二人目の新入部員 7
部活のみんなで行く約束をした夏祭りの当日、俺とソウは二人そろって駅までやってきた。
今日は快晴とはとても言い難い天気だが、そのおかげか七月中旬にしてはかなり涼しい気候で、湿度もそこまで高くなく出かけるのにちょうどいい環境だった。
「みんなもう来てっかな?」
「早い人はもう来てるかもね。真琴とかはもう来てるかも」
俺の隣でポケットに手を突っ込みながらあたりをきょろきょろしているソウに倣って、俺もあたりを見回しながら話す。
とりあえずあたりにそれらしい人影は見当たらない。さすがに早く来過ぎたかと思いながら肩掛けの鞄の中からスマホを取り出そうとする。
「お前らずいぶん早いな」
「あれ真琴? もう来てたの?」
突然俺の背後から声が聞こえて反射的に振り返るとそこには真琴の姿があった。
真琴は手に持っていたスマホを腰につけているポーチにしまう。ポーチと言っても腰に巻いているウェストポーチのようなものではなく、大工が使うような腰道具を入れるようなベルトに引っ掛けているだけの小さなものだ。
「真琴のそれ、毎回思うけど必要最低限のものしか入らなそうだよね」
「無駄なもの持ちたくないからな。陽人の鞄も大差ないだろ」
確かに俺の肩から掛けているボディバックも収納的には真琴と同じく財布やスマホなどといった出かけるための必要最低限のものくらいしか入らないような大きさだ。まぁ、それでも俺のバックのほうが大きい。折り畳み傘くらいなら入る大きさだ。
「総は相変わらず手ぶらか」
真琴が俺の隣にいる身軽そうな友人に声をかける。
「ん? 特に持ち物いらないっしょ?」
そう言ったソウは俺のようなボディバックも持っていなければ真琴のようにポーチをつけているわけでも鞄を背負っているわけでもなく、俺たちの中で最も身軽そうな格好をしていた。
「いや、もしかしたら夕立来るかもしれないし」
「別にそういうことじゃないだろ。ポケットに財布入れとくと掏られるぞ」
俺が的外れな心配を口にすると真琴がなかなかに恐ろしいことを口にする。
「いや、大丈夫でしょ。今までそんなことないし」
にかっと笑ってさして気にもしていないソウに真琴が小声で「掏られても知らないぞ」といったのがまた恐ろしい。というか、掏りの心配をしているなら真琴だって大概だ。真琴のウェストポーチもチャックが付いたりはしていないので手を突っ込めば簡単に盗れるだろう。
「てか、マコも来るの早くね? まだ十五分前だぞ?」
そう言いながらスマホを開くソウにつられて俺もスマホを開いた。
スマホの画面に出てきた時間は十六時四十六分。集合とした十七時までは十分以上の猶予があった。
「商店街にいたからな」
「商店街? なんで?」
疑問の思ったことが条件反射的に口に出てしまう。
「花屋見てたんだよ。新しいの買おうと思って」
新しいのと言われても、真琴にそんな趣味があった記憶はない。
ソウも俺と同じように思ったのか不思議そうな顔で真琴に言う。
「誰かにあげたりすんの? 彼女?」
「え!? 真琴彼女いたの!? いつから!?」
ソウとしては真琴をからかったのだろうが、それに食いついてしまったのは真琴ではなく俺のほうだった。
俺が突然大声を上げたものだから真琴もソウも目を見開いて俺のほうを見ている。
さすがにそんな風に見られたら俺の脳内で開始される直前だった妄想劇場も途端に休演を余儀なくされてしまう。
「落ち着け、いるわけないだろ」
そう言いながらため息を吐く真琴。もう落ち着いてるからそんな顔をしないでおくれ。そんな顔をされると気心知れた相手でもさすがに傷つく。
「ふはっ。陽人がそんな反応するなんてっ」
クククと笑いをこらえながら言う俺の幼馴染。心底楽しそうだ。
そんな二人の悪友の反応に自分のとった行動が恥ずかしく思えてきて顔の温度が上がる。
ソウは俺のこういった一面をあまり見たことがないのでとても楽しそうな半面、真琴は毎度のことなのでため息を吐いている。そんな二人の前で恥ずかしくて赤面する俺。なんとも奇妙な絵面だ。特に俺が赤面しているのが奇妙さをさらに引き上げている。
「あの……こんにちは、です」
そんな奇妙な空間に女の子の声が飛び込んでくる。
「お、楓ちゃん。早いね」
三人そろって振り返るとそこには俺たちの後輩の姿があった。
彼女の姿はジーパンに白のブラウス、どこかのブランドものかと思うような綺麗な肩掛けのバッグというカジュアルな装いだった。いつもの学生服ではなく見慣れない私服姿のせいか、新鮮さに目線が引き寄せられてしまう。
そんな俺の視線に気づいた永沢さんはぺこりとお辞儀をする。俺もつられて頭を下げた。
「楓ちゃんは浴衣とかきてこなかったんだね」
「あ、はい……持ってないので」
「そうなんだ。似合うと思うし一回見てみたいな~」
いつもと変わらない調子のソウだが、そんな先輩を前に怯えるように一歩後ろに下がってしまう永沢さん。まだ付き合いの浅い、異性である俺たちには心を開いてくれないようでどうにもぎこちない空気が出来上がってしまう。
しかしそんなのはお構いなしでいつも通りに軽い調子でしゃべるソウ。ソウが体を寄せようとすればまた永沢さんが距離を取ろうと下がってしまう。
「あー、永沢さんは来るの早いね。普段から集合時間よりも早めに行動しちゃう?」
そんなぎこちない雰囲気を悪化させて重くしてしまわないようにとソウを引きはがすために口を開いたのだが、そんな唐突なことしか言えず失敗してしまったかと思う。
「え、あ、はい。遅れることは絶対にないように、早めに……」
しかし永沢さんが答えてくれたおかげでソウが俺たちに気を使ってか少し離れてくれる。
「あー、わかるよ。遅れたりして相手を待たせちゃったらって考えると不安になるよね」
「はい……」
「…………」
…………どうしよう。早くも会話が途切れてしまう。
普段から積極的に話しかけたりしないから話題を見つけたりするのが得意じゃない。一度会話が途切れてしまうとどうしたらいいのかわからない。
自分のコミュ障っぷりに焦りながら視線があちらこちらに泳ぐ。
つい一昨日はもっとスムーズに会話で来ていたはずなのに、丸一日挨拶程度しか会話しなかったせいか永沢さんとどう会話したらいいのかわからなくなってしまっている。
「……先輩方も、早いですね」
「ふえ? あ、ああ。俺は普段から早めに行動しちゃうから」
永沢さんから話を振ってくれたのが予想外で変な声をあげてしまう。
突然のことで言葉の続きが出てこなくなってしまって後ろでしゃべっていたソウと真琴のほうへ視線を送る。
「俺はハルと家が近いからいつも一緒に行動してるってだけだよ~」
「…………」
ソウは軽く会話に参加してくれるが真琴は一瞥だけ暮れて手元のスマホに視線を落としてしまう。
「あ、そうなんですか……」
「そうそう。俺ら三人は地元だし一緒に行動することが多いのよ」
「――えっ?」
ソウが説明すると永沢さんが驚いたように俺のほうを見る。俺はなんだろうと思いながら首をかしげる。
「先輩……松島先輩は、電車通学じゃ……」
「ん? いんや? ハルも俺も普段はチャリだけど?」
ソウが永沢さんの質問に答える。俺は依然わけがわからず二人を見つめるだけ。
「でも、松島先輩、一昨日……」
「……あっ」
そこでようやく思い出す。そういえば一昨日永沢さんを駅まで送って行ったとき、俺は電車通学だと誤解されたままになっていたのだった。
「……どゆこと?」
「あ、いや、一昨日永沢さんが傘持ってなかったから駅まで一緒に帰ったんだけど。その時にちょっとした誤解というか……」
慌てて説明するが、嘘を吐いたと素直に言うのは憚られてしまってそんな表現をしてしまった。
「……ラブコメの主人公か」
「いや、そういうのじゃないでしょっ」
真琴ばぽつりとつぶやくのに過剰反応してしまう俺。いつもながら真琴の声にはからかいや冗談みたいなのが全く含まれていない気がするからついつい慌てて反応してしまう。
「何? ハルもしかして楓ちゃんに惚れてんの?」
「違うって!」
たいしてソウは明らかにからかっているというのはわかるものの、そんな言い方をされてしまっては慌ててしまう。相手の女の子がこの場にいるのだから、それが真実であれ嘘であれそんな反応をするのは致し方ないことだ。
しかし、あまりに強く否定してしまったので俺は慌てて弁解をする。
「あ、いやっ、永沢さんがかわいくないとかそういうことじゃなくてねっ? いや、そういうわけじゃないんだけど、その惚れてるとかではなくて、永沢さんは魅力的だと思うけどね!?」
焦りに焦って何を言っているかわからなくなってしまう。
こんな風に煽られるのは初めてでどんな反応をしていいのかと考える暇もなく条件反射で声を出してしまう。それがかえって墓穴を掘ってしまっているのを理解するほどの余裕もなく、無表情の真琴と愉快そうに笑うソウに助け船を出してほしいと願うがおそらく無理だろう。
俺は焦りに焦った頭で天に向かって祈ってみる。誰でもいいから助け船を出してください、と。
「すみませーん。ちょっと遅れちゃいました」
そんな俺の願いが通じたのか、カラカラという足音を響かせてもう一人の後輩の声が聞こえてくる。俺はすがるように駅の中へと続く階段のほうへ視線を向けると、浴衣姿の女の子が駆け下りてきていた。
「急がなくていいよ~。ぷふッ」
少し遠くにいる後輩に声を投げかけながらさっきまでの俺の反応を思い出して噴き出すソウ。
真琴を見るとメンバーがようやく全員揃ったおかげか、いじっていたスマホをしまう。
「すみません。ちょっと時間がかかっちゃいましてー」
そんな風に言う立花さんは胸に手を当てて呼吸を整える。
「そんな遅れてないから気にしなくていいよ~」
「ありがとうございます」
笑顔でやりとりをする二人。立花さんが視線を集めるような恰好をしてきてくれてよかった。
ほかのメンバーはみんな普通の洋服なのに対して立花さんは白い下地に赤い花の柄があしらわれた浴衣を身にまとっている。周囲にも浴衣や和服を着ている人は見当たらず、自然と周りの視線は立花さんへと向けられていた。
「浴衣いいね~」
「ありがとうございますっ」
ソウと立花さんはもはや見慣れたやりとりを繰り広げる。
「そういえばさっき笑ってましたけど、何話してたんですか?」
永沢さんはさっきのソウが噴き出すように笑っていたのをしっかりとみていたのか、そんな風に切り返してくる。別にカップルらしい会話を繰り広げられるを望んでいるわけではないが、今だけはそうして欲しかった。
このままさっきまでの会話を掘り返さずに神社に向かってほしかったのだが、うまくいなかないものだ。
「あー、いや、ハルがさ――」
ニヤニヤしながら、俺のほうをチラチラと伺いながら茶化すように話を始めようとするソウ。
「と、とりあえず移動しようよ!」
これ以上いじられまいと俺は声を出す。
「んーじゃ、移動しながら話そっか」
ニシシと歯をのぞかせながら笑うソウに勘弁してくれと思いながら苦笑いを返す。
ソウが足を動かして歩き始めるとそれについていくようにみんなも移動を始める。
俺たちから一歩距離を取ってスマホをいじろうとしていた真琴もさすがに移動するとなれば俺たちに合わせて輪の中に入ってきてくれる。
先頭ではソウが立花さんにさっきまでの話をしている。多少、いやかなり脚色されてあらぬ誤解を受けてしまうような気がするが、もう今更会話に参加しに行っても意味がない。またからかわれるだけだ。いつもみたいにカップルらしい甘い会話でもしていればいいのにと思いながら再度ため息を吐く。
俺は後の二人もついてきているかと思いちらりと後ろを振り返ると、すぐ後ろにいた永沢さんと目があい俺は慌てて前方に視線を戻す。
…………なんか、睨まれてる?
もう一度ちらりと振り向くと刺すような視線を向けてくる永沢さんが目に映る。
やっぱり睨まれてる。俺何かした?
からかわれた挙句、後輩にこんな視線を向けられてしまい、今日は散々な一日になりそうだと思いながら俺は今一度ため息を吐いた。