30:悪童の後悔
高校時代の征吾さんは、竹取征吾というよりも、サトウ征吾だった。
彼の服装は、はっきり言って野暮ったい。はじめて会った時の、あの一部の隙もない素敵なスーツ姿はビジネスマンとしての、あくまでも正装であり、仕事として監修を入れて、水準以上のお洒落さを保っていただけだったようだ。
つまり征吾さんは、そんなに変装しているつもりではないのかもしれない。
今も、やや洗練さを欠く服装、いっそサイズも合ってないセーターだけど、征吾さんの鋭さを上手く中和していて、むしろいいかも。
文屋さんと橘さん、更紗ちゃんは”サトウさん”が竹取物産の御曹司、竹取征吾だと知って、驚いた。もう一人がオオノフーズの御曹司なのも、同じく。
「先生、こんなにコネがあるなら、就職の時に口を利いて下さいよ! 先輩たちがどれだけ苦労したか」
文屋さんが冗談めかして抗議する。
「そうか……気が付かなかったよ。
という訳で、うちの学生を宜しく」
大伴准教授も面白半分で、友人二人を見た。
”御社”側二人は、「そちらの学生たちが、みんな優秀なのは知っていますよ」とかわした。
大学側は勿論、それ以上、無理強いすることなく、話は男三人の高校時代へと変わった。学生二人の興味は、そちらに移り、更紗ちゃんは写真の中に、清澄さんの姿を探しているようだ。
征吾さんと小野さんは、やや照れ臭そうに、所在なく、よく手入れされた庭や、建具を見つめはじめた。二人は、ポツポツと会話しているようだが、あまり盛り上がっている様子はない。高校時代は馬鹿やっても、三十代になると落ち着いて、そういう関係になるのかもしれないが、征吾さんが一方的に対抗心を抱いているせいだったら、私だって、居心地が悪くなる。征吾さんは小野さんが私に気があると思っているのだ。しかも! 私も小野さんに絆されることを警戒しているのだ。
なんでも『輝夜さんの好きそうなタイプじゃないですか』なんだそうだ。そう言った時の征吾さんの顔の方が、私の心のツボに入ったのですが。
そんなやり取りなど、知る由もない……征吾さんが話してなければ、そして、絶対に話していない……小野さんは奥の方に視線をやった。
「清澄のやつ、来ないのかな?」
名前だけで、更紗ちゃんが反応したのが分かった。
大伴准教授が様子を見てくると、「ナオちゃんは帰ったみたいで、今は、マサを説教している」
そろそろお暇した方がいいかな、と迷っている内に、美味しそうな昼食が出てきて、私は今、寺社専門の通販カタログなんかを読んでいる。これは端的に言って、すごく面白い。こんな商品、うちでは扱っていないし、使い方が分からないものも多くあった。
隣で更紗ちゃんが説明してくれなければ、さっぱりだった。
「詳しいね、更紗ちゃん」
「――そんなこと、ないですよ」
固い声で否定された。
更紗ちゃんの家は仏教系の学園を経営しているくらいなんだから、もっと普通に「身近なんです」って答えても構わないはずだ。
これもまた、清澄さん絡みみたいだな、と思っていると、ようやく、その彼がこちらに顔を出した。
「お待たせしてすみません」
慌てて、座卓の上を片付ける。昼食どころか、お菓子までたくさんいただいた。私は通販カタログを片付けながら、足のしびれを緩和させようともぞもぞと動いた。そう言えば、更紗ちゃんは、さっきから綺麗な正座を崩していない。学生二人に至っては、投げ出していた足を、急いでしまっている。今時の子は、あんまり正座する機会ないものね。
清澄さんが静かに座った。大柄だけど、所作が綺麗。さすがお坊さん。
「何か……私にお話しが?」
兄とその友人、幼馴染と知人の前で、彼は改まって聞いた。目が、更紗ちゃんと兄の方を見た。
「修行から帰って来たというから、会いに来たんだ。久しぶり――って、なんだよ、征吾、さっきから、お前、変だぞ」
小野さんが朗らかに挨拶しかけたのを、征吾さんが小突いて止めていた。
「あの……お気遣いなく。
ご結婚が決まったのですね。おめでとうございます」
清澄さんが征吾さんにお祝いを述べた。
「いいえ、違います」
「課題……まだ三つ目なのに、合格するなんて、やっぱり更紗はすごいな。
私が言うことではありませんが、更紗のこと、幸せにしてやって下さい」
「だから違います」
一切、更紗ちゃんの方を向かない清澄さんと、否定し続ける征吾さん。
沈黙が落ち、さすがに、何か変だと感じた清澄さんが、全員を見回した。
「違う?」
「ああ、違うぞ。清澄。お前の早とちりだ」
「――そう……」
「だからお前、さっきからなんやかんや理由をつけて、ここに来なかったのか?」
兄の問いに、弟の顔が赤くなる。
更紗ちゃんは今にも泣きそうだ。
正座して数分も経っていない学生二人がもぞもぞしているのは、足がしびれ始めているだけではなさそうだ。
「文屋さん、橘さん。
ここのお寺の本堂に安置されている本尊は、国の重文に指定されているのですが、ご興味はありませんか?
隆道、清澄、構わないか?」
見かねた征吾さんがそう誘うと、東洋思想史を専攻しているだけあって、すぐに喰い付いてきた。おそらく最初から、それも目的だったのだろう。しかし、本堂には今まで、清澄さんがいたので、遠慮していたのだ。
「待て、征吾」
立ち上がった征吾さんを小野さんが制した。
「お前だって当事者じゃないか。
――私が案内しましょう。
専門的な解説は出来ませんので、場所だけになりますが」
大伴兄弟の同意を得た小野さんは、高校時代に何度もお邪魔していのだろう、迷うことなく、二人の学生を本堂の方に連れて行く。
「じゃあ、私も」としびれる足でついて行こうとしたら、「輝夜さんだって、関係者じゃないですか」と更紗ちゃんに、まさに引き留められる、という感じで、腕を引っ張られた。
大伴兄弟、更紗ちゃん、征吾さん、そして、私という面子は、座卓を囲んで互いを見やった。
大伴准教授が口を開いた。
「私が寺を継ごうかと思う」
突然の発言に、弟は勿論、友人二人も、私も驚き言葉が出なかった。
即座に反応したのは更紗ちゃんだった。
「何言ってるんですか!?
清澄がどれだけこの寺のことを考えて、真面目に修行をしてきたか、知ってます?
それがいくら勉強したいからって、家のことも省みず、外に出たっきり帰ってこなかったくせに、今更。
清澄の修行が終わって、これからこの寺を継ぐという、今、この時になって、なんでそんなこと言うんですか?
長男だからって、そんな勝手、許されると思ったら、大間違いです!
清澄! いくら隆道兄さんの言うことだって、聞かなくてもいいわよ! こんなの横暴だわ!」
「更紗……」
自分の代わりに怒っている更紗ちゃんの姿に、清澄さんは茫然としている。感動もしているかもしれない。ようやく、清澄さんは更紗ちゃんの方を向いた。
「でも、更紗ちゃん、清澄が寺を継ぐから、結婚出来ないのだろう?」
「もういい。
そうやって、更紗を追いこんで迷惑掛けるのは止めて欲しい。
俺との縁談を断るのに、征吾さんまで巻き込んで……。
征吾さん。更紗のこと、怒らないで下さい。仕方が無かったんです。
それでももし、更紗のこと、気に入ったら――」
清澄さんは最後まで言えなかった。グッと口を引き締め、膝の上の拳を握った。更紗ちゃんも全く同じ顔と視線で黙った。
「更紗ちゃん? 言わなくてもいいの?」
私が促してみても、「言うことなんて、ありません」と頑なだ。
「えっと、私、ほとんど部外者で、事情がよく分からないのですが、どういった理由で清澄さんは更紗ちゃんとこんなにこじれてしまったんですか?」
女も三十に近くなると、図々しくなるものだ。お節介といってもいい。でも、今はそれがありがたい。私のお節介で更紗ちゃんが幸せになるなら、それもいいじゃない。
「讃岐輝夜さん……ですよね?
更紗が働いているショッピング・シャワー・チャンネルのアテンドをなさっている」
そうか。自己紹介がまだだった。そこで改めて挨拶をする。その時間で清澄さんは言うべきことをまとめた。




