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40:昇り始めた月

 その人は、写真で見たように着物姿で、レンズに薄紫色のグラデーションがかかった眼鏡からは、金の鎖が下がっている。髪の毛も紫色のメッシュに染められており、小物も紫色が多い。

 ただ、その凛としたイメージと大いに反するテンションで「ゴーゴー! 輝夜ちゃん!」と振り上げた手から覗く、紫色のブレスレットは、間違いなく見覚えがある。

 唖然とした。

 

「す……末松さま?」


 印象、全っ然、違うけど、そこにいたのは、あの私のファンを名乗る、ショッピング・シャワー・チャンネルのお得意さま、末松さまだ。

 身を屈めて、私のファンを自称している、もう一人の男性に問い詰める。


「征吾さん……知ってたのね!」


「祖母ですから」


「お孫さんって……」


「すみません、半ズボンが可愛い小学生ではなく、スーツの似合う三十二歳です」


 今時の小学生は、半ズボンは履かない。ハーフパンツだ。

 あと、自分でスーツが似合うと思っているんだ……実際、似合うけど。しかし、あの祖母がいて、この孫である。オンとオフの時の印象の差が激し過ぎではないか?


「祖母は輝夜さんとの結婚を賛成してくれました」


「もーう、大賛成! 私、輝夜ちゃん、大好き!」


 竹取物産の威厳ある会長が、手を合わせ、目をキラキラさせている。ちなみに、真ん中の社長は瞑想している。

 更紗ちゃんも、ようやく気づいたようだ。「あの数珠ブレスレットを作っていった、賑やかなおばあさん……だ」


「うちの孫と結婚してくれるって、約束してくれたわよね?」


「いえ……そうは……」


 誰よ!? 気難しくて怖い会長に、征吾さんと私の仲を認められるはずがないって言ったの!? あ、私か!


「結婚してくれないの!?」「してくれないんですか!?」


 祖母と孫に、同時に抗議された。


「ちょっと、なんなの? 

最初から出来レースだなんて、馬鹿にしてるわ!」


 うっかり存在を忘れかけてしまった香穂さんの声で、我に返る。


「香穂のやり方はまずかったこと認めよう。しかし、そちらのお嬢さんはそもそも、課題にも取り組んではいないではないか。

約束を守る。それもまた、商売というものだ」


 二三人氏が重々しく言った。

 竹取物産と車持コーポレーションは業務上、取り引きがある。こじれると、今後に支障が出そうだと、下っ端の私が心配しているのに、末松さま……おっと、竹取会長は強気だ。立ち上がって、宣言する。


「私は課題に合格した人間を孫の嫁にすると言った。

香穂さんは不合格だから嫁にはなれないわ」


「納得出来ない!

資格のない女が征吾と結婚するなんて、他の候補者も納得しないわ」


 その言葉に、更紗ちゃんも立った。 


「私は別にー。

あと、石橋姉妹も喜ぶでしょうね。

他のだって、あなたみたいに往生際が悪くないわよ!

世の中に男は竹取征吾だけじゃないのよ。すぐに別にいい人を見つけられるわ! あなた以外はね!」


「はぁ?」


 女四人が、テーブルを挟んでにらみ合う形になった。

 竹取社長は瞑想を続けている。寝ているのかもしれない。

 このまま車持コーポレーションと決別することになったら大変だ。

 納得出来ないのなら、してもらうしかない。


「分かった!

末……竹取会長!」


「なぁに? 輝夜ちゃん」


「私に……課題をやらせてください」


「――輝夜ちゃん!」


 待ってました! という声がどこからか聞こえてきた。

 あちゃー、また上手に買わされた気がするが、引き返せない。私だって、売るのは得意なんだから。

 香穂さんを私の土俵にあげて見せる。私はね、自分では”ただのショッピング・アテンド”と卑下するようなこと言うけど、同時に、すっごく誇り思っているのだ。


「私が課題に合格すればいいんでしょ?」


「途中からなんて、卑怯じゃない?」


「そうかもしれないけど、あなただって、途中で失格してるじゃない」


「それは松子さまの独断と偏見でしょ? 不公平だわ」


「そもそも、竹取会長の気に入る女性を、征吾さんのお嫁さんに、という話なのよ。

公平も不公平もないわ。

竹取会長が気に入るか、気に入らないかで、あなたはそれを良しとして課題を受けたのだから、失格と言われたら、そこで終わりよ」


 どんなに熱意と能力があっても、社風に合わなければ採用はされない。

 今回は残念ながらあなたのご希望には沿えませんでした。今後のご健闘をお祈ります。


「そうよ!

それに輝夜ちゃんは、三つの課題に合格しているわ。

私が見届けたもの」


 竹取会長が我がことのように胸を張った。


「石橋家の二人と、そこの更紗ちゃんの課題よ。はっきり言って、輝夜ちゃんが売ったも同然よ!」


 異論をはさむ前に、更紗ちゃんが賛同する。「そうですよ! 私だったら売れませんでした! 美弥さんもそう言ってた。杏子さんは知らないけど。あーでも、きっとそうよ。そうに決まってるわ!」


「だから輝夜ちゃんは途中参加じゃないの。

香穂さんこそ、敗者復活よ。

――そう、もしも、輝夜ちゃんと課題を受けるのならば、あなたにもう一度、チャンスをあげましょう」


「どうせ、最初から讃岐輝夜を勝たせるつもりのくせに」


「じゃあ、課題はこれで終りね。

征吾の希望通り、輝夜ちゃんをお嫁さんにもらうわ」


「――分かったわ。

私の実力を見せてあげる。私が本気でやったら、そんな売り子なんかに負けるはずがないわ。

後悔しても遅いから」


「今度は正々堂々ですよ」


「どろぼう猫に言われたくないわ!」


 香穂さんは負けん気が強いタイプだ。敵前逃亡はしない。

 受けて立った。

 

「待ってください!」


 そこに、女性陣の迫力に、やや圧倒されていた征吾さんが発言した。


「たとえ香穂が勝っても、私には彼女との結婚の意志はありません。

無用な争いに、輝夜さんを巻き込まないで下さい」


「あのどろぼう猫が先に宣戦布告してきたのよ!」


「……引いてくれ。君だって、愛の無い結婚は望まないだろう?」


 征吾さんの物言いは、なんか私に対するよりも、ずっと砕けているように聞こえ、嫉妬してしまいそうになる。


「征吾、あなた、騙されているんだわ。

こんな女、どこがいいのよ」


 香穂さんにとっては、征吾さんが他の女に目移りしたことも許せないが、その相手が自分よりも格下なのが気に入らないのだ。


「最近まで、どうしようもない男と同棲していた、倫理観に欠ける尻軽じゃないの! だから他の男に平気で乗り換えるような真似が出来るのね」

 

 ぐうの音も出ない正論だ。

 

 沈黙が落ちた。


 竹取会長と更紗ちゃんのせっつくような視線を浴びた征吾さんが、真っ直ぐ香穂さんに対峙する。


「他の候補者の人たちに嫌がらせをしたり、輝夜さんに関してデマを流して、我が社の業務に甚大な被害をもたらした君に、倫理観に欠けると輝夜さんを責められたくない」


 なんとなーく、そんな気はした。


「なんのことかしら?」


 知らぬ顔をしたが、征吾さんは確証のないことを言ったりはしないだろう。二三人氏が、ぎょっとした顔で、孫娘を見上げた。「そうなのか?」


「言いがかりはやめて欲しいわ。

讃岐輝夜の素行が悪いからあんなことになったのよ。自業自得を私の責任にするつもり?」


「せめて謝罪をして欲しい。輝夜さんだけではない。多くの社員と顧客が、迷惑をこうむったのを、省みてくれ」


 隣から冷たい空気が漂ってくる。けれども、香穂さんはひるまなかった。


「あくまで私のせいだと言うのなら、それはあなたのせいでもあるわ。

あなたが判断を間違ったからよ」


 今度は、深い失望が流れてきた。

 分からなくもない。かつて愛した相手は、美しい記憶のままで居て欲しいものだ。

 しかし、香穂さんに言わせてみれば、逆のようだ。彼女の顔に、軽蔑の笑みが浮かぶ。


「あなた、変ったわ。

切れ者が、すっかり鈍刀ね」


「香穂がそう思うのなら、これ以上、私に関わらない方がいい」


「心配しなくても大丈夫よ。

所有者が駄目だから、手入れが悪くて、錆びさせているだけ。

もう一度、私が磨き直してあげる。そうすれば、またすぐに元通りの切れ味になれるから、ね?」


 自信満々の香穂さんの言い分に、私は駄目男製造機としてのお墨付きをもらった気分だ。

 そんなことはないと思っていたのに、征吾さんまで駄目にしているのか――。


「ばっかにしないでよ!

輝夜さんは駄目男製造機じゃないわよ!」


 私に最初にその言葉を使った更紗ちゃんが叫んだ。


「え……だって、更紗ちゃんが……」


「だから前言撤回したじゃないですか! 謝りますから、拘らないで下さい!」


 それに竹取会長も続く。


「輝夜ちゃんが駄目男製造機ですって!?

とんでもない!

その逆よ。逆!」


 さらに征吾さんが言ってくれた。


「輝夜さんの良さが、私を良い方向に変えてくれました」


 冷めた目の香穂さんが、「はっ!」とせせら笑う。


「これ以上、こんな茶番劇に付き合っている暇はないの。

これからの竹取物産に、どちらが必要なのか、私が分からせてあげる」


 「課題を、楽しみにお待ちしていますわ」と言うと、彼女は祖父と連れだって、出て行った。

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