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Primula  作者: 澄葉 照安登
第六章 思いを言葉に
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思いを言葉に 17

 文化祭も終わりに近づいたころ、最後の売り子を担当していたのは言わずもがな部長副部長の二人だった。

「マコ、ハルの小説読んだか?」

 総がおもむろに切り出せば、真琴が何を言いたいんだとばかりに半眼を向けてくる。総はそれに満面の笑みで返すと机の上に残っていた部誌を一冊手に取って、表紙を捲った。

「これ、まんま楓ちゃんのこと書いてるんだぜ」

 そう言って差し出された部誌に目を落とした真琴は、目次と書かれたページのソウが指さしたところを見つめる。そこには、真琴からしたら覚えのある植物の名前が記されている。

「告る話かなんかか」

「ふはっ」

 真琴がぼそりと尋ねれば、総は噴き出しながら違う違うと手を振った。

 その総の態度が癪に障った真琴はもともと悪い目つきをさらに悪くしながら「じゃあなんだよ」とぶっきらぼうに言った。

 総はそれを受けると得意げに笑って言った。

「文芸部の部室にやってくるまでの話だよ」

 言われた真琴は、眉をしかめた。

「このタイトルで?」

 そう言って真琴が指さしたのは総の指先と同じところだ。

「なんでタイトル?」

「明らかにタイトル詐欺だろ」

 真琴が吐き捨てるように言ったが、ソウはいったい何のことと首を傾げるばかりだ。それを見て真琴は再びため息を吐く。

「花言葉、元にしたんだろ」

「ん? そうらしいけど?」

 真琴がぶっきらぼうに言えば、総はどういうことと首を傾げた。それに対いて真琴はまたしてもため息。お互い口にすべき言葉をしっかりと口にしないから話が一向に進まない。

 このままでは仕方ないと思った真琴は、面倒だと言いたげに説明する。

「プリムラの花言葉、知らないのか」

「んあ? 覚えてる覚えてる。……えっと何だっけか。運命がどうたらこうたらってやつだろ?」

「…………なるほど」

 総が腕を組みながら真琴に問いかけるように言えば、真琴は得たりとばかりに小さく頷いた。

 総はそんな真琴を見て首を左右に傾け続ける。

 それを見た真琴は鬱陶しいとばかりにため息を吐いて言った。

「それ、マラコイデスの花言葉だろ」

「は? マラ……何?」

「マラコイデス」

「マー……それで?」

 覚えられないと思ったのか、諦めて話の続きを促してくるソウにため息を吐いてから真琴が言う。

「運命を開く、それマラコイデスの花言葉なんだよ」

「…………プリムラじゃなくて?」

「そうじゃない」

 首を傾げて尋ねた総に、仕方ないとばかりに嘆息すると真琴は机の上にあった部誌を片付けながら説明し始めた。

「プリムラもいろんな種類があるんだよ。ポリアンサとかシネンシスとか」

「……どゆこと? 品種?」

「……そういうこと」

 真琴が諦めて適当に言えば、総は「はー」と感嘆の声を上げた。片付けをする手がすっかり止まっている総をしり目に真琴は手を休めることなく言葉を繋ぐ。

「花の色とかでも花言葉は違う。チューリップなら赤白黄色の順で……」

 そこまで言うと、真琴は部誌を一冊手に取って裏返す。そして胸ポケットからシャーペンを取り出すとそのままその部誌にさらさらと何かを書いた。

 注意するでもなくその姿を見ていた総は手品か何かを心待ちにしているかのように真琴の手元をのぞき込んでいる。

 そうして十秒程度して種の仕込みが終わると真琴はその部誌に書かれた文字を総に突き付けた。

 総は目が悪いわけでもないのに眉をしかめてピントを調節する。するとそこには三行に分けられて言葉が記されていた。そうはそれを上から目で追っていく。

『愛の告白、失われた愛、望のない愛』

 そう記されているのを目にした総はまたしても「はー」と声を上げた。

 そうしながら総が腕を組むと、はっと何かを思い出したかのように目を見開いた。そしてその顔がぐにゃりと歪む。

 ぶしつけな笑顔を浮かべたソウは笑いをこらえるかのように口元に手を当て、真琴の傍によって耳打ちする。

「口で言うのはずいのか?」

 総が言うなり、真琴の視線が鋭くなった。

 それを見たソウは悪びれもせずにケラケラと笑う。真琴はそんな様子の友を見たせいでまたしてもため息を吐く。そしてもう面倒だと言いたげに早口に言葉を足した。

「プリムラなら、青春の恋とかがオーソドックスなんだよ。プリムラ全般ならな。…………あとは、サクラソウってくくりでもいろいろある。あいつなら、そっちを選ぶと思っただけ」

「サクラソウ? プリムラと関係あんの?」

「…………サクラソウとプリムラは同じ仲間」

「はー」

 面倒だと目で訴えながらも真琴が説明すればソウがまた声を漏らした。真琴は眼だけで分かったかと問うと言葉を続ける。

「サクラソウのほうがあいつ好みの花言葉があるからそっちの意味だと思っただけ」

「…………サクラソウの花言葉は?」

「いろいろある」

 総が問い返せば、真琴はまたしても面倒だと言いたげにあいまいな答えを返した。

 総はそれを見るなりニヤッと笑うと、持っていた部誌を真琴に突き出した。

「マコは何だと思ったんだ~?」

 突き出された部誌には、さっき真琴が落書きした花言葉が記されている。真琴はそれに目を落としながら、総を一瞥した。そして大きく息を吸ってから、盛大なため息を吐いた。

「…………はぁぁ…………」

 息を吐き切ると同時真琴は総から部誌をふんだくると先ほどと同じようにそこに文字を書いていく。

 さっきと同じように、総が真琴の手元をのぞき込もうとするが、それをするよりも早く、真琴の手でその部誌を付き返した。

 総は、表向きに向けられた部誌を手に取ると、そのままくるりと回転させて本の裏側に目をやった。

「……ふはっ」

 すると、総は愉快なものを見たとばかりに噴出した。真琴はそれに何も言わずに残っていた部誌を全て片付け終えた。

「確かに、ハル好みだな」

 総が付け足して言ったが、真琴は何も言わない。総もそれ以上何も言わずに手に持っていた最後の部誌を真琴に差し出した。

 真琴はそれを受け取ると、段ボールに詰めた部誌と区別するために裏返しにして段ボールに詰めた。

 その部誌にはチューリップの花言葉と共に『初恋』という言葉が記されていた。


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