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12:鬼は外、福は内

 美弥さんとフリマに出る日は、すぐにやって来た。

 相変わらずやる気は見せている美弥さんは、新聞紙を正方形に綺麗に切って、磁器製のボウルの間に挟み込んで重ねた。


「こうすると、傷が付きにくいと思いまして」


 おまけに、梱包にも工夫を見せた。

 この課題では、必要経費が認められている。ただし、それはほんの僅かだ。お金を掛けて売れるのならば、お金持ちのお嫁さん候補の家だ。いくらだって掛けらるからだ。

 割れやすい磁器製のボウルを持って帰ってもらうのに、新聞紙とビニール袋では心もとなかったが、化粧箱を用意する資金はなかった。

 そこで、美弥さんは買ってきた段ボールシートを細長く切り、上下互い違いに切れ目を入れて、すぐに”輪”に出来るように工作してきたのだ。

 これで新聞紙で包んだボウルを囲めば、少しは衝撃に耐えられるのではないかと考えたらしい。


「段ボールはスーパーで貰ってこようと思ったのですが、食器に使うものなので、神経質な人に嫌がられたら困りますから」


 そう言ものなのか。私は余程の物でない限り、気にならない。

 でも美弥さんは「たまにあの虫の卵が生みつけられていることがあるんですよ」と、その可愛い顔を思いっきりしかめた。

 うげぇ。本当に? 止めてよ。うちの家、今、段ボール箱いっぱい積み重なってるんだから!

 と言うか、なんでそんなことお嬢さまが知っているのよ!


 その代わり、新聞は家で購読している英字新聞をもらってきていた。英字新聞はいいのか? いいのだろう。新聞紙は使い道が広い。

 私が茫然としている内に、美弥さんは手際良く白いボウルにオアシスを入れると、そこに花を活け始めた。これまた家の庭から摘んできた花で、経費はかからないという。


「食器なので、料理を盛るべきものですが、お花を飾るとお店屋さんみたいかな、って」


 すごく真剣に考えてきている。

 それなのに、私は美弥さんの本気度を疑っていた。

 なんだか申し訳ない気持ちになって、緊張している風の彼女を励ました。


「磁器のボウルは重くて割れやすいわ。

すぐに買っていく人はいないと思うの。気にはなっても、これを持ち歩いて、他の店を見たくはない。

取り置きも考えたけど、荷物の預かりは思わぬトラブルの元になるわ。

だから、午前中は売れなくてもあまり気にしないで。まずは、売ることに美弥さんが慣れることを考えましょう。

もしかしたら、午前中に眺めて、帰りに買いに戻って来てくれる人がいるかもしれないし」


「勝負は午後から、ですね。

……でも、間に合うかしら? 絶対に売りきらないといけないんです」


「分かってる……私に任せて」


 とは言ったものの、やはりなんの変哲もなく、重くて割れやすい白い磁器製のボウルをフリマという市場で売るのは大変なことだった。


 若い男性が冷やかしていく。


「百均でも買えそう」


「この大きさは、百均ではなかなか扱っていないと思います。

大は小を兼ねると申します。いろいろ使えますよ」


 中年の女性客が値切って来る。


「もっと安くならないの?」


「お値下げしていないんです。

その代わり、レシピ集をお付けしています」


 ほとんどの人が流し見だった。

 美弥さんはレシピ集を見せながら、必死に説明したが、多くの人は手を振って去っていく。


「そんなしょんぼりしないで」


「だって、一つも売れません」


「言ったでしょう? すぐには売れないわ。

それに、さっき買いたそうな人がいたのに気づいていた?」


「え?」


 他の人に売り込むのに夢中で、横から興味深そうに見ている人を見逃していた。

 それを指摘して言う。


「見込みの無い人にいつまでもこだわっては駄目。少しでも買いそうな人を見極めて。

それからそんな食いつきそうな顔をしていたら、みんな寄ってこないわよ。

もっとこう、私はこんないい物を売っているけど、その良さを知らない人には売りませんよ。

でも、価値が分かって欲しい人がいれば、勿論、歓迎しますよ……みたいな顔をしてなくっちゃ」


「わ……分かりました」


 私が売っても良かったけど、それだと課題の本来の趣旨と外れている気がした。美弥さんは完売に拘っているけど、竹取物産の会長はなんと言っていた?


『孫の嫁は、物を売る経験をしている者、その苦労と楽しさを知っている者でなければならない』


 決して完売しろとは言っていない気がする。

 売ろうとする気持ち。創意工夫。そして、客との交流力を重視しているのではないか。

 きっとどこかで美弥さんを見ているに違いない。

 

 私はそう思って、あたりを見ると、挙動不審の男が目に入った。

 男は私と目が合うと、明らかに動揺し、それからこちらに寄って来た。

 近くで見て、声が出そうになる。

 あの理知的な額は前髪で隠し、鋭い視線も黒縁の眼鏡で遮っているが、まごうことなく、竹取征吾その人だったからだ。

 これで変装しているつもりなのだろうか。


「輝夜さん、こんにちは」


 竹取さんが私の名を呼び、挨拶をしたので、美弥さんは彼を私の知り合いだと誤解した。

 え? ちょっと待って。美弥さんは竹取さんの顔を知らないの? お見合いしたんじゃないの?

 混乱する中、竹取さんはなぜか私の知り合いのフリをし続け、あろうことか、その場に居座った。


「女性二人では心細いだろうから、私が護衛に来ました。

その……人見知りの性質なので、接客は出来ませんが、梱包のお手伝いは出来ると思います」


 確かに、竹取征吾とは思えぬ、気弱そうな声でそう言った。

 美弥さんは疑いもせずに、「ありがとうございます。でも、お手伝いが必要なほど、売れていないんです」と答えた。

 竹取さんは意に介さず、シートの隅で英語で書かれた分厚い経済学の本を読み始めた。生成りのシャツに厚手のカーディガンというラフな姿から、大学の准教授あたりに見える。


「輝夜さんのお友だちは、物静かな人ですね」


 違う。この人はお友だちじゃなくって、あなたの婚約者……になるかもしれない人!

 そう言いたかったけど、本から目を上げた竹取さんの視線に制された。それは黒ぶち眼鏡でも押さえきれない鋭さだった。

 監視人がいるとは思ったけど、まさか当の本人が監視人になるとは。

 そんなこんなしている内に、ようやくボウルが一個売れた。

 美弥さんの丁寧な説明に、その女性は「そうね、こういうのが一個あってもいいかもね。それにそのレシピ集も欲しいし」と千円札を出した。

 震える手でお金を受け取り、竹取さんの申し出を断り、美弥さんは自分で会計から梱包、手渡しまで全てやった。


「ありがとうございました!」


 ボウル一個売れただけで、大げさすぎるほどの声の調子で、買った人が苦笑しているけど、合格点だ。

 

「売れました!」


「良かったわね。この調子でいきましょう」


 頬は紅潮し、瞳は自信に輝いている美弥さんは美しかった。

 なんとなく竹取さんの方を伺ってしまう。竹取さんも彼女を見ていた。

 きっと素直で一所懸命で可愛い女の人だと思っているのだろう。

 思わず妬けてきた自分が嫌になる。しかし、竹取さんの眉が寄った。

 美弥さんの向こう側に、何かを見たようだ。


「あら〜! 輝夜ちゃん!? 輝夜ちゃんじゃないの!」


 朗らかな声が響く。

 見れば、白髪を紫色のメッシュに染めた派手な老齢のご婦人がいた。

 竹取さんと同じく、まるで知り合いのように声を掛けて来たが、思い当たる節がない。いや、そうでもないかも。知っているような顔に見えてくる。


「私、輝夜ちゃんのファンなのよ〜。このバッグ、届いたばっかりだけど、早速、使ってるの。

やっぱり輝夜ちゃんの紹介するものはどれもいいわね」


 あ!

 持っているバッグは丹野さんのもの。あのミステリア・パープル。ストレッチ素材パンツは、去年の限定色の……なんだっけ? そうそう、トワイライト・パープル。白いジャケットも、胸元に光るブローチも、ネックレスも、耳元を飾る大ぶりのイヤリングも、全部、見覚えがある。そして、そうだ。顔ではなく、声に聞き覚えがあったんだ!


「もしかして……末松さま? で、いらっしゃいますか?」


 あの裏切りの夜に、電話で話したお客さまだ。


「さすが輝夜ちゃん! 私のこと分かってくれるなんて、嬉しいわ〜!」


 握手を求められた。小柄なのに力強い。


「どうしたの? こんなところで。

何か売っているの? なになに?」


「……美弥さん!」


 唖然としている美弥さんをつつく。


「え……あ、はい!」


 末松さまに説明する美弥さんは、はっきり言って拙かった。それでも末松さまは「まぁ、そうなの」「あらあら、いいわぇ」と相槌を打ちながら聞いている。

 そのタイミングが絶妙で、誘導されるように美弥さんものってくる。

 彼女の丁寧で上品な語り口調は、この白いボウルに盛られた食事を一緒に食べる家族の団欒を暖かく描いた。一人の食卓も豊かな気持ちにさせた。

 段々と人が集まって来て、興味深そうに、ただの白いボウルを手に取る。美弥さんは末松さまだけに向けて熱心に説明しているので、自分が売りつけられる感覚が少なく、商品説明を漏れ聞くことが出来たからだ。

 清原さんなら最後まで話を聞かせるが、私は横から手を伸ばす人たちに売ることにした。商機は今だ。売り逃してなるものか。

 竹取さんはまだ売れる前から先駆けて、新聞でボウルを包み始めていた。私はそれを受け取り、お客さんに注文された通りの数を重ね、美弥さんが作っておいてくれた段ボールの緩衝材で囲う。


「ありがとうございました」


「輝夜ちゃん、私も二つ。孫にも買って帰ってあげようかね」


 「じゃあ、頑張ってね」と、末松さまがいなくなると、波が引いたように人がいなくなった。


「福の神みたいな人でしたね」


 それでも十五分近く、一人で商品説明をしていた美弥さんはさすがに疲れたようだ。

 竹取さんがそっといなくなる。


「そうね。

でも、福の神にばかり頼っていられないわ。

美弥さん、大変かもしれないけど、コツを掴んだと思うの」


「はい! 頑張りましょう! ――っ!」


「美弥さん?」


 福の神が去り、疫病神がやってきたのだ。

 私は美弥さんの前に立った、長髪の髪の毛の男を見て、そう思った。

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