15:月の艶姿
美弥さんが言ったことが気になるといえば気になるけど、今日はそれどころではない。
なぜならば、大人気ブランドがさらにお安く買えるお買い得デーで、もしかすると夜の放送まで商品がもたない可能性が高い日だったからだ。
私は五回ある放送の最後の回を担当する。つまり、売る物がなくなり、番組が差し替えになるかもしれない可能性が高い回だ。夕方までの在庫状況を見れば、案の定、ほとんどがウエイトリストの紫色に染まっている。もしくは完売の赤。
「ああ、商品が売れるのは嬉しいけど、売る物がなくなるのは困る……!」
基本的に、ショッピング・シャワー・チャンネルでは、お客さまが注文できる商品しか紹介出来ない。同じ品でも、該当する色がなくなれば、それは画面に映らないように外す。
だから下手をすると、十色展開のバッグでも、一色しか紹介出来ないこともある。それは正直、キツイ。だけど、嘆いてなんかいられない。それをどう上手く捌くか……考えながら、少し早めに出社する。美弥さんのぬか漬けは、会社の冷蔵庫に入れておこう。
エレベーターが到着する前に、もう一度、在庫状況を確認するため、スマホを見ていると、声を掛けられた。
「こんにちは、輝夜さん」
「あ……!」
そこにはあの竹取征吾がいた。フリマで会った時と同じく、前髪を下した黒縁眼鏡。黄色いシャツに、えんじ色のアーガイル柄のセーターを着ている。色の組み合わせが微妙なのはさておき、その胸元には『サトウ(征)』の名札があった。
「サトウです。テレフォンオペレーターとしてバイトすることになりました」
「はぁ」
変装して偽名を名乗っているということは、御曹司はお忍びのようだ。
「本業はどうなさるのですか?」
過酷な労働環境に心配になる。
「……本業?」
「お仕事、なさっているのですよね?」
「いいえ」
「え?」
実は……と彼は、恥ずかしそうに告白した。
「春までは竹取物産の海外支社に勤務していたのですが、ある日、倒れてしまいまして」
「え?」
さっきから間抜けな相槌しか打てない。打てば響くと言われた”完売の輝夜”の名折れだ。
「どうも働きすぎだったとか?」
語尾に疑問符がついているところを聞くに、本人的には納得していない様子だ。
「私はそんなつもりはなかったのですが……」
やっぱり。
エレベーターが到着したが、なんとなく乗り損ねてしまう。自然と脇に避ける形になった。……いつも思うのだけど、海外生活が長いせいか、竹取さんは女性をエスコートするのが上手い。しかし、どうも私生活は派手ではなかったようだ。と言うか、私生活はなかった模様。
「すぐにでも復帰して働くつもりが、ドクターストップがかかりまして。実家からは日本に戻って静養するように言われ、ついでに嫁を見つけろ、それが私の仕事だと」
「な……なるほど……」
「とりあえず、一年、執行猶予期間を与えられました。
その間に、次期社長としての準備もするように、と。
それで本社のみならず、子会社の状況も知っておこうと思って――」
ショッピング・シャワー・チャンネルのオペレーターのバイトとして潜入したのです、と言わんばかりに名札を見せた。
「いや……ちょっと待って……仕事のしすぎで休養しているのに、仕事してどうするのよ!」
思わず声を上げると、竹取さんはちょっとだけ口の端を上げた。
「ですが、働いていないと、どうにも落ち着かないんです」
ワーカホリックの考え方だ。”働いたら負け”と思っていたような将司と真逆。足しで二で割ったらちょうど良いかも、と考えて、いくらなんでも、将司なんかを混ぜたら、申し訳ないと打ち消す。
そんな風に思ったのに、竹取さんは、こちらを睨みながら、聞き捨てならないことを言った。
「それに、一年も休んだら勘が鈍ってしまいそうです。これくらいの仕事なら、まぁ、大丈夫でしょう」
「……バイトだからって、舐めていると痛い目に合いますよ。オペレーターの仕事って、大変なんですから」
これくらいの仕事って何よ。竹取物産の海外支社でどんなに華々しい成果を上げてきたか知らないけど、適当な仕事をしてもらっては困る。
御曹司に向かって厳しい言い方かもしれないけど、ショッピング・シャワー・チャンネルの元オペレーターとして、現アテンドとして、忠告しておかないと。
すると竹取さんは今度こそ、はっきりと笑顔を見せた。
「勿論です。
これくらいの……という表現には、本当に語弊がありましたね。
話し相手に誤解されるような言い方をするなんて、やはり仕事勘が鈍っています」
「ごめんなさい。こちらこそ、早とちりしているかもしれません」
何かと理由を見つけては、本業に復帰したがる御曹司に、私は続きを促した。
「勤務時間や日数のことを言いました。週に三回の勤務なので、身体への負担が”これくらい”という意味でした。
オペレーターの仕事は大変なものです。
注文だけを受け付ければいいかと思いきや、お客さまからあんなに多種多様な質問を受け付け、答えなければいけないとは」
「ショッピング・シャワー・チャンネルのオペレーターの知識はすごいでしょう?」
オペレーターは支払い方法や配達予定日だけではなく、商品に関する質問もされるのだ。いくらアテンドがテレビで説明しても、個々の疑問は尽きない。どんな些細なことも応対出来るように、オペレーターは日々の研修も欠かさないし、取り扱い商品に関する勉強も怠らないのだ。
「ええ。
輝夜さんがまとめた商品に関してのレポートが、とても参考になりました。
時には実物も持ち込むとか?」
「私だけでなく、他のアテンドもそうしています。
オペレーター側から商品説明に関してのアイディアをもらうことも多いです。
何しろ、お客さまの生の声を直接受ける部署ですからね。
私たちには気付かない視点をもっています。そこから、新しい商品開発に繋がることもあるんですよ。
もっとも、本音を聞く分、厳しいご意見の時は耳が痛くて、しばらく落ち込みますが、お褒めの言葉も直接頂けるのが、特権ですね」
征吾さんがしきりに感心しているのを見て、私は誇らしい気持ちになった。
ショッピング・シャワー・チャンネルのオペレーターは、アルバイトに至るまで、教育がしっかりしているのが自慢だ。どんな部署で採用されたとしても、社員はまずはオペレーターの仕事を経験しなければならない。
「お客さまともっとも近くで接するオペレーターは、まさにショッピング・シャワー・チャンネルの顔であり、財産だということが分かりました。
輝夜さんはアルバイトの頃から、凄腕のオペレーターだったと聞きました。その経験もあっての、今のアテンドとしての在り方なのですね」
会社ならともかく、私個人への称賛の言葉と視線に、なんだかもぞもぞしてきた。
もう二度もエレベーターを見送っている。そろそろ乗った方がいいだろう。
「体調のこともありますし、無理せずに頑張って下さい」
「ありがとうございます」
今度こエレベーターに乗ろうと、そちらの方に歩く。
「そうだ!」
竹取さんが私の代わりにボタンを押すと、振り向きざまに嬉しそうに微笑んだ。
「サトウさんというオペレーターは多くいます」
そりゃあ、日本で一番、多い苗字だもの。何を言い出すのかと思いきや、意外な要求をされた。
「なので、みなさんには下の名前で呼んで頂いています」
「はぁ」
だから自分のことも是非、「征吾」と呼んでください――と、今度は私が乗り終わるまで、到着したエレベーターの扉が閉まらないように手で抑えながら言う。
「では、お仕事、頑張って下さいね」
閉まりかける扉の隙間から、竹取さんが手を振る。
「竹取さ……」
言いかけて、不服そうな顔に気付く。あの鋭い視線が怖い――ので。
「……せ、征吾さんも!」
求められるままに名前を呼んだ。
扉が完全に閉まってしまったので、彼がどんな顔をしているかは分からないが、自分はただ名前を呼んだだけなのに、柄にもなく照れてしまった。
エレベーターは静かに素早く上階に登った。
***
軽やかな音と共に扉が開くと、華やかな女性が声を上げた。
「輝夜ちゃん、どうしたの!? 顔が真っ赤よ! 熱でもあるの!?」
彼女の名前は梅花谷椿。かつて一世を風靡した女優であり、その華やかな容姿から”紅梅の君”と謳われた。梅花谷家という大型商業施設などを経営している資産家の御曹司に見初められ結婚してから、しばらく芸能界からは引退していたが、舞台女優として復帰。圧倒的な演技力と歌唱力で実力派として活躍している。
そんな彼女のもう一つの顔がファッションデザイナーである。そのブランド”スプリングフラワー”は、彼女のカリスマ的人気と、熟年女性向けにデザインされた服の着易さ、やや尖ったお洒落感が大いに受け、ショッピング・シャワー・チャンネルでも放送すれば、即完売のチャイムが鳴り響くので有名であった。
つまり、今日、私が担当する大人気ブランドのデザイナーなのである。嫁ぎ先の大型商業施設で売ればいいと思われるが、彼女は自分の言葉で商品の良さを多くの人に伝えられるテレビショッピングという媒体が好きだと公言している。
ちなみに、椿さんと同時期に活躍した女優で、世界的に有名な映画監督を父に持ち、これまた資産家に嫁いだ”白梅の君”こと、白加賀沙紀さまも結婚引退後、美容家として名を成し、ショッピング・シャワー・チャンネルでマスカラやファンデーションを億単位で売っている。
女優時代の二人の仲はいろいろ囁かれているが、今は大の親友で、沙紀さんをショッピング・シャワー・チャンネルに引き込んだのは、椿さんだ。
商品のみならず、二人自身にファンが多く、年に一度のお客さま感謝祭の時にコラボステージをやろうものならば、整理券のために、多くのご婦人は勿論、”ツバキスト””サキリアン”と呼ばれる年配の紳士たちもが朝早く列をなし、ちょっとした修羅場になる。
去年の感謝祭の時は、私のサイン列を見て「あら、輝夜ちゃん大人気」「私にも後でサインを下さらない?」などと悠々とお戯れをおっしゃっていました。はい。
清楚で穏やかな沙紀さんと対照的に、椿さんは精力的で、大変な……おしゃべりだ。
今も、鍛え上げられた肺活量で、息継ぎなく話している。
「聞いたわよ。男に騙されたんですって!?」
近くにいた真理子さんが申し訳ないと言うばかりに手を合わせる。
誰が真理子さんを責めらるだろうか。私は頷いた。
「もう、ここに来たら輝夜ちゃんの処分を知らせる掲示があって、驚いてね。
何事かと思って、みんなに聞いたら、真理子ちゃんがようやく本当のことを教えてくれたわ。
駄目よ、輝夜ちゃんったら、そんなに若くて可愛いのにもったいない。
誰かいい男、紹介してあげるわよ……」
「その話はまた後で。
それよりも、今日も大変な売れ行きですね」
放っておくとずっと話してしまう椿さんに、ほどよく相槌を打ち、話題を軌道修正するのが私の仕事である。
椿さんと組むと気は抜けないけど、その会話がとても楽しいのも事実である。
後ろでぼうっと立ちすくんでいるオオノフーズの小野さんよりも、ずっと……って、小野さん!?
私の視線に気付いたのか、小野さんはお辞儀をし、椿さんは「そうそう小野くんって言うの? 彼、いい子ね、朴訥で」と上機嫌に言った。「私も彼の番組見て買ったわよ〜、青汁林檎ジュース!」
そうなのだ。あの悲惨な早朝の番組は、結果的に言えば好評だった。なんでも小野さんの頼りなさそうな雰囲気が、母性本能をくすぐるとかで、年配の女性たちがこぞって注文してきたのだ。中には「売れないと、会社に帰れないのじゃないかしら?」「上司の人に、叱らないであげてねって伝えて下さい」などという、ご心配の声を頂いてしまった。
椿さんも同じように、彼を心配している。
「ごめんなさいね。私の商品がもう持たないのよ〜。
後はお願いね」
ああ、番組差し替えだ。
確認すると三十分は”スプリングフラワー”セールで、後半はオオノフーズの青汁林檎ジュースになるらしい。
「新商品を持ってきました!」
小野さんが意気込んでいるのが、より一層不安を煽る。
「今日ですか?」
「はい! これは青汁林檎ジュースをゼリー状にしてパウチ包装したものです」
適度なとろみがついているので、年配の人にも飲み易いし、またお子さんにもいい、と熱心に説明し出した。
その饒舌さを生放送で発揮して欲しいと思いながら、急いでメモを取る。正直、新製品を事前打ち合わせないまま生放送に入るのは厳しいけど、かと言って、小野さんのやる気を削ぐのも悪い気がする。
オオノフーズも彼を見込んで送り込んで来ているのだ。ここで成果を見せないと、本当に「会社に帰れなくなってしまう」かもしれない。
「分かりました! 一緒にがんばりましょう!」
私が小野さんにそう言うと、彼はとても嬉しそうに笑ってくれたけど、なぜか真理子さんは渋い顔をしていた。
食品では自分の出番がなくなるから?
椿さんは椿さんで、「まぁまぁ、私はいいと思うわよ〜。何と言っても真面目なのが一番よ」と小野さんの背中を叩いた。




