第二百十八章 広美、パイロットになる
キャビンアテンダントの広美が、母親から仕事を辞めるように強要されて、理由が解らなかった為に、母親と喧嘩して家出し、翌日会社でマリに相談しました。
マリは、「解りました。親子ですので、お互いに遠慮がなく感情的になり、冷静な話もできないでしょう。一度私があなたのお母さんと話をしてみます。」と二人の間に入る事にしました。
広美に母親が家にいる時間を聞いて、話を広美に聞かれないように、帰宅後自宅から電話しました。
マリは電話に出た広美の母親に、「お久し振りです。子供の頃に一度お会いしましたマリです。確か由美子さんでしたね。父からあなたが航空機を怨んでいる理由を聞きました。」と話を切り出しました。
由美子は、「マリさんのお父様が意識を取り戻されたと先日、本人から直接電話で聞きました。一度お見舞いに行きます。」と返答しました。
マリは、“まさか丸東組に住んでいるとは言えないわね。”と思いながら、「既に父は退院していますので、喫茶店か何処かでお会いしましょう。ご存知のように、私も母親を交通事故で亡くしました。ですから由美子さんの気持ちは私も良く解りますが、私は自動車を怨んでいませんよ。交通事故を怨んでいます。あなたも航空機を怨むのではなく、事故そのものを怨むようにしないと、娘さんが可哀想ですよ。」と説得しました。
由美子は、「事故を怨むってどういう事ですか?私は主人を奪った飛行機が憎い。この世に飛行機がなければ、事故も起こらなかったし、主人も亡くならなかったのよ。」と事故を恨む意味が理解できない様子でした。
マリは、「確かにそうかもしれません。私の場合も、この世に自動車がなければ、私の母も亡くなる事はなかったと思いますが、それで良いのでしょうか?自動車や飛行機で命を救われた人は何人もいるのではないですか?例えば重症患者を航空機で緊急搬送する事もあるでしょう?航空機や自動車が悪いのではなく、事故が悪いのでしょう?事故を怨むというのは、航空機事故撲滅の団体を由美子さんが立ち上げて、活動するなど色々と方法はあるでしょう?」と説得しました。
由美子は、「あの子の場合、仕事は航空機に関係ない仕事でも問題ないでしょう。娘の広美がマリさんと同じ職場に在籍していると聞いて、二人が従兄弟同士だとばれると、広美は益々航空機の仕事に執着するかもしれないと思い、仕事を辞めるように説得すると、広美は家を飛び出してしまいました。」と困っている様子でした。
マリは、「私達が従兄弟同士だという事を由美子さんが隠しているようでしたので、私からは特に何も伝えていませんが、何も隠さなくてもいいと思いますよ。彼女はパイロットになりたがっています。もうそろそろ本当の事を教えてあげればどうですか?」と進言しました。
由美子は、「血は争えないわね。私の家系は昔から航空機が好きで、親戚にはパイロットも何人かいます。マリさんもその中の一人です。姉もパイロットでしたし。広美には内緒にしていますが、実は私も姉と一緒に航空学校に通い、パイロットのライセンスを持っています。もう何年も操縦桿を握った事がなく、操縦する自信はありませんけれどもね。少し考えさせて下さい。」と返答しました。
数日後、広美がマリに、「昨日、母から電話があり、仕事は続けても良いが、パイロットになっても良い。と言っていました。どうしたのか確認すると、マリさんに説得されたと言っていました。有難う御座いました。でもどうやって説得したのですか?」と不思議そうでした。
マリは、「あなたのお母さんは、航空機を怨んでいましたが、最終的には血は争えないわね。と諦めて、あなたがパイロットになる事を許してくれたのよ。」と説明しました。
広美は、「血は争えないってどういう事ですか?」と親戚に有名なパイロットがいるのかな?と考えていました。
マリは、「私も先日父から聞いて驚きましたが、桜井さんと私は従兄弟同士だって事よ。その事について一度あなたのお母さんと私の父も交えてゆっくりと話をしませんか?」と教えました。
広美は、「えっ?嘘でしょう?私が伝説の名パイロットと従兄弟同士だなんて。」と驚いていました。
広美は、キャビンアテンダントの仕事をしながらパイロットの資格を取る為に、マリが紹介した航空学校に通いました。座学で解らない所や実技で上手くいかない所は会社でマリに確認して、必要があれば、会社に設置しているパイロットの為の、シミュレーション装置を使用して指導していました。その結果、セスナ機のパイロットライセンスは取得できました。
このことをマリに報告して、「定期便のパイロットになりたいので、パイロット訓練生になる為の手続きをしてほしい。」と依頼しました。
マリは、「この航空会社では女性パイロットの受け入れ体制は整っていません。男性と女性とで大きく異なるのは、女性には生理があり、妊娠する事です。妊娠に気付かずに勤務に就き、上空でパイロットが貧血で倒れるとどうなりますか?それを避ける為に、毎日妊娠の有無を調べる必要があります。女性として、毎日会社で妊娠の有無や生理について調べられる事に耐えられますか?これが第一の条件です。」と女性パイロットを受け入れていない理由を説明しました。
広美は、「妊娠の検査結果は発表されないのでしょう?それに、キャビンアテンダントの仕事は何故、女性でも良いのですか?」と質問しました。
マリは、「妊娠の検査結果は発表しなくても、勤務に就けば妊娠していない。勤務に就かなければ妊娠している。と直ぐに解りますよ。発表している事と同じですよ。キャビンアテンダントの場合は、数名いますので、他のキャビンアテンダントがカバーする事は可能です。それに乗客が不便になりますが、乗客全員の生死に関わる事もないでしょう。しかしパイロットは違います。補欠のパイロットは搭乗していません。上空で倒れると、代わりのパイロットはいません。乗客全員の生死に関わります。そこの所をよく考えて、このままキャビンアテンダントの仕事を続けるのか、退職して、定期便ではない別のパイロットの口を捜すのか良く考えて結論を出して下さい。はっきりと言えるのは、この会社では、まだ女性パイロットは無理です。」と説明しました。
広美は良く考えた結果、パイロット志願ですが、霧島マリの傍を離れたくない事から、このままキャビンアテンダントを続けて、パイロットは趣味としてよく大空をセスナ機で散歩していました。
ある日、広美がセスナ機で大空の散歩をしていると、突然何処からか通信が入って来ました。「この先にエアポケットがある事を、あなたは気付いていますか?」という内容でした。
広美は慌てて、「わわわ、どうしよう。」と慌てていました。
「大丈夫よ、落ち着いてパワーを少し上げて、左三十度旋回そのまま直進して下さい。桜井さん。」と続けて通信が入ってきました。
広美は我に戻り、指示通りパワーを少し上げて、左三十度旋回そのまま直進して、「えっ!その声はマリさん?何処にいるの?」とキョロキョロしていました。
マリは、「あなたの後よ。」と返答しました。
広美が振り返ると演習を終えて帰還途中のハーケン号が後からついて来ていました。その後マリに指導して貰い、広美の一生の思い出になりました。
その後、霧島マリが定年退職すると、広美も同時に退職して、本格的にパイロットの仕事に転職しました。
広美は、その後もマリと連絡を取っていて、業務で困難なコースを飛行する前にはマリに相談していました。
そのような広美にマリは、「落ち着いて飛行するのよ。航空機には、安定して飛行できる速度があります。その速度で飛行すれば安定するからね。速度を落とせば良いというものではないのよ。例えば自転車もそうでしょう。あまりゆっくりだとフラフラするでしょう?どうにもならなくなったら無理せずに不時着しなさいね。でも桜井さんが勤務している航空会社は、社員にそんな危険な飛行をさせるの?」と不思議そうでした。
広美は、「本当はベテランパイロットが飛行する予定でしたが、体調不良で、その時間に空いているのは私だけだったのよ。断ろうかとも思ったけれども、私が断れば、会社が一度引き受けた仕事をキャンセルする事になるので、会社の信用に傷が付くのよ。やっとパイロットの仕事ができるようになったので、こんな事で解雇されたくないのよ。」と引き受けた理由を説明しました。
マリは、「パイロットには上手下手があります。桜井さんが自分で不安だったら、今直ぐに断りなさい。お客様には、パイロットが体調不良だと説明するとか、アルバイトのパイロットを依頼するとか方法は色々とあるでしょう?上司に自信がないとはっきり告げて相談する事を勧めるわ。それでも解雇されるのであれば仕方ないでしょう?死ぬより解雇になった方が良いわよ。」と助言しました。
次回投稿予定日は、10月6日です。