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10:現れた新月

 お嬢さまとお付の人。私と清原さん。

 二対二で対面していると、お見合いのようだ。


「私、お見合いをしたのです」


 お嬢さまが唐突に口を開いた。

 今時、お見合い? とも思わないでもないが、お嬢さまなら納得だ。大体、知人の紹介、合コン、婚活パーティーとお見合いでは、それほど大差があるとは思えない。それに問題はそこじゃない。


「ご結婚がお決まりになったのですか?」


 披露宴で実演販売ショーでもやって欲しいという頼み事かしら?

 それにしても、お嬢さまは幸せそうな雰囲気がこれっぽっちもない。死地に赴く武士のような、諦観の中にも決死の覚悟が見て取れた。

 うーん? と私が困っていると、お嬢さまのお付の者が補足説明をしてくれた。


「突然、失礼いたしました。

まずは自己紹介をさせて下さい。

私は和泉史郎と申します。こちらのお方は石橋美弥みやさま。

ご父上は石橋産業という会社を経営しております。ご存知ですか?」


 納得する。石橋産業は同名他社でなければ、かなり大きな会社だ。やはり、まごうことなきお嬢さまだったか!

 私の頷きを見て、見た目は三十代前半くらいなのに、口調は爺やのような和泉さんは続けた。この人、どういう立場の人なのかしら。番頭、書生という古臭い表現が思い浮かぶ。


「美弥お嬢さまには、この度、竹取征吾さまとのご縁談が持ち上がっております。

征吾さまは、竹取物産の御曹司です。ご存知ですか?」


 和泉さんが聞いているのが、石橋産業と同じく、竹取物産という会社を知っているかという質問なのは分かっていた。

 なのに、私は、あの竹取さんが、このお嬢さま、美弥さんと結婚するのだと知り、ガッカリしてしまい、頷けなかった。 

 なぜガッカリしているのだろうか?

 彼は私のファンだとは言ったが、別に異性として好きとかどうとか言っていた訳ではない。私だって、清原さんのファンだし、尊敬しているけど、結婚したいかと聞かれたら、答えは「いいえ」だ。 

 ちょっと異性に好意を向けられたからって、すぐホイホイ勘違いするような女だから、将司みたいなロクでもない男に引っかかるんだわ。

 御曹司とお嬢さま。結婚するなら順当な組み合わせだ。


「竹取物産は、私が勤めているショッピング・シャワー・チャンネルの親会社なので、よく存じています。

こちらこそ、自己紹介が遅れました。

私、讃岐輝夜と申します。

ショッピング・シャワー・チャンネルという二十四時間通販番組でショッピング・アテンドをしています。

ご存知ですか?」


 今度は、私から聞くと、和泉さんは曖昧な笑みを浮かべた。

 ご存知でないとは、残念ですよ。

 

「ショッピング・アテンドとはどのようなご職業なのですか?」

 

 屈託の無い美弥さんの質問に、こちらは丁寧に説明する。

 やや派手……もとい、かなり攻撃的……いや、そこそこ濃い目の化粧のせいで、引かれている感じがしているので、なるべく優しそうに見えるような表情を作った。ジュエリーを紹介する時の、上品な優しさを目指してみました。

 おかげで、美弥さんもこちらの目を見て、微笑んでくれた。


「では、清原さんと似たようなご商売を?」


「ええ。私はテレビが主ですので、少し勝手が違いますが」


「そうですか……」


 そこで美弥さんは、隣の和泉さんの方を見た。彼はスマホを弄っていた。


「なるほど。”完売の輝夜”とは、伊達ではなさそうですね」


 今、ここで、調べたようだ。


「そ、それほどでも。それほどでもないんです! まだ新人に毛が生えたようなものですし」


 慌てて、打ち消す。昨年度の最優秀アテンドを受賞したことは誇りだったけど、美弥さんのすがるような、それでいて、絶望したような視線が痛い。

 彼女は相反する二つの感情を宿した瞳で、私を見据えた。


「”完売の輝夜”……では、清原さんの代わりに、私の頼みを聞いてはくれませんか?」


「……頼みというのは?」


 どうも披露宴の余興、なんて浮かれたものではなさそうだ。そもそも、清原さんが断りきれずに、私に回してきた案件ということ自体がおかしい。


「売って欲しいのです……この……鉢を!」


「はちぃ?」


 お嬢さまにしては乱暴に、美弥さんはそれを大食堂のテーブルに置いた。


「ああ……ボウルね」


 同じものだったが、なんとなく言い替えた。

 それは口径が二十五センチほどの、大きいと言えば大きい。かと言って、それほど大きくもないが、小さくもないという、微妙に使い辛そうなサイズの白い一色の、なんの変哲もない、シンプルな磁器製のボウルだった。


「え……まさかこれを売れ、って言うの?」


「売るのは私です。これを百個。フリーマーケットなる市場で、一日で完売しないといけないのです!」


「な、なんで?」


 お嬢さまがこの秋風吹く中、手売りで鉢……ボウルを売るって、どんな状況?


「そうしないと、征吾さまと結婚……出来ないからです」


 結婚したくなさそうな口調で、美弥さんは言った。


 さもありなん。

 どうにも支離滅裂になってしまいがちな美弥さんに代わり、和泉さんが詳しい話をしてくれた。


 すなわち。

 竹取物産の御曹司として銀のスプーンを咥えて生まれた竹取 征吾は、眉目秀麗、学業優秀。

 大学、大学院と英国に留学し、そこからさらにアメリカのなんちゃら大学でMBAを取り、現地法人で修行した後、颯爽と、竹取物産本社に凱旋する予定の人物として、非常な注目を集めている人物だった。

 帰国に合わせ、そろそろ結婚を、という話になるのは、三十代独身の御曹司には当然の成り行きと言えよう。

 しかし、御曹司に付き合っている恋人はいなかったようだ。

 そこで、竹取家で実質的な権力を握る刀自さま……竹取物産の会長にして、竹取征吾の祖母が出てきた。

 曰く。

 征吾の嫁は、即ち、竹取家の嫁である。

 それに相応しい娘でなければ、結婚は認めない。


「竹取松子さまは、女手一つで竹取物産を興した女傑です。

とても厳しく、怖い方だと聞いています」


 美弥さんが怯えている。

 そりゃあ、未来の大姑がそれでは結婚に二の足を踏みそうだ。

 竹取松子さまの話は私も知っている。なにせ、親会社の会長のことなので、折に触れ、その話を聞くことがあるからだ。写真も見たことがあったけど……どんな人だったかな。よく覚えていないけど、高そうな着物を着て、金のチェーンが付いている眼鏡を付けている、おっかなそうな人だったような……。

 もっとも、夫を早くに亡くした後、その事業を継ぎ、幼い息子を背負いながら、一つ一つ、商品を売って竹取物産をここまで成長させたのだ。並大抵の覚悟と苦労ではなかったのは想像に難くない。

 その竹取家の実質的な権力者は、なんと孫の婚約者候補を募り、競わせることにしたという。


『孫の嫁は、物を売る経験をしている者、その苦労と楽しさを知っている者でなければならない』


「それで……」


「そうです。竹取会長は、婚約者候補に五つの課題を出し、その全てに合格したものこそ、征吾さまの嫁にすると決めたのです」


「質問です!」


 私は小さく挙手した。和泉さんは掌を上にして「どうぞ」と促した。


「肝心の竹取さん……その征吾さんはそれでいい、と?」


 その質問に、お嬢さまとお付の者は揃って首を傾げた。「さぁ?」

 電線に並んだ雀のようで、簡単に鷹に襲われそうな不安感がある。

 あの鷹の目のような竹取征吾は本当に、どう思っているのだろう。

 私の中で、今朝方抱いた彼の良い印象が、ガラガラと崩れ去っていくことだけは分かった。

 自分の結婚相手くらい、自分で決められなかったのだろうか。

 いくら心の中、そう言ったところで、本人に通じる訳もなく、私はなし崩し的に、美弥さんの頼み、「私のアテンドになって下さい」というものを受けることになった。

 

 和泉さんに提示された報酬に引かれたのも事実だけど、ダンディ・清原さんに”完売の輝夜”なのに自信がないのか? と仄めかされた言葉に、つい反発してしまったのだ。

 いうなれば売り言葉に買い言葉。

 さすが清原さんだ。私は上手に売りつけられてしまった。

 他人の評価など気にせず、淡々と自分の仕事を追求していく心境になるには、私はまだ、若すぎた、ということだ。

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