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29:飴と鞭

 大伴准教授の実家のお寺はかなり大きく、立派だった。

 なんでもそこには”貝塚”と呼ばれる碑があるそうだ。縄文人が食べた物やゴミを捨てた跡としての貝塚では無く、近世から現代まで、その近辺では貝がよく獲れ、それで生計を立てていた人たちが供養のために立てたものの方だ。一年に一回、貝供養も取り行っていて、その縁があって、大伴准教授のゼミはシェルフェスティバルに関わることになったらしい。


 更紗ちゃんと、話を聞きつけた文屋さんと橘さんとで最寄りの駅まで行くと、大伴准教授の他に、なんと征吾さんと小野さんまで待っていた。


「高校時代の写真を見せてもいいか? と聞いたら、『お前が悪さしないようについてくる』って」


 大伴准教授は苦笑をこらえたような顔で、そう言った。ちなみに、小野さんは「清澄が帰って来たなら、久しぶりに会いたいとじゃないか」と、楽しそうな表情だったが、征吾さんの方は……正視できない。なんか怒っている感じがしないでもない。いや、彼は単に目つきが悪いのだ。そう思うことにしよう。


「ああ! サトウさんと小野さんじゃないですか! この間は、手伝ってくださってありがとうございます」


「良かった。あの後、すぐに帰ってしまわれたので、お礼を言えなくって、気にしていたんです」


 文屋さんと橘さんが揃ってお辞儀した。そう言えば、顔見知りだった。

 むしろ更紗ちゃんの方が、征吾さんを知らないという不思議な現象が生まれた。

 

「お役に立てて、幸いです」


「隆道から聞きました。お気遣いなく。私はあまり役に立ちませんでした。むしろ、勉強させてもらいました」


 征吾さんと小野さんが、それぞれ答える。

 二人の女子大生は身を寄せ合って、コソコソしていた。キャアキャアといった方がいいかも。


「先生のお友達、格好いいですね」


「でも、一人足りないよー」


 合コンか!

 内心、突っ込みを禁じ得ない。二人はなかなかの肉食系のようだ。


「お前たち……何のためにここに来たんだ」


 大伴准教授が学生たちを窘める……と思ったら、さも面白そうに笑って、参道の上を指差した。「安心しなさい。ほら、もう一人の面子がきたぞ」


 どどどどどっ。

 という擬音がピッタリの勢いで、大きな男の人が駆けて来た。坊主頭に作務衣姿。まだ寒いのにまくり上げている袖から出ている二の腕は逞しい。

 

「いやだぁぁぁぁぁ」


 筋骨隆々の大男にばかり視線がいっていたが、甲高い叫び声で、その前を小さな女の子が走っているのに気付いた。

 水色のスモック姿は、幼稚園児のようだ。こちらも寒いのに、裸足で上着も着ていない。

 大男は、そんな状態の上、泣きじゃくっている女の子を追っかけているのだ。

 一見すると、とても恐ろしい。

 更紗ちゃんは私の背中に隠れてしまった。


「ちょっ、更紗ちゃん!」


「きよすみです……」


「え?」


 耳まで真っ赤にして、季節外れの蚊の鳴くような声で、彼女はそれだけ言った。

 男三人衆を見れば、危機感の無い様子で、小さな女の子と大男を見ていた。

 つまり、犯罪とか、そういうのではないらしい。

 大男……清澄さんは、あっという間に女の子に追いつき、片手で抱き上げた。


「ナオちゃん! 捕まえた!」


 名前のように清々しい、いい声だ。これで説教されたら、聞き入ってしまいそう。ただし、内容が入ってこない恐れがあるくらい。肉食系女子たちは「おお、イケメン僧職系男子だ!」と喜んでいる。

 

「いやぁ、かえる! おかぁさぁあああん!!」


 小さなナオちゃんは身をよじって、清澄さんの腕から抜けだそうとしている。園児の蹴りや拳が、そこかしこに当たっているが、見るからに頑強な身体には少しの打撃も与えられていないようだ。


「そうだね。帰ろう。

だから靴を履いてね。足が痛くならないように。それから上着を着るんだよ。風邪をひかないように。

そうしたら、先生と一緒におうちに帰ろう」


 穏やかにそう話しかけると、ナオちゃんはだんだんと大人しくなって、時折、しゃくりあげるくらいになってきた。


「かえってもいい?」


「いいよ。でも一人じゃ駄目だ。危ないから。先生が付いて行ってあげる」


 清澄さんはナオちゃんを慰めると、こちらに気づいていたのだろう、女の子を抱き上げたまま、会釈をした。

 背中の更紗ちゃんの爪が背中に食い込んで痛い。

 そこに、エプロン姿の女性も走って来た。


「ナオちゃん! 和尚先生!」


「あ! 美弥さん!」


「え! 輝夜さん!」


 なんと、石橋美弥さんだった。もとい、貫田美弥さんだ。

 

「なんでここに?」


「私、この先の幼稚園で働いているんです」


 そうだったかー。

 世の中狭い。美弥さんが勤めている幼稚園は大伴准教授の実家の寺が経営していて、更紗ちゃんの実家の学園の系列だったのだ。

 美弥さんはすっかり幼稚園の先生で、私たちよりも、まずナオちゃんの方に意識を集中させる。


「ナオちゃん。靴を履きましょうね。怪我はしていない?

お母さんが迎えに来てくれるから、それまで待てる?」


 もう帰れることは確定したのを悟ったナオちゃんは、素直に靴を履いた。ただ、手は清澄さんの着物の裾を握っている。子どもながらに、彼が自分の最大の味方であることを知っているのだ。


「あのね、マサくんもごめんねって……謝りたいんだって」


「いや」


「マサくん、ナオちゃんに意地悪したの、反省しているわ。許してあげて」


「やだ」


「マサには、私から、しっかりと話す。

それまでは、ナオちゃんには会わすことはない」


 美弥さんが清澄さんを見上げた。


「そんな……マサくんは、ナオちゃんのことが気になって……ちょっと意地悪をしちゃっただけなんです。

今は反省しています。ちゃんと謝らせないと」


「好きだから意地悪をする?

そんな理由で、人が嫌がることをしていいはずがない。

マサはもっと反省しないといけない。じゃないと……マサが将来、後悔することになるんです」


 きっぱりと清澄さんは言い。ナオちゃんを抱き上げ「お堂においで、お菓子をあげよう」と連れて行ってしまった。


「何があったんですか?」


 大体、察したけど、一応、聞いてみる。


「あの子、来年度入園の予定の子なんですが、今、短時間だけの慣らし通園をしているんです。

そうしたら、年長のマサくんが、いろいろとちょっかいを掛けて。

ただでさえ、母親と離れて不安な時に、そんなことをされたから、もう、泣いて、園を飛び出しちゃったんです」


 その答えに、文屋さんが「ああ、よくありますよね」としたり顔で頷いた。「砂とか掛けられたんですか?」


「それもありますが……怖い話をしたんです。

ここお寺でしょう? 墓地があるんですが、そこに幽霊が――」


 美弥さんの言葉が終わらない内に、私の背中に貼りついていた更紗ちゃんが、悲鳴を上げた。


「帰りましょう……! 輝夜さん、もうやっぱり帰りましょう?

ね、帰ろう」


 さっきの幼稚園児と同じことを言った。

 なんとなく、更紗ちゃんが清澄さんと結婚出来ない理由が見えてきた。そして、周囲の大人は、それくらいの理由なら、なんとかなるだろうと踏んでいることも。だけど、更紗ちゃんの悩みは深刻のようだ。


「まぁ、そう言わず。大丈夫だよ」


 大伴准教授は素知らぬ顔で、みんなを上に誘った。

 更紗ちゃんは「嫌だ」「帰る」とごねていたが、全員が行ってしまうと、この参道に一人、残されるのに気づき、涙目で追いかけてきた。


「輝夜さん、絶対に、私の側から離れないで下さいね」


 腕に縋り付かれた。


「更紗ちゃん、そんなに怖がらなくても平気よ。日もまだ高いし。

あちらさんも営業時間外よ」


 励ますつもりでそう言った。


「そりゃあ、輝夜さんは怖くないでしょうよ。

輝夜さんが怖いのは、いつまでも赤や紫に変らない緑の在庫状況でしょう?

むしろ、何か売りつけられないかと、虎視眈々としていそう」


 こんなに頼りにされて複雑な気持ちになったの、初めてだ。私だって、そんなに怖い話、得意じゃないのよ。


「いや、買い物しないんじゃない? そういう……存在は?」


 更紗ちゃんは私の腕を引き千切るかの如く、力を入れた。


「買い物!? しますよ! 飴とか! 知りません? 飴とか!」


 知らないなぁ、と思っていると、小野さんが解説してくれた。

 飴を買って子どもを育てた幽霊がいたそうだ。

 怖がっているわりに、詳しいわね、更紗ちゃん。


「なるほど。

それって、販促としては、成功よね。

興味本位でも手に取ってもらえるのは大事よ。

物がよければ、そこから顧客も作れる」


 耳目を集めるための作り話よ。

 慰めるように更紗ちゃんの頭を撫でるが、その手を振り払うように、いやいやされた。

 何を言われても納得する気はなさそうだ。 

 

「輝夜さんなら、きっと幽霊相手だろうが、宇宙人相手だろうが、どんなものでも売ってしまいそうです」


 小野さんからは、無駄に信頼に満ちた目で見られた。これまた複雑な気持ちになる。

 そりゃあ、売れって言われたら、売るけど。

 釈然としない気持ちで歩いていると、後ろから、文屋さんと橘さんの歓声があがった。


「え? あなたあの石橋杏子さんの妹さんなんですか?」


「やだ、似てない! あ、でも、目元は似てるかも」


「その節は、姉がお世話になりました。

おかげさまで、姉の仕事に対する姿勢も、随分、変り、社員の士気も高くなったそうです。

すぐに業績に反映はされませんが、改善の兆しが見えてきた……と和泉が」


 杏子さんの近況に、文屋さんは嬉しそうだ。


「私、石橋産業にエントリーしようと思ってます。

お姉さんと一緒に働いてみたいなぁって」


 この間まで、石橋産業は無いと言っていた文屋さんだったが、考えを改めたようだ。

 石橋産業は生まれ変わるだろう。これも大きく言えば、竹取家から出された課題をこなすことで、自分を見つめ直した結果だ。

 それが、更紗ちゃんにも適用されればいいのに。

 後ろを振り向くと、征吾さんが同意を表すように微笑んで見せた。

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