21:衛る人
まだお昼前だというのに行列が途切れない。
天気は良く、小春日和。学生たちがSNSを駆使し、ローカルテレビ番組やラジオ、フリーペーパー、ビラ配りなどで宣伝しまくったおかげで、第一回目だと言うのに、予想を上回る人が集まって来ていた。イベント会場の大きな公園は大層な賑わいだ。
目玉のカキ食べ比べとカキ小屋の整理券の配布が終わったのも大きい。こちらが駄目ならばあちらがある。
嬉しい悲鳴だが、もはや悲鳴の方が大きくなってきた。見れば橘さんの代わりに征吾さんが配膳を担当していた。彼女が少しでも休憩できるように代わってあげたのだ。
征吾さんも責任を感じているのかもしれない。杏子さんの頑固さは予想以上だったのだろう。
私も呼び込みも列形成も止め、文屋さんの代わりに調理をする。ありがたいことに、一度、整えた列は乱れる様子はないし、お客さん同士が声を掛けて並んでくれる。
でも、やっぱりもう無理!
その時、「代わりますよ」という声がした。あのお好み焼き屋でバイトをしているという学生だ。
他にもチーム・ムール貝の面々がやって来た。
「なんで……」
杏子さんもパネルの前で驚いている。その彼女を一人の学生が押しやる。どうも杏子さんを許している様子ではない。
お好み焼き屋の彼が、不承不承の顔で言う。
「あんなに懸命に説得されたら……仕方がないよ」
「え?」
口では疑問形の声が漏れたが、頭では分かっていた。
和泉さんだ。
今度も和泉さんが杏子さんの代わりに学生に詫びたんだ――。
不意に、私の中で杏子さんへの反感が爆発した。今までもあったのを、気づかないふりをしていたんだ。だから面白くなくって、杏子さんが学生たちに煙たがられるのをわざと見逃して来たんだ。頭では「真っ当なことを言っている」と訳知り顔をして。
「輝夜さん、休んでください」
征吾さんが私をブースから引き離し、スタッフ用に用意してあったペットボトルの水をくれた。
「水をどうぞ。それとも何か買ってきますか?」
私はいきなり自覚した杏子さんへの嫉妬心を見透かされそうな気がして、顔を上げられなかった。
「どうしましたか? 疲れました?」
「そうですね。あっちで休んできます」
そそくさと彼の側を離れる。少し離れたところで、チーム・ムール貝のブースを見る。
学生たちは最初からいた様に、すんなりと作業を進めている。みんな、ちゃんとマニュアルに目を通し、自分たちなりに動きを考えていたのだ。
私がアドバイザーのアテンドとして、もうちょっと積極的に杏子さんに対応していたら、彼らだってこんな後味の悪い気持ちでイベントに参加しないで済んだかもしれないのに。
あーあ、嫌な女だなぁ、と、征吾さんに渡された水を飲んでいると、隅に追いやられていた杏子さんがパッと飛び出した。
私も見たことがある都内の高級イタリアンの有名なシェフだ。
ようやく来た待ち人に、杏子さんは嬉々として養殖ムール貝の説明をはじめたようだ。
「お疲れです」
そちらこそ、お疲れさまとしか言いようのない表情の和泉さんが私の所に来た。
「和泉さん……もしかして?」
「お一人しか連れてこられませんでした。
みなさん、やはり売り込みたいのならば、そちらから来るべきだろう……と」
あのシェフもまた和泉さんが伏して願って来てもらったのだ。
「そうですよ」
私が同意すると、すぐに反論された。
「しかし、シェルフェスティバルというイベントでの活気込みで見て欲しいと、杏子さまは考えられておられたのです。
ムール貝だけでなく、様々な貝に触れることが出来ます。もしかしたら、そこで新たな出会いがあるかもしれない。
けっして、自分たちのブースのことだけを考えていた訳ではありません」
「和泉さん……」
自分でも驚くほど呆れた声が出た。あの人は両隣のブースを親の仇みたいに見てましたよ。
「どうしてそこまで杏子さんに尽くすんですか? いくら好きだからって」
その問いに、和泉さんは大きな身体を縮こめた。
「ち……違います……」
「いいえ、そうですよ。
和泉さんは杏子さんをただ尊敬しているだけじゃない。好きなんですよ。
だから杏子さんのために、身を削ってでも尽くしているんです。
でもそれって杏子さんのために、本当になっていると思いますか?」
私の剣幕に、和泉さんは黙った。
八つ当たりだって分かっている。和泉さんは美弥さんで、そして、私だった。
好きだから、その人が苦労するくらいなら自分が泥をかぶる。美しい献身だが、将司は私の気持ちを利用した。杏子さんは気付きもしない。
向こうから杏子さんの笑い声が聞こえる。
「あなたが後からついて杏子さんの尻拭いをしているから、いつまでたっても、杏子さんは自分の直すべきところに気付けないんだわ。
杏子さんの成長を阻害しているのは和泉さんじゃないんですか」
そうだ。私もそうだ。
将司が何かする前に、手を差し伸べてしまっていた。将司は言ったじゃないか。『俺は別に料理人になりたい訳じゃない。おまえが勝手に盛り上がって、勝手に学校の資料を取り寄せて、勝手に入学の申し込みをしたんだろうが!』と。
こうとも言った。『どうせおまえはご立派な社会人で俺は駄目男だよ。おまえだってそう思って内心、馬鹿にしてたんだろう?』
「和泉さんは杏子さんのこと、本当は信用していないんです。
どうせ出来ないから、自分が後からなんとかすればいいと思って、その時、その時に注意してあげないんだわ!」
「その通りです」
ついに和泉さんが認めた。
「私は……私の存在は杏子さまのためにはなりません。これが終わったら、会社を辞めようと思っています。
竹取の御曹司ならば、私よりも杏子さまをよりよく導いてくれるはずです」
「ですから、どうかそれまで協力して下さい」和泉さんはやっぱり頭を下げた。
「嫌です」
「輝夜さん」
土下座されたらどうしよう。
そう焦ったものの、そうなる前に、怒気を孕んだ杏子さんが現れ、和泉さんの頬を打った。
「何するのよ!」
「あなたは黙ってなさい。
この! 裏切り者!」
泣きそうだ。と言うか、泣いている。
あの石橋杏子さんが――泣いていた。




