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41:満月に吠える

 車持家が去った後、私は竹取会長と話す機会を得た。

 社長の方はようやく瞑想からさめると、何かを悟ったような表情で、私に「母と息子を頼む」と言って、仕事に戻ってしまった。更紗ちゃんは本社の社食でお茶をして待っていると言い、さらに、竹取会長は征吾さんも追い出そうとしたが、それは彼が頑として聞かなかった。


「輝夜さんに変なこと吹き込まないで下さいよ」


「変なこと? 変なことってなんだい、征吾?

お前がついこの間まで、あの女と同類だったこととか?」


 そうなんだ!?

 意外過ぎて驚くけど、そう言えば、更紗ちゃんは『あんまりいい噂を聞かない』と教えてくれたんだ。

 征吾さんは私の両手を取って、弁明した。「今は違います。改心したんです」


「知っています」


 手を離して欲しいと身動きしたのに、ますます強く掴まれてしまった。


「征吾は輝夜ちゃんのおかげで、良い方向に変った。

ありがとう」


「竹取会長……」


「ああ、そんな堅苦しい言い方!

松子さん、でいいわよ」


「さすがにそれは……」


 遠慮したが、結局は、松子さまと呼ぶことで同意を得た。なので、これからは末松さまこと、竹取会長は、松子さまと呼称する。

 その松子さまは、孫の至らなさを次々と暴露した。

 

「この子は、頭が良くって仕事へのやる気はあるんだけど、どうも冷たいというか、人情味が薄い所があって、利益だけを追求しがちでねぇ。

何度注意しても反発して、困っていたのよ」


 そんな時、征吾さんはついに倒れてしまった。


「でもね、その辺りだったかしら? 

なんだか征吾が変ったような気がしてきたところだったの。

渡米して、征吾を見舞って、あの子の部屋に必要なものを取りに行ったの――」


「え? 部屋に行ったんですか!?」


 征吾さんも知らなかったらしい、激しく動揺している。

 さらに私の手をしっかりと握った。まるで逃げられるのを恐れているみたいだ。


「そうしたら、輝夜ちゃん!」


 聞いてよ! と嬉しそうに松子さまは教えてくれた。

 ショッピング・シャワー・チャンネル・ジャパンの冊子に付箋が貼ってあったという。しかも、過去三年分のバックナンバーを取り寄せてある。気になって、そのページを捲って見たら、全て私が紹介されているページだった。

 あらまぁ? と思っている内に、テレビの予約録画機能が動きはじめた。ハードディスクには、私が出た番組ばかりが残されていた。


「そんなことまで見たんですか!?」


 プライバシーの侵害ですよ! 孫の抗議を無視して、祖母は盛り上がった。

 

「それで分かったの! あの子、輝夜ちゃんのことが好きなんだって! それで最近、仕事の仕方が変ったのだと確信したの」


「それは……私にそんな影響はありませんよ。松子さまの気持ちが征吾さんに届いて、それで変わられたんだと思います」


「どうなの? 征吾」


 祖母の問いかけに、征吾さんは何か言いたげに一瞥したものの、口から出て来たのは同意の旨だった。


「祖母の言う通りです。先にも伝えましたように、輝夜さんの番組を見るようになって、物を売るということに対し、これまでとは違う気持ちを抱くようになりました。

その結果、私は自分のこれまでのやり方を反省し、心底、嫌気がさしました。

そのせいで、香穂と意見が合わなくなり、会っても言い争うばかりで、最終的には喧嘩別れをすることになりました。香穂は私が考え方を改めた上で、謝らなければ許さない、別れましょうと告げました。

私はそれでもかまわないと、別れることに同意しました。

これまでの自分から、変りたかった。そうなるように努力しようと決めました。

ただ、慣れないことをすることになったので、なんというか、調子が狂ってしまったようですね……気が付いたら病院にいました」


 人間、いきなり変わろうとするのは無理がある。征吾さんは性急に物事を進めすぎるきらいがる。


「私は征吾が変ろうともがいているのを応援したいと思ってね。

とにかく、仕事から引き離そうとした。この子は、働きすぎだったわ」


「それで日本に帰ることになりました。

香穂は私が倒れたと聞いても、見舞いにも来ませんでしたし、帰国する見送りにも来なかった」


 香穂さんは征吾さんが謝りにくるのを待っていたのだ。口では別れると言ったが、その実、すぐに征吾さんが”改心”すると信じていたのだろう。

 けれども、征吾さんの心はすっかり、離れてしまっていた。

 そんな征吾さんの心の変化を理解出来なかった香穂さんは、それを松子さまの差し金だと邪推し、嫁取りの課題を聞くと、征吾さんを追って、急ぎ、帰国したのだ。


「折角、変ろうとしている征吾の邪魔をさせたくなかった。

それであんな課題を与えることになったの。

香穂さんの参加を認めたのは、駄目なら、やっぱり駄目ですとお断り出来るし、もしかしたら、課題をこなす過程で、新しい発見をして変ってくれる可能性もあるかもしれないと期待したからよ。門前払いはしたくなかったからね。

けど、想像以上に、良くなかったわね。

性格上、私を見返すためにも、課題には真剣に取り組んでくれると思ったけど、それが、他者を蹴落すこととはね」


 呆れたように、松子さまはため息を吐いた。


「けど、課題自体は失敗ばかりでもなかったわ。

征吾は物を売るという行為に対して、基本を学んだことでしょう。主に輝夜ちゃんのおかげよ」


「ええ。

輝夜さんと一緒に、いろいろ売れて楽しかったです。

それに、輝夜さん目当てに、オペレーターの仕事をしてみて、分かったことも多くありました」


「仕事とプライベートのめりはりも付けられるようになったわね。

以前は、いつまでもだらだら仕事をしていたのが、休みを作るようになった。

これも輝夜ちゃんのおかげ。

あと、服も!

そうそう、輝夜ちゃんの隣を歩くのに恥ずかしくないようにって、私服にも気を遣うようになったのよ、この子!」


 今日は自他ともに似合うと認めるスーツ姿の征吾さんは、頬を染めた。


「オペレーター室の女性陣が、私の服があまりにダサいという話をしているのを耳にしまして。

輝夜さんは、それで私と一緒に食事をして下さらないのだと気付いたのです。

今は、このスーツと同じスタイリストさんに用意して貰っていますが、その内、自分でもあなたに相応しい服装を決められるように学びたいと思います」


 征吾さんの適当な服装が、ある時を境に、劇的に変化したのは知っている。

 それが私のため……だった!?!? 


「食事をご一緒しなかったのは、服のせいじゃないですよ。そういう関係になるのはまだ早いと思ったからです。

にしても、香穂さんと付き合っていた時は何も言われなかったんですか?」


 あのお洒落そうな人が、征吾さんの私服に苦言を呈さないのが不思議だ。


「――確かに」

 

 うーんと考えた結果、出てきた答えは、実に征吾さんらしく、真剣に心配してしまうものだった。


「アメリカに居た頃は、ほぼスーツを着て過ごしていたので、まず、私服と言う概念がありませんでした」


 つまり、四六時中、仕事をしていたということだ。下手すると『寝る時もスーツでした』とか言われても、納得出来そう。寝ている時も仕事していたかも……。


「……ですか」 


 スーツ姿の征吾さんは問答無用に素敵なことに異論はない。それも出来る男系の恰好良さなので、香穂さんの好みに合ったのだろう。仕事で忙しくしていても、それもまた、頼もしいと映ったに違いない。

 あ……またじわじわと嫉妬心うずいてくる。


「とにかく! 征吾がどんどん良くなっていったのは、みーんな、輝夜ちゃんのおかげよ!

その輝夜ちゃんがうちの征吾のことを好きなんて、本当に誇らしいわ!」


「ええ、輝夜さんがいなければ、私はきっと、こんな風には変れませんでした。

壮一郎に関しても……嫉妬はしますが、輝夜さんの存在が大きな成長の糧になったはずです」


「過大評価ですよ。

私、駄目男好きの駄目男製造機って言われてるんです」

 

 自分を好きになってもらうには、ある程度、短所も申告しておかないと。


「駄目男製造機というか、お人よしなんですよ。

でもそこが輝夜さんの魅力だと私は思っています」


 征吾さんは私の短所を長所に変えてくれる。

 それから、少し皮肉っぽい顔になった。


「しかし、おっしゃる通り、あなたは駄目男がお好きのようです。

なぜって、私のこと、好きでしょう?」


「はい」


「なら、やっぱり駄目男がお好きなんですよ。

でも、製造機ではありませんよ。

あなたは私を良い方向に導いてくれる。そんな存在です」


「……征吾さん」


 私はとても、嬉しい気持ちになった。こんな私でも、他人に良い影響を与えられるのだ。

 それも大好きな人に!

 その大好きな人は、途端に暗い顔になる。


「それなのに、あなたが大切にしている仕事を滅茶苦茶にした。

その上、香穂とやり合うことになるなんて。

今からでも撤回して下さい。香穂の件は私がなんとかします。

あなたは必ず、嫌な思いをします。

私は駄目な男ですが、あなたを守るという約束を果たさせて下さい」


 握られた手の上に、征吾さんの頭が垂れ、松子さまは孫の不甲斐なさを憤った。


「最初っから、征吾が輝夜ちゃんと結婚したいと望んだら、そうしてあげたのに!

この子ったら、好きな人はいませんって答えたのよ! あんなに輝夜ちゃんのことが好きなのに!」


「あの時は! ……ただのファンだったんです。

いえ、好きでしたけど……まさか結婚相手としては……」


 らしくなく、はっきりしない言い訳が聞こえてくる。


「……駄目元で、祖母に言うべきでした」


 親会社の竹取物産の御曹司が、子会社のショッピング・シャワー・チャンネルのアテンドとの結婚を望んでいる。

 お殿さまに見初められた町娘ならば、無理矢理でもお城に連れて行かれるだろうが、現代でそんな業務命令が出たら、全力で逃げる。それか、どこかに訴える。パワハラとセクハラの合わせ技で一本だ。

 大体、もし私がテレビで受ける印象と、全然、違う人間だったらどうするつもりだったのだろう。


「仕方がありませんよ。

私もあの課題で、征吾さんのこと、よく知ることが出来ましたし」


「本当に受けるんですか? 課題」


「ええ……私、征吾さんと結婚したいですから」


 その言葉に、征吾さんは顔を上げた。期待と喜びに溢れている。


「応援させて下さい。輝夜さんならきっと、香穂に負けたりはしません」


 松子さまも言った。


「輝夜ちゃんなら、きっと勝てるわ!」


「それは違います」


 「え?」と似た者同士の祖母と孫が、私を見た。

 ――勝ち負けじゃない。私がするのは……誰かが大事に作った物を、必要な人に適正な値段で売ること。ただそれだけ。

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