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23:ラグランジュ点

 外は雪がちらつきはじめたけど、スタジオ内は暖かい。

 ボートネックのセーターに、細いチェーンのネックレスを付ける。胸元でチャームが揺れる。


「馬蹄は昔から幸運を呼ぶお守りと言われています。

それに魔よけの力を持つと言われるラピスラズリを組み合わせています」


 今夜はミツバチ、テントウムシ、四葉のクローバー、鍵、ハートなどの、ラッキーチャームを担当している。

 幸運を呼ぶというモチーフに、パワーストーンを組み合わせたものだ。手ごろな価格帯に、可愛らしいデザインなことから若い女性に人気の商品だった。

 

「こちら、二つセットでのご注文になります」


「クローバーとテントウムシ、鍵とハートなど、お好きな組み合わせでご注文してください」


「この素敵なチャームにピッタリのチェーンも取り扱っていますよ。

ご一緒に注文しますと、さらにお安くなりますので、この機会に、是非、ご利用ください」


 今日も完売のチャイムが鳴る。ハートと恋愛運を高めるローズクォーツのチャームが売れ切れたようだ。

 みんな、素敵な恋をして、幸せになりたいのよ……。思わず頷いてしまう。けれども、チャームを買えば、すぐに素敵な恋愛がはじまるなんてことはない。


「ラッキーチャームは、あなたの魅力を引き出し、成功に導く手助けになるものです。

これを付けることで、あなたが一歩、踏み出す勇気を得る手助けすることが出来れば幸いです」


「そうですね。このチャームはあくまでも、みなさまの気持ちを応援するものです。

その点をご留意の上、どうぞ素敵なあなただけの幸運の組み合わせをお選び下さい」


 ただの可愛い意匠のチャームとして売るならばともかく、”ラッキー”チャームと冠する以上、それがあるだけで全て上手く行くと思わせないことが重要だ。サプリメントとかダイエット食品と同じ。「※個人の感想です」という点を強調しないと、いろいろな所からお叱りを受ける。


 もっとも若いスタッフの菅原更紗ちゃんは、そんな配慮では足りないと言わんばかりの猛烈な反発心を示した。


「サプリメントだって、ダイエット食品だって、ショッピング・シャワー・チャンネルではちゃんとした研究者の人の科学的な裏付けがあるものを取り扱っているじゃないですか!

でもこれは駄目。幸運を呼ぶお守りとか、金運の上がる財布とか、非科学的ですよ。

こんなの売るなんて、詐欺同然」


 詐欺と言う言葉に、また、将司のことを思い出してしまった。


 『寝ぼけた客騙して買わせて、お前こそ、詐欺師じゃねぇか』

 

 あれから将司とは全く連絡を取っていなかった。管理人さんによれば、荷物は取りに来たらしいが、それっきり、マンションの周囲でも姿は見ないらしい。

 安心すると同時に、将司にとって私なんて、それだけの人間だったということを再認識させられた。

 将司は私が居なくても生きていけるし、なんなら、私が居ない方がいいのだ。

 

「あ……別に輝夜さんを批判している訳じゃないです。

プラシーボ効果ってあると思います。

でも、結局は自分自身の努力ですよ。輝夜さん、石よりも自分を信じて下さい」


 この所、更紗ちゃんに気を遣わせてばかりいるなぁ。

 「分かってる」と言いつつ、手はハートのチャームを掴む。番組用に付けていたものだが、メーカーの人が「良ければ差し上げます」と置いて行ったのだ。「あなた、必要そうな顔をしているわ」とも、言われた。

 私、そんな恋愛運なさそうな顔しているかしら?

 ……うん、しているかもしれない。

 素敵な男性と出会って、その人にアプローチを受けた。それなのに、素直に喜べないのだ。

 だって、その素敵な人は、祖母に言われるがまま、自分の婚約者の選定作業中だから。婚約はしていないけど、彼女たちの中から婚約者を選ぶと決めた以上、同じようなものでしょう。そして私は、元より選外の人間なのだ。

 つまり浮気だ、浮気。将司と同じ。最低――だ。

 これじゃあ、いくらモテたって恋愛”運”があるとは言えない。


 もう、嫌だ。

 私は仕事に生きるんだ。

 次の仕事! 行ってみよう!

 次の仕事は――オオノフーズの青汁林檎ジュースだ! 担当は小野さん。でも、これまでとは違う。今日は自信がある。



***



「みなさま、こんばんは! 

この時間はショッピング・シャワー・チャンネルで紹介する度に、大好評をいただいているオオノフーズの青汁林檎ジュースです。

ゲストはオオノフーズの小野さん。

そして、ショッピング・アテンドは、私、讃岐輝夜です。

一時間、よろしくお願いします!」

 

「よ……よろしくお願いします」

 

 小野さんは相変わらず緊張でガチガチだった。

 でも、私は焦ったりしない。

 オオノフーズの青汁林檎ジュースはアテンドになって以来、何度となく担当してきた。だから小野さんよりも詳しいと、心のどこかで思っていた。見ている人だって、そうであろうと。

 しかし、アテンドはそうではいけないのだ。この商品は今日だけのもの。見ていてくれるお客さまも今日だけの人だ。


「青汁って、どうしても飲みにくいイメージがあるんですよね」


 話し方も出来るだけゆっくりと。

 イメージするのは、あの末松さまの話し方だ。あの人は緊張する美弥さんから言葉を引き出し、橘さんも活き活きとムール貝の説明をしていた。

 人を話しやすくさせるテンポとか、声の調子がある。それを末松さまは、知らずに教えてくれた。


「そんなことあり……ありませんよ!」


 すごく新鮮な会話をしている気がしてきた。「青汁は飲みにくいけど、この青汁林檎ジュースは美味しいんですよ」は、もう既定路線となっていて、私から説明してしまっていたからだ。


「この青汁林檎ジュースは、その名の通り、林檎が入っているので、とても飲み易くなっているんです。

とても美味しいので、私は毎朝、飲んでいます」


「本当に、とても美味しいですね!」


 そこから小野さんの話を、なぜそうまでして、この青汁を飲んで欲しいかに持っていく。

 研究職だという小野さんは、栄養素の話題になると、饒舌になるのはもう知っている。

 打ち合わせは彼との雑談に費やした。さっきの話と相反するが、青汁林檎ジュースのことはよく知っているから、商品についての打ち合わせよりも、小野さんという人間を知ることを重要視したのだ。

 そこで彼がオオノフーズで青汁林檎ジュースの開発をするために、薬学部に入り、博士号までとったことを聞いた。

 驚いたのは、小野さんがそこまで青汁林檎ジュースに入れ込んでいる理由。


『オオノフーズは祖父が作った会社なんです』


 小野さんが研究職なのに、広報がやるような仕事を任せられたのは、次期経営者としての見識を深めるためだった。

 オオノフーズの創業家が小野姓だったの、すっかり忘れてた!

 縁起をかついで、”小野”フーズではなく、社名は大きく、”大”野フーズなのだ。

 まさかのオオノフーズの御曹司は、幼い頃から慣れ親しんだ青汁林檎ジュースのさらなる発展に尽力したい気持ちは大いにあったのだが、経営となるとかなり躊躇していたらしい。


『なので、実家からの仕送りに頼って大学に残り、ずっとオーバードクターとして研究していたんです。

でも、さすがにそれじゃあいけないと、就職することに。

なので、私、入社三年目なんですが、もう三十二歳で……』


 奇しくも、竹取物産の御曹司と同い年だった。ちなみに、私が征吾さんの年齢を知っているのは――調べたからだ。ええ、騙されないためには、相手のことを知っておくことが必要だもの――ね。


『そろそろ、営業か広報にという話が出ているのですが、私はどうも一般の人の前で話すのが苦手で。学会は別なんですけど……。

そうしたら祖父が荒療治だって……それで、輝夜さんにはとてもご迷惑をお掛けしました。申し訳ないです』


 あの日の放送を見たオオノフーズの会長に、叱られたらしい。


『私も悪かったんです』


『輝夜さんに悪い所なんてありませんよ!

輝夜さんは……とても……とても立派なアテンドさんです。

改めて、輝夜さんのお仕事ぶりを学ばせてもらいました。

私共の青汁林檎ジュースを、大切に扱ってくれて、とても嬉しかったです。

今度こそ、私もこの青汁林檎ジュースの良さを、みなさんに、ちゃんと届けるようになりたいと思います。

研究職とか、営業とか、広報とか、そんなことは関係なく、オオノフーズの社員として』


 小野さんは予備のスタジオで、本番さながらに練習もした。

 はじめは練習にもかかわらず、しどろもどろだったが、何度も何度も繰り返すうちに、随分と良くなった。

 学会での発表経験がある小野さんは、スタジオという環境に慣れることが大切だったようだ。


「おかげで、今日はよく出来ました!

……あ、いえ、どうでしたか?

輝夜さんの目から見て、私の出来は?」


 ほとんど放送事故だった前回と前々回と違い、番組が成立していたのは奇跡のようだ……訂正、小野さんの努力の賜物だ。


「そうですね。

二度ほど、フリーズしたのと、まったく同じ話を短時間に三回繰り返したのを減点して……六十点くらいかな?」


 厳しめの採点なのに、小野さんは喜んだ。


「五十点を超えるのが、こんなに嬉しいとは思いませんでした。

輝夜さんのおかげです」


「小野さんが頑張ったからですよ」


「いえ……ありがとうございます」


 私の言葉に、小野さんは頬を紅潮させている。


「輝夜さん……!」


「はい」


「今度……あの、今度、ですね」


 初回の時のように、挙動不審だ。


「今度……一緒に……」


「はい?」


 声が小さくて聞こえ難いので、耳に手を当てて、それを知らせると、小野さんの音量がいきなり高くなった。


「今度も! 頑張りますので、ご一緒させて下さい!」


「はい! 今度は、もっと上手くいきますよ」


 私は小野さんが差し出した手を握った。

 この意味は分かる。

 間違いないく、「よろしくお願いします」だ。

 


***



 その日の仕事が終わり、帰り支度をしてロビーまで降りると、背筋に悪寒が走った。

 嫌だ。風邪かしら? 

 マフラーをしっかりと巻き付け、そんな風に誤魔化してみても、無理だった。


「輝夜さん、お話が――」


「私にはないです。

疲れているんです。帰ります。

征吾さんも帰ったらどうですか?

バイト、終わったんでしょう? と言うか、いつ深夜帯に移動したんですか?」


 早足で歩くが、征吾さんはぴったりとついてくる。

 出入り口の警備員さんが敬礼して見送ってくれる。

 いっそ、この警備員さんに突き出してしまおうか? 「付きまとってくるんです」と。

 

「怒っているんですか?」


「当たり前です。

私、そんな簡単な女じゃありません」


 そりゃあ、ヒモに騙され、貢がされていたいい鴨だけど。今度は浮気のお誘いなんて、ご免だわ。

 冬の夜明けは遠くて、外はまだ真っ暗だ。息だけが白く光り、カツカツとヒールの音が響く。

 何も言わないんだ――と思ったら、ビルを出て、太い柱の陰に来たところで、腕を掴まれてしまった。

 やっぱり警備員さん、呼ぶ? そうだ! 防犯ブザー持っていたんだ。こう見えても、一応は若い女なんだから、ストーカー対策はしている。バッグの中には「熊にも変質者にも効果抜群! いざとなったらトウガラシスプレー!」もあったはず。ああ、でもいきなり襲われた時に、悠長にバッグなんか探っている暇なんてない!


「話を聞いて下さい」


 真剣な顔と声で、そう言われ、私は反撃を忘れた。

 私が黙ったのをいいことに、征吾さんは手は腕から移動して、背中に添えるような形になった。

 征吾さんの手は――すごく大きい。そこが使い捨てカイロを貼ったみたいに熱くなり、その熱は全身に広がった。


「一時間で結構です」


「え?」


 指を一本、出された。


「一時間です。

あなたが商品を売り込む時間で、私も私と言う商品を売り込みましょう。

あなたに――」


 「あなただけに」と、征吾さんに後ろから耳元で囁かれ、私はそのまま運転手つきの黒塗りの高級車に乗せられてしまった。

 ちょろい……我ながら、ちょろすぎる。

 分かっていても、征吾さんから逃れられる気がしない。

 コートの中で、ハートとローズクォーツのチャームが揺れる感触がする。

 これが「あなたを素敵な恋に誘うラッキーチャーム」の効果なのか? いいや、絶対、違う気がする。

 どちらかと言うと、鷹に狙われた小動物の気分だ。

 ゾクゾクするのは怖いのか? それとも別の感覚なのか? 正体を知りたい気もするけど、知ってしまったら、取り返しがつかなくなりそうで、私は窓の外に意識を向けた。

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