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Primula  作者: 澄葉 照安登
第一章 二人目の新入部員
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二人目の新入部員 8

 薄暗くなり始めた空の下、神社に灯るちょうちんが人を呼び込み浴衣や甚平、普段と変わらない私服姿の人々が入り混じって夏祭りの会場はいよいよそれらしくなってきた。

「やっぱり暗くなり始めると人が増えてくるな」

 俺たちが神社に到着してから十数分。みんなでしゃべりながら歩いてきたせいで神社に到着したころにはだいぶ人が増えてきたころになっていた。

 目的もなく五人で歩き続けているわけにもいかず、とりあえず俺たちは賽銭箱の横を陣取って人波を眺めていた。

「まぁ、近くの神社の中じゃ大きいほうだしね」

 ソウと俺は人ごみを見つめながら他人事のようにつぶやく。

 今俺たちのいる神社の境内はサッカーコート一つ分はくだらないほどの広さがある。とはいっても鳥居から本堂へ続く道以外はまばらに木が立ち並んでおり、しっかりと石畳になっている道はほんのわずかしかないのだが。

「とりあえず、みんなで見て回るか」

 ソウは言いながら一歩前に出る。せっかくみんなできたのだからここで別行動などというのは違うだろう。それにたったの五人だ。はぐれることなどそうそうないだろうし、もし仮にはぐれてしまっても今は文明の利器、スマホもあることだし心配いらない。

「わたしお好み焼き食べたいです!」

 ぴょん、とソウに向かって飛び出したのは俺たちの中で唯一和服姿の立花さん。普段はヘアピンでとめている程度にしか纏めていない肩までの茶色い髪の毛が後ろできれいにまとめられていて年下なのに綺麗という印象を受ける。

「じゃあ探そっかっ。楓ちゃんはなんか食べたいものとかある?」

「私は、とくには」

 もう一人の女の子はジーパンにブラウスといったカジュアルな装いだ。髪もまとめたりはせずに、背中の中ほどまである黒い髪の毛がゆらゆらと揺れている。

 同じ後輩の女の子でも装いがこれだけ対照的だと無意識に比べてしまう。

 普段は二人とも制服姿だし、そもそもあまりまじまじと観察しようとは思ったこともないのでこんな風に見比べてしまうのは初めてだ。

「じゃ、歩きながらいろいろ見てこうか」

 そう言って真横に立花さんをしっかりとキープしながら先頭を歩き始めるソウに残る俺たち三人も続く。

 先頭にソウと立花さん、その後ろに俺と永沢さん、一番後ろには真琴というなんとも規則正しい並びで歩いて屋台を見て回る俺たちだが――。

「…………」

「…………」

 目の前で明るく話を繰り広げているソウたちとは違い、俺と立花さんはまったく会話をしていない。

 というのも今日駅で会ってからというもの、なぜか永沢さんの目線が鋭い。

 いつもの警戒というのに加えて敵意のようなものすら感じるほどだ。そのためなんと声をかけていいかわからず俺も無言になってしまう。

 どうしたものかと必死で頭をあたらかせていると後ろからちょんと背中をつつかれる。

「……なに真琴?」

 後ろにいる真琴に首だけで振り返ると真琴は俺の耳に口を寄せて吐息交じりの声で俺に尋ねてきた。

「お前、後輩となんかあった?」

「あー、いやその……」

 何かあったかと言われれば、何もなかったとは言えない。

 一昨日の放課後、雨の中傘もささずに帰ろうとしていた永沢さんを駅まで送って行った。別にやましいことなど何もないが、俺は彼女を送っていく際に小さな嘘を吐いた。駅までは帰り路が一緒だと彼女に説明していたのだ。

 俺からしたら別になんて事のない些細なことなのだが、つい先ほどそれが彼女にばれてしまい、それからなぜか睨まれているというわけだ。

 嘘を吐かれるのが好きじゃないってことなのだろうか。一度謝ったほうが良かったりするのかと思いながら隣を歩く永沢さんを見る。俺の視線に気づいた永沢さんと目が合う。やっぱり目つき鋭い。ため息漏れそうになる。

「まぁ、がんばれ」

 そう言いながら俺の後ろにいる親友は俺たちから一歩離れていく。できることなら助けてほしいけど、真琴が介入すると事態がややこしくなるような気がして素直に助けを求められない。

 真琴のことだからくだらないとか言って終わる気がするし。

 目の前の二人が羨ましい。というか爆発すればいい。

 なんで目の前の二人は二人だけの世界に入っているのだろうか。

笑顔で顔を見合わせながら歩く二人はなかなかに絵になっていて、はた目からはカップルにしか見えない。二人きりで来ればよかったんじゃないかなあの二人は。

目の前の二人との距離はたった数センチの距離なのに別世界のように感じてしまう。

 と、そんな恨みのこもった俺の視線に気づいたのかソウがこちらを振り返る。

「なんか買いたいもんあったら買ってきていいからな?」

 そうじゃない。歓迎会を兼ねてとか言い出したお前が意中の相手とイチャイチャしてるだけなのはどうなんだ全く。

 そう思いながらもそんな二人の様子を見るのは決していやではないのでやめろと口に出すことはしない。恋愛模様を見ていられるのはいいものですからね。

「総、俺あれ買ってくる」

 すると俺たちの最後尾の真琴が少し離れたところのベビーカステラを指さしていた。

「おっけ、とりあえずゆっくり目に歩いてるよ」

 真琴はこくんと頷いてベビーカステラの屋台のほうへ向かっていった。心なしか少し弾み気味に歩いていた気がする。そんなにカステラ好きなのか。

 そんな真琴を見つめているとその視線の先にリンゴ飴の屋台を発見する。

「そういえば、永沢さんいちごあめ好きって言ってたよね?」

 ふと数日前の出来事を思い出して尋ねてみる。

「……はい、そうですけど……」

 あ、目線が痛い。今日一日ずっとこんな態度でいられたら心折れる。

「いちごあめ? リンゴ飴的な?」

「そうです」

 首をかしげて尋ねるソウに呟くように答える永沢さん。俺の時よりかは明らかに声色が優しい。今日は話しかけないほうがいいのかな……。

「なんでハルがそんなこと知ってんの?」

「あー、一昨日そういう話をして……」

 一昨日、と口を動かして少し考えるそぶりを見せるソウ。するとにやりと笑って目の前の親友はとんでもないことを言い出した。

「じゃあ、二人づつで別行動するか!」

「え、ちょまって!」

「いいですね! そうしましょう!」

「立花さん!?」

 まさかの二対一の状況に驚愕。いや、立花さんからすればソウと二人きりになれる口実ができるからいいのかもしれないけど、今日は永沢さんの歓迎会を兼ねてるって言ってたじゃん。みんなしてそのこと忘れてない!?

 そう思いながらとんでもない提案をした二人を交互に見る。二人とも同じようなにやけ顔で俺のことを見ていた。

 あ、これ違うわ。二人とも俺みたいな感じだ。妄想してる時の俺ってたぶんこんな感じなんだろうな。二人ともすごい楽しそうだ。

「じゃあ、目当てのもの買ったら神社の入り口のとこで待ち合わせってことで!」

「え、ま、ほんとに待って」

「じゃあ松島先輩! また後で!」

 そう言って立花さんに手を引っ張られながらソウたちは去って行ってしまった。

「…………」

 不満の声をあげたくなるがすぐ横に永沢さんがいるのでそれもできずに、時間が止まっているかのようにフリーズしてしまいそうになる。

 しかしどうにかこうにか永沢さんの表情を確認しようと視線を横に向ける。

 永沢さんは出会った時と同じように身を引きながら、俺に鋭い眼光を向けている。

 えー、あの二人なんてことしてくれたんだ。ここで偶然真琴が帰ってきてくれるなんてことが起きればどれだけいいだろうと思ったが、そういうときに限って思った通りにならないように世の中はできているのか、そんな気配はみじんもしない。

「…………えっと。とりあえず探してみようか?」

 そう口にしてみるものの永沢さんからの返事はない。

 普段から物静かなタイプなのだろうが、今黙っているのは明らかに違う理由だ。

 あの嘘ってそんなに怒らせる類のものだったかな。なんて謝ればいいんだろう。いや普通にごめんなさいっていえばいいんだろうけど。

 俺はどうしたらいいかわからず、普段の妄想で培った大して役に立たない脳みそををフルに活用して次にどんな言葉を口にすればいいかを考える。

「…………先輩」

「へ!? なに!?」

 うんうん唸って考えていると突然永沢さんに話しかけられて大声を出してしまう。永沢さんも俺の声にびっくりしてしまったようで小さく肩がはねた。申し訳ない。

「あの、あれ買ってきたいんですけど……いいですか?」

「え? ……あたあめ?」

 永沢さんが指さす先に視線を送るとそこにはふわふわとした字体で『わたあめ』と書かれた屋台が鎮座していた。

 わたあめを買おうとする後輩を見て、少し子供っぽいなと思えたおかげで少し冷静になれると同時に口元が緩んでしまいそうになる。

 俺は一呼吸おいてなるべくいつも通りに、前に帰り道で会話をした時と同じように言葉を紡ぐ。

「うん、いいよ。いこうか?」

「え、いえ。先輩はここで待っていてもらえれば大丈夫です……」

「あ、そう……」

 あげて落とされるとダメージは倍だ。今日一日で俺の心はボロボロになりそう。

「……先輩も、食べますか?」

「……俺はいいよ。行ってきな」

 俺の表情を見て気を使ってくれたのかそんな風に訪ねてきてくれるが、わたあめを食べたいとは思わなかったし、丸々一つ食べれる気もしなかったので遠慮する。

 こくんと頷いた後輩はスタスタとわたあめの屋台のほうへと歩いていく。俺は通行人の邪魔にならないようにと屋台と屋台の間の木のところに移動して空を見上げる。

 ちょうちんや屋台の光のせいで星はよく見えない。

 気を遣ってくれるってことは本格的には嫌われてないとは思うんだけどどんな会話をすればいいのかいまいちわからない。

 今まで女の子とまともに会話したことなんてなかったせいか焦ってしまって仕方ない。

 つい数日前に戻ってやり直せたら今よりはいい関係に戻れるのだろうか。きっと戻れたとしても今と大して状況は変わらないだろう。もともと仲が良かったわけでもあるまいし。

 もし数日前に明るく話をすることができていれば少し早かったのかな。そんなことを考えてしまいながら俺は深呼吸にひそませたため息を吐いた。

「……俺も何か買いに行こうかな」

 そう口にしながらも永沢さんが戻ってくるまでは勝手な行動はできない。

 何もできない俺はもう一度よく見えもしない星空を見上げた。


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