42:再び、月の裏側
女性が浮気をされた場合、恋人よりも浮気相手の女を憎いと思うらしい。
男性が浮気された場合は、自分を裏切った恋人を憎むそうだ。
私も征吾さんも相手には別れを告げたはずなのだが、将司も香穂さんも、私たちそれぞれを自分の所有物と思っている。
そんな理由で、香穂さんと将司の憎しみは私に向けられた。
将司の「後悔するぞ」は捨て台詞ではなかった。
征吾さんは私が「必ず嫌な思いをする」と案じた。
その通り、私はネットに上げられた動画で、にこやかに商品を紹介する将司の姿に、心穏やかではいられない。
***
「もともと、車持コーポレーションと竹取物産の一部の人間が、ショッピング・シャワー・チャンネルを改編し、ネット通販大手に組み込んだ、新しい会社を立ち上げようと計画していたそうです」
打ち合わせに来た小野さんが教えてくれた。
私はようやくアテンド職に復帰し、その第一弾が馴染みのオオノフーズなのだ。
そこで商品そっちのけで話を聞くのは心苦しいが、車持香穂さんが関わって作られた新たな通販会社は、オオノフーズも他人事ではない。
競合他社が出しているオリジナル製品が取り扱われ、販売一週間で驚異的な出荷数を叩き出したからだ。
「竹取物産の一部と言うと……」
「ええ、先頭に立って計画を進めていたのは征吾のようですね。
それで車持嬢と親密になったのでしょう」
小野さんが言い難そうになったのは、征吾さんと香穂さんの仲についてだけではなかった。
なんと、彼らはショッピング・アテンド制度を廃止させるつもりだったのだ!
……それで分かった。
なぜ彼がアメリカでわざわざ日本のショッピング・シャワー・チャンネルを視聴することになったのか。
ショッピング・アテンドはいらない、無駄な存在である、ということを確認するために見たに違いない。
征吾さんの前で、香穂さんが私に対し、あんな態度を取ったのも、以前の彼ならば、それに同意すると思っていたからだ。征吾さんのアメリカ時代が推して知れる……。
そして、彼らはテレビ放送も電話注文も行わない、ネット動画ショッピング会社を作ることを計画していた。
香穂さんは征吾さんは作っていた計画を骨子にして、車持グループとして新たなネット動画ショッピング会社を立ち上げた。
アプリなどで見ることが出来る、約五分から十五分の商品紹介動画がテレビの代わりだった。紹介者は会社が依頼する有名な動画投稿者や人気の若手俳優、アイドル、タレントたちで、時には生配信も行われ、直接やりとりできる上に、限定価格となるので、ファンが挙って視聴した。SNSで紹介するように、そこから注文されれば紹介者に利益が還元される仕組みで、一般人からも動画の投稿を受けつけていた。なので、メーカー側も独自の動画を上げて、自社製品を宣伝することが出来た。私が師匠と仰ぐ、ダンディ・清原さんもいたのは、驚きだ。
購入者側もアプリのダウンロード、ネット視聴だけでもポイントやクーポン券をもらえ、提携しているネット通販会社でも利用できるので、開始以来、利用者は増加の一方だった。倉庫と出荷も提携ネット通販会社と同一で、登録と同時にそちらの会員にもなるので、送料もかなりお得になる。
五分の動画はちょうどいい。香穂さんの会社では、十五分の動画を三つに分けた構成にすることを奨励しており、五分ごとにポイントがつくようにしていた。全部、見て、その場で買えば、得られるポイントが倍増する。質問があっても、商品ページに書き込めば、紹介者、使用者、そしてメーカーからも回答がつく。
ネットさえ使えれば、不便はない。むしろ簡単便利でお得だ。
「面白い取り組みですね。使い方次第では、かなりの効果が出ると、うちの会社でも話題です。
ただ、現状、動画の出来次第で、売り上げに差が出ているのが気になります。
力を入れているメーカーや、有力な紹介者がいる商品には良いでしょう。
ですが、そこまで資力やセンスがないと埋もれてしまいそうですね」
となると、人気のあるチャンネルを持っている投稿者に商品を宣伝してもらうことになる。
そんな人気チャンネルの一つが、将司のものなのだった。
小野さんとタブレットを覗き込む。
弁舌爽やかに、バッグを売っている。
将司は女性相手の商品に、抜群の実力を示した。在庫数はなくなっており、入荷通知申し込みばかりが並ぶ。
相手が欲しがっている言葉、気になっている所を見極めるのが得意な性格が、ここでは功を奏していた。
私は、あのフリーマーケットアプリでの取引を思い出した。
「なんだかこの人、輝夜さんの話し方と似ていますね――あ、すみません」
私と将司の関係は、小野さんは知らないはずだ。きっと私の顔が怖かったのだろう。謝らせてしまってごめんなさい。
『この人、私の元恋人……かと思ってたけど、実はヒモで、若いグラビアアイドルと浮気したと思ったら、その子も裏切った挙句、私の貯金どころか、信頼まで奪った上に、仕事まで乗っ取ろうとしているの』と笑顔で言えればいいのに。まぁ、そんなこと、どんな表情で言われたって困るだろう。
「うちもネット動画は上げているので、今後、さらに活用していく予定です」
どう活用するかは、征吾さんたちが考えるのだろう。協力出来ることは、勿論、したいが、私が自信を持って出来ることと言えば、物を売るだけなのだ。
「……」
「小野さん?」
「そろそろ私の初回放送分を下げてもらえませんかね?」
弱りきった調子で言われた。
ネット上の商品紹介ページでは、過去の番組が参考として上げられている。そのことを言っているのだろう。
「え? そうなんですか!?
嫌だ。あとでネット事業部に確認してみますね」
あの動画は私にとっても、不本意だ。
「……まさか、征吾のやつの嫌がらせとか?」
「そんなこと! ……ないですよねぇ?」
はっきりと否定したいが、なぜか疑問形になった。信じてない訳じゃないのだけど。
「あんなに独占欲が強いと、嫌になりませんか?」
「え?」
小野さんが私の顔を伺った。
「もしも……」
私は、つい、俯いてしまった。アテンドの仕事ということで、久々にネイルをした爪が目に入る。減給期間は終わったけど、貯金はないし、他のオペレーターのように特別賞与がでるはずもなく、ネイルサロンに行く余裕はないので、更紗ちゃんが塗ってくれたのだ。
彼女は香穂さんの話を聞いて、「やっぱり好きな人には素直にならないと駄目よね」と自らの判断が間に合ったことに、安心していた。
好きな人には好きだと伝えておきたかったのは、小野さんも同じだろう。
彼は不幸な失恋をしてしまった。
失恋を癒す薬は、なんといっても新しい恋なんだけど……。
「輝夜さん、もしも、征吾ことで何かあったら……」
小野さんがそこまで言った時、”使用中”の札がかかった打ち合わせ室の扉が開けられた。
「男女二人での打ち合わせの場合、扉は開けておくべきだと、社内規定がありませんでしたか?」
独占欲の強い征吾さんが、独占欲丸出しでやって来た。
「ごめんなさい。忘れてました!
でも、小野さんですよ」
変なことある訳ないじゃないですかと、明るい調子で言った。
小野さんは、征吾さんに臆することなく続けた。
「……なんでもいいですから、相談して下さいね。
征吾には幸せになって欲しい。輝夜さんだけが頼みです」
溢れんばかりの友情と、真剣さが伝わって来た。
「あ、ありがとうございます」
また妙な誤解をしてしまった。頭を抱えたくなる。性急な征吾さんも、バツが悪そうだ。
「壮一郎、なんか……ごめん」
「そうだよ。征吾は謝れ。あと、いい加減、あの動画は下ろしてくれないかな?」
毅然とした小野さんだったが、「あの動画、『今はもう見れない初々しい小野さんが見られる』と、閲覧数がすごいから、ネット事業部としては下げるのに躊躇してるそうだ」と言われると、「なんだよ、それー」と顔を真っ赤にして恥ずかしがった。




