44:真夏の雪
「みなさま、こんばんは! 本日は年に一度の、真夏のスノウ・デー。
このお時間は、季節も流行も先取りの、エコファーを使った、コートと冬物小物をご紹介したいと思います。
デザインするのは、みなさまもご存知の、女優、梅花谷椿さん。
ショッピング・シャワー・チャンネルでも大、大、大人気ブランド、”スプリングフラワー”尽くしの一時間となります。
どうぞ、お楽しみ下さい。
申し遅れましたが、ショッピング・アテンドは、私、讃岐輝夜です。
一時間、よろしくお願いします!」
リモートカメラのランプが赤く灯り、私の番組は始まった。
出だしは好調だ。
当日になって、将司が『実は自分が讃岐輝夜の元恋人だった』こと、『ちゃんとした仕事が出来るところを見て、よりを戻して欲しい』と自分のチャンネルで告白したものだから、ネット上でくすぶっていた私の名前がまた炎上してしまったにしては、とても順調な滑り出しだと思う。
なにが『ちゃんとした仕事が出来るところを見て、よりを戻して欲しい』だ。
同日同時刻に、同じエコファー商品を売るのだ。そんな暇がある訳がない。
当然、相手はそれを知っている。こちらを動揺させるのと、衆目を集めるための作戦なのだ。
元恋人同士が、同日同時刻に、同じような物を売る。
事情を知らなくても、何かあると勘付くだろう。
おそらく今頃、好奇心旺盛の人々が、テレビでショッピング・シャワー・チャンネルを見つつ、スマホやタブレットでアプリを起動していることだろう。
でも、私はそれでいいと思っている。
そういう人たちはそもそも、ショッピング・シャワー・チャンネルの顧客ではないし、『もしくは、これからなる人たちなのよ』。静かに怒り狂っている征吾さんに、私はそう言った。
私は、そうね、不思議と落ち着いていた。
それよりも、アテンドとしてまた働けるのが嬉しくてたまらない。復帰して以来、ずっと新鮮な気持ちでいるし、ずっと、そうでありたい。
椿さんのブランド力が高く、モデルの真理子さんのウォーキングだけで、完売の赤に変わるのが惜しいくらいだ。
「まずは、ショートタイプのコートのご紹介です。
ナイト・ブラック、スノウ・ホワイト、ピンク・バンビとエレガント・ヴァイオレットの四色展開となっています。
今、ご購入いただければ、突然、秋風が吹いても、慌てず騒がず、この素敵なコートを羽織ってお出掛けできますね。
あ、ここで情報が入りました。
Mサイズに引き続き、ナイト・ブラックのLサイズも、完売となりました。ご了承ください」
やっぱり黒が強いという事実ですら、楽しい。
もっとも、この黒がある内に、ピンク・バンビとエレガント・ヴァイオレットを紹介してしまいたい。この二色だけ残っているのは、画面的に厳しい。
ピンクは椿さん、紫は松子さまの強い希望で、どちらも素敵なのだけど、一般人が買うにはややハードルが高い気がするのよね。勿論、そのハードルを下げるのが、私の仕事だ。
「こちらのエコファーは、ご存知の通り、化学繊維に極めて本物の毛皮に近い加工をして作られたものです。
こまではフェイクファーと呼んでいましたが、こちら、手触りも風合いも本物を越えています。なので、今はエコファーと呼ぶのが主流となってきました」
ここで、製造工程のフリップを出す。
「このように特殊な機械で繊維を作った後、最終工程は熟練の職人の手によってなされます。
これがこのエコファーの大きな特徴で、最高の品質をお約束するものです」
フリップをおろし、ピンク・ファーのコートを手にする。
「それによって、もうずっと、撫でていたいほどの触り心地が可能になるんです。
さらに、お手入れもリアルファーより簡単で、このように色や柄も思いのままです。
このピンク・バンビやエレガント・ヴァイオレットは、遊び心があって、とってもお洒落ですね。
ちょっと派手かな? と思うかもしれませんが、ショート丈なので、それほど重い感じもなく、カジュアルに着こなすことも出来ます。
私もピンク・バンビにジーンズを合わせてみました」
前に出て、くるっと回って見せる。
「脇の切り替えしのおかげで、エコファーをたっぷりと使っているのに、細見えするのも嬉しいですね。
それに、とっても暖かいです!」
エコファーに関しては、香穂さんのように、動物愛護や環境保護などの観点で語ることも出来たが、そこは敢えて最小限にした。その辺の問題は、香穂さんがここ数か月で熱心に啓蒙してくれた。
なので、まずは商品の良さを伝えることに専念したい。このエコファーの開発に関する思考錯誤の物語も、とても興味深いのだ。出来ればメーカーの人をスタジオに呼んでお話を聞きたい。今回は香穂さんとの公平を期すためにも、それは出来なかったけど、次回、もっと秋が深くなってからのシーズン前に番組に出演してもらえる約束を取り付けた。それはこの商品が一過性のものではなく、長く取り扱っていきたいという意味でもあった。
フェアトレード商品の時もそうだが、その品の良さが伝わり、購入に至り、気に入ってくれれば、次の機会に繋がる。継続的な支援や活動こそ、大事だ。
この商品は職人さんが思いを込めて作った物で、デザイナーさんが工夫を凝らし、それを縫製工場の人が丁寧に仕立てた、とても良い品で、あなたの生活に潤いを与えます。おまけに、世界をほんの少し、良くするお手伝いにもなるかもしれませんよ。
ショート丈の次は、ロング丈のコート。マフラー。お手頃価格で、様々な色柄を揃えたバッグは、瞬く間に売れた。
番組の終わりには、ほぼ全ての在庫状況は赤へと変わった。
更紗ちゃんがハイタッチで迎えてくれた。「さっすが輝夜さんです! 私もピンク・バンビ、買っちゃった!」
「ありがとう!」
うん? 仲間内からの注文はルールに則っているのかな?
「松子さまはエレガント・ヴァイオレットを買ったそうですよ」
無邪気に報告された。
「それっていいのかな?」
「ええー!
だって欲しかったんだもの。
オペレーター陣も手分けしてバッグを注文するって言ってましたよ。だって、自分たちが欲しくなるような色・柄・デザインになるように意見を出したんだもの。そりゃあ、欲しいです。
松子さまだってそうよ。だからあんな難しい色をゴリ推しして!
本気で輝夜さんを勝たせたかったら、我慢して欲しかった」
松子さまはまた”お客さまの声”として、番組に電話出演したいと望んだそうだが、それは、孫の征吾さんが事前に阻止したそうだ。
「でも、売れたわ」
あの紫色は上品で綺麗だった分、色出しが難しいらしく、数の用意もそんなに多くは出来なかった。
そう言ったが、「それでもすごいですよ」と更紗ちゃんは重ねて褒めてくれた。
それから突然、テンションを下げた。「でもー」
「どうしたの?」
「あっちも完売ですって」
あっちとは、香穂さんと将司の動画の生配信のことだ。そうか、売れたのか。
「それは良かった!」
「…………本気で言ってます?
あーはいはい、言わなくても分かります。
本気ですよね。はい。
本当! お人よしーー!」
更紗ちゃんはキャスター付の椅子に座り、その勢いで、後ろに下がっていった。
「あのエコファーが多くの人の手に渡るのはいいことよ」
私が自信をもって売った自慢の逸品なのだ。同じ素材を使ったものも、売れて欲しい。
「それは分かりますけど!
もう、どーするんですかー!」
グルグル回っていた椅子が止まった。「あ……! 取締役!」
征吾さんが来たのだ。
「お疲れさまです」
課題は合格したようだが、そんなに嬉しそうには見えない。
それから私をしばらく見つめると、そっと両手を出してきたので、握手する形になった。
「征吾さん?」
俯いた後、勢いよく顔を上げた彼は、しみじみと呟いた。
「あなたはそう……確かに、”負けない”」
「はい」
征吾さんは分かってくれたのだ。
そのまま双方の身が引き寄せられるように近づいていく。
が、「こらー、仕事場ー!」と言う声と、キャスターを転がす派手な音がした。
更紗ちゃんがいるのを忘れるところだった。椅子に座ったまま、今度は勢いよく、こちらに向かってくる。
それを見て、征吾さんは素早く避けて、更紗ちゃんの背後に回り、背もたれに手をやった。
「菅原嬢。
今、しばらく輝夜さんをお願いします」
ええ、勿論ですよ――。
更紗ちゃんは頼もしげに請け負った。
私のこと、お人よしだって言うけど、更紗ちゃんだって相当だ。自分の結婚準備もうっちゃって、私が”間違わない”ように何くれと心配し、見張ってくれている。
駄目”女”製造機? そうだ……私、駄目女なんだった。でも、そろそろそれも返上しないと。




