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Primula  作者: 澄葉 照安登
第四章 溢れた思いが言葉に変わる
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溢れた思いが言葉に変わる 19

 昼を過ぎればいよいよ修学旅行も終わり、あとは飛行機に乗って帰るだけだった。

 みんなわずかに重さを増した旅行鞄をイベント時特有のハイテンションで軽々と持ちながら空港内を闊歩する。口々に重い、疲れたなどといった声が聞こえては来るものの、その声から疲労は見て取れなかった。

 そんな集団を乗せた飛行機が沖縄を飛び立とうと動き始める。飛行機内ではエンジン音など聞こえもしないし緩やかな発進のおかげか慣性もそれほど感じない。けれど窓から滑走路に視線を落とせば少しづつ速度が上がっていくのがわかる。そしてそれが遠ざかって行ったかと思うと次第に街並みが海の水面へと変わっていった。

「はぁ……」

 まだまだ元気のあり余っているほかの生徒たちとは違って、俺は機内の端の席で物悲しげにも感じ取れるため息をついた。

自分自身のことだというのにやけに他人事で、自分という登場人物を画面の向こうから眺めているような気分だった。

「やっと終わったな」

「え? …………ああ、そうだね」

 そんな状態だったからか、俺の隣の席で退屈そうに座席の手すりに頬杖をついていた真琴の言葉を理解するのが遅れて妙な間が空いてしまう。

 真琴はそんな俺に品定めするような訝しげな視線を向けるとふっと息を吐いて視線を逸らした。そして頬杖にもたれかかるように体を脱力させる。

「なんか、疲れてる?」

「お前ほどじゃない」

 俺が訊くと真琴は俺のほうを見もしないで飛行機内にいる同級生たちをのほうへ視線を向けていた。俺もつられてあたりを見回すと、飛行機に乗り込む前までは大騒ぎしていた同級生たちは、今更になって疲れが出てきたのか眠らないまでもとても静かになっていた。

「みんなも疲れてるんだね」

「そうだな」

 興味なさげに言う真琴は普段と変わらない様子で疲れているのかどうかいまいちわからない。普段から元気がいいとはとても言えない友人をしり目に俺も同じように頬杖をついた。

「……はぁ」

 そしてもう一度飛行機の窓から眼下を見下ろしてため息を吐く。そのため息は、やはりどこか物悲し気に聞こえる。自分のことなのに、いやに他人事に思う。

 今真琴と話をしているのは俺自身だ。それは間違いないのにやはりどこか距離を感じてしまう。真琴との距離ではなく、自分との。

 自分自身のことさえ不明瞭なまま今一度ため息を吐きそうになっていると、真琴が鬱陶しいとばかりにぼそりと呟く。

「疲れてんなら寝ればいいだろ」

「ん、いやそういうことじゃないよ」

 そう言いながら真琴のほうを振り返ろうとして、正面の座席の隙間からソウの顔が見えた。

 振り返ろうと動かした首が途中で止まって視線も前方の席へと注がれる。

 耳をすませばつい数日前と変わらないソウと間城のやり取りが目の前の席から聞こえてくる。それこそつい数日前に戻ったかのように。修学旅行中にあったことなど忘れてしまったかのように。

 それを見て安堵のため息でもつけばよかったのだか、俺は身動き一つとれずに座席の隙間からソウたちへと視線を注ぎ続けた。

「……気にしても仕方ないだろ」

 そんな俺の様子を見て、責任を感じているとでも取ったのか真琴がぶっきらぼうながら、珍しく気遣うような言葉をかけてきた。

そんな真琴に何となくで苦笑いを返してまた視線を外へと向けた。

 別に、外を見たからと言って何かがあるわけではない。もう飛行機は雲の上。眼下を見下ろしても町や海は見えたりしない。ただ白と灰色の混ざった浮遊物が浮かんでいるだけだ。

 それでも、俺は外を見続けた。そうしないと、頭が動かなかったから。

 間城に言われた言葉が、まだ頭の中に残っている。

 恋なんて簡単にできるもの、してしまうものだと彼女は言った。気付いていないだけだと、自覚していないだけだと、何もかも分かり切ったように。

 けれど、真琴の言葉も脳裏にこびりついている。

 勘違いするな、それは恋ではないと。すべてを見てきたかのように断言した彼の言葉が脳内でずっとリフレインしている。

 二人とも、俺のことを見て言った言葉なのに、それは真逆の意味をはらんでいた。

まるで違う人間を見ているかのようにすら感じる。けれど、二人が言葉を吐いた相手は松嶋陽人に他ならない。

 だからこそ、今日一日ずっと自分のことを外から見るように心がけた。客観的に、真琴や間城のように外側から自分自身のことを見ようと。そうすれば、いつもと違う何かが見えてくるような気がして。

 けれど未だ何も見えない。二人のように、言い切ることもできないどころか、言葉一つすら浮かばない。まるで眼下に広がる白い雲を掴もうとして、その白い空間の中で迷子になってしまったかのような、そんな感覚だ。

いくら考えても答えは出ない。自分自身のことなのに、俺自身が一番わかっていない。

 だから、出口も見えない白い雲を見下ろし続ける。見下ろしても、何も見つかることはないとわかっているのに、そうすることしかできない。

 気付けば、周りの生徒たちの話し声は完全に途絶え、代わりに穏やかな寝息が聞こえてきていた。世界がひっくり返ったかのような変貌ぶりに、一瞬視線が機内へと向かう。

 その時ちょうど座席シートの隙間からソウと目があった。ソウは表情を変えることすらできない俺に向かってニカッと笑顔を浮かべてくる。

「マコも寝ちまったのか?」

 そう言われて視線を隣にいる真琴に移すと、睨むような半眼でこちらを見ていた。

「起きてる」

 ぶっきらぼうに言った真琴は頬杖をついたまま眠そうにあくびをした。

「二人とも起きてんだな。ユサは疲れてるみたいで寝ちまった」

 言いながらソウは俺の目の前の席で目を瞑っているのであろう間城をちらりと見た。いつもなら、ここで適当な相槌を打っているのだが、ほかのことで頭がいっぱいだった俺はなんの反応も示すことができずに黙ったままだった。

「…………」

 だから、俺たちの間に奇妙な静寂が訪れる。耳をすませば聞こえてくるはずのエンジン音や周りの寝息も今だけは何かに遮られたように聞こえなくなってしまう。

「……ハルも、だいぶお疲れみたいだな」

「え、ああ。…………うん、そうかもね」

 いつも言葉数の少ない真琴と違って俺の様子がおかしいことはすぐに気付かれてしまったようで、ソウがそんな風に言った勘違いに便乗して適当に苦笑いを浮かべた。そしてそのまま本当に眠いかのように背もたれに背中を押し付けてまた窓の外を見た。

「ホント疲れてんだな」

 そんな俺を見たソウは気を遣ってくれたのかそのまま会話を打ち切って自分の席に座りなおした。俺はそれを横目で確認しながら視線を雲へと戻した。

 俺は、永沢さんのことをどう思っているのだろうか。

 好きになってしまったのか、それともいつか彼女に向けて言ったように、そう言った感情は皆無なのか。真琴の言ったように、ただシチュエーションにときめいただけなのか。恋心に気付いていなかっただけなのか、思い込みなのか、勘違いなのか。

 どれも正しくも感じられて、同時に何もかもが間違っているように感じる。

 結局、自分で自分を見つめなおして確信に変えなければ何も進展しないのだろう。

 けれど、やっぱりうまく見えてこない。それもそうだ。今までだって自分のことよりも他人のことばかり見てきた。俺の妄想はいつだって、自分ではない誰かの恋模様を空想していた。自分が主体になることはおろか、その妄想の中に登場人物としてすら浮かび上がってこなかった。

 俺はずっと恋に憧れ続けながらも、自分自身の色恋に興味がなかった。

 そんな人間が、すぐに結論を出せるはずなどない。出せたとしてもそれはきっと、正しくなくて、どこかで破綻してしまうような気がする。

 苦しいほどに考えて、脳が痛みを訴えるほどに悩んで、そうして結論を出さなくてはいけない気がした。

 それこそそんなシチュエーションに憧れているだけのように思えるが、自分のどこかにある何かから、そう訴えかけられている気がしたのだ。

 気付けば、白かったはずの雲は黒みがかったはちみつ色に変わっていた。羽田に到着する時間は五時半。いったい今は何時なのだろうと視線を機内前方に備え付けられたデジタル時計に向けると、時刻は五時を回っていた。

 あと十数分で着陸態勢に入る。そんな風に思いながら外を眺めていれば高度を下げていたのだろう、窓の外は一瞬だけ真っ白に染まって、擦れが過ぎると灯り始めたばかりの街明かりが現れた。

 まもなくして、着陸のアナウンスが流れ眠っていた生徒たちが目をこすりながら首や肩を回している。行きの飛行機とは打って変わって不安定な動きで着陸を迎える。そして体力も気力も失った生徒は生きる屍さながらにゆっくりと、そしておぼつかない足取りで飛行機を後にした。

そして俺たちは最後にまた空港の一角に集められた。

 明日は修学旅行の代休で一日休みになることを説明され、全員気を付けて帰宅するようにとくぎを刺され、やる気のない返事が返ったかと思うとそこで解散が告げられた。

 皆飛行機に乗り込む時には軽々と持っていた旅行鞄を重たそうに持って駅のほうへ歩いていく。解散が告げられはしたが、みんな帰る方向は変わらない。だから妙に高い人口密度そのままに駅のほうへと歩いていった。

 周りにはあくびを噛み殺す者、スマホをいじっている者、名残惜しく旅行の出来事を語らう者。多種多様な学生が人の流れをせき止めながらゆっくりと動いている。

そんな中、俺はソウたち四人と歩きながらも言葉を発さなかった。時折眠そうに瞳をこすりながら、視線を向けられれば苦笑いを浮かべて相槌を打つ。そんな風にして歩いていた。

 数日前、楽しみにしているはずの修学旅行に行きたくないと思う自分がいた。誰かに会えなくなってしまうから、そんな風に思っていた自分がいた。

 けれど、今は帰りたくはなかった。楽しさの余韻に浸っているわけではない。名残惜しいわけではない。

 今帰ってまたいつも通りの日常に戻れば、彼女に会うことになる。会ってしまう。だから帰りたくない。

 今のこの中途半端な気持ちで彼女に会いたくない。そう思ってしまう。

 けれど時間は戻ることも止まることもない。流れに従って動かしている足は間違いなく修学旅行の終わりへと近づいていた。電車内は大きなカバンと大勢の修学旅行帰りの学生で早朝の満員電車すらかわいく見えるほどだった。

 これが早朝の、出かけのタイミングであればもっと気持ちは軽いのに。そう思いながら、俺は飛行機内の時と同じように、見えもしない屋外を見ようと電車の窓へと視線を向けた。

 元通りを装いながらも、確実に何かが変わってしまった日常が迫っていることに恐怖を覚えながら。

すると、おしくらまんじゅうをしているような電車の中で誰かの声が聞こえてきた。

 それは学生のみならず車内にいた人全員の気を引く内容だったのだろう。声のした方から波が押し寄せるように車内にいた人がスマホに視線を落とし始めた。集団心理という奴なのだろうか。気付けば社内のほとんどの人が同じようなことを口にしている。

けれどやっぱり俺はそんなものに気を取られている暇なんてなくて、流れに逆らうように天井を見上げた。

 そして俺はざわざわとうるさくなった車内で、中空を見つめながら再び誰かの声を耳にした。

 つい今しがた台風が発生した、という声を。


ようやく四章終了です。

まだまだ先は長いですが、お付き合いのほどよろしくお願いします。

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