだ」


「ご一緒に」


「……征吾さん、お仕事中じゃないんですか? いいんですか?」


 なんで分かったんですか? みたいな顔をされたけど、完璧ビジネスマンの姿なんだもの。そりゃあ、分かる。


「お互い、分かりやすいですね」


 微笑みあった。

 

「ええ。

そして、仕事中でも、お昼の時間はあって然るべきだと思うのですが、いかがでしょうか?」


 あの・・征吾さんがそう言った。


「そうですね」


 食後のコーヒーあたりで、デートじゃないって断って来たのに、征吾さんとデートをしてしまったことに気づく。

 更紗ちゃん、激怒案件かと思いきや、征吾さんはちゃんと連絡していてくれた。あとはカニを多目に献上することで許して貰えそうだ。カニが無くなれば、将司が買った食材も終わり。お金は少し戻ってきたし、夏のボーナスも出たから、なんとかやっていけそう。


 征吾さんは弁護士さんからことの次第を事細かに聞いていたようだ。

 穏やかな口調だけど、憤りが感じられる。


「私を頼って下さらなかったのですね」


「自分のことは自分でけじめをつけます。腐れ縁とはきっぱり縁を切ってきましたよ」


 ちょっきん。

 おどけてみせた。


「その腐れ縁が、あなたと同じ世界にいるのが許せません」


 ちょっきん。

 征吾さんがやって見せると、全然、和む気がしない。目が本気だ。気に入らない人間は叩き潰し、踏みにじることをよしとする、”昔の”征吾さんが垣間見える。


「駄目ですよ」


「……輝夜さんはそれでいいんですか?」


 結局、本心からの謝罪はなかったし、今後、反省することもないだろう。


「構いません。

私にあの人を改心させることは出来ませんでした。むしろ、悪い面を助長させてしまったかもしれない。

でも、もうこれ以上は私の責任じゃありません。征吾さんなんて、もっと関係ないのに、あんな男に煩わされることなんてないんです」


「そうですか……」


「お人よしなんです……どうしても……」


 将司が今の仕事に失敗して、世間から見捨てられ、惨めになれとは望まない。本人には言わないが、むしろ、なんとかして、一人で生きていって欲しいと思う。じゃないと、また、私やニイナみたいな女が騙されるからだ。

 そして、征吾さんには落ち着いて欲しい。無意識にちょきちょきしないで下さい。切るのは悪縁だけでいいんです。


「輝夜さんがそう言うのなら、それが最善なのでしょう」


「ええ。

それに、あの男のことを忘れろって言ったのは征吾さんですよ。だから、そうします」


「そうですね……」


 征吾さんの手を止めた。「その通りです。あなたを誰よりも幸せにすることこそ、私が全能力をかけてすべきことです」


「あと、お仕事もですよ」


 そろそろ昼休みも終わるはずだ。


「輝夜さん。私と私の仕事、どっちが大事なんですか?」


 不満気に言われてしまった。


「過労で倒れないように、適度に働きつつ、私のことを構って欲しい。我儘ですか?」


「いいえ。真っ当な望みだと思います」


 甘やかされない男である征吾さんが、そう請け負ってくれたので、私は安心した。 

 もう二度と、絶対に、駄目男製造機なんかにはならない。

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