20:月の孤独
当初の予定では、調理、配膳、呼び込み、など、いろいろな役割を万遍なく経験出来るように、学生たちが持ち回りで担当することになっていたのだが、この状況下では、一人が一つのことに専念すべきだということになった。その方が、後半の手際が良くなるはずだ。
物を運んだり、洗ったりするのは征吾さん。調理は文屋さんで、配膳は橘さん。そして、私が呼び込み。シェルフェスティバルは店の人間が会計したり、直接、お金に触ったりしないように食券制になっているのがありがたい。
もう一つの役割、ムール貝についての説明は、杏子さんにお願いする。
「私、そんなことしてる暇はないのだけど」
「あなたが呼んだ人が来る間でいいから。お願い!」
敢えて頼み込むと、杏子さんは「そうね。いいわ」と請け負ってくれた。
私は征吾さんと二人の学生の方に戻る。
「休憩を取る時間はないかもしれないけど、体調が悪くなったらすぐに言ってね」
「分かりました。大伴准教授も本部の方に報告して下さいました。
どうしても困った時は、何人か助っ人を派遣してくれるそうです」
自分たちがグループをまとめきれなかったのを恥じているのか、文屋さんは頬を赤らめた。
「それはありがたいわ。
そろそろ開場だから、がんばりましょう」
シェルフェスティバルには、すでに長い列が出来ていた。
しかし、彼らはまず、アワビ、カキ、ホタテと言った人気所、かつ、市場価格よりも安く買い求められるブースに殺到した。
これはもう、織り込み済みだ。
私たちは、アワビ、カキ、ホタテを手にした人たち、もしくは、その列の長さに諦めた人たちを狙う。慣れるまでは、人がちらほら来るくらいがちょうどいい。私も最初は積極的に呼び込みするのは控え、興味を持ってくれた人を見定めて、ピンポイントで勧誘することにした。先は長い。お昼時になるまで、体力と声帯は温存しておきたい事情もある。
もっとも杏子さんは納得していなようで、腕組みをして、指をとんとんと鳴らしている。ついには私の方にやって来て「何しているの? もっと呼び込んだらどう?」と提案してきた。ごめん。ムカムカしてきた。
「そういう理由で、こちらは抑え目にいきます。杏子さんの方こそ、もっと声を掛けてもいいかも。
パネル展示から興味を持ってもらえるかもしれませんよ」
あんな風に仁王立ちをされていたら、客が近づき難いし。せめて歓迎している様子を見せて欲しい。
「――わ、分かったわ……」
対面販売に関しては私に分があると認めているようで、杏子さんは一所懸命に呼び込みを始めた。
「こちらはムール貝ブースです。どうぞ……学生たちがまとめたんです……読んで行って下さい……」
読むだけなら、と数人の人が集まると説明を始める。
商談をしようとしているくらいだから、知識はしっかりと頭に入っているのだろう。聞いている人は、頷き、感心しているようだし、どんな質問にもすぐに答えている。
「あの人……頑張っているのは分かるんですけど」
橘さんが嘆息した。「周りが見えていれば、もっといいのに」
大学生にそんなことを言われていると知ったら、杏子さんは怒るだろう。
客が来ないからって無駄話をしていると睨まれる前に、私と橘さんは離れようとした。
そこに、なんと、あの末松さまがやって来るではないか! そう、あのショッピング・シャワー・チャンネルの常連客である末松さまだ。今日も、私が売った記憶のあるダウンのコートにパンツを履いている。華やかな格好だ。
「あらまぁ! 輝夜ちゃん!
また会ったわねぇ」
「末松さまもシェルフェスティバルにお越し下さったんですね」
「そうよ。こういう楽しそうなお祭り、大好き!」
早速、買ったと言うサザエのつぼ焼きを渡された。
「お一つどうぞ」
「いえ……」
「いいの、いいの。遠慮しないで。
私は一つ食べればいいの。他にも食べたいものがあるからね。
そこのお嬢さんも!」
橘さんはいきなり現れた派手目なご婦人に目を丸くしながらも、サザエを受け取る。
「ここは何を売っているの?」
「ムール貝です」
「あらまぁ、私、ムール貝好きよ。
子どもの頃は、カラス貝って言っていたわ」
「じゃあ、一皿」と、末松さまは私に食券を渡したので、橘さんの代わりに取りに行く。
戻ってくると、橘さんは末松さまに「国産の養殖ものなんです。ここ数年はじめたばかりでまだ知名度は低いですが、質がよいので――」と、説明をしていた。
末松さまは「あらまぁ」「そうなの!」と熱心に話を聞いてくれたので、橘さんも楽しそうだ。
パネルの方に案内した方がいいかなとタイミングを計っていると、隣のブースの男性がホッキ貝の炊き込みご飯を差し出してきた。
「挨拶代わりに、どうぞ」
「あ……ありがとうございます」
開場前に隣のブースと挨拶すべきだったが、ゴタゴタのせいでそれを失念していた。隣のブースも、どう見ても修羅場なこちらに遠慮したのだろう。それが、少し落ち着いたとみて、わざわざ声を掛けてくれたのだ。
「よろしければ、こちらのムール貝の酒蒸しも食べて下さい」
私は再度、ムール貝の酒蒸しを取りに行く。
「いや、催促したみたいで悪いねぇ」と口で言いながらも、男性は快く受け取ってくれた。
末松さまは私の手にあるホッキ貝の炊き込みご飯を見て、「それもいいわね」と注文し、橘さんは頂いたホッキ貝の炊き込みご飯を「これ、美味しいです! 文屋さん! 文屋さんも食べて下さい」と朗らかだ。
私もホッキ貝の炊き込みご飯を頬張る。貝の身の歯ごたえと、もちもちのご飯に出汁がしみこんでいて、確かに美味しい。
「地元の郷土料理みたいなものです」
男性はこちらのムール貝の酒蒸しを食べながら、そう相好を崩した。
「にしても、やはりカキは強いですね」
「そうですね。国内外の産地のカキの食べ比べとか、カキ小屋体験は、このイベントのメイン扱いですし」
僻んでいる訳ではない。
来場してもらうのに、目玉は必要だ。しかし、カキ小屋は四十五分、食べ放題のプランなので、来場者の滞在期間が長い上に、整理券をもらった人たちも胃袋を開けておきたいと考えるのか、ワークショップに参加したり、ステージイベントを見たりすることで、時間を潰しているようだ。ステージでは貝をモチーフにしたご当地キャラが地元のPR時間を賭けて、万歩計を振るゲームをしている。子どもたちがホタテフライやポテトフライを手にしながら、声援を送っていた。後半、貝と関係ないが、そこはまぁ……それである。
それから、肌寒いこともあり、温かいクラムチャウダーのガーリックトースト添えに人が集まっている。
「今日は寒いが天気がいい。昼になるともっと人が増えるはずだ。呑気にしていられるのも今の内だから、焦ることないよ」
こちらが学生ブースなのを知っている男性は、そう励ます。
私はまさか大学生とは思われてないだろうが……。
そうしているうちに、さらに隣のブースからツブ貝の串焼きが差し出された。
今度も末松さまが興味を示し、いろいろ聞いている。ツブ貝ブースのスタッフさんは、これまた嬉しげに彼女に対応しはじめた。
私はツブ貝を一つ口に入れ、噛み締める。
これまた美味しい。ああ、日本酒が欲しくなる。白ワインでもいい。
実は、ムール貝の酒蒸しに使われている白ワインについては少しこだわりがあった。当初は、ムール貝の産地と同じ自治体で醸造されている日本酒か白ワインを使おうという話になったのだが、予算が折り合わず、代わりにイタリアにある姉妹都市で作られた白ワインを使うことにしたのだ。あのオオノフーズが輸入していたので、私の伝手で融通してもらえた。
そこで、いっそ、白ワインもつけて売ったらどうか? という意見がでたのだが、年齢確認の煩雑さなどを考えて無しになった。
――こうなってみれば、いい判断だった。
「酒が欲しいですなぁ」
「本当に」
しかし、思う所は一緒である。
末松さまを交え、三つのブースで交流していると、杏子さんに睨まれた。「杏子さんも食べましょう」と橘さんが声を掛けても、ツンと横を向いてしまった。自分のブース以外は敵だと認識しているようで、私たちがまるで利敵行為をしているように見えているらしい。
けれども、和気あいあいとそれぞれのフードを食べている姿が来場者の目に留まったのか、いつの間にか、ブースには人が集まり、列ができはじめた。こうなるともう、互いに「これ美味しいですね!」「いやいや、そちらこそ!」「もっと食べな」とかやっている場合ではない。
人は人を呼ぶ。列が出来れば、人はそこに並びたくなるものだ。
どんどん伸びていく列を整理し、隣のブースの邪魔にならないように誘導する。さっき交流しておいて良かった。三つのブースが協力して、列を形成した。
もう呼び込む必要はないので、私は新たに並ぶ人への声掛けしつつ、ついでに、これまた学生たちが作っておいたムール貝についてのチラシも渡す。忙しくなったのを見て取って、末松さまは来た時とは一転して、静かに去って行った。
橘さんは手際よくお客さんに数を聞き、酒蒸しを皿に盛り、あさつきを散らし、お手拭を添えて、食券と引き換えにお客さんに渡す。
「ありがとうございます!」
さすがの笑顔だ。
文屋さんも手順よく調理をしている。
征吾さんは裏の方で、貝の補充をしたり、いらなくなった段ボールを潰したり、酒蒸しに使うワインの箱を運んだり、薬味のあさつきを刻んだり、食券をまとめたり、食べ終わった皿を持ってくる人がいれば回収してゴミ袋に入れたり。とにかく、よく気が付き、細々と働いてくれていた。
ザ・ホワイトカラーみたいな人なのに、肉体労働も厭わずに、むしろ楽しそうだ。
働くの、そんなに好きなのだろうか……不思議な人である。
とは言え、この忙しさが続けば、この四人で回しきるのは正直、厳しい。
杏子さんはパネルの所から動かない。時々、会場全体に目をやり、一瞬、目を輝かせることもあったが、すぐに落胆の表情に変る。
彼女が招待しているという、有名なシェフや大手ファミレスチェーン店の担当幹部を待っているのだろう。
けれども、彼らは一向に来る気配がなかった。
これに関しては、杏子さんの計画は杜撰だったかもしれない。日頃から、何か取引や親しい関係があって、勝算があったのかもしれないが、ビジネスが絡むと話は変ってくることは、往々にしてあることだ。




