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Primula  作者: 澄葉 照安登
第五章 台風一過
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台風一過 5

 遊びたい盛りの高校生にとって夏休み、冬休み、春休みなどの長期休みや連休は喉から手が出るほどに欲しているのもだ。普段は朝早くから午後四時まで学校に監禁され、部活動がある者はそこからさらに二時間ほど学校に拘束される。通学ルートにもよるがそこから家に帰ればもう夕食時。そこから遊ぶような体力は残ってなどいない。

 だから修学旅行の代休を入れて三連休となったこの土日は俺たち高校生にとっては時間の流れが倍速になってしまったかのように感じる三日間となるのだろう。

数日前の俺は、そんな風に思っていた。

いかに三連休とはいってもやることが何もないとなると時間が経つのが億劫に感じるもので、もう月曜日かな、なんて思ってもスマホを開けばまだ土曜日だった。

 朝たっぷりと二度寝をして、暇つぶしのために真琴たちとやっているアプリゲームに手を着けてはみたがもともと熱中しているわけでもないのでものの数分で飽きてしまい、今は何時だろうと再び時計に視線を向けてはみたが、時計はまだ正午を回ってすらいなかった。

 今日を含めてまだもう一日休みがある。真琴やソウの様に熱中できる趣味がある人からすれば楽しい休日でも、俺の様に趣味と呼べるものを持ち合わせていないものにとっては苦痛にすら感じる静かすぎる時間だった。

 誰かに連絡を取ってわいわい騒いでみようかと適当に登録されている連絡先をスクロールしては見ても結局誰にも連絡せず。余暇に耐えきれなくなった俺は行く当てもなく外へと飛び出した。

 電車やバスに乗ってどこか遠いところに行くわけでもなく、なんとなくいつもの癖に任せて学校のほうへ、見慣れた十字路に付くとそこでもなんとなくの気分に任せて普段はあまり行かない駅とは逆側の大通り沿いに歩いていた。

 車線がいくつもある大通りだからか、右を見ても左を見ても何かしらのお店がある。飲食店やコンビニ、自動車関係や中には楽器屋なんかも。

歩いて数十分、自転車であれば十分足らずで来れるであろうこの場所に来たのは、意外にも初めてだった。

 俺は物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回す。

今はお昼時。昼食どころか朝食すら口にしていないのでとりあえず何かを買おうと思いコンビニに寄るためにアスファルトを擦りながらつま先の向きを変えた時だった。

「あれ? 松島じゃん」

「えっ?」

 声に驚いて俯けていた顔を上げると、コンビニの横あたりにショートカットの同級生の姿があった。

彼女は珍しいものを見つけたかのように目を見開いて俺のことを見て一言。

「今日は一人なの? ソウたちは?」

「あー、なんか小説書いてるみたいで」

「なるほどねー」

 スタスタと俺のほうへ向かってくる間城に事実無根な言い訳をしながら視線を逸らすと、大通りからコンビニの駐車場へ入ってこようとする車が見えて俺は避ける様に間城のほうへと数歩近づいた。

「松嶋は何やってるの?」

「特に何とは……。しいて言えば散歩かな?」

 俺の真後ろを通った車を見送ってから、靴三つ分ほどのところにいた間城に視線を戻した。

「散歩って、お爺ちゃんみたいなこと言いうね」

「若くても散歩が趣味な人はいると思うけど」

 とはいえ散歩が趣味という人はそれ以外にすることが見当たらないってだけな気がする。実際今俺が散歩なんてことをしているのもやることが見当たらなかったからだ。

 自虐的に笑ってから、そういう間城は何をしているんだろうと視線を向けて見る。

服装はあまり女の子らしいとは言いがたいジーパンにパーカーというおしゃれに興味のない男子がしていそうな格好だった。唯一小さめの肩掛けの鞄だけが女の子らしさを表している。

カジュアルすぎる服装だがだらしがないという感じではないのでこれからどこかに出かけるのだろうかなんて思いながら間城の体をじろじろと見ていると、間城があからさまにイヤーな笑みを浮かべた。

「何松嶋うちの体そんな見て……松嶋ってそういう奴だった?」

「あっ、やっ、そうじゃなくてっ。間城は何してるんだろうなって」

 言われて両手をぶんぶん振りながら言い訳をすると間城は笑って「わかってるよ」と言った。

「ならそう聞けばいいじゃん。うちは今から出かけんの。ってかどうしたの、なんかぼーっとしてる?」

「あー、寝起きだからかな……」

 なんとなく、自分の頭が回っていないのかなと思って苦笑いしながら返す。すると間城はほー、と珍しいものでも見るような目をして言った。

「へー、珍しいじゃん。まあ休日だからなのかもしれないけどさ」

「珍しい、かな?」

「珍しいでしょ。松嶋はその辺ちゃんとしてるイメージだし」

「そうなんだ……」

 言われて、自分の普段の様子を思い浮かべてみる。確かに間城の言う通り学校のある平日は朝もちゃんと起きているし遅刻だってしたことはない。夜もどちらかと言えば早寝だと思う。まぁそれはやることがないからというのもあるのだが。ともあれ振り返ってみても、平日の俺は間城の言うように、生活リズムがちゃんとしているんだろう。

「多分、昨日ソウたちと遊んだりしてたからだよ」

 しかし、昨日はいろいろとあったし多少はいいだろうと、言い訳がましく口にした。すると間城は目を見開いて解せぬと言いたげに俺をジトっとにらむ。

「え、なにそれ、うちも呼んでよ」

「いや、間城はバイトでしょ」

「そんなの聞かなきゃわかんないでしょ。まぁ昨日はバイトだったけど」

「結局ダメなんじゃん」

 笑いながら言う間城に苦笑いで返すと間城は「まーねー」と言って笑った。それに愛想笑いを返そうとして、ふと思う。もうすっかり元通りなのか、と。

 ソウと会うことに少なからず引け目を感じているのかと思ったのだが、案外そんなことは無いのかもしれない。もともと間城は断られるとわかっていて告白したと言っていたし、気にしているのは周りだけなのかもしれない。

 だから、俺は安堵のため息の代わりにふっと言葉をこぼした。

「なんか、大丈夫そうだね」

「何が?」

 間城が不思議そうに首を傾げる。俺はなんというか一瞬迷って、ためらいがちに口にした。

「ソウと、会うのが……かな……」

 言うと間城は合点が行ったのか「あー」と声を上げてふっと微笑んだ。

「……まぁ、それなりにはね。元通りではないけどさ」

「大丈夫そうなら、よかったよ」

 俺がほっと息を吐きながら言うと間城は冗談めかして、挑発するかのような口調で言った。

「何それー、松嶋はうちのおにーちゃんだっけ?」

「いや、そんなつもりはないんだけど」

 苦笑いで返すと、間城は再び勝気な笑みを浮かべた。

「で、ソウたちとはどこ行ってきたの? ってか、あんたらって普段どこ行くの?」

「えーっと、普段はそうだな……。ソウの気まぐれでいろんなとこに行くかな。今回は映画」

「あー、映画ね。何見たの?」

 俺は間城の問いに、昨日真琴と話した時と同じような会話だなと思いながら苦笑いを浮かべた。

 すこしおかしく思いながらも、昨日の時と同じように言った。

「タイムリープものだよ。最近流行ってるやつ」

「あー、その手のやつね」

 しかし返ってきたのは、苦虫を噛み潰したような顔だった。

「……間城はそういうのだめな人?」

 流行りというものは確かにあるが、人にはそれぞれ趣味趣向というものがある。漫画が好きと言ってもバトル物、恋愛、人情、群像劇と多種多様だ。当然好みじゃないジャンルだってある。惹かれない設定だってある。

 だから間城にとってその映画は、そう言った好まない部類のものだったのかと思って聞いてみると、間城は唸り声をあげながら答えにくそうに言った。

「うーん、なんていうかな。時間を巻き戻してとか、やり直してとか。そういうのありえないことだし、正直ちょっと苦手……」

 よほど言いにくかったのか、間城は言うと気まずそうに視線をそらしてしまった。

「いや、別にいいんだよ。人それぞれ好みがあるしさ」

「そう? 松嶋そういうの好きなのかと思ったから、あんま嫌いとか言ったら悪いかなって」

「いや大丈夫だって。嫌いではないけど好きでもないって感じだからさ」

 一応はフォローのつもりでそんな風に言って見せる。しかし、そこでふとよく俺たちが目にしている活字の物語のことを思い出した。

「あれ? でもソウがそういう小説書いたとき、間城楽しそうに読んでたよね?」

「それはそれだよ。好きな人の作品だから読みたいでしょ」

「あ、そ、そう……」

 あまりにもすがすがしいエコ贔屓に苦笑いしか浮かばなかった。照れもしないで好きなんて口にするからこっちが代わりにドキッとしてしまう。

間城がソウのことを好きなのはもちろん知っている。けれどそれを本人の口から聞くのはさすがに動揺してしまう。

「どうしたのいきなり顔赤くして?」

 動揺した様子が不思議だったのか、間城がまじまじと俺の顔をのぞき込んでくる。俺は体を逸らして距離を取って口ごもりながらも説明する。

「いや、さすがに面と向かって好きって言われると照れるというか……」

「うち松嶋のこと好きなんて言ってないけど」

「いやそうじゃなくて!」

 慌てて否定すると間城が面白そうにニヤニヤと笑っていた。俺はそれを見てため息を漏らしそうになりながらも言葉を続ける。

「昼間からそういう話聞くと照れるというか、そういう気持ちを見せつけられてこっちが照れ臭いというか……」

「だからうち松嶋のこ――」

「そういう意味じゃないから」

 俺が食い気味で言うと間城は「わかってるわかってる」とニヤニヤしながら井戸端会議をしているおばさんの様にやだもー、と手で叩くそぶりをした。

 俺はそれに乾いた笑いを返してどこでもない虚空を虚ろな目で見上げた。今まで後輩たちとの仲をからわかれたことは多々あったが間城自身をどうこうというのは初めてのことだ。なれないからかい方に若干の戸惑いを感じてため息を吐く。

 俺をからかって何が楽しんだと思っていると、間城はふぅと息を一つ吐いてからニヤッと笑って俺のほうを見た。

「松嶋はさ、時間が戻せるなら何がしたい?」

「え…………。あー、そうだな……」

 突然の問いに、俺は体を逸らし気味にしながらうわ言のように呟いた。

 時間を戻せるなら。そう問われてふと何かが頭に浮かんだ気がした。遠い昔、まだ制服に身を包む前の自分の姿。

 俺はそれを思い出しそうになって、反射的に苦笑いでかき消した。そしてそのまま、その苦笑いを間城に向けて、冗談めかして言ってみた。

「間城は、戻してみたかったりする? ……告白する前とかに」

 少々意地の悪い、不謹慎ともいえる問いだったかとも思った。けれど間城はニヤッと笑ってから、いつかを懐かしむような儚げな瞳を空へ向けた。

「どうだろう。正直、後悔がないかと言われたら、後悔はあるんだよね。もし告ってなかったらもっと自然に話せてて、今よりずっと仲良くできたかもって」

 俺からしたら今でも十分に仲がいいと思うのだが、間城からすればそれはまだ満足できるラインに達してはいないのだろう。

 しかし間城は「でも」と続けた。

「多分変えないと思う。もし戻れたとしてもね。きっと、何も言わないほうが、後悔すると思うから」

「……やって後悔するか、やらないで後悔するか、ってことか……」

 言って、理性ではどうにもならない感情の理不尽さを見せられた気がした。

 後悔しない選択ができるなら、きっと誰もがその選択をするだろう。けれど、俺たちに課せられているのは、何をして後悔するかという、後悔することを前提とした選択だ。

 告白したら、関係を壊してしまったことを後悔する。

 告白しなかったら、行動できなかった自分の行いを後悔する。

 その理不尽さを見せられて、できもしない同情をしてしまいそうになる。

 しかし、間城は俺のつぶやきを聞くとふっと笑った。

「ちょっと違うかも。どう後悔するかじゃないよ。どんな後悔をしたくないかだよ」

「……それって同じ意味じゃ」

「違う違う」

 俺が首をかしげたのを見てわかってないなーと言いたげに欧米かぶれのオーバーリアクションをする間城。

 以前俺は意味が分からず首をかしげている。

 どういう意図があってそう言ったのか尋ねようかと思って、首を傾げながら間城も見る

 すると、突然間城がはっと思い出したように左手に着けていた腕時計を見た。

「あっ、やば。ごめんうちもう時間だから行くね!」

「え、ああ」

 俺が返事をするよりも早く、間城は俺の真横を通って駅のほうへと続く道に飛び出していった。俺も遅れてポケットからスマホを取り出して時間を見てみれば、時刻は十二時半を優に回り、一時まで十分を切ったところだった。

 かなり時間が経ってしまったんだなと思いながらスマホをポケットにしまうと、少し遠いところから声が飛んできた。

「あっ松嶋! そういえばさっきの質問! 答え今度きくからね!」

「え? なんのこ――」

「じゃね!」

 俺は聞き返そうとしたのだが間城はそれよりも早く手を上げ、別れの挨拶を済ませて走って行ってしまった。

「えっ、質問の答えって何……………………あ、もしかして時間戻せたらって話?」

 ふと、さっきまで間城と何の話をしていたかを思い返して、そんな話をしていたのを思い出した。間城の後悔の話にすり替わってしまっていたのですっかり忘れていたが、質問されていたのは俺の方だったのだ。

 質問で質問に返した自分の逃げ腰な行動に苦笑いを浮かべそうになりながら考えてみた。

 もしも時間が戻せるなら、過去を変えれるならどうするか。

 実際にはそんなことできはしないけれど、そう考えてみれば変えたいと思うことの一つや二つ浮かんでくる。間城の様に自分から何か行動を起こして何かを成し遂げたわけではないけれど、俺だってこの短い人生の中で後悔と呼べるものくらいはあったから。

 俺は、いつか感じた胸の苦痛を思い起こして深呼吸をした。そして呼吸が整うと当初の目的も忘れコンビニにも入らずに踵を返した。

 久しぶりに、家の庭を覗いてみようなんて思いながら。


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