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24/48

24:有明の月

 どこに連れて行かれるのだろう。

 朝の六時では、お店も開いていない。

 車は一度、コンビニに寄り、征吾さんは私にカフェラテを買ってきてくれた。ラージサイズだ。自分と運転手さんにはコーヒー。それから軽食も。


「こちらから無理を言って付き合ってもらっています。

お気になさらずに」


 自分の分を払おうとして、遮られた。

 彼は私の懐事情が苦しいことを知っている。その理由も。

 だったら、分かっているはずだ。今度の恋は、失敗したくない。安心安全の恋がしたい。その相手に、征吾さんは合致しない。

 

 車は高台の広場に止まった。運転手さんは車に残って、私たちは外に出る。

 

「寒いのにすみません」


 征吾さんはコンビニで使い捨てカイロも買っていた。それを私に渡し、さらに、車内にあったひざ掛けを肩に羽織らせた。


「寒くないですか?」


 何度も確認された。なんなら、自分のコートも脱ぐ勢いだ。

 大事にされている気がするし、彼もそれを伝えようとしているのが察せられた。


「もう十分です。それよりも、早くお話を始めて、終わらせて下さい。そうすれば、早く温かい場所に戻れますから」


「……そうですね」


 例の、飼い主に叱られた大型犬みたいな顔をした後、征吾さんは自分の時計をちらりと見た。

 車の移動で時間を使ったが、どうやら、ここから一時間らしい。どんなことを言われ、私はそれに対抗出来るのだろうか。

 不安からくる震えを悟られないように、両腕で自分を抱きしめる。

 けれども、もう「寒いですか?」とは聞かれなかった。

 代わりに「私を不誠実な男だとお思いですね」と問われる。


「……はい」


 シェルフェスティバルでは、あの後、忙しさを理由に、彼を避けてしまった。打ち上げも欠席しようかと思ったら、征吾さんの方が小野さんを連れて早々に帰ってしまった。学生たちと私が、互いに慰労する場を奪うようなことはしない、という配慮が感じられた。 

 彼は基本的にはいい人なのだろう。


「そう思われても仕方がないと思います。

私は現在、婚約者を選ばなければならない身であり、候補者たちがその座を争っています。

なのに、私は他の女性に心惹かれてしまった――あなたにです。輝夜さん」


 自分と結婚するために女の子を競わせるなんて、傲慢だと反感を覚える一方、征吾さんが私に好意を抱いているとはっきり明言してくれたことに、心がときめくのを止められなかった。

 うん、ちょろい。


「本気で言ってます?

馬鹿な女だから、遊び相手にちょうどいいと思ってるとか?」


「輝夜さんこそ、本気でそんなこと言ってますか?

そんな風に自分を卑下すべきではありません。

あなたはとても素敵な女性です。遊びで手を出そうなんて男がいたら、私が許しません」


 怒られた。竹取の御曹司はご立腹のようだ。私をすごく褒めてくれているが、視線が怖い。

 しかし、軽く頭を振って、冷静さを取り戻す。


「……時間がありません。

私の話を聞いて下さい」


「……はい」


「私があなたを知ったのは、アメリカで働いていた頃です。

日本人向けのテレビチャンネルで、日本のショッピング・シャワー・チャンネルも見られたので。

はじめはうちの会社が関わっている事業を知るためでした。

それが……とても活き活きと、楽しそうにアテンドをしているあなたに、一目で、惹きつけられて、以後、あなたのファンになりました。

仕事で疲れて帰って来た時も、あなたの番組を見ると元気になれました。

明日もあなたのように溌剌とした気持ちで働こうという気持ちになりました」


 それで働き過ぎて倒れたとか言われると、とても困るのですけど。


「日本に戻ってきた時、あなたにどうしても会いたくて、竹取の力を使って会社にお邪魔しました。

生放送中のスタジオも覗かせてもらったんですよ。

輝夜さんがアテンドをしている生の姿を拝見したくて。

悪いファンです。でも、あくまでファンの一人として、あなたを応援するつもりでした。

あなたが――泣いている姿を見るまでは」


 よりにもよって、私が将司に裏切られた日に、彼に出くわしてしまったのだ。

 信じられる? そんな話?


「あんなに酷い目に合わされていたことに、私はちっとも気づきませんでした。

帰ってから録画を見ましたが、確かに、そう言われてみれば、いつもと少し変わった様子に見えなくもありませんでしたが……オオノフーズの件は別です。あんな時に、あいつときたら、輝夜さんに迷惑をかけるなんて……それでも、あんなことがあったのに、あれだけの仕事をなさった輝夜さんを、改めて尊敬しました」


 「と、同時に――」征吾さんは、私を見つめた。

 日が昇り始めて、征吾さんの端正な横顔を照らす。


「泣いているあなたを慰めてあげたくなりました。愛おしい――と、思いました」


 何か口にしたら心臓が飛び出してしまいそうだ。征吾さんの視線に釘付けになる。


「それから石橋家の件です。

美弥さんの時も、杏子さんの時も、見事なアテンドでした。

物の売り方だけでなく、あなたは美弥さんのために怒り、杏子さんのことを最後まで見捨てなかった。

あなたは嫉妬だと言いましたが、結局は本人が歩み寄らなければいけないことでした。そこまであなたが責任を負う必要はないでしょう。

そんな輝夜さんのことを素敵だと思いつつ、自分を他の女性と縁付ける協力をしていることに、勝手に憤ってもいました。

私があなたに近づく男に感じるのと同じように、あなたも私の周りの女性に嫉妬して欲しいとまで願いました。

杏子さんへの嫉妬が私のためならば良かったのに。なのに、あなたの中にはまだ、あの男がいるのを知る羽目になるだけでした」


 征吾さんは徐々に近づいてきた。トウガラシスプレーは車に置いてきてしまった。

 もう! 手元になければ、どんなに強力だって意味がない。

 対して征吾さんには、彼自身の魅力という、いつも手元にある強力な武器があった。私は彼の手を振り払えない。

 

「あなたが恋愛に対して臆病になっていることは知っています。

あんな……あんな屑みたいな男のせいで、あなたが不当に傷ついて、ご自身の魅力を見失ってしまったことに怒りを禁じ得ません」


 私の手を握る力が強くなる。

 怒っている。私のために、こんなにも憤ってくれているのだ。

 自分がこの力強い感情にに、どんどんと流されていくのが分かる。


「ですから、少しずつ、あなたの心に添っていければと思っていました。

その間に婚約者の件も解消しようとしたのですが、壮一郎があなたに近づいていくのを目の当たりにして、せめて私の気持ちだけでも伝えておかないと、取り返しのつかないことになるのではと――」


「壮一郎?」


 って、誰?

 私はようやく声を出せた。幸いにも心臓は飛びださなかった。


「壮一郎です。小野壮一郎」


「あ……あー!」


 オオノフーズの小野さんの下の名前だ。名刺をもらっていたし、番組の最初や間に、名前のテロップが出ているはずなのに、すっかり失念していた。


「しょ、商品の名前はちゃんと覚えています!」


 ビジネスマンとして失格だと征吾さんに軽蔑されるかと焦るあまり、変な言い訳になった。だが、征吾さんはそんな私に、嬉しそうだ。


「良かった。壮一郎のこと、そんなに興味はないんですね」


「いや……」


「あるんですか?」

 

 異性として気にしたことはない。つまり、興味がないってことだけど、何か言い難い。征吾さんは小野さんに対して、猛烈な対抗心を抱いているようで、下手なことを言うと、妙な風に勘繰られそう。

 無難な話題を探る。


「小野さんとはお知り合いだったんですね」


「ええ、高校の同級生なんです。

あいつは、私と違ってフリーな身の上ですから、あなたと恋をするのになんら、支障がありません。

それが、とても口惜しい」


 征吾さんが本当に悔しそうな顔をした。


「祖母から結婚の話を持ち出され、誰か好きな女性はいないか? と聞かれました。

ですが、その時の私には――これぞと思う人がいませんでした。その時は……。

なら、自分と結婚したいと望む……竹取家の嫁になろうという熱意の強さと実力がある人を採用すればいいのではと、安易に思ってしまったのです」


 なんだそれ、就職活動か? このワーカホリックめ!


「ですが、今ならばはっきりと言えます。

私が結婚したいと望むのは、輝夜さんだけです」


 一気に、プロポーズされた。

 エントリーシートも出していないのに、いきなり最終の重役面接くらいの唐突さだ。 

 あなたは弊社に就職を希望しますか?


「あ、あの……」


 早すぎる。心の準備がまだ全然、出来ていない。

 太陽はどんどんと昇り、あたりは随分と明るくなった。私の顔が赤いのは、朝焼けのせいじゃない。


「もう少し早く出会っていればこんなことにならなかったのに――。

でも、このタイミングでなければ、輝夜さんに出会うことは叶わなかったし。難しいものですね」


「……それは、そうですけど」


「これが運命――でしょうか?」


 竹取家の御曹司はロマンチックな言動をする。

 ここに連れて来たのもそうだ。高台から見る朝日は綺麗だった。うっすらと積もった雪がキラキラと光る。

 思わず現実逃避してしまった。


「綺麗ですね」


「――はい。綺麗です」


 私は朝日を見てそう言ったけど、征吾さんの視線は、私の方を見ていた。


「あの……」


 夜勤開けで、化粧も直していないのに。ああ、でもこの人、パンダ目の私を好きだと思ってくれたんだった……。


「輝夜さんはとても綺麗ですよ。朝日に輝いて、キラキラしています。いつも眩しく見えます。

あなたがまだ、男に対し心を開けないのならば、その門前に並ぶのを許して下さい。

いつの日か、その心の門を開けてみせます」


 「そうですね」と、征吾さんは真剣な顔つきで、私の顔を覗き込んだ。


「ウェイトリストに入れてくれませんか? あなたの恋心が戻って来た時に、どうか私に下さい」


 頭の中で、完売のチャイムが鳴った。私の恋心なんて、もうすっかり征吾さんのものだ。

 時計を見れば、まだ三十分ちょっとしか経っていない。

 ああ、もう! 私、なんて簡単な女なの!? びっくりするくらいちょろくない? 異性にちょっと優しい言葉を掛けられて、こんな舞い上がるなんて。

 いいや、ちょっとじゃない。すごく甘くて情熱的な告白だ。それに真摯だ。これで心が動かないような女にはなりたくない。

 だけどまだ、征吾さんに対して、それを悟られる訳にはいかない。彼は婚約者関係のことを始末しないといけない。それにおっかない竹取の会長を説得する必要もある。

 上手くいきっこない。途中で、私への想いよりも、竹取家への義務に目覚めるだろう。


「ウェイトリストは、必ず手に入ると、確約された訳じゃありませんからね」


 征吾さんをワーカホリックだと言っている場合ではない。私も相当なテレビショッピング脳をしている。


「勿論。知っています」


「注文をキャンセルしたい時は、早めに教えて下さいね。

他の人に――」


 期待を持たないようにするために、相手に期待を与えないようなことを言おうとした。

 けれども、征吾さんはそれを許さなかった。


「他の人には渡したくありませんね。

頑張りますので、見ていて下さい」


 きっと好きになってくれるように努力します――。

 

 朝の太陽の反対側には、夜の名残の月がまだ粘っていたが、それも時間の問題だ。

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