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Primula  作者: 澄葉 照安登
第一章 二人目の新入部員
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二人目の新入部員 5

「じゃあ解散にしようか」

 読んでいた文庫本にしおりを指して、たった二人しかいない部員に声をかける。

 カタカタとパソコンで執筆をしていた真琴は時計を見て、もう6時を回っていることを理解すると首を回して固まった筋肉をほぐす。俺と同じように文庫本を読んでいた永沢さんも文庫本をしまって帰り支度を始めた。

「……お先に失礼します」

「おつかれさま」

 そそくさと帰り支度を済ませた永沢さんはそう言いながら小さくお辞儀をする。俺と真琴しかいない部室の中帰りの挨拶を交わしたのは俺だけ。真琴は一瞥するだけで言葉を口にしない。

 ははは、と苦笑いが浮かぶが、その間に永沢さんはさっさと教室を出て行ってしまう。その後ろ姿を見てなんかこの二人は似ているな、なんどと思いながら再び苦笑いを浮かべた。

 次いで真琴がパソコンの電源を落として立ち上がったので、俺は机の上に置いてあったスマホを鞄の中に適当に放り込んで部室を出る。

「今日は俺が片付けとく」

 真琴は部室を出て鍵を閉めると、そのカギをポケットにしまって階段をの方へ向かった。

俺と真琴は帰る方向が逆のため、わざわざ待っている理由もない。いつもはソウがカギを返しに行くときに職員室前待つなり昇降口で待つなりしてから一緒に帰るが、今日はその必要もない。とはいえ、結局俺も1階にある下駄箱に行くために階段を下りるので真琴の後を追うように階段を下りていく。

階段を下り始めたとき、自然とため息が漏れた。

 とりあえず後輩二人を歓迎会の一環としてお祭りに誘うことには成功した。

 立花さんは部員みんなでと言ったらすぐに了承してくれた。おそらくだがソウが来るとわかったからだろう。なんとも積極的な女の子だ。

 それに対して永沢さんはなかなか首を縦に振ってはくれなかった。歓迎会というワードを出しても気を遣って遠慮しているようだった。どうにもいい返事がもらえなそうで、泣かば諦めかけていたのだが、立花さんのごり押しのおかげで何とか首を縦に振ってもらうことができた。立花さんには感謝しなくてはいけない。そこまで考えて、ふっと笑みが漏れた。もしかしたら立花さんは永沢さんが断ることでこのイベント自体が霧散してしまうことを防ぎたかっただけなのかもしれない。歓迎会の主役がいなくなれば必然的に歓迎会自体もなくなってしまう。そうなれば部員全員と会う時間、もといソウと一緒にいられる時間が無くなってしまうからなのかもしれない。……ソウ、これで立花さんの気持ちに気づいていなかったらかなりの鈍感だな。

 そんな妄想に浸りながら階段を下りて一階までたどり着く。

「じゃ、また明日ー」

 職員室へと向かう真琴に別れの挨拶を済ませて下駄箱へと向かう。真琴は相変わらず不愛想に振り返りもせず軽く手を挙げただけだ。

けれどそれもいつもの事だ。呆れるでもなく深呼吸して、ふと空を見上げると雲が広がっているのに気が付いた。灰色を通り越してヘドロ色をした雲は今にも雨を落とし始めそうだった。

 下駄箱で靴に履き替えて傘立てをちらりと見る。前に傘を置いていってそのままにしているはずもないが、淡い希望を抱いて傘立てを見てしまう。ソウが傘を置き忘れていたら貸してもらおうとスマホをポケットから取り出そうとする。

「…………あれ?」

 しかしいつも左ポケットに入れているスマホが見つからない。反対側のポケットにも手を突っ込んでみるが何も入っていない。

 もしかして部室に置きっぱなしにしているのだろうかと思って自分の記憶に問いかける。

 さっき部室にいたときには机の上に置いておいたはずだ。そのあとはどこへやったのかと記憶を手繰り寄せれば肩にかかる重みを思い出した。

「あ、鞄か」

 自分の記憶力の乏しさに内心苦笑いしながらチャックの閉めていない鞄の中を見る。すると普段弁当箱と筆箱以外入れていない鞄の中から目当てのスマホとともに、折り畳み傘が顔をのぞかせていた。ずっと前に入れたっきりそのままにしていたのだろう。

 自分の鞄の中身を覚えていない自分に呆れながらも折り畳み傘が入っていたことには感謝した。

 これなら雨が降っても心配ない。安心して帰路につくことができる。そう思いながら傘を開こうとしたとき、鞄の中で寝そべっていたスマホがランプが点滅させて自己主張しているのに気付いた。傘を持ったままスマホを取り出し画面を見ると、一件のメッセージが届いていた。送り主を見ればそれは俺たちよりも先に帰ったソウからのものだった。

『みんなに話してくれたかー』

 その一文だけを見ると何のことを言っているかわからないが、何年も一緒に過ごしてきた幼馴染のことだ、それなりに分かり合っている自覚はある。

 主語は入っていないが、これはおそらく神社のお祭りのことを言っているのだろう。そう思ってすぐに返事を返した。

『みんな参加してくれるってさ』

『お、よかったよかった』

 俺が返信するとノータイムで返信が帰ってくる。どうやら自転車を修理に出してもうすでに帰宅しているらしい。試しにソウの自転車の調子を聞いてみることにする。

『ソウの自転車はどうだった?』

『とりあえず預けてきた。明日の夕方にとりに行くことになってる』

 ということは、明日までは俺も徒歩で通学することになるのか。

そう思いながらソウから届いたメッセージを見ているともう一件のメッセージがポップアップした。

『別にハルは先に行ってもいいからなー』

『先に行ってもやることないから待ってるよ』

 そう送れば笑顔の顔文字が帰ってくる。見た目のチャラさとは大違いの人懐っこさだ。たぶんしっぽとかあったら振ってる。

 ふふっ、と小さく笑っているとポコンと通知が鳴る。

『どこに何時集合にした?』

『五時に駅に集合にしたよ』

『おっけー』

 その返信を確認しながらスマホをしまって昇降口を出た。思ったよりも長居してしまった。

 セミの声に比例して日も延びたというのに、頭上に広がる空では雲が膨れ上がって薄暗く染まっていた。

さっきよりも暗くなった空を見ながら校門へと向かおうとする。すると、昇降口と正門とを繋ぐ通路で数人の生徒たちがたむろしているのが見えた。全員自転車を引いていないので徒歩か電車で通っているのだろう。全員もれなく傘を持っていない。駅までは歩くと十分ちょっとかかるので駅に向かう生徒はおそらく雨に打たれることになるだろう。そう思いながら俺は空気の匂いを嗅いだ。

田舎育ちの人間は、なぜか雨の気配やら匂いやらで雨がいつ降り出すかが大体わかってしまうのだ。勘に近いものなのだろうが、これが案外よく当たる。

 雨に当たらないように早く帰った方がいいぞ、と思いながらその一団に視線をやれば、永沢さんが混じっている事に気が付いた。

 俺よりもだいぶ早く部室を出て帰ったはずなのだが、クラスメイトたちと話でもしているのだろうか。あまり邪魔しないようにと少し距離を取りながら通過しようと道の端のほうへと寄る。

「…………?」

 しかし。よく見ると様子がおかしいことに気付く。男子と女子を交えた五人ほどの一団と永沢さんが向かい合っている。見ようによっては喧嘩や、言い争いでもしているように見える。

 しかし、永沢さんの様子を見るにそういうわけではないらしい。

 永沢さんは少し俯きながら口をつぐんでしまっている。まるで目の前の生徒たちに言い咎められているかのように。

何かトラブルでも起きたのだろうか。不安に思った俺は永沢さんのところへ向かって歩いていく。

「永沢さん、どうかしたの?」

 口にした瞬間、永沢さんに向いていた視線が一斉にこちらに向けられた。

そして驚いたように目を見開いた彼らの中の一人が、戸惑いがちに口を開いた。

「あの、楓のお知合い……ですか?」

「あ、はい、そんなところです……」

 胸元の校章を見れば、彼らは永沢さんと同じく一年生。後輩だった。だと言うのに、敬語で話しかけられたからつられて敬語で返してしまった。というか話しかけといてなんだが、俺は大勢に注目されたりするのに慣れていない。さっき部活でもたった三人相手に緊張してたくらいだし。しかもそのうち一人は中学から一緒にいる男友達だったというのにどんなしゃべり方をすればいいのかわからなかった。

そんな俺が、後輩とはいえ複数人相手にスムーズな会話ができるかと言われれば、そんな事は火を見るより明らかだった。

 今更ながら、何も考えずに声をかけたことに若干後悔しつつ。極力変な声や行動が出たりしないように注意しようと一呼吸置いて、目の前の彼と同じようなトーンで問いかける。

「えーと、部活のメンバーなんだけど……なんかあった、あいや、なんもないならいいんだけど……」

 あまりにおどおどした言い回しに俺自身が驚いていた。なんで俺は考えもなく話しかけたりしたのだろう。

 俺がひそかに後悔を折り重ねていると、俺に話しかけてきた真面目そうな男の子が周りの友達と目を見合わせてはてなマークを浮かべていた。そしてそのまま何か話し始めてしまう。

 今度は俺がはてなマークを浮かべて横にいた永沢さんを見る。しかし永沢さんはうつむいたまま目を合わせてはくれない。

どうしたものかと悩んでいると、ふいに風が吹いて空から水滴を運んできた。

「あ、降り出した」

 俺が呟くように言うとコンクリートでできた道に黒いしみができ始める。

 俺はさっき自分の鞄から見つけた折り畳み傘を取り出そうと鞄に手を突っ込む。すると目の前の後輩たちがあわてふためき始めた。

「え、雨!?」

「私傘持ってないんだけど!」

「駅まで走ろう!」

 そんな声が聞こえたかと思うと目の前にいた数人の後輩たちは慌ただしく校門のほうへと駆けていく。

「え!? ちょっと待ってよ!」

「先行くからな!」

 俺と対峙していた男子生徒が制止を呼び掛けるが、もう走り出した後だ。俺に話しかけてきた男子生徒を一人残してほかの生徒たちは走って行ってしまう。

「え、ちょ、ちょっと!」

 一人で取り残されるのはさすがに嫌だったのか、彼も焦りながら走りだそうとする。

「え、え? あれ? 話は?」

「え、あ……」

 俺がとっさにそう口にするとその男子生徒はうめき声をあげて俺の顔と走って行ってしまった友達の背中とを交互に見つめしばし逡巡したのち、勢いよく頭を下げると仲間を追いかけて正門のほうへと走って行ってしまった。

「…………」

 取り残されてしまった俺はどうしたらいいかわからず、ただ去っていく後輩たちを呆然と見つめる。

 去っていった彼らと入れ替わるように雨雲が学校の真上にやってきてその雨脚を強くし始める。俺は俯いたまま立ち尽くしていた後輩を見て、出しかけていた折り畳み傘を開いて彼女の頭上に持っていく。

「……とりあえず、駅まで送ろうか?」

「…………大丈夫です。お疲れさまでした」

 しかし永沢さんはそう言うと、俺が被せた傘の下からするりと抜けだしてしまう。そして俺のほうを向いて軽く会釈をすると鞄を自分の頭に乗せて踵を返す。

「え、でも――」

 制止を訴えようとして声をあげたが、彼女はさっきの後輩たち同様駆け足で去って行ってしまった。


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