43:炎上しない衣
「本当に、本物みたいな手触りですね」
「そうでしょう?
ここまでの技術は他にはありません。
海外でも高く評価され、多くのブランドで採用して頂いていま。
こちらへどうぞ。工場の中をご案内します」
今日は出張に来ている。
行先はエコファーを作っているメーカーさんの工場で、私からお願いしてお邪魔させてもらった。
エコファーと言うのは、化学繊維を使って毛皮を再現したものだ。フェイクファーとも言わているが、もはやフェイクとは言えない高品質のものが出ていて、リアルファーに代わるものとして、注目されている。
最近では、動物愛護の観点から、海外のハイブランドが毛皮を使用するのを止め、エコファーを使うようになったので、需要が急増していた。
そのエコファーで作った製品が、今回、私が担当する商品であり、竹取家からの四つ目の課題だった。
香穂さんはその課題を聞くと、早速、動いた。
『毛皮を着るくらいなら裸でいるわ』という、毛皮反対キャンペーンになぞり、モデルが裸の上にエコファーのコートを羽織った、芸術的な写真を撮って『エゴを脱ぎ捨て、エコを身に着けよう』というキャンペーンを打ち出した。
これは香穂さんの会社の社会貢献事業の一環として、”元から考えていたもの”ということで、課題の必要経費には入らないそうだ。
ついでに、見るだけでポイントとクーポンが付くエコファーについての意識を高める動画を配信しはじめた。国内外の女優やモデル、著名人の提言や、どんな風に毛皮が作られているかについて解説するもので、とても勉強になる。クーポンは、これから販売予定の、そのエコファー製品に使えるポイントに引き換えられるという二段構え。値引きは出来ないが、ポイントに関しては言及されていないという理由からだ。
更紗ちゃんは「なんかずるくないですか?」と怒った。
『でも、考えようによっては、私たちの代わりに宣伝費を使って、こんな大掛かりに宣伝してくれるのはよ。ありがたいわ』
さらに、「しかも、デザインまで自分で決めるって、ずるくないですか?」と憤った。
『けど、私たちだって、好きなデザインで作れるようになったのだもの。いいことよ』
そうなのだ。
これまでは、松子さまが決めた物を売るだけだったのに、それだとショッピング・シャワー・チャンネルで課題を扱うことになった私に有利なものにされると、異論を出したのだ。
「こちらのエコファーで、バッグとコート、それから、マフラーを作りたいと思います」
「いいですね」
「時間がないので、あまり種類は作れないのですが、コートはロングとショートの二種類を用意したいと思っています。色と柄はどれから選べますか?」
「見本がありますので、持ち帰って、デザイナーさんの方と相談して注文して下さい。
もっとも……他からの引き合いもありますので、ご希望通りとはいかないものもあるかもしれません」
エコファーメーカーの人は、松子さまから課題のことを聞いている。香穂さんも今頃、大急ぎでデザイン決めと縫製の手配をしているだろう。
販売日は八月某日だ。
エコファー製品の時期では無い感じがするが、もともと、ショッピング・シャワー・チャンネルでは、真夏に冬の商品を売る日が設けられていた。季節外れだからこそ、お買い得に出来るのだが、今回は値引きなしなので、お値打ち感はあまりないけど、大丈夫。
「これだけよいエコファーを預かるのです。きっとみなさんに喜んでもらえるものを作らせて頂きます」
デザインは梅花谷椿さんにお願いすることにした。うちの客層を考えると、若者向けよりも、中高年向けの方が需要が高いと踏んだからだ。逆に、香穂さんの所は、若者向けだ。客層が競合しないのは、同日同時刻に売りはじめることを考えれば、双方に有利に働く。
とは言え、出来れば、若者層にも手を取って欲しい。
「任せてよ、輝夜ちゃん!
私も最近はもっぱらプライベートではエコファーよ。可愛い動物を傷つけずにお洒落が出来るんだもの、とってもいいことだわ。
”スプリングフラワー”でも今年、使ってみたい素材だったから、声を掛けてもらって、ありがたいわ。
なんなら、私がモデルをしましょうかしら?」
「いえ、モデルは真理子さんにやっていただきます」
「そーお?」
椿さんは不服そうに口を尖らせ、真理子さんは任せて! と請け負ってくれた。
デザインは椿さんが中心になるが、白加賀沙紀さんと、真理子さん、そして更紗ちゃんやオペレーター室の赤江絵梨南ちゃんたちからも聞くことにした。
「わぁ!
商品開発に携われるなんて、嬉しいです」
「可愛いファーバッグなら、買ってもいいかも」
良い子たちには、私が出張先で買ってきた、エコファーのストラップをあげよう。
最高級のエコファーの端切れで作ったものだ。
ほーら、手触りがいいでしょう。一度、触ったら手離せない。
「中高年向けといっても、若手の意見を取り入れるべきですよ。
着た感じも大事ですが、見た感じだって、お洒落には大事なんです」
同居人の更紗ちゃんには、このパンダのぬいぐるみをあげよう。
「やった! ふわふわ〜」と喜んだ後、更紗ちゃんは「またこんな無駄遣いして」と怒った。「む、無駄遣いじゃないわ!」……多分。
ショッピング・シャワー・チャンネルが扱うブランドに紹介してもらって、縫製工場も抑えた。いくら品質の良いエコファーでも、縫製が悪ければ台無しだ。もっとも、いくつかの工場はすでに、香穂さんの方の注文が入ってしまい、必要な数を確保するのは大変だった。
「いつもお世話になっているから、いいですよ」と無理して受注を申し出てくれる工場もあったが、なんとか間に合ったこともあって、次の機会にお願いしますということにした。
その過程で、香穂さんは私の、私は香穂さんが準備している商品を見ることもあった。
「どれも素敵なデザインでしたよ」
課題の日を翌日に控えた夜、征吾さんに呼び出された席で、私はそう言った。
ホテルのレストランの個室で差し向かいのディナーはデートっぽい。と言うか、デートだろう。話す内容が仕事っぽいだけだ。となると、やはり仕事なのかもしれない。
そう思いながら、前菜を口に運ぶ。ワインは断った。明日は大事な日だから。
「輝夜さんはとても余裕に見えますが、何か秘策がおありなのですか?」
それは更紗ちゃんにも言われた。『輝夜さん、何でそんなに呑気なんですか? 香穂の作った動画、そんなに面白いんですか? まさか輝夜さんまでネット動画職人になっちゃう気ですか!?』
「いいえ、そんなものはないです」
「……」
「いつも通り、やるだけです。そういう征吾さんこそ、何か秘策が?」
「……」
黙っていても分かる。征吾さんは将司みたいに、私を上手く騙せないのだ。
おっと、睨まれた。
「藤原将司が香穂のアテンド……とは言わないようですが、ヘルプに入るようですね」
「そう聞きました」
「輝夜さんはお一人でなさるとか?」
「はい。椿さんは舞台があるそうなので出られないんです」
椿さんは大いに嘆いたが、舞台というのは、随分と前から決まっているらしい。デザインを担当してもらっただけでも、大助かりだ。これ以上は、お願い出来ない。
「輝夜さん、負けようとしてはいませんよね?」
征吾さんが不安なのは、私が香穂さんにわざと負けて、結婚の約束を白紙にすることを恐れているからだ。
そんなはずはない。
「私は征吾さんのこと、好きです。
征吾さんは私のこと、好きですか?」
「はい。気持ちは変わりません」
「なら、信じて下さい。
余計なこと、しないで下さいよ」
征吾さんは香穂さんを追い落とそうと、なんだかコソコソしているとは、各方面からの報告で把握している。考え方を変えたと公言はしているが、香穂さんに関わって、昔の冷酷で無慈悲な人格が戻って来るようだと、松子さんが嘆いていた。私も、とても不安だ。それは多分、私の知らない征吾さんが怖いからだ。香穂さんが愛した征吾さんは、私が好きな彼ではない。その”彼”が、香穂さんに引きずられて、表に出てくるのに怯えている。
一方で、征吾さんは征吾さんで、どうやら私に不安を抱いているらしい。
「信じていますよ。
ですが、香穂が藤原将司を使って、あなたを動揺させようとしているのが心配なのです。
気になって……いますよね?」
「それは、気にならないと言えば、嘘になりますけど。
でも、平気です。
征吾さん……明日、私の番組、見ていて下さいね」
今の私に出来ることは、それしかない。
「それは勿論! ……見守らせて頂きます」
征吾さんが誓うと同時に、新しい皿が運ばれてくる。澄んだコンソメ・スープだ。
「あの……輝夜さん、今夜はこの後?」
遠慮がちのくせに、どこか強引な誘いだ。つまりは、とても危険。
「帰りますけど?」
毅然としようとするあまり、喧嘩腰な言い方になってしまった。
だけど、明日は大事な日だって分かっているくせに、何を言ってるのだろう。この人は、まだ将司に嫉妬しているのだ。
「ですよね」
「当然です。仕事ですよ」
征吾さんの大好きな、仕事があるんですよ。
そりゃあ、私だって、このまま”優しい征吾さん”を引き留めたいけど、それは今やることじゃないと思うの。
「……では、ゆっくり食事をしましょう。
少しでも、輝夜さんと二人でいたいです」
久々に叱られた大型犬を見た。痛む必要はないと分かっていても、良心がうずく。
「だって、更紗ちゃんに叱られるから……」
親切で頼もしい同居人に責任を転嫁してしまった。何が、だってだ。ごめん。でも、ありがとう。あやうく流されそうになった。
ゆっくり食事をして、部屋に帰ると、更紗ちゃんが仁王立ちで待っていた。ただし、右手にパンダのぬいぐるみを持っているのが微笑ましい。
可愛い更紗ちゃんは、精一杯、怖い顔をして言った。
「よくぞ帰って来た。褒めてつかわそう」
「ははー」
明日はついに、四番目の課題の日である――。




