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01:輝く夜の月

 スタジオに入る前に、鏡で全身をチェックする。

 うん、大丈夫。

 ドレッシーなシャツにタイトなスカート。足元は今季に売り出す予定のショートブーツのサンプル品を履いている。今日、紹介するバッグのどの色にも合う無難だけど、地味すぎないコーディネートだ。

 ネイルも同じく。手元がアップになっても大丈夫なように整えてある。

 ブレスレットは金具に引っかかるといけないので、外す。

 ピアスは月を模した可愛くって上品なもの。

 この間、私が担当した海外の新鋭デザイナーもので、とてもよく売れた。放送中に完売してしまったから諦めていたら、後日、家に届いて驚いた。

 同居している彼が、私が欲しがっているのを知って注文してくれていたのだ。


 机の上に出していたスマホがメッセージが届いたことを振動で知らせる。

 さっきから震えているけど、あと十分で本番なのでチェックしている暇はない。

 時刻は夜の十一時五十分。急がないと生放送に遅れてしまう。

 少し早足でスタジオに入ると、ちょうどゲストもやってきた。軽く挨拶を交わす。

 打ち合わせはすでに数回に分けて行っている。生放送前にバタバタするような真似はしない。水を一口だけ飲む。

 イヤホンからプロデューサーの最終確認が入る。

 スタジオには私とゲストの二人しかいない。時報が深夜零時ちょうどを告げると同時に、リモートコントロールのカメラの赤いランプが付いた。

 

 私はカメラに向かって満面の笑みを浮かべる。


「みなさま、こんばんは! 日付は変りましたが、ショッピング・シャワー・チャンネルでは、本日も変らず、お値打ち商品をお届けしていきたいと思います。

今日一番にご紹介する、今日一番のお買い得品は、こちら! フォーマルにもカジュアルにも使える日本製の牛皮バッグ。六色展開です。

ゲストはみなさまにももう、お馴染みではないでしょうか。バッグ一筋、丹野さんです。

そして、ショッピング・アテンドは、私、讃岐さぬき 輝夜かぐやです。

一時間、よろしくお願いします!」


 私、讃岐輝夜は二十四時間生放送のテレビショッピングチャンネルでアテンドをしている。

 アテンドというのは、付き添い人、世話をする人という意味であるが、当チャンネルでは”みなさまの買い物の手助けをする者”という意味合いで使われている。

 要は司会進行役であり、販売人である。

 目当ての商品のためにチャンネルを合わせるお客さまだけでなく、何気なくつけた視聴者を引き付け、いかに商品の良さを宣伝し、売り上げにつなげるかが、アテンドの腕の見せ所だ。

 特に私が担当している深夜帯はショッピング・シャワー・チャンネルでももっとも力を入れている時間である。

 今回は女性用のバッグを扱うので、仕事や家事を終え、一息ついた女性や、眠れぬ夜の慰めに見ている女性たちをその気にさせるようなうたい文句を散りばめる。

 あるいは、男性たちにも語りかける。彼女や奥さん、母親への贈り物にぴったりですよ、と。

 ふと、今日も彼が私のために注文してくれていたら嬉しいなと思う。

 生放送中に余所事を考えるのは良くないが、自分がいかにこのバッグに惚れ込んでいるかを伝えるには大事な気持ちだ。

 私のモットーとしては、自分こそが担当商品の一番のファンであれというものがある。自分が欲しいと思わない物を、他の人には勧められない。だからどんな物に良い所を見つけ、そこに惚れるようにしているのだ。

 ……そりゃあ、こんなのどこに需要があるの!? と叫びたくなるような商品もあるけど、しかし、売れるのだ。つまり、自分勝手にその商品を否定してはいけない。どこかにこの商品を欲している人がいる。自分はそれを届けるのだという強い信念をもつことが大事。

 もっとも、今日のバッグはそれほど難しくない。思う存分、賞賛の言葉を紡ぐ。


「こちらのタイプではA4サイズの書類を折らずに入れらるので、ビジネスシーンにも対応できます」


「ええ、是非、お仕事の時にも使っていただきたいですね」


 ややフォーマル色が強いバッグをカジュアルダウンして勧めてみる。

 生放送なだけにお客さまの反応がリアルに伝わってくる。プロデューサーからの支持で、お客さまから「ちょっとエレガントすぎて普段使いしづらそう」との声があったとの指示を受けてのものだ。

 ゲストの丹野さんはショッピング・シャワー・チャンネルが開局から扱っているバッグメーカーの社員さんで、こちらの進行にも慣れていて、すぐさま意を汲んでくれる。

 私としては非常にやりやすいゲストである。


「少しフォーマルに見えますが、ビジネスシーンでこそ、このような上品なものを持っていると、相手側の印象もよくなると思います」


 フォーマルとビジネス二つに使えるというのは、ともすれば、どちらにも中途半端になってしまいがちだ。いくら形や素材がフォーマルでも、普段使いして草臥れてしまっては台無しだと思う。

 けれども、ちょっとしたフォーマルの為に仰々しいものを買うのも躊躇われるだろう。フォーマルとして使った後に、ランクダウンして使うならば”あり”だ。

 今回のバッグは、そのあたりのバランスを上手くとったデザインになるように、メーカーと話し合って作った、ショッピング・シャワー・チャンネルオリジナルの品だった。

 メーカー代表の丹野さんも、いつも以上に気合が入っていた。


「それにお子さまの入学式や卒業式などにも対応できますよ。働くお母さまたちには非常に使い勝手のよいバッグだと自負しております」


「そうですね、学校でもたくさん書類を貰いますでしょうし、これくらいの大きさがあると何かと便利だと思います」


 独身で子どもはいないが、今年の春、彼の”入学式”に出席した私は、その時の経験を応用して言ってみる。


「このカナリアイエローなんて、明るくて、とっても素敵ですよね。

ビジネスシーンでは服装は派手に出来ませんが、ちょっとした華やかさを添えるバッグを持っているのは良いと思うんです」


 ビジネスシーン兼用をアピールしたおかげか、黒色の売れ行きが良いとの報告があったが、それは織り込み済みである。

 なので黒はメーカーでも多めに在庫を用意しているので、なかなか売れ行きを良さを示すことが出来ない。用意している数が少ない色を売って、売れている様子を見せて、お客さまに今、買わないとなくなってしまうという衝動を植え付けたいところだ。


 ショッピング・シャワー・チャンネルでは、商品の在庫を、余裕ありは緑、残り僅かが黄色、完売が赤、ウェイトリストを紫色で現している。これは他のショッピング・チャンネルでもほぼ同様であるようだ。詳しいことは知らないが、ショッピング・シャワー・チャンネルを見ているお客さまは同業他社も見ている可能性が高い。そこで在庫情報の色がまちまちだと混乱するから、きっと統一しているの違いない、というのが私の考えである。

 

 けれども困ったことに、商品の色に関してはその統一感がまったくない。

 さっきから黒、黒、と言っているバッグだが、ここではディープ・ブラックと表している。黄色はカナリア・イエロー、ピンクはラブリー・ピンクで、茶色はアース・ブラウン、白はスノー・ホワイトで紫はミステリアス・パープル。

 この色の名前も商品を構成する一部なので、省略したり、言い間違ったりは出来ない。

 この次に担当するストレッチ素材パンツの色と微妙に被っている色と混同しないように気を遣う。バッグはラブリー・ピンクで、パンツはハッピー・ピンク。

 混乱必至だ!

 私にはどちらもフューシャピンクに見る。


「ラブリー・ピンクも可愛いですよね。

中は、なんと! 水色なんですよ〜。お洒落〜」


 外の色は凝っているのに、中の色の表記に関してはざっくりなのが残念だが、助かる。

 プロデューサーからモデルの映像が入ることが告げられる。


「それではモデルさんの表情でご覧ください」


 スタジオで華やかなモデルのウォーキングが始まった。どんな服装に合わせたらいいのか、持ってみた感じなどを見せるためのモデルで、こちらもその時の売れ行きでコーディネートを変える必要があるので、生での出演である。


「真理子さんが持っているのがミステリア・パープルです。

とても大人な雰囲気ですね」


 モデルの伊勢真理子さんは、同じ時間帯を担当していることもあって仲が良い。目配せをする。

 他の色と比べると難しい色合いのせいか注文数が伸び悩んでいるミステリアス・パープルを見事に魅せている。これなら私も欲しい! となるお客さまが出るに違いない。

 私も手元にミステリアス・パープルを持ってアピールする。


「それにとっても軽いのがいいですよね」


「そうなんです。重厚感は失わず、しかし、軽さを追求してみました。

小さ目のペットボトルを入れられるポケットもありますが、それを入れても、重くならないようにしました」


「バッグは重いと疲れますからね」


 用意してあった水の入ったペットボトルを入れて見せ、「わぁ、軽いですねぇ」と声を上げる。あまり大袈裟にすると嘘くさいし、誇大広告になるので、抑え目にしつつも、感動が伝わるように心掛ける。

 それから肩に掛けられるベルトも付属することや、内ポケットの数、色ごとに違うチャームが付くこと……これまたややこしい……、さらに同じデザインの財布やパスケースを紹介していく内に、チャイムが鳴る。これは在庫情報を知らせる音だ。


「カナリア・イエロー、残り半数になりました」


 「ありがとうございます」と丹野さんと一緒になって頭を下げる。


「他の色も続々とご注文を頂いております。

お早めにご注文下さい。。

ディープ・ブラックはウェイトリストになっています。商品がご用意できた場合のみ、発送させて頂きます。

お電話繋がり難くて申し訳ありません。ネットのスマート注文をお使いいただけると、すぐにご注文できますので、おススメしております。

あ、ここで、お客さまよりお電話を頂いております」


 プロデューサーだけでなく、実際にお客さまとやり取りできるのも、生放送の醍醐味だ。

 とは言え、素人さんとの生放送でのやり取りは難しい。

 

 どうか、声が大きくてはきはきしていて、話し上手で、なによりも、この商品が気に入っている人に当たりますように。


 私は祈りながら画面の向こう側に呼びかける。


「お客さま、こんばんは。夜分遅くに、お電話、誠にありがとうございます。

ショッピング・アテンドの讃岐 輝夜です。

お客さま……末松さまでよろしいでしょうか?」


「はいはい、末松です。丹野さん、輝夜ちゃん、こんばんは〜」


 幸いにも電話口に出たお客さまは、とても陽気で話しやすい方だった。それどころか、ミステリア・パープルを激褒めしてくれ、昔から丹野さんのファンで、丹野さんの勧めるものは絶対に間違いがないから、必ず買っているのだと豪語してくれた。

 おまけに私までお褒めに預かった。


「いや〜ん、輝夜ちゃんもいつも見ているの。とっても可愛いわよね。

この間の、絨毯も買ったのよ」


 あ、あのショッピング・シャワー・チャンネルにしては高額の絨毯を……。

 一瞬、息を呑んだが、驚きを見せないように微笑む。「いつもありがとうございます」


「これからもがんばってね」


「ありがとうございます!」


 この電話つなげたオペレーター、グッジョブ!

 

 その後、モデルの真理子さんとお電話の末松さま効果か、ミステリア・パープルも完売寸前まで売れ、結果として在庫表はウエイトリストの紫色でほぼ染まった。

 朝になって我に返ったお客さまたちから多少、キャンセルが入ってもこれなら大丈夫そう。


「ご紹介時間、残り僅かとなりましたが、まだまだお電話、お待ちしています。

朝までもたないかもしれませんので、どうぞ、思い立ったらすぐにご注文、お忘れなく!

ありがとうございました。

次はマジカル・ファンデーション・ツイジーのご紹介です。

担当アテンドは島野さんです。それでは、お願いします」


 カメラの放送中のランプが切れ、私はほっと息を吐く。今回も無事に終了した。

 丹野さんと握手をする。


「昼間、売る分、なくなっちゃいますね」


 彼はこの後、朝、昼、夕、そしてまた夜と、同じバッグを売るのだ。


「だといいのですが」


 苦笑する丹野さんも朝、どれだけ注文が戻っているのか気になるところだろう。


「大丈夫ですよ。いつも昼前に完売して、私たち、とっても大変なんですから」


 売るのがない場合、同じメーカーの別商品を紹介するか、番組の差し替えでバッグの予定が、海鮮とか売ることになるのだ。

 なるべく以前にも取扱いのある商品にするので、新しく覚えることはないが、ゲストを呼べず、一人で番組を回さなくてはいけなくなったり、稀に、新規の取り扱いのものを売ることになって、事前の打ち合わせにてんわやんわする羽目になってしまう。


「申し訳ありません。あまり数が作れないもので」


「いえ、今日はもう、私は丹野さんのバッグを扱うことはないので」


「そうでしたね。ですが、まだ番組はあるのですよね?」


「はい、次は二時の回ですね、ストッレッチ素材のパンツを扱います。

丹野さんは、朝の回までどうぞ、仮眠をとって下さい」


 ショッピング・シャワー・チャンネルでは仮眠室もあったが、メーカーやバイヤーの人は隣接したホテルの部屋を用意してあった。

 

「では、また。輝夜さんとのお仕事は本当にやり易くて、助かるよ。

それによく売れる」


「ありがとうございます」


 嬉しいことを言って下さる丹野さんに、一礼して見送った。


 自分の机に戻ろうとしたところに、明るく声が掛けられた。


「輝夜ちゃん、お疲れさま」


「あ! 真理子さん!

真理子さんもお疲れさまです。

さっきは助かりました。ミステリアス・パープル、あれから注文が鰻登りでした。あの組み合わはさすが真理子さん。

それに、ストレッチ素材パンツも履いてくれて……プロデューサーによると、あのモデルさんが履いているズボンは売っているのか? って、もう問い合わせが複数入っているそうですよ。

私もあのパンツを履いて出るべきでした。

二時の回も出演予定ですよね? お世話になります」


「あら、ありがとう。嬉しいわ」


 真理子さんは幼稚園の子どもがいるシングルマザーだ。モデルをやっているだけあって、美人だしスタイルもいいし、性格は言うまでもなく良いのに、元夫の浮気が原因で離婚している。

 一児の母親が、こんな深夜帯の勤務で大丈夫なのか聞いてみたら、その方が、今の所、便利らしい。


『朝の五時に家に帰れるからね。子どものお弁当を作って、一緒に朝ごはんも食べられるし、幼稚園にも送ってあげられる』


 それから就寝するそうだ。そして起きて夕飯の準備をして幼稚園の迎えに、家事。時には学校行事もこなし、子どもと遊んで、夜は母親に預けて出社してくるのだ。

 大変だろうに、そんな素振りは決して見せずに、むしろ楽しんでいる方を見せる。

 憧れると言えば、「駄目よ、輝夜ちゃん」と窘められた。「幸せな結婚をしなさい」と言いたいらしい。


 うーん。


 私の心の呻き声に連動して、スマホも唸った。

 「輝夜ちゃん、呼んでいるわよ」と真理子さんが言えば、同室のスタッフの女の子・菅原 更紗さらさちゃんも「さっきからずっとです。一度、机から落ちたんですよ。拾っておきましたけど……緊急のご用事かもしれませんよ」と言うので、私も気になった。

 そう言えば、放送前から鳴っていた。が、仕事中に私用の連絡は気が引ける。

 お客さまの情報を預かるカスタマー・センターがある階では、携帯電話類はロッカーに預け、決して持ち込むことは出来ないが、アテンドとモデルの控室では許されている。中にはその場で、自社の通販を利用することもあった。

 その時点で、まぁ、私用か。

 本当に緊急事態だったら困るし、と、スマホを取った私は激しく後悔することとなった。

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