思いを言葉に 4
週が明けて月曜日の放課後。テストまで残り数日となると、教室はなぜかお祭り騒ぎだった。
皆口々に「全然勉強してないー」とか「今回やばいかもー」とか言いながら、焦って勉強するでもなく教室内の各々の定位置に集まってはしゃいでいた。中にはそんな愚痴を言うことなくさっさと教室を出てゲーセンに行こうなんて言う輩もいるが、どちらにせよクラスメイトの過半数はまともに勉強などしていないようだった。
もちろん、俺だって人のことを言えたものではない。一応形として家で自習励んではいるけれど、やっぱり成果が出るかと言われれば首を傾げてしまうし、集中して勉強しているかと問われれば口ごもってしまう。
だから俺はそんな彼らに自分を重ねながら一つ息を吐いた。
「ハルどうした。小説行き詰ってんのか?」
「それは今考えたくないよ……」
俺のため息を心配したのか、前の席から振り返った幼馴染に重苦しいため息を返す。
「文化祭大丈夫かよー」
「それよりテストだよ」
数週間後とはいえまだ余裕のある文化祭のことは気にしないようにしている。気にすれば気にするほど数日後に迫ったテストのための勉強に手に付かなくなってしまうから。
「ハルそんな成績悪くねぇだろ。勉強してねぇのか?」
「主にソウのせいでね」
不思議そうに首を傾げた幼馴染に恨みのこもった視線を向ける。
何度も言うが、俺はあまり要領のいい人間ではない。いくつものことをいっぺんにはできないし、考えることだってできない。毎日のように小説の話題を出されてしまえばそのことで頭がいっぱいになってしまうし。かといってそれで文章が書けるかと言われればそうではない。テスト勉強をしなければという気持ちは消えてはくれないから、結局どっちつかず。両方ともいまいち進んでいない。小説に関して言えば文頭に書いてあった鍵カッコが消えたのでマイナスだった。
良い事尽くめならぬ悪い事尽くめの俺のため息は、普段聞きなれた真琴のそれよりも重々しかったのか、ソウが不思議そうに首を傾げた。
「俺なんか邪魔したっけか?」
「つい数秒前にね」
反抗期の時に感じた、勉強しろと言われると勉強したくなくなる。というのによく似た現象が今起きている。あまりに何も進まないから何もしたくないし、やれと言われれば余計にやりたくなくなってしまう。我が事ながらいまだに反抗期を引きずっているのかと思って少々呆れてため息が漏れる。
小説や勉強といった話題をあまり耳にしたくなくて、俺は窓際へと視線を向けた。
視線の先にいた真琴は今まさに立ち上がって帰宅しようというところだった。
「んじゃあ気分転換に学校で勉強するか!」
すると、図ったかのようなタイミングでソウが大声を上げた。危機感を感じたのか真琴が嫌そうな顔でこちらを見たがもう手遅れだ。次の瞬間には、ソウの視線は今まさに帰宅しようとしていた真琴へと注がれた。
「マコ、一緒にやろうぜ」
「…………はぁ」
面倒だと言わんばかりにため息を吐く真琴。そんな悪友に同情の念を抱きながら俺も小さく息を吐いた。
「んじゃあこの辺の机くっつけるか」
言うが早いか、ソウは自分の机を半回転させて俺の机とくっつけた。そしてそのままてきぱきと隣の机もくっつける。
俺が何かするよりも早く、三人分の席が用意されてしまった。
ここでとぼけて立ち去ることが出来るかどうかなんて問いはもはや愚問だった。
俺は曖昧に笑顔を浮かべてから鞄の中をガサゴソと漁った。
横から椅子を引く音がと同時にため息が聞こえ、正面からは「んー」と体を伸ばしているのであろう幼馴染の声が聞こえた。
それを耳だけで確認しながら適当に触れた教科書を手に取って机の上に広げる。当然、俺が真っ先に鞄に手を掻けたため二人の前にはまだ筆記用具すら出ていなかった。
だから俺はなんの気なしに教室を見回してみた。
放課後になりたてなので、まだ教室には生徒がいる。黒板の前に集まってワイワイと騒いでいる男子生徒。教室後ろでどこに行こうかと相談している女子生徒。俺たちと同様に廊下側の席で教科書とノートを広げて自習している男子生徒も一人いる。
騒々しいまではいかなくとも賑やかと呼べるこの教室は、あまり勉強をするには向いていない。どうせなら図書室にでも行った方が勉強できるとは思うが俺たち同様教室隅でノートを広げている物静かそうな男子生徒もこの場を離れようとはしなかった。
なんでだろうと思いながら背もたれに体を預けて教室のドアにほど近い席にいる彼のことを見つめていると、開けっ放しになっていた教室の入り口に誰かが現れたのが見えた。
ポニーテールの女生徒。フルネームもうろ覚えのクラスメイトの姿だ。
教室の後ろの方で騒いでいる女生徒の輪に入りにでも来たのだろうかと思ってちらりと背後を見ると、ついさっきまで止まらない会話を繰り広げていた彼女らの姿がなくなっていることに気付いた。
あれ、と思いながら教室後方にある扉のほうを見ると、その女生徒たちがぞろぞろと廊下に出て行くのが見えた。
彼女らは廊下に出るとポニーテールの彼女のほうには向かわず、そのまま教室を後にした。どうやら俺の思い過ごしだったようだ。
そう思いながら苦笑半分に視線を教室前方の扉へ戻すと、そのすぐそばの席で自習をしていた男子生徒が筆記用具を片付けているのが見えた。
片付けが終わるなり彼は席を立ちあがり、目と鼻の先にいたポニーテールの彼女のもとへと歩み寄り照れ臭そうにはにかんだ。それに対して女子生徒はぱっと華やぐ笑顔を浮かべる。
「…………ほぁ!」
『どうした?』
いきなり奇声を発した俺を見て今まさに勉強を始めようとしていた二人が俺の方を見た。俺は動揺しながらも二人のほうは見ずに教室を出て行こうとする男女二人を見ながら言う。
「あの二人……あの二人さぁ!」
言いながら、指をさしてしまわないように机の端を握りしめながら視線だけでその男女を示す。するとソウは振り返りながら「あー」と納得したと言いたげな声を上げた。
その声を聞いて俺はソウに同意を求めるべく身を乗り出して詰め寄る。
「あの二人って付き合ってるのッ?」
「ああ、そうだけど。ハル、落ち着け」
「やっぱりっ!」
俺をなだめようとした声には聞く耳持たず、俺は興奮を隠すことなく声を上げた。
思った通り、あの二人は付き合っているらしい。それもそうだろう。わざわざ放課後勉強をしているふりなのかどうかわからないが勉強道具を広げて一人の女の子を待っていたんだ。付き合っていないわけがないだろう。いやもちろん付き合ってない可能性もあるよね、友達として呼びに来たとかそういうね。でもそれでもあの反応はないでしょ、はにかまないでしょ、頬赤らめないでしょ。付き合ってなかったとしても気は絶対あるでしょっ!
さらに俺のテンションは高まり、俺は口元に手を当てて考え込む。
「あの感じだとまだ付き合って日が浅いよね。もしかしたら昨日付き合い始めたばかりかも。もしかしたら今日!? いやというか今から告白っていう可能性だってあるのかな!?」
誰に問いかけたわけでもないのに疑問符で、自分の手で籠った声で言う。
そんなもの自分の頭の中で考えればいいのにと思いはするが、これが俺の性だ。今さらどうすることもできない。
そのままはぁーと天に召される想いで彼らの出会いなんかを空想していたのだが、ソウが何食わぬ顔でぽつりと口にした。
「あいつら修学旅行で付き合うようになったんだよ」
「なんで知ってるの!?」
衝撃の発言に声を荒げてしまった。黒板の前でたむろしていたクラスメイトも俺の大声に振り返ってしまう。
無数の視線を感じて、急に恥ずかしさがこみあげてきて立ち上がりかけていた体が椅子の上に落ちた。
そんな俺を見て笑いをかみ殺していた幼馴染は目尻にほんのりと涙を浮かべながら説明してくれる。
「見てりゃ分かるだろ。修学旅行の帰り道もあの二人一緒に帰ったんだし」
「え、そんなの見てない」
「ハルはずっと上の空だったからな」
「あー……」
言われて、確かにあの時俺は心ここにあらずだったことを思い出す。あの時のそんなことがあったなんて、なんで俺は見逃してしまったんだろう。
そんな不躾なことを思いながら俺は今一度扉のほうへと視線を向けた。
もう二人の姿はなかったけれど、なぜか頬がゆがんでしまう。
「どっちから告白したんだろう……」
心の中で呟いたはずなのに、気持ち悪く歪んだ口の隙間から声が漏れ出てしまっていた。
あれだけの映像とこれだけの情報があれば、妄想に等しい創造をするのは朝飯前だ。俺の脳内は早くもあの二人の生い立ちを夢想し始めていた。
あの二人のタイプは、一言で言ってしまえば凸凹だ。男子のほうはおとなしい感じがした。それこそ真琴から攻撃的な要素を取れば近いものが出来上がるような気がする。
それに対して女子のほうは、活発そうなタイプだった。立花さんや間城を思わせる明るいタイプ。ポニーテールはスポーティな印象を受けたし、表情を見ても感性豊か。教室隅にいた男子とは正反対と呼べるものだった。
となると告白したのはおそらく――。
そう考えたところで、ソウがまたぽつりと呟いた。
「男のほうだよ」
「なんでそんなに詳しいの?」
驚きを通り越して疑問を抱いて首を傾げた。
ソウはまるでその現場を見てきたかのようにポンポン回答を口にする。ソウに限ってないとは思うが、もしかしたらその現場をのぞき見したり、告白の現場に居合わせたりしたのだろうか。
首を傾げた俺に向けて、ソウは同じように首を傾げた。
「なんでって、有名な話だろ?」
「え、全然聞いたことないんだけど」
目を丸くした俺に対してソウは笑いながら言う。
「まあハルは文芸部だしな」
「ソウもでしょ」
「俺は小説家志望だから耳がいいんだよ」
「関係ないでしょそれ」
ソウの意味不明な言い分に突っ込みを入れながら俺はふうと一つ息を吐いた。
物静かな、奥手そうな男子が告白した。
俺の予想は外れてしまったけれど、もしかしたらそういうものなのかもしれない。恋というものは。
たとえ普段が奥手で物静かで、それこそ人とのかかわりを持ちたがらないような人であったとしても、好きな相手だと体が動いてしまうものなのかもしれない。告白しまいと思っても、行動してしまうのかもしれない。
それが俺自身に当てはまるかどうかはさておき、きっとそういう人はごまんといる。
そうやって、行動する人はたくさんいる。
それが恋の力だけとは思わない。その人自身の力というのが大半だろう。それでもきっかけくらいにはなっていると思った。
そんな風に思ったらまた口元が歪んだ気がした。本当に気持ち悪い、笑みが漏れた。
「落ち着いたか」
その笑みを隠そうと奥歯を噛み締めたとき、ずっと話に参加してこなかった真琴がぽつりと言った。
その声に振り返ってみると、真琴は先ほどまでの会話に全く興味がなかったのかただ一人ノートと教科書とにらみ合っていた。
「落ち着いてないなら飲み物買ってこい。ミルクティー」
目線を上げもせず、ぶっきらぼうに真琴が言う。不快な思いをさせたから言うことを訊けということなのだろうか。あからさまに機嫌の悪い真琴に俺は苦笑いを浮かべた。
「わかったよ、お金は後でもらうからね」
言いながら俺は立ち上がって、鞄の外ポケットから財布を取り出してズボンのポケットに突っ込んだ。
「ソウもいる?」
「俺はいーや。ってか俺が行ってきてもいいぞ?」
「気分転換にもなるしいいよ」
ここにいてもまともに勉強が進む気もしなかったのでそう言うと、ソウは「ほっか」とか曖昧な返事を口にして指先でシャーペンを回した。
俺はそれをしり目に振り返り、ついさっきまであのカップルがいた扉をくぐってそそくさと廊下へ向かった。
ちなみに、今行けばあの二人をもう一度見れるかもしれないなどという不純な思惑などありはしない。本当にない。




