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11/48

11:月にかかる雲

 今日は日勤の日だった。

 担当時間帯は深夜だけど、商品に関しての打ち合わせは、メーカーやバイヤーの勤務時間に合わせないといけないからだ。

 それに、シミュレーションの時間も必要。

 特に、ホームキッチン用品の時は、手際の良さが求められる。それこそ、ダンディ・清原さんのように、これを使えば劇的に家事が楽になると思ってもらわなくてはいけないのだから、まごまごしてはいられない。

 「とっても簡単です!」と口で言いながら、そうは見えない商品なんて、誰が魅力を感じるだろうか。

 逆に休日のお父さんのような男性がエプロンを付け、慣れぬ手つきで簡単に調理してみせると、よく売れる。


 今、私と一緒にスタジオで次に売る商品・焦げ付かない! お手入れ簡単! ダイヤモンドコーティングの最強フライパンの紹介手順を確認している志摩さんは、ホームキッチン用品を得意とする、ショッピング・シャワー・チャンネルのベテランアテンドだ。

 もう十何年もホームキッチン用品を売っているのだ。手慣れていない訳はないし、同じく十何年もテレビを見てくれるお客さまも、それは知っているだろう。

 しかし、いつまでも、彼ははじめて料理するお父さんのような雰囲気を失わない。


「はじめは肉を焼いて見せて、次はカレーかな?」


「そうですね。こびりつかないのが一番のアピールしたいことで大丈夫ですか?」


 いかに商品を魅力的に見せるか、メーカーの人とディスカッションしながら、番組の構成を作って行く。


「色展開ですが、黒と赤ですよね?」


「赤の方が少ない用意ですが、ホームキッチンや家電は、赤がよく売れます」


「径が小さめのと大きめのもの、一緒に紹介する予定ならば、小さい方がどのくらい小さいか、ちゃんと説明しないといけませんね。

数字ではなく、見た目で。

大きさが想像できるもので見せたいです」


 画面の脇に、詳しいサイズを提示はするが、それに頼るよりも、アテンドの紹介で長所も短所も実感させる方が、問い合わせやクレームが減る傾向にある。説明書を見ない人は意外と多い。


「思ったよりも小さい、と返品される前に、小さいのは小さいとアピールしておかないと」


「同時に、小さいからこその便利さもアピールしたいですね」


 それからフライパンの構造を説明するための断面図のフリップのデザインを何点か見る。


「これは詳しいですが、細かすぎて、テレビ画面を通して見難いかもしれません」


「私はこっちの配色の方が好きです」


 などなど。

 

「では、次の打ち合わせまで、直してきます」


「宜しくお願いします。私たちも新しいレシピなどを考えておきますので」


 メーカーの人と次回の日程を確認すると、それでこの商品の打ち合わせは終わった。

 次の打ち合わせまでの休憩時間に、志摩さんと話す。


「志摩さんは食器とか、扱ったこと、ありますか? ごく一般的な磁器製の食器です」


 そう聞くと、志摩さんは「うーん」と考え込んだ。


「食器? 皿とか?

スレート素材の皿を一度、売ったことがあるくらいかな。

ほら、東京駅の屋根とかに使われている黒い石のやつ。

あれはお洒落なアイテムだったし、珍しかったから売れたよ。

ただ、そういう特徴のあるもの以外の普通の食器となると……ないかなぁ」


 テレビショッピングで扱う商品は、いわゆる便利グッズだ。ホームキッチン用品はそれが顕著で、電子レンジで焦げ目を付けられる容器とか、温度を保ったまま調理が出来る鍋とか、保温ジャーとか、とにかく、あまり普通の食器類は売っていない。

 テレビショッピングの商品には物語が必要なのだ。あのダンディ・清原さんの所で調理器具を買ったワンピースの女の子のように、これを買った自分を想像出来るような物語を。それから、珍しさ。さらに値段。お手ごろ感も外せない。 

 あの白い磁器製のボウルにはその全てが欠けている。課題を出したのは、竹取物産の会長だ。勿論、分かっているだろう。


「ですよねぇ」


「どうしたの?」


「ちょっと……」


 私は席を外すと美弥さんに連絡をした。

 あの白いボウルに、少しでも特徴を作るのだ。

 

 

『美弥さんへ。

白いボウルを売るために、物語を考えて下さい。

たとえば、それが載った食卓の風景とか。どんな料理をどんなシチュエーションで食べるのか。

それから今日の夜十時から放送されるショッピング・シャワー・チャンネルを見て下さい。

取扱い商品はミキサーですが、参考になります』


 これで分かるかな?

 と、不安に思ったけど、美弥さんは私の真意を理解してくれた。もしかするとそれ以上に。

 次の休み、喫茶店で会った美弥さんの手には冊子があった。


「うわぁ、すごい!

これ、みんな美弥さんが作ったんですか?」


「はい。料理は得意なんです。

大学で管理栄養士の資格も取ったんですよ」


 お嬢さまは意外とスペックが高かった。

 美弥さんは、白いボウルに自作の料理を盛り付けた写真とレシピを載せた冊子を作って来ていた。

 微妙な大きさのボウルだけど、こうして見ると、使い勝手がよく見える。


「この大きさだと、みんなで取り分ける料理などがいいと思うんです」


 肉じゃがとか、煮物とか、そういうのが載ったページをめくる。

 

「それから一人の時は、パスタとか麺類を盛り付けるのがいいかなって。

ちょっと大きめですが、その方が、美味しそうに見えることもあります」


 なるほど。

 ”小さな皿にめいっぱい”よりも、”大きな皿に少し”の方が量は同じなのに、高級感が違って見える。

 

 どれもこれも美味しそうなのは、きっと撮影場所も関係あるのだろう。

 おそらく美弥さんの家、石橋邸で撮られたと思われる写真は、十分な自然光の元、背景まで込みでフォトジェニックだ。

 それに、「母の趣味に付き合って、テーブルコーディネートも勉強しました」という美弥さんによって、白いボウルはそのままに、料理や季節感に合わせ、ランチマットを変えたり、可愛い取り分け用の皿を添えたり、花を飾ったりして、変化をつけている。とても同じボウルとは思えない。シンプルさがここでは、長所になっている。

 何よりも、人が一切、映っていないのに、そこには人の温もりを感じた。誰かのために作ってあげたくなる料理。自分のために作ってあげたい料理。

 レシピ集と言ってもいいくらい。

 しかも、材料が上から三つ目くらいで「こんなの作れるか!」と投げ出したくなるような、小難しいものではない。どれも「冷蔵庫にある食材で作れるお手軽レシピ集」のようなものばかり。

 

 下々の者が集まるフリマで売るから考えたのか、とも思ったけど、それにしては、豊富すぎる。

 ニンジンやタマネギの皮、しいたけの軸、キャベツの芯まで残さず使いきっている。

 お嬢さまは食品ロスに対する意識が高いのか? 所謂、セレブの社会貢献的な感じ?

 偏見と違和感を覚えながらも、私はいける手ごたえを感じた。


「ねぇ、このレシピ、コピーして持って行きましょう。

ボウルを買ってくれる人におまけで分けてあげるの」


 ボウルの価格は千円と決められていた。

 百円とは言わない。せめて五百円だったら、このなんの変哲もない白い磁器製のボウルでも、買ってくれる人はいるかもしれない。

 頼みのお買い得感もないのだ。

 だが、このレシピ集は正直、単体でも売れそうなほど魅力的だ。

 ショッピング・シャワー・チャンネルでも、調理器具を売る時は、レシピを付けることがままある。

 それがあれば「買っても使いこなせないんじゃないの?」という気持ちから、これがあれば「こんなものが作れるのね」に変えられるから。

 

「分かりました。

他に必要なものはありますか?」


 美弥さんは真摯な眼差しで聞いてくる。初めて会った時よりも悲壮感は薄いが、どこか淡々としていて、私の高揚感とレシピ集から抱かせる暖かい家庭像からは真逆な雰囲気だった。

 ここにも違和感がある。

 私は事情を聞きたい気になった。

 あの竹取征吾と結婚したいのか、否か。


「あの美弥さんは本当に、これを売りたいんですか?」


「はい」


 聞けば、間髪いれず、答えが返って来る。


「何か不備がありましたか? 足りない部分がありますか? もっと工夫した方がいいでしょうか?

言って下されば直しますので、教えて下さい」


 何か、と聞かれれば、売りたいと思う気持ち。

 なのだろうが……私は美弥さんの作って来たレシピ集を見た。気持ちはある。だからこそ、言えなかった。

 フリマに必要になるであろう、お釣り、シート、それから割れ物を包む新聞紙、袋などの準備品を伝えると、その打ち合わせも終わった。

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