33:求不得苦
私の部屋には、ずっとお客さんがいる。あのまま、更紗ちゃんが居付いてしまったのだ。
「なーんか、居心地いいですよね。
輝夜さんのヒモがずっとここにいたくなった気持ちだけは、分かるかも」
表向きはマスコミに追われている私のサポートをするという話だったが、彼女自身も一人で居たくないようだ。もっとも、それは私も同じだ。
「ホント、居心地いいですよね……ここ」
その旨を表明すると、しみじみと更紗ちゃんが呟いた。「変な音もしないし」
「?」
「うちの家、家鳴りがすごいんです。あと、夜中に扉が叩かれたり。呪いの手紙や怪文書がポストに投函されていたこともありました」
「更紗ちゃん……それって、まずくない?」
「まずいですよ。一応、警察には届けました」
怖がりのはずの更紗ちゃんのはずが、冷静な対応をしている。「怖くないの?」
「怖くない訳ではないけど、理由は知ってます。
人間の仕業なんです」
「人間?」
「もしかしたらって、ずっと思ってました。
でも、輝夜さんの件で、確信しましまた。
竹取征吾のせいです」
電子レンジが今夜のご飯が出来たことを知らせた。有名中華料理屋監修の冷凍餃子とチャーハンだ。私の部屋は、籠城にはぴったりの環境にあった。そして、自衛隊出身の仕事熱心な管理人夫婦の存在と、家賃相応のセキュリティーの高さが、それを手助けした。
「輝夜さん、家賃が高いからって、安アパートに引っ越さなくてよかったですよ。
私の部屋はオートロックだけど、侵入されました」
「それが征吾さんのせいってどういうこと?」
私は更紗ちゃんをせっついた。
「竹取征吾と結婚したい女が、婚約者候補を追い落とそうと嫌がらせをしているみたい」
「え?」
美弥さんのことを貫田太一にリークしたのも、杏子さんが商談のために呼ぼうとした人間を足止めしたのも、更紗ちゃんに私と征吾さんのことを知らせたのも、その人らしい。
そして、この一連の事件は、征吾さんを横取りしようとしている私への嫌がらせの可能性が高いと言うのだ。
ぞっとした。
ここ二週間、全く見ず知らぬ人間から、憎しみを向けられ続けた。しかし、私に対し、真に強烈な悪意を抱いている人間は、その気配すら感じさせず存在していたというのだ。
「大丈夫ですか? お役に立てるか分かりませんが、落ち着くまで、私、一緒にいますから」
そうか、だから更紗ちゃんは実家に戻るのではなく、私の部屋に来てくれたのだ。
「更紗ちゃん……ありがとう」
「私も助かってますから、お互いさまですよ。
もしも、この部屋まで何かあったら、竹取征吾に抗議して、ホテルでも用意させましょう!」
「それは……」
「迷惑とか思ってませんよね? いいですか、迷惑を掛けられているのは輝夜さんなんですからね。
私も気づいているくらいだから、あっちだって、知ってるはずです。
知らなかったら、軽蔑しますよ」
冷める前にと、更紗ちゃんは電子レンジに食事を取りに行った。
「どうして征吾さん、何も教えてくれないのかしら」
今日のオペレーター室での征吾さんは、そっけなかったような気がする。
「やっぱり婚約者候補がいるのに、付き合おうとしたのが間違いだったと気付いたのよ」
そう独りごちると、更紗ちゃんがすっ飛んできた。
「違いますよ!
竹取征吾はきっと、輝夜さんを煩わせたくないとかなんとか、そんな風に思っているんです。
あれは、自分でなんとかしようとしている口ですよ。
隆道さんの友達だけど、確かに噂通りの自分勝手です。
一人の問題じゃないんですよ。それなのに、自分一人で――」
「更紗ちゃん?」
「――ご飯、食べましょうか」
「――うん」
少し冷めたが、餃子とチャーハンは美味しかったけど、二人とも深く自分の内に籠り、会話は弾まなかった。
でも、今はそれでいいと思う。
***
翌朝。
まるでデジャブのように、更紗ちゃんが私を起こしに来た。
「輝夜さん! 大変です」
「なぁに?」
大胆告白したのと同じ番組に、ニイナが出ていた。
また、何かあることないこと話すのかと朝から胃が痛みかけたが、次の瞬間、そのことを忘れた。
『今朝は、豪華特別ゲストのお二人に来ていただきました』
スタジオに仰々しい赤じゅうたんが敷かれ、その先に、王座のような立派な椅子が運び込まれた。
『このスタジオに、このお二方をお招き出来るなんて、私、感動です』
司会者は顔を真っ赤にして興奮しているようだ。ゲストの経済評論家も『テレビに出演するようになって、一番、嬉しいです』と声を上げる。
ニイナは事情を知らないようだが、自分が座っている椅子とは別格と言わんばかりの椅子を、不愉快そうに見た。
『私、大ファンだったんです』
『いや、こんな番組に出てくれるなんて、いいのですかね?』
『お願いですから、くれぐれも、失礼のないようにして下さいね』
『では、ご登場下さい――と、その前に、CMです』
CMに入る前に、移動しているゲストの様子が映し出された。
「あ!」
顔は映っていなくても、着ている服で分かった。「まさか!」と更紗ちゃんを見る。「きっとそうですよ!」
CM開けとともに、堂々にして優雅なる二人の女優が登場した。
『梅花谷椿さまと白加賀沙紀さまです!』
スタジオの反応は二つに割れた。年長者とスタッフたちは拍手で迎え、ニイナを始めとした数人の若いタレントは、ピンときた様子はない。
それもそのはず。
かつて一世を風靡した二人の女優だったが、今、テレビで見かけることは少ない。かつての映画の放送か、ショッピング・シャワー・チャンネルくらいだ。それも地上波ではなく、衛星放送ばかり。テレビに出ていないと、消えてしまったと思われるご時世では、若い人には過去の人だろう。
とは言え、椿さんは舞台では毎年、権威ある賞を受け続けているし、沙紀さんは露出が少ない分、思い出はより一層美化されて、ファンの支持は厚く、強い。
そして、そのファンたちこそ、年齢を経て、様々な分野において、重要な役職を得ているのだ。ついでに言えば、椿さんと沙紀さんも、面倒見が良いので、”姉御””姉さま”と慕う若手も多く、その多大なる恩を受けた若手もいつしか、立派な業界人である。
おまけに、嫁いだ梅花谷家も白加賀家も経済界では有名な経営者一族であり、本人たちもアパレルと美容関係で驚くべき年収を叩き出している実業家だ。
さらにさらに――。
「え! あの久延監督のお母さまなんですか!」
「あのモモカのお母さま!?」
沙紀さんの父親は日本映画界に燦然と輝く有名な映画監督で、その遺伝子を受け継ぐ息子は、新進気鋭の映画監督として、海外で評価されていた。
椿さんの娘は、大人気アイドルから女優に転身し、婚約者でもある沙紀さんの息子の映画に主演を果たし、これまた海外で絶賛されている存在だった。ハリウッドデビューも噂されている。
自身の実力と、婚家やら家族やらの権威を背負って、二人の女優は女王のように椅子に座った。七光りなのか十四光りなのか分からないが、背中からピッカーと光が見える。
「もうこの時点で、ニイナ、負けてますよ」
「そ、そのために出て来たのかな?」
「じゃなかったら、なんでわざわざテレビの……それもこんなバラエティに足を突っ込んだ情報番組に出るんですか?
輝夜さんのために決まっています!」
更紗ちゃん、それを言ったら、あの二人が、なんでテレビショッピングなんかに出ているんですか? という声をもあるのよ。
画面の中で、司会者が早速、問いかける。
『お二人がテレビで並んで出演するのは何年振りでしょうかね?』
『あら、この間、沙紀と一緒にテレビに出ましたよ。ね?』
『ええ、ショッピング・シャワー・チャンネルのスペシャルの時だったから、半年くらい前かしら?』
この番組で奇跡の競演! としたかったようだが、あっさりといなされる。ただし、司会者が聞きたいのはショッピング・シャワー・チャンネルの話なので、流れを遮ってはいない。
『あの讃岐輝夜さんのことをご存知ですか?』
『ご存知もなにも!
私、輝夜ちゃん、大好きよ!』
『私も。あの子は若いのに、とても勉強熱心で、気遣いが出来て。
私は椿にショッピング・シャワー・チャンネルでの仕事を紹介されましたけどね、輝夜ちゃんがアテンドじゃなかったら、断っていたかも。
それくらいの子よ』
いけない。涙で画面がぼやけてきた。脇からティッシュの箱が差し出された。ありがとう、更紗ちゃん。
『そ……うなんですか。
ニイナちゃんの話とは正反対ですね』
すでに紅白梅に旗色を替えているのが丸わかりの様子で、司会者がニイナを見た。ニイナは何が起きたのか理解出来ないような顔で、二人の大女優を見つめている。
『讃岐輝夜さんは、素晴らしいアテンドさんなんですか?』
『そう言っているでしょう?
あの子は、自分の扱う商品をそれはそれは大事にしているわ。陰で悪口なんて、聞いたこともない』
『自分が一番のファンであれというのが、モットーなんですって』
司会者はますます胡散臭そうな視線をニイナに向ける。それはニイナ自身に対してというよりも、二人の大女優に対してのアピールだった。
『ニイナちゃん、困ったねぇ』
手の平を返すように、司会者がニイナを追いつめようとした時、椿さんがそれを制した。
『でも、私生活のことは分かりませんわ。
それも男女のことなんて、部外者には分からないものだし、関わることでもないわ』
『男女の仲なんて、いろいろあるものよ。
ニイナさんも一方の言い分を聞いて信じてしまったのでしょう。
好きな人の言うことですものね』
『若い頃はそういうことがあるけど、あまり公で言うものではないわ』
『おまけに、もっと部外者の人間が騒ぐなんて、下品なこと。
今の芸能界は、この程度の話題しかないなんて、嘆かわしい』
今日も短いスカートの上で、ニイナの手が、強く握りしめられたのが分かった。
『えっと……そ……そうですね』
司会者が手を揉む。
『そんなことよりも、もっと楽しいお話がしたいわね』
『何か聞きたいことはあれば、お答えしますよ』
そこからは、私の話題は一切、出なかった。ニイナは置物のように微動だにせず、司会者も触らなかった。
それはこの番組内だけでなく、これからの彼女の芸能活動の未来を表していた。
どの事務所も、いくら一時的に名を挙げたからといって、この二人の大女優とその家族、そしてテレビ業界のみならず、政財界に広がるファンを敵に回してまで、自分の所の俳優やタレントを共演させるのは危険と判断するに違いない。
ニイナの居場所は、瞬時にして、スタジオだけでなく、芸能界からも無くなってしまったのだ。
それに伴い、私の報道も激減するだろう。
車持コーポレーションは大きな会社だが、梅花谷、白加賀両家は業界関係に強い。そして、竹取家とオオノフーズの小野家も味方になってくれると、その日、私を外に誘い出した征吾さんが教えてくれた。




