32:怨憎会苦
グラビアアイドルが生放送で略奪愛を告白した。
ニイナは一気に有名になる。潔いまでの炎上商法だったが、あっけらんかんと正直に告白したことが、妙な支持を生んだ。
なによりも、彼氏の元カノという女が、そりゃあもう、最低最悪な女だったせいで、憎悪と反感はそちらに向く。
――まぁ、その女というのが、私なんだけど。
『元カノさんは、そんなに酷い人だったんですか?』
違う番組に出た”時の人・ニイナ”は可愛い顔に沈痛な表情を浮かべる。
そうなんです。
仕事は出来る女性ではあったそうです。
それで、彼の稼ぎが少ないとこき下ろし続けた挙句、そんな安月給で働く必要ないからと辞めさせて、家事一切を押し付けて、お手伝いさん扱いしはじめたんです。
彼は少ししかお小遣いを貰えない上に、何を買うにもその女性の許可が必要で、料理も掃除も文句ばかり言われていて、こんなことも出来ないなんて、そりゃあ仕事も出来なくて当然だって、どんどん追い詰められていきました。
自分は贅沢三昧で、家中、買い物したもので溢れていたそうです。けど、買っても使わないものばかりで、箱から出すこともしないで、粗末に扱っていたようです。もし、彼がいなかったら、ひどい汚部屋になっていたに違いありません。
――え? 業界の人?
いやだ、そんなこと、言えませんよ。
ええ、そうなんです。
いえ、そんな有名な人じゃないけどテレビには出ています。
いつも調理器具や掃除道具の紹介をしているけど、自分では全然、出来ないんですよ。家事全般、嫌いなんです。
嘘つきだと思いませんか?
口では美味しいと言ってる食べ物も、家に帰るとボロクソに言うんですって。あんなマズイの喜んで買っている客をカモ呼ばわりして。
それに洋服や化粧品にもケチをつけてばかり。
どうせ何を着ても、どんな高価な化粧品で手入れをしても、スタイルの悪いブスはブスなのに、馬鹿みたいって。
彼は優しい人だから、毎日、そんなことを聞かされて、ほとほと嫌気がさしていたんですが、自分も駄目な男だとすっかり洗脳されていたから、逆らえなかったんです。
通販の人? はっきりとは言えません。
そうですね――見た目は綺麗な人ですよ。まだ若いし。
それで出入りの業者さんの若い男性とかにも色目を使っていて。遊んでいたみたいです。
最近では、なんでも、どこかの大きな食品会社の社員だと思っていた男性が、実は、そこの御曹司と知って、これはと、狙いを定めたらしいです。それで、彼の存在が邪魔になって、追い出したんです。
そうなんです!
彼、追い出されたんです。
寝取ったなんて言われたくありません。
そりゃあ、私も気が強い方だから、宣戦布告みたいなことはしました。
隠しても仕方が無いから、送った写真を公開しますね。
大胆?
グラビアの写真の方がもっと露出度激しいですよ。
私だって、こんなことしたくなったけど、そうしないと、彼女、いつまでも彼のこと、自分の奴隷か何かだと勘違いしそうで嫌だったんです。
ああいう人には、はっきり分からせないと。
携帯電話も解約させました。いつ連絡を寄こされて、再洗脳されると怖いから。
あっぱれニイナ。
はっきりと名前は出さなかったが、絶妙なヒントのおかげで、最低最悪な元カノは、すぐさま特定された。
私がテレビに出ると、ショッピング・シャワー・チャンネルには抗議の電話が殺到し、ネット上ではあらんかぎりの罵倒が溢れることになった。『嘘吐き』『詐欺師』『金返せ』。あとは私の口からは言えない。
「なんて奴! なんであんな大ウソ! よくも!」
更紗ちゃんは憤り、真理子さんも慰めてくれた。「気にしちゃダメよ」
しかし、会社はそうはいかない。
私のせいで、ショッピング・シャワー・チャンネルは嫌がらせを受けることになった。即ち、商品を注文し、ギリギリでキャンセルをかける。こうすると、商品は見た目、すぐに完売するが、結局は発送される前に、在庫が戻ってしまうのだ。そうなると、本当に欲しい人が買えなくなる。
または、嘘の住所に発送させる。荷物を受け取らず、無断キャンセルをする。カスタマーサービスに悪戯電話をかけて回線を塞ぐ。仲間を集って、公式サイトにアクセスを集中させ、サーバーを落とす。
様々な方法が、ネット上にあがり、匿名の人たちの嫌がらせ自慢がはじまった。
ニイナはそこそこ。私は通販好きには有名だが、一般的には無名に近い人間だ。多くの人々にとっては「で、誰それ?」という知名度だったのが、スキャンダラスの内容が内容なだけに、悪い意味で、盛り上がってしまう。
私は”ニイナの彼氏”とは付き合っていたが、彼の人格を貶めたことも、ましてやお客さまを侮ったことは一度もないことを弁明し、世間を騒がせたことを謝罪する会見を、社長同席の上で、行うことになる。あんなに多くのテレビカメラやカメラ、人に囲まれたのははじめてだだった。終わった後は、フラッシュを浴びすぎて、目がおかしくなるほどだ。征吾さんは私が泣いていると心配してくれたが、決して、泣いてなんかいない。フラッシュがまぶしくて、涙目になっていたけだ。そうに決まっている。
それから、アテンドの職を離れ、カスタマーセンターでオペレーターをするように命じられた。
今回のことで、直接的な攻撃を受けているのがカスタマーセンターだ。ひどい電話を何本も受け、精神的に疲弊して、仕事にこなくなったアルバイトが続出したので、普段は担当ではない社員も総出で受けている。
そんな訳で、オペレーター室に入った私に、みんなの目は厳しかった。
ただ、あのニイナの電話を繋いだ赤江絵梨南ちゃんや数人は、私に声を掛けに来てくれた。
「輝夜さんへの励ましの言葉もありますよ」
実際、何百本に一本は、応援してくれる人と話すことが出来た。
オペレーターは最初に名前を名乗るのだが、さすがに「讃岐」という名を使うと、罵詈雑言の嵐になるので、偽名を使って受けるしかなかったのだが、『輝夜ちゃんに、負けないでね、あんな話、私は信じてないからって伝えて』『早くアテンドに戻って来て欲しいわ』という温かい声をもらえた。
偶然にも末松さまの電話も受けた。末松さまは声で、すぐに私だと察したのに、そうと言わずに励ましてくれた。最後に『うちの孫のお嫁さんにしたいと思っているの』との言葉で終わった。
オペレーター室にはサトウ(征)こと、征吾さんもいた。週三のはずが、人手不足で、毎日のように来ている。毎日、ほぼ同じ服で。もしかしたら、夜に脱いだ服を、朝、そのまま拾って、着てきているのかもしれない。よれよれで、襟が汚れている。だが服以外は清潔さを保っていたし、なんといっても、その仕事ぶりで、彼はオペレーター室で絶大な信頼を勝ち取っていた。
「すっごい不本意だけど、役職付きの男の人に代わると、すぐに対応を変える人が多いのよね」
絵梨南ちゃんが休憩中にぼやいたように、あまりにしつこい電話は、上役の男性陣に回すことになっていた。
そして、征吾さんは入ったばかりのバイトにもかかわらず、的確な対応、毅然とした姿勢、鋼の精神力で、上役と同じように抗議電話の最終的な行き先に指名されていた。
実際、彼はショッピング・シャワー・チャンネルの最終責任者だった。
そう、当初の予定を前倒しして、竹取家の御曹司は仕事に復帰した。
サトウ(征)というバイトとして電話を受けつつ、竹取征吾として今回の対応を練るために、本社である竹取物産から緊急的に派遣されてきたのだった。
専務取締役としてやってきた征吾さんは、一点の染みもない、ピシッと糊付けされたシャツに、見事なスーツ姿で、すぐさま対策を練った。
まずはじめに、もっとも悪質な注文を繰り返した人間を一人、特定すると、威力業務妨害で訴え、今後も断固とした法的措置を辞さないことを公に表明して牽制した。律義にも、自分の電話番号や住所で嫌がらせをしてきた人間に対しては、ブラックリストに放り込み、ショッピング・シャワー・チャンネルの利用を一時的、あるいは半永久的に停止させる。
そしてこれは密かに行ったことだが、ネット上に、ショッピング・シャワー・チャンネルのブラックリストに入ると、他の通販会社やクレジット会社にも情報が渡り、そちらの利用にも制限が出てくるかもしれないという噂を流した。ショッピング・シャワー・チャンネルを利用しなくても、他のネット通販は利用するだろう人たちが戦々恐々しはじめた。
公衆電話、非通知の番号からの電話は受付を中止。音声ガイダンスで事情を説明、非通知解除のやり方をアナウンスするように変えた。
ショッピング・シャワー・チャンネルの利用者は、年配の方も多く、音声ガイダンスでは非通知解除が出来ない人もいて、その人たちの分は、人間のオペレーターに繋がるように配慮した。そこまでは、さすがに嫌がらせする人たちはこなかったが、「ネットは分からないし、電話は繋がらない。もう注文出来ないと思って、どうしようかと思った」という言葉を聞く度に、胸が痛んだ。
ネット上での攻撃には、IPアドレスの開示請求を出しまくったらしい。
征吾さんは、インターネット事業部と法務部を奮起させ、最前線のオペレーターには手当てを奮発した。不慣れな人員を増やすよりも、ベテランを引き留めるように心がけ、専門家を呼んで、肉体的だけでなく、精神的なケアも行うことにした。そして、サトウ(征)として、働き続けた。
一人二役をしていることを知っている私は、また倒れたらどうしようかと冷や冷やしたが、「ここで私が抜けたら、士気が下がります」とガンとして譲らなかった。確かにバイトが次々と辞めて行く中、どんな電話も率先して受け取るサトウ(征)さんまで見限ったと思われたら、バイト陣は総崩れしただろう。
もっとも、”竹取征吾”が赴任して一週間で、当初の嵐は大分、落ち着いていた。
誰もが訴えられるまではいかないと高をくくっていたからだ。真に義憤にかられた訳ではなく、単なる欲求不満の解消とか、面白そうだからと参加した人たちは、割に合わないことをすぐに悟った。
それから、これはどういう計算で割り出したのか知らないが、征吾さんは、悪戯で注文されキャンセルされる量と、ちゃんとした注文との割合を把握し、ウェイトリストの受注量を調整した。アテンドにはウェイトリストでまだ受け付けていることを、盛んにアピールさせた。
おかげで、ほぼ、欲しい人に商品が行きわたる様になる。
さらには、直近、半年の間に一度でも注文をした経歴がある人、過去三回以上の取引がある人などの優良既存会員向けの限定セールデーを行うことを決め、専用回線を準備し、週末にも行う予定だ。今は新規を増やすよりも、長年愛用してくれている顧客を優先する方針を取るを周知した。
「新しい取締役の人、なかなかすごいですね」
「やり手と聞いたけど、本当だったみたい」
「どんな人か、会ってみたい。今は、忙しいから無理なのかな?」
オペレーター室に称賛の声が響くようになった。
本来なら、直接、足を運んで、オペレーターを鼓舞したい気持ちがあるらしい”本人”は、淡々と電話を受けている。「残念ながら、あなたは当社のお客さまではないようです」
視線と同じように冷え冷えとした声音だ。流れ弾でも背筋が凍るのに、直撃を受けたらたまったものではない。
あちらが電話を切ったのだろう、征吾さんが立ちあがる。
「すみません。休憩に入ります」
オペレーター室長が「お疲れさま」と心からの労わりの言葉を掛けたが、彼の休憩は休憩ではない。
「征吾さん……本当に休んで下さい」
近付いて、そう囁くと、征吾さんは小声かつ、早口で答えた。
「急いで対策しないといけないことがあります。
オオノフーズの会長が来ています」
ショッピング・シャワー・チャンネルへの攻撃はかなり落ち着いたが、私に関する風評は治まる様子がなかった。
ニイナではなく、週刊誌が新たに燃料を注いだからだ。
『衝撃! ショッピング・シャワー・チャンネルの人気アテンドの醜悪な裏の顔!』と銘打ち、讃岐輝夜は、オオノフーズの看板商品、青汁林檎ジュースを陰では不味い、あり得ない味と散々、こき下ろしていたくせに、小野壮一郎が社長令息と知って、手のひら返しで媚を売り始めたという記事を書いた上で、驚いたことに、私が「もう、この青汁林檎、駄目よ。すっごいマズイ〜」と笑っている音声を入手して、あの朝四時の最初に小野さんと組んでアテンドした際の動画の中で、一番不味そうに見える顔を切り取ったものにかぶせて、デジタル配信したのだ。
それに関しては言いたいことがとてもたくさんあるが、これまでほとんど通販で扱われていた青汁林檎ジュースへの関心が悪い方向に高まってしまったのが、一番の問題だった。
飲んだこともない人間たちが、不味い不味いと、面白半分にはやし立てていた。動画投稿サイトに、一口、飲んだ途端に「すっごいマズイ〜」と吐き出す様子を上げる人間まで出て来た。あくまで個人の感想であり、自分が不味いものを不味いと表現する自由があるとのことで、法的措置にも踏み出せないらしい。
そのことで、オオノフーズの会長自らが対応に来たのだろう。
征吾さんはそそくさと、オペレーター室を出て行く。
誰かが「男追っかけて暇があったら、仕事してよ。この疫病神」と私の背中に吐き捨てた。
振り向くと、”彼女は”素知らぬ顔をしたが、絵梨南ちゃんと、これまたヘルプで入っていた更紗ちゃんの咎める視線で、誰が言ったのかはすぐに分かった。
この怒涛の一週間でサトウ(征)の株は一気に上がった。”彼女には”、小野壮一郎だけでなく、私がサトウ(征)にも媚を売る、嫌な女に見えたのだろう。
征吾さんに関してはともかく、小野さんに関しては濡れ衣だ。
こういう事態に直面すると、普段の自分の行いというものが省みられる。私を信じてくれる人が居れば、そうでない人。無関心な人。今の所、同一くらいの割合だ。でも、それって、いい割合よね。全ての人に好かれるのは無理だけど、それだけの人に応援してもらえるのもすごいと思う。それに、はじめは迷惑そうな顔で見ていたオペレーターさんの中でも、しばらくすると態度を軟化させてくれた人もいた。
私が今、出来ることは、与えられた仕事を誠実に遂行し、なるべく多くの人の信頼を取り戻すことだ。
そう決意を新たにし、席に戻り、新しい電話を受け取った。




