16:もう一つの月
「この色、綺麗でしょう〜? 私、この生地を一目見て、もう、絶対、これだって決めて、この服をデザインしたの。
だからこの服はこの色しかないのよ! ……え、なぁに、輝夜ちゃん? もう売れちゃった?
そうなの。残念だわ。この色は、今年の秋冬もののトレンドなの。絶対に持っておくべきアイテムなのよ……輝夜ちゃん、どうしたの?
ああ、完売でウェイトリストも受け付けてない、と。
じゃあ、次の服ね。次はね〜って、いやだわ、この音、もしかして完売? まだ何も紹介してないのに!
ここ、この切り返しの所、とっても工夫したのよ〜……お願い、輝夜ちゃん! ここだけ、この説明だけさーせーてー!」
椿さんとの番組は、ある意味、戦いである。ともすれば、一人で全部、説明してしまいそうな彼女に、視聴者との間を繋ぐ質問を入れれ込まないといけないし、いつまでも完売してしまった服を紹介する訳にもいかない。
一時間の番組が終わると、一日分、働いた気分になるのである。けれども、今日はその半分だけ。
「本日は”スプリングフラワー”セールにたくさんのご注文、ありがとうございました。
大変、申し訳ありませんが、三十分より、オオノフーズの青汁林檎ジュースのご案内に番組を変更させて頂きます」
大好評につき完売。これ以上は何も出せません。
椿さんがはけ、小野さんが入るまで、画面にはショッピング・シャワー・チャンネルのガイダンスが流れる。私も隠しておいた水を一口飲む。椿さんは小野さんの背中を叩いて励ましているみたいだけど、逆効果にも見える。
ぎくしゃくとして歩いてくる小野さんは、やっぱり緊張している。
やる気は感じられるのよ。
その強張った顔は美弥さんを思い出す。彼女も最初はたどたどしかったけど、最終的にはとても良くなった。だから小野さんだって、きっと……。
しかし、残念なことに小野さんのやる気は、今度は違う方向に暴走してしまった。
言うべきことを紙に書いてきた。それはいい。だけど、それをひたすら朗読するってどうよ?
対面販売と違って、この場にお客さんはいない。その代わりに私が反応したり、質問したりして、興味を煽る役目を持っているのだ。アテンドが一人で番組を受け持つこともあるけど、その時は、語りかけるように話すのを心がけている。
でも、小野さんはたった一人で、何かを話しているだけだ。これじゃあ、どうしよもない。
いくら”打てば響く”と言われたって、打たれなければ響きようがないのよー!
「パウチタイプで持ち運びも便利ですね」
「……ですから、ゼリー状にすることで、嚥下力の下がった方にも飲み易く……」
なんとか割り込もうとしたけど、余計、事故度が上がった気がする。
こうなったら、そういう進行なのだと視聴者の人に、無理矢理でも納得してもらうしかない。
私は滔々と説明する小野さんの脇で、それに合わせてフィリップを掲げてみたり、商品を見せてみたり、飲んでみたりしてみた。
無言で……。
美味しい! とすら言えなかった。代わりに顔面筋肉フルで表現してみました。
律儀な小野さんはきっかり三十分の文章を作ってきた。有能なのに、迷惑ってあるのね。
「お……お疲れ様でした」
どうしたって非難がましい口調になってしまったけど、小野さんは全く気づいていない様子で、満足気な顔をした。
「ありがとうございます!
今日はよく出来たと思います!
讃岐さんを見習って、研究してきました!」
「――え?」
視界が真っ暗になる気がした。
あれが私?
私、あんな風に自分勝手に話している?
***
「考えてみたんだけど、やっぱりそうなのかもしれない……私って、すごくひとりよがりな所があったんだわ」
私はなぜかムール貝を洗っていた。隣には、なぜか征吾さんがいて、やっぱりムール貝を洗っている。
単純作業なので、世間話になったのだが、その際、あの日のオオノフーズの回の話になってしまった。あんな番組だったけど、売れ行きは悪くなかった。オオノフーズの青汁林檎ジュースシリーズは一定のファンが付いている。その新製品がお値打ち価格とあって、注文せずにはいられなかったのだ。それに、小野さんの説明は、内容自体は正確で分かり易かった。
今まで、ベテランの人相手にアテンドしてきたから、自分が出来ると勘違いしてしまっていたのかも。ベスト・アテンド賞だって、丹野さんや加賀さん、椿さんのような人に支えられてきたからこその栄光だったのだ。
「私が担当じゃなかった方が、小野さんには良かったんだわ」
「そんなこと、ありませんよ。
私は輝夜さんのアテンド、とても――好きです」
征吾さんは相変わらず優しい言葉を掛けてくれる。
会社でもそうだ。「昨日の番組も良かったです」「今日も頑張って下さい」「その色、とてもよく似合いますね」と、会う度に挨拶に、一言二言、添えてくれる。私はいつしか、それを心待ちにしている自分に気付いていた。
自分を認めてもらえるのは、やはり嬉しいのだ。
それに、”サトウ(征)”さんとしての彼は、”竹取征吾”よりも付き合い易い。
今は俯いていて見えないけど、彼は今日も、あの野暮ったい姿に、スタッフ用の蛍光色のジャンパーを着て、ゴムのエプロンに長靴を履いている。
まぁ、私も似たような恰好だけど。髪の毛はきちんとまとめ上げている。この「お家で美容室コーム! どんなぶきっちょさんでも素早く簡単にアップスタイルが完成します!」を使ってね。
食品を扱う場所だから後れ毛も出ないように、かっちり固めている上に、三角巾も付けている。
私が何も言わないからか、征吾さんがこちらを伺うような視線を向けてくるのが分かった。背が高い彼が私を見下ろすと、私の無防備な”うなじ”が晒されている気がする。かと言って、あの鷹の様な視線も苦手だから、顔を上げて遠くの方を見ると、私が今日、こんなことをしている原因となった女性の姿が見えた。
石橋 杏子。
美弥さんのお姉さんだ。美弥さんが言った通り、『今度は姉の番』だった。
「この間のことは、"あいつ"の勇み足ですよ。
その上、あれで輝夜さんを研究しただなんて……」
征吾さんは洗い終わったムール貝を、派手な音を立てて水から上げた。だけど私には、小さいけど、征吾さんのすごーく低くて怖い声が聞こえてしまった。「よくあの口で言えたものだ」
水の冷たさではなく、その口調に小さく震えてしまった。
このワーカホリックの男の人は、仕事に関しては自分にも他人にも厳しそうだ。その彼が私のファンだなんて……本当だろうか。でも、本当らしいのだ。打って変わって優しい口調で私に手を貸す。
「輝夜さんの分も、いい頃合いですよ。
上げましょう」
「いえ……自分で……」
「重いですから私が」
そう言って、彼は軽々と、私が洗っていたムール貝を上げ、新たな分を追加した。
「それに、元はと言えば、私の責任ですし」
彼の視線もまた、石橋杏子の方に向けられた。
竹取家の御曹司と結婚するための五つの課題。
二つ目は、昨今、流行りの、一つの食材、もしくは料理をテーマにしたフードフェスティバルに出店することである。
竹取の会長は石橋家に対し、肉でも餃子でも、カレーでもラーメンでもなく、シェルフェスティバルという貝がメインのフードフェスティバルを指定してきた。
そして、石橋家の婚約者候補として名乗りを上げたのが、美弥さんの姉、杏子さん、という訳。
石橋家は美弥さんの駆け落ちで脱落したと思われたが、そうではなかったのだ。美弥さんは駄目だったが、石橋家にはまだ、杏子さんがいた。美弥さんが課題の一つ目をクリアしていたので、「二つ目からは私が引き継いでも構わないはずだわ」と杏子さんは言い張り、竹取家もそれを認めた。
征吾さんとの結婚は、征吾さん個人の結婚ではない。家同士の縁組なのだ。
けれども、あの白いボウルの半分くらいは、私が売ったのに……。
ショッピングアテンドの矜持が傷ついているのか、私はちょっとだけ、不服に思っていた。
「征吾さんは、杏子さんとご結婚なさるおつもりですか?」
「――それは……どうでしょう?」
一瞬、言い澱んだ後、征吾さんはニッコリと笑った。人を煙に巻くようなその顔は、笑顔に見えなかった。
目が笑ってない。いくら前髪と眼鏡で隠しても、その獲物を捕獲するみたいな猛禽類のような目つきは印象的すぎる。
「……杏子さんは、征吾さんと会ったことないんですか?」
家の事業に興味がなさそうだった妹の美弥さんと違って、姉の杏子さんは父親の仕事を手伝って働いているそうだ。
タイトなスーツと細いヒールの靴は、いかにも”デキル女”然としていている。実際、優秀なのだが、こちらの作業を手伝ってくれそうな恰好ではない。
「会ったこと? ありますよ。いつだったかな? 彼女がまだ大学生の頃ですね」
名刺管理もばっちりしてそうな竹取の御曹司が答えた。
杏子さんが社会人になった時は、彼はアメリカにいたので、あまり密接な付き合いはなかったようだ。とは言え、顔見知りではある。
「それなのに?」
なのになぜ、杏子さんは征吾さんが紛れ込んでいるのに気が付かないのだろうか。
そう聞くと、「お約束みたいなものですよ」と冗談めかして言った後、妙に深刻そうな顔になった。
「輝夜さんも付き合ってみて分かったでしょうが、石橋杏子さんはやや思い込みが激しく、視野の狭い考え方をする傾向にありますね。
そんな彼女にとって、私がこんな恰好でこんな所にいるとは思えないのです」
確かに、石橋杏子という女性は、良く言えば志が高く、悪く言えば他人を顧みない所があった。
人の事は言えないが、私と征吾さんが並んで貝を洗っているのも、その辺りに原因があるのである。




