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Primula  作者: 澄葉 照安登
第五章 台風一過
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台風一過 3

「はぁ、お前ら元気だな」

 がやがやとうるさいファミリーレストランの一角で、真琴が心底面倒くさそうに頬杖をつきながら呟いた。そんな真琴に俺は申し訳なく思いながら苦笑い。ソウはと言えば真琴の言うように元気いっぱいでカラカラと笑顔を浮かべていた。

 本日は今だ金曜日。ソウと一緒に映画を見に行った日だ。時間を確認してみればまだ夕飯にはやや早い十七時四十分。昼間はソウと二人きりだったのに気付けば真琴の姿が増えていた。

 もちろん、偶然会ったとかそんなことは一切ない。なんせ今日は修学旅行から帰ってきてすぐの翌日だ。修学旅行中ほぼグロッキーだった真琴が外を出歩こうとは思わないだろう。真琴は根っからのインドア派だし、買い物だって自分からするタイプじゃない。理由もなく散歩に出るくらいならば間違いなく家でゲームをしているだろう。

 ではどうして真琴が日にちも変わらない今こうして俺たちの前にいるのかというと。今朝の俺同様、ソウに電話で呼び出され、有無を言わさず駅前にあるファミレスに集合させられたからだった。

「はぁ」

 注文を終えてから数分。真琴は修学旅行の疲れからというよりは呼び出されてしまった疲労感からため息を繰り返しているようだった。

 ソウが笑顔で「まぁまぁ」とか言っているが、俺は苦笑いを浮かべるほかない。心の中でいきなり呼び出したことを謝罪しておく。もちろん呼び出したのは俺ではなくソウなのだが、なんとなくいたたまれない。というか、そんなに嫌ならば来なければいいのに。

一方的にまくしたてるように用件だけ伝えられて電話を切られてっしまったからか、それとも根が真面目だからなのか。ため息をつきながらもすぐに駅前に集まってくれたのだ。

 そして今、ため息をつきながらも頬杖をついて会話をしようとしてくれるわけだ。

「で、お前ら今日何してたの」

「映画見てきたんだよ」

「ほんと元気だな」

 ソウがいい笑顔で答えると真琴は呆れたようにため息を吐いた。それに俺は苦笑いで同意しつつ真琴に視線を返す。

「どんなの見たんだ?」

「タイムリープものの奴だよ」

「最近多いな」

 今度はソウではなく俺が答える。しかし真琴は興味ないと言いたげに自分の目の前にあったアイスココアを一気に三割ほど飲み干す。本当に甘いものが好きだな、なんて思いながらそれを見ていると、今度は横から声が上がった。

「マコは今日何してたん?」

「寝てたに決まってるだろ」

 当たり前だろそんなこともわからないのかと不機嫌さを体全体で表しながら真琴はココアを口にする。ちなみに真琴のココアはここにきて二杯目の飲み物。一杯目はガムシロが二~三個投入されたアイスティだった。甘いもの好きっていうか、ちょっと味覚障害を疑いたくなってしまう。

 いつものペースで行けばあと十個行かないくらいのガムシロがこのテーブルに並ぶことになる。普通は三人でアイスティ縛りをしても二桁のガムシロのゴミなんてできはしないだろうに。

 自分の悪友の将来の体を心配しながらも、俺はメロンソーダをストローで啜る。隣ではソウが「そう言えば電話の声も寝起きっぽかったな」とか言って笑っていた。

 ソウの態度が癪に障ったのか、真琴はあっけらかんと笑うソウを無視して俺のほうを見た。

「で、どうだった」

「どうだったって? ……あ、映画か」

 何の話と首をかしげて数秒。真琴が何を言っているのかを理解してポンと手を叩くと真琴が「そうだよ」とぶっきらぼうに言った。

「うーん。面白かった、のかな? たぶん面白かったと思うけど」

 少し悩んだ末、あいまいな答えが自分の口から出てきた。それに真琴が口を開けて何言ってんのみたいな顔をしていた。

 あまりに容量の得ない答えだったと思い直して両手をぶんぶん振りながら付け足す。

「いや、正直あんまり覚えてないんだよね、あはは……。なんか、同じようなのばっかりだから、あんまり記憶に残らないっていうかさ」

「……なるほど」

 ただ集中していなかっただけなのに、適当にそれらしく見えるように答えると、真琴は納得したらしく残り少しだったココアを飲み干した。

 ほっと息をついた。もしもここで恋について考えていたから覚えてないなんて言ったら何を言われるかわかったもんじゃない。かなり辛辣な答えが返ってきかねない。というかそれ以前にそれを真剣な顔して言うのが恥ずかしい。

 気付かれないように息を吐きながら苦笑いを浮かべる。掘り下げられずに済んだのはありがたい。

 しかし安堵したのもつかの間、俺の隣に座るソウが思い出したように声を上げた。

「そう言えば、昼間ハルが恋って何とか聞いてきたんだよ」

「ひぅッ!?」

 突然のことでうまく声が出なかった。少し裏返って高くなったその声は喘ぎにも似た響きを携えていて、瞬間恥ずかしさがこみあげてきて頬が熱くなるのを感じた。

 すると同じ席に座る二人が数瞬硬直したのち、同じようなタイミングで声を上げた。

「ハル、その声なんだよ……くふっ。かっわいい……ぷはっ」

「不覚にも萌えた」

 ソウは大笑いで、真琴は解せぬと言いたげな顔でからかってくるから余計に顔の温度が上がっていく。もう明後日から十月だというのに俺の周りだけいきなり気温が上がったような気がした。暖房が強いのかもしれない。そう、きっと暖房のせい。店内には冷房しかかかってないんだけど。

「今の無し。ほんと忘れて……」

 あまりにも熱いのでとりあえずからかわないでいただきたいと思って顔を抑えながらも空いている手でしっしと追い払うようなしぐさをする。

 けれど、ソウは大笑い。加えて真琴も珍しくテンションが上がったのか呟くように言ってきた。

「陽人、道外れたら責任取れ」

「いやほんとからかわ…………今なんて言った?」

 突然の奇想天外摩訶不思議な言葉に思わず固まってしまった。え、何、ちょっと待って。いや真琴が女性をあんまりよく思っていないのは知っていたけど……え? そういうことだったの? 真琴ってそっちのけがあったの?

 驚き半分驚愕半分、閉めて仰天百パーセントで真琴のほうを向いたのだが真琴から答えは返ってこない。世の中に無言の肯定という言葉もある以上、真琴の態度はそうだとも取れてしまうわけで……。え、何本当にそういうこと? というか俺が原因で道外れそうになってるの? なんで?

 意味不明な事態にパニックになる。あたりをきょろきょろと見まわして助けを求めるが、当然周りには大笑いするソウくらいしかいない。

なおのことどうしようと思って天井を見上げると、真琴がぽつり呟いた。

「冗談だ」

 それが俺のもとへしっかりと届けばよかったものの、パニックを起こした俺はどうしたものやら、赤面はすっかり冷めたものの、逆に冷めすぎて真っ青になっていた。

「ま、真琴…………よ、世の中にはそういう人もいるから、大丈夫だよ……」

「冗談だって言っただろ」

 呆れてため息を吐いた真琴を見てようやくその言葉が俺の耳に届く。ああ冗談なのか、よかったと安堵しようとしたがそれでもあまりの衝撃のせいなのか後遺症が残ってしまって信じ切ることができなかった。

 なので確認のためもう一回だけ尋ねてみる。

「え、あ……。そう? ならいいんだけど…………実は本気でとかそういうのやめてね?」

「俺を何だと思ってるんだ」

「女の子嫌いの悪友」

「間違ってはいないから困る」

 俺が言うと真琴は感心したように数回頷いた。いや、それは否定しないんだね。否定しようにも裏はたくさん取れちゃってるわけだけど。

 俺は力なく苦笑いをすると、隣で突っ伏して肩を震わせていた幼馴染に気付いた。耳を澄ませてみれば「まさかの同性愛」とか「お前らが両想いかよ」とか言いながら大爆笑だった。聞いてるこっちは顔から血の気が引いていくんだが。

「…………ソウは、いつも通りだね……」

「元気だな」

 俺がつぶやくと真琴も呆れと感心半分筒と言ったように言葉を漏らした。

 こうなってしまった以上、今話しかけてもソウは復活しないだろう。多分からかいのスイッチ入ってるし、笑いのツボにも何かが突き刺さって貫通していることだろう。

 別に相手をするのが面倒だからというわけではないが、隣で突っ伏しているソウを無視して真琴と二人で落ち着いた話でもしようと頬杖をついた。

「そう言えば、真琴って好きな人っていたことあるの?」

「お前」

「………………冗談だよね?」

「当たり前だろ」

 思わず真琴から距離を取ろうと背もたれに思いきり体重をかけていた。いや、もう冗談でもやめて、今本当に怖いからそういうの。楽しんでるのソウくらいだから。そう思ってちらりとソウを見れば「お熱いですね」とか言って痙攣していた。

しっかりと話は聞こえているんだな。と思いながら一つため息を吐く。

「で、結局どうなの? というか好きな人いたことあるの?」

 別に必ずしも知りたいと思ったわけではないが、なんとなく聞いてみたくなった。ソウは前に好きな人がいたらしいし、ほかにこんなことを訊ける人は真琴くらいだ。

 初恋はいつなの、と思いながら頬杖をついてなんとなく聞いてみると真琴はくだらないと言いたげにため息を吐いた。

「別に、覚えてない」

「その言い方は……あるな」

 キラーンと瞳を輝かせながら真琴に詰め寄る。テーブルにまだ料理が運ばれてきていないのをいいことに詳しく聞こうじゃないかと前のめりに頬杖をついた。

 真琴があからさまに嫌な顔をしたがまぁ気にしない。もうさっきの一連のやり取りのせいでだいぶ疲れて頭が回っていない。

「どんな子? 中学の同級生とか?」

 真琴と知り合ったのは中学二年のころ。もしかしたら俺の知っている人かもと思いながら期待に満ちた瞳で見つめると、真琴ははぁとため息を吐いてスマホを操作し始めた。

 なんだろうと思って見ていると、真琴はスマホを俺のほうに向けて差し出した。

 どういうことと首をかしげながらそれを受け取ると画面を見ろとジェスチャーされたので従って画面に視線を落とした。

「……え? なにこれ、桜?」

 真琴のスマホに表示されていたのは、桜並木の写真だった。どういうことと思って真琴のほうを見てみれば呟くように真琴は言った。

「俺の好きなもの」

「えー」

 瞬間、不満そうな声が俺の口から漏れた。今は好きな人を聞いていたのに、好きなものの話にすり替えられてしまう。

「好きな人って言ったのに」

「覚えてない」

「えー」

 ぶつくさ不満を垂れながら、もしかしたら真琴のスマホの中に手掛かりになるようなものがあるんじゃないかと思ってテキトーに中を物色する。

「あれ? なんか同じような写真がいっぱい……」

 アルバムのトップに行くとさっき画面いっぱいに表示されていた桜並木に似た写真が多くあるのに気づいた。それに桜だけじゃない。紅葉もあるし数枚だが雪化粧した木の写真もある。そしてその中につい先日見た海岸の日の出の写真も。

 妙に景色の写真が多いなと思って真琴にスマホを向ける。

「真琴って写真が趣味だっけ?」

「違う」

「そうだよね?」

 確か真琴の趣味は花を育てることだ。写真を撮ること自体が趣味ではない。桜や紅葉なんかの木や花が主体の写真だけなら何も言うことはないのだが、それ以外にも景色の写真がいくつか保存されているところを見るとどういうことだろうと思ってしまう。

 なのでどういうことと首をかしげながら真琴にスマホを返す。真琴はしばらく自分には関係ないみたいにすました顔をしていたが、俺がじっと見ているのがくすぐったかったのか、ため息を吐いてから説明してくれた。

「桜とか、綺麗なものが好きなんだよ。悪いか」

 ぶっきらぼうに吐くように言う。いつもよりも少し乱暴にも感じたのは、照れ隠しなのだろうか。真琴は言うとすぐに俺から視線をそらしてしまった。

 そんな様子が少しおかしくて、俺からふっと笑いがもれた。

「いや、悪くないよ。ちょっと意外で。真琴って花育てたりするのが趣味だと思ってたから」

「ゲームとかほかにもある」

 俺が笑ったからか、不貞腐れたように早口に言う真琴。その様子を見て余計におかしく思えてしまう。

 すると真琴はすねたように空になったグラスを手に持って、中身がないのを確認するとそのままテーブルに置いた。それが恥ずかしかったのか、早口に真琴が言った。

「そもそも、花育ててるのだってそれが元」

「写真?」

「違う」

 俺が言うとぶっきらぼうに、怒ったように俺の言葉を遮った。そしてもう一度スマホを操作してさっきと同じ桜並木の写真を俺に見せてきた。

「こういうの、自分で作ってみたいって思っただけ」

「こういうのって……」

 綺麗なものを、ということだろうか。俺は尋ね返そうとして不貞腐れてそっぽを向いている真琴を見る。しかし、あまり根掘り葉掘り聞くと本当に不機嫌になってしまいかねない。そう思って俺は小さく笑って返した。

「ほかにも見ていい? ……あっ、おすすめとかある?」

 聞くと真琴が俺のほうをちらりと見てふんだくるようにスマホを取り上げた。怒ってしまったのだろうかと一瞬思ったが、スマホを素早く操作すると真琴が「これ」と言ってまたスマホを俺のほうへ向けてテーブルに置いた。

 今度のは花壇に咲いているらしい花の写真だった。

 ほー、と適当な歓声を上げながらほかにも気に入っている写真がないのかと尋ねると、真琴も俺と同じように頬杖をついてスマホを操作する。

 そうやって、ぶっきらぼうではあるが、次々にお気に入りの写真を見せてくれる。

 好きなものの話になると真琴は生き生きする。普段の不愛想な表情が柔らかくなる。前は植物の話の時だけかと思っていたが、ほかにもこんな顔をするときがあるのだと新しい発見だった。

 そのおかげか、緊張していた心が、溶けていくのを感じた。

つい先日。真琴に吐き捨てるように心を否定された。俺はそれを気にしていた。

だから真琴とそう言った話をするのが怖かったし、今まで通りに話ができるのかと不安もあった。まだ友達とも呼べなかった中学生の頃に戻ってしまうんじゃないかと、嫌な想像までしてしまった。

けれど、心配するようなことは全然なくて、こうやっていつも通り、肩を震わせながら笑っているソウとぶっきらぼうに好きなものの話をする真琴の三人で同じ時間を共にしている。

この関係は、案外簡単には変わらないものなんだと思い知らされた。

 錆びついたようぬ動きにくくなっていた体が、一気に軽くなった。

「お待たせしました」

 そうこうしているうちに注文した料理を手にしたウエイトレスさんが俺たちの席の前に現れる。それにいち早く気付いたソウが慌てたように顔を上げた。

「あ、すいません。ハルマコ、料理き…………」

 俺たちのほうを向いた瞬間、いきなりソウがフリーズしてしまった。どうしたんだろうと目と鼻の先にいる真琴と一緒にソウのほうを向くと、数秒の間の後、ソウは大きく噴き出した。

「ぷはふっ……キス三秒前っ……ふっ……」

 言われて目の前の真琴と目を見合わせると、一つのスマホを二人で見ていたせいかお互いの顔の距離が十センチもないことに気付いた。

 まぁはたから見れば、仲睦まじいそれこそ恋人のような距離感にも見えただろう。けれど男同士できすなんてするわけがない。ましてや真琴だ、もし仮に事故で唇が触れるようなことになったら吐きそうな顔で睨まれるに違いない。

そう思って俺はため息を吐いたのだが、さっきまでのやり取りの影響もあってか、ソウは腹を抱えて笑いをかみ殺している。

テーブルに頭突きするように体を小刻みに震わす幼馴染を見て、俺は呆れてため息を吐いた。

 何してんだろうと思ったのはきっと、真琴も一緒だったに違いない。


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