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Primula  作者: 澄葉 照安登
第四章 溢れた思いが言葉に変わる
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溢れた思いが言葉に変わる 15

 修学旅行二日目は自由行動だった。

しかし、沖縄がいくら小さな都道府県とはいえ学生の足で行ける場所など限られている。ホテルを出る時間もホテルに戻る時間も決められているので、沖縄の端から端まですべて見て回るのは不可能だ。

 だから、自由行動と題されてはいても、学校側が用意したバスに乗って二つの場所のどちらかへ連れて行ってもらうという形になっていた。

 一つは言わずと知れた有名な水族館。ジンベイザメが大きくピックアップされたあの水族館だ。

 そしてもう一つが国際通り。水族館のようなレジャー施設はないものの、こちらも水族館とそん色ないと言えるくらいに有名な場所だった。

 俺たちはその二つの選択肢のうちの後者、国際通りのほうを選んだ。

 別に水族館が嫌いなわけでも、サメやエイと言った海の生物に興味がないわけでもない。せっかく沖縄まで来ているのだし見に行きたいという気持ちは十分にあった。けれど俺たちは逃げるように国際通りを選んだのだ。

「こっちもなかなか混んでるな」

 ソウが道行く人を見つめながら呟くように言う。その後ろで俺と真琴は額に浮かんだ汗をぬぐっている。

「でも、水族館よりは人口密度低そうだな」

 ソウがいいながら振り返って真琴に向けて言う。今回水族館ではなく国際通りを選んだ理由の一つとして、真琴のリクエストがあった。

 人ごみの激しい場所、人口密度の高いところをわらわらと歩きたくはないと子供の様に言った真琴のリクエストに応え、人が少ないとは言えなくとも、ごった返した水族館よりかはいくらかマシな国際通りを選んだのだ。

 しかし、当の真琴はというと、

「……日陰、日陰はどこだ……」

 日射病にでもかかっているんじゃないかと心配になるほどおぼつかない足取りで、額に大粒の汗を浮かばせながらふらふらと歩いていた。

「だから水族館のほうがいいって言ったのに」

「そうすればよかった……」

 俺が苦笑い気味に言うと真琴は自身の選択を後悔したとばかりに肩を落とした。

 一日目もそうだったが、真琴は暑さにとても弱い。気温はもちろんのこと、長年の半引きこもり生活のせいで太陽の光も大嫌い。そんな真琴が沖縄の日差しに当てられながら買い物にいそしむことなど当然できるはずもなかった。

 修学旅行の二日目の今日も前日と変わらず猛威を振るっている太陽のせいで、あと数日で十月に突入するのだということを忘れてしまいそうになる。俺たちの服装も薄手の半袖一枚という格好だ。

「とりあえず、どこか入ろう……死ぬ……」

 極限まで衣服を薄くしてもなお自身の体温を下げきれないのか、はたまた日頃のインドア中心の生活で体が弱ってしまっているのか、真琴は必死に訴えかけてくる。

 今にも倒れそうな真琴を半ば開放するように傍に寄りながらソウにどうしようと目で問う。

「じゃあ、とりあえず近場の土産屋にでも入るか」

 ソウは言うとすぐ目の前にあったお土産屋に入っていく。とれもそれに続いて真琴の肩を抱くようにして引き連れていく。

 自由行動ともなれば、やはりみな仲のいいメンバーで固まる。それは修学旅行の熱に浮かされても変わることはない。普段はあまりしゃべれないクラスメイトと仲良くなったり、他クラスの人間と親しくなることなんてそうそうあることじゃない。

 だから、俺たちはいつもと変わらず、文芸部のメンバーでグループを作り上げていた。

けれど、そこに間城の姿はない。

 水着の買い出しすらも女友達ではなく俺たちに同行を頼んだ間城は珍しくクラスの女子と一緒に回ると言って俺たちとは別行動をしている。

 珍しいことではある。けれどそれは、仕方のないことだと思う。

 店の入り口で俺たちのほうを振り返ったソウが思い出したように口を開いた。

「なぁ、そういえば後輩たちのお土産どうするよ?」

「あー、そういえばまだ買ってないよね」

 俺は店の入り口にあった木でできた人形のようなものを手にしたソウに適当に答える。

 間城は昨日の夜、ソウに告白して振られたばかりだ。それで翌日いつも通りに四人で仲良くふるまうなど無理なのはわかり切っていた。いくら二人きりにはならないとはいえ、自分を振った相手と翌日も仲良く過ごすのはつらいものがあるだろうし、ソウだって、降った相手とすぐに今まで通りに仲良く接するのは難しいだろう。お互いがどれだけ頑張ろうともやはり違和感は絶対にぬぐうことができないと思う。

 だから、こうなってしまうのは昨日の内から予測で来ていた。すぐに元通りになると言ったそうだけれど、たった一日、時間にすれば十時間程度の時間でいつも通りを作り上げることなんてできるはずがなかったのだ。

普段から俺たちは三人で出かけたりすることが多いし、間城がいないことに特別な違和感を感じることはない。けれど、違和感を感じることはなくとも、ここに間城がいない理由を意識せざる負えなかった。

 俺は誰もいないソウの隣に視線を向けて、それを消し飛ばすように吐息を吐いた。

「……陽人」

「え、何真琴?」

 俺がため息を吐いた直後、真琴が俺の名前を呼ぶものだから驚いてしまう。また、俺の些細な言動で何かを察されてしまったのだろうかと心臓が跳ねる。

 しかし、この憔悴しきった真琴がいつも通り鋭い観察眼を発揮できるはずもなく、俺に肩を抱かれていた真琴は睨むような目で俺に訴えかけた。

「熱い、くっつくな」

「えー……」

 真琴に理不尽なことを言われて不満げな声が漏れてしまった。真琴がふらふらしていて危ないから介抱するようにそばに寄っていたというのに。

 真琴のあまりの態度に肩を落としていると、ソウが少し先から俺たちのことを呼んだ。

「二人して何いちゃついてんだよ、早く中に入れ」

「いちゃついてない」

 ソウのからかいに真琴が文句を言うと俺に腕を迷惑そうに振り払ってさっさと店の奥へ進んでいってしまった。まだ熱そうに呼吸をしていたけれど、無理に解放しようとするとまた文句を言われてしまいかねないなと思って俺も適当に傍にあったものを物色してみることにする。

 俺たちの入ったのはお土産屋というよりは雑貨屋と言ったほうがしっくりくるログハウス調のお店だった。店の壁にはまるでハワイにいるのではないかと錯覚してしまいそうになるほどのアロハシャツの大軍が軒を連ねている。そして視線を下に移せば木を編み込んで作られたかごの中にキーホルダーやらブレスレット、ハンドタオルなんかが並べられている。

 この店の内装を写真か何かにとって送ればハワイにいるのかと誤解されてしまうやもしれない。……というかアロハシャツってハワイでいいのだろうか。沖縄発祥だったりしたら恥ずかしい。

 そんなことを想いながら、ふと俺は昨日のことを思い出した。

「そう言えば……」

 俺は思い出してスマホを取り出して、トークアプリを開いた。

 実は今朝、永沢さんから一通のメッセージが届いていた。いつ届いたのかはわからないが、おそらく昨日の夕方ごろには届いていたのだろう。それに朝方気付いて急いで返信しようとはしたのだが、バイキング形式の朝食を楽しんだり、バスでしゃべったりしているうちに返事をするのを忘れてしまっていた。

 メッセージが届いて時間が経ってしまってはいるが、このまま何も返さないというのはあまりにも冷たいし、もしも何か質問形式なメッセージだったら何も返さないというわけにはいかない。

 緑色のアプリの起動画面を過ぎると一番上に来ていた永沢さんとのトークページを開く。

『周りの人たちみんな半袖ですね、やっぱり熱いんですか?』

 それは昨日俺が送った写真に対するコメントだった。そしてその内容は会話の先を求めるように疑問符が付け加えられていた。

 俺はやや焦りながら、若干の胸の高まりを不思議に思って返事を入力した。

『すごい暑いよ、夏が戻ってきたみたい』

 そう返してしばらくそのままスマホの画面を見つめる。しかし見つめたところで何も変化はない。今送ったメッセージに既読というマークがつくこともないし返事が返ってくることもない。今の時間は授業中だ、帰ってくるはずがないのだから。まあ、昨日すぐに返事を返してきた立花さんのことは例外として。

 変な期待をしていた自分に苦笑いをしながら俺はスマホをポケットにしまった。

「ハルー、こっち来いよ」

「なに? どうかしたの?」

 呼ばれて声のほうを向くと、ソウが笑顔で手招きしていた。

 妙に楽しそうなソウの様子になにごとだろうと思いながらソウのところまで行くとソウが見ろとばかりに目の前にあったかごを指さした。

「……ハンカチがどうかしたの?」

 ソウが指さしていたのは、ずらりと並んだハンカチの群れだった。。

 何を言いたいのかわからずソウに聞くと俺の親友は満面の笑みを浮かべて言った。

「せっかくだから、三人で記念に買ってこうぜ!」

「女子みたいなこと言うなよ」

 楽しそうなソウに向かって、やや離れたところにいた真琴が呆れたように言う。暑さで体力を奪われたせいか、真琴の声にはいまいちは迫力がない。そんな二人のアンバランスさを横目にソウの指さしたハンカチの群れを見る。

「いいかもね、記念。ほかの人にお土産買ったりとかはするけど、自分にって買ったことないからね」

 そう言いながらすぐそばにあった濃い青のハンカチを手に取る。中学の頃は旅先で木刀を買ったりしているクラスメイトがいたけれど、わざわざそんな大きなものを買いたいとは思わなかったし、無駄なお金も持って行かなかったから自分に何か買うなんて言う発想はできなかった。今だって総が言わなければそんなこと考えもしなかっただろう。

 三人そろってというところが多少女々しくも感じられるが、ソウの提案自体はとてもいいと思った。

「なっ、たまにはいいだろ?」

 言い出しっぺのソウが自分のアイデアに酔いながら歯をのぞかせる。しかしその後ろでは暑さにやられた真琴が「マジかよ」と嫌な顔をしながら呟いていた。

「マコも買おうぜ」

「……はぁ」

 ソウが言うと真琴はわかったよと言いたげにしぶしぶハンカチが並べられた一角を覗き見る。ノリの悪い悪友を見て笑いをこらえるように俺は手に取ったハンカチを見つめる。

「……あ、これなんか花が描いてある」

「どれ?」

 俺がつぶやくと花という言葉に反応したのか、真琴が俺のほうに寄ってきた。

 俺は手に持ったハンカチを真琴に差し出す。

「これこれ。何かの花だよね?」

 俺は自分の手に持った紺色のハンカチを真琴に見せながら、水色で控えめに描かれた花のような模様を見つめる。

「何かわかる?」

 ハイビスカスならば植物の知識の乏しい俺でも何となくはわかったけれど、どうもそんな感じではない。花というよりは怪獣のしっぽのようにも見えるそれはいったい何だろうと首を傾げる。

 すると、植物を育てるのが趣味の真琴は少し悩んだのち、自信なさげに言った。

「……デイゴとかだろ」

「でいご?」

 聞きなれない言葉に発音の仕方もわからないままに繰り返してみる。すると真琴はあくまで自信なさげに、少し面倒くさそうに説明してくれる。

「沖縄県の花になってるんだよ。だからたぶんそれだろ。……歌にもなってる」

「歌? ……………………………………あっ、聞いたことあるかも」

 言われて沖縄をイメージできる島的な歌を思い出す。確か歌詞のなかにデイゴという単語が出てきた覚えがある。

「はー、デイゴか」

 俺は真琴の博識ぶりに感心しながらハンカチに描かれた花のシルエットを見つめる。

「……それにするか?」

 そんな俺の様子を見てこのハンカチが気に入ったと思ったのか、ソウが提案してくる。

「いや、別に他のでもいいよ。たまたま手に取っただけだし」

 言いながら俺はそのハンカチをもとあった場所に戻そうとする。

「何色かあるからこれでいいだろ」

 しかし、俺の手を遮るように真琴が伸ばした手が、目の前のカゴに入っていたハンカチを手に取った。見ればそのハンカチは俺の手にしているものとは色違いで深緑色をしていた。花のシルエットのところは黄緑色で描かれている。

「いや、そんな適当でいいの?」

「選ぶのも面倒」

「あ、そう…………」

 不安になって尋ねると、本当に面倒なのであろう真琴はそれを手に取るとすぐにその場から離れてしまった。旅行先でもいつもと変わらないぶっきらぼうな真琴の姿に苦笑いが浮かびそうになる。もしかしたら花のシルエットが意外に気に入っただけかもしれないが。

 すると、今度はソウが俺の前に手を伸ばして紅色の生地にオレンジの模様の入ったハンカチを手に取った。

「じゃ、俺はこれにするかな」

ソウの手にしたそれも色が違うだけでデザインは俺の手に握られているものと同じだった。

真琴が早々に決断を下したせいで半ば強制的にこのデザインのお揃いで決定してしまっているが、いいのだろうかと思いながらソウの様子を覗うと、ソウも同じようにおれのほうに視線を向けていた。

「ハルはそれでいいのか?」

「え、あー…………」

 ソウに言われて戻しかけていた紺色のハンカチを見る。一応他のハンカチにも目を通してみるが、この紺色以外の色は深緑と紅の二色だけ。俺だけ他の柄にするというのもどうかと思うし、色まで二人のどちらかと一緒にするのもどうかと思う。

「……これでいいかな」

 結局戻しかけていたそのハンカチを選ぶことになった。デザインといい色といい、ほとんど選択肢などなかったが、まあ無意識に手に取ったものだそれなりの自分の好みには合致している。

 俺が妥協を入り混じりさせながら決断するとソウがニッと笑った。

「んじゃ、ほかにもいろいろ見てみるか!」

 ソウは言うとあたりをぐるっと見まわしてどこかへ行ってしまった。俺は妙に元気な幼馴染に苦笑いを浮かべながらその背中を見送る。

 三人で固まって自由行動しているとはいえ、お店の中でも同じ動きをすることはない。俺は自分の好きに店内を物色する二人に倣って視線を右へ左へ、上へ下へと配らせながら店内を見て回る。

 雑貨屋のようなこのドぐハウス調の店にはいろいろなものが並んでいた。先ほど手にしたハンカチをはじめとしてパワーストーンやガラス玉のキーホルダー。よくわからないアンティーク調の置物なんていうものもあった。

しかしこのお店、お土産のお菓子は売っていない。もちろんお菓子にこだわる必要はない。後輩はたった二人だけなのだからそれぞれに買っていっても大した出費にはならない。むしろそのほうが各々の趣向にあわっせやすいだろう。二人の趣向を熟知しているのならだけれど。

けれどやっぱりお土産と言えばお菓子、という固定観念があるためほかのものに手を出そうという気にはなれない。そしてその求めているものがない以上、このままこの店をうろつきまわっているのもほかのお客さんの迷惑になってしまいかねない。俺たち以外にお客さんはいなかったのだけれど。

ともかく、自分への記念の品はもう決まってしまったのだし会計をしてしまおうかなとレジのほうへ進んでいく。

 けれど、そこでふと、目に留まったものがあった。

 それは何の変哲もない、ただの猫をかたどっただけのキーホルダーだ。

 沖縄らしいものではない。シーサーを見間違えたわけでもない。何の変哲もない、どこでも買えるような黒い猫のキーホルダーだった。

 けれど俺はまるで吸い込まれるかのようにそのキーホルダーを手に取った。買いたいと思ったわけではない。俺自身猫よりも犬のほうが好きだし、犬を飼っていた経験もある。けれど、それを手に取った。誰かの言葉を思い出してしまったから。

 江ノ島で、猫に導かれるように歩いていた彼女のことを、思い出してしまったから。

――松嶋にはいないの? 好きな人。人ごみの中でも見つけられたり、なんでかその人のことを探しちゃったりとか。突然誰かのことを考えちゃったりすることない?

 間城の言葉が、脳内でリフレインする。

 ドクンと、心臓が高鳴った。外気温を追い越して頬が熱くなった。

 手に取った猫のキーホルダーを見つめて、その先に彼女の姿を見た。おとなしい、黒髪の女の子の姿が見えた。

 俺は自分の胸に手を当てる。自分の心を確かめるように。

 先ほど跳ねた心臓は、いつにもまして大きな音を立てて脈動している。その駆け足のように騒ぎ立てる鼓動が、自分に何か訴えかけているようにすら感じる。

 いや、もう半ば気付いている。この熱い頬の理由も、騒ぎ立てる鼓動の意味も。

 旅行前、ショッピングセンターでいち早く彼女の姿を見つけられたのも、彼女との些細な会話を終わらせたくないと感じたことも、予鈴もなった昇降口に彼女の姿を探したことも。

 その全部が、俺に訴えかけてくる。

「………そっか」

 俺は、自分の胸元を握りしめた。目には見えない何かを。

「これが、そうなんだ」

 俺は自分に呆れながらも、駆け足で拍を刻む胸の音に耳を澄ませる。

 ずっと憧れていた。求めていた。理想としてきた。こんな気持ちを、抱けることを。

 恋というものを見聞きしたときからずっと。自分のそんな出来事が起きるのを待っていた。

 もうとっくに、起きていたのに気づいていなかった。そのことに呆れながらも、俺はいとしさに笑顔を浮かべた。息苦しくなって必要以上に大きく深呼吸した。

 暖かくも苦しいそれをもう一度握りしめた。

「ハール、そろそろ行くぞ」

 突然、ソウの大きな声が聞こえてきてはっと顔を上げた。見ればソウは店の入り口に立って早くしろと言わんばかりに手招きをしていた。

「あ、わかったよ」

 俺は慌てて手に持っていたキーホルダーを戻してハンカチの会計を済ませると小走りにソウのもとへ行く。俺が来たのを確認したソウが満足げに笑って「行くか」と声を上げた。

 屋外に出ると、こんなにも外は熱かったのかと思うほど熱気には触れていた。

 雑貨屋の中は冷房がかかっているわけではなかったし、特別涼しいというわけでもなかった。それでも直鎖日光を遮ってくれていたおかげで幾分か涼しく感じたのだろう。

 一歩先に外に出たソウは我が儘な子供を見るように手に透かして太陽をを見上げている。

 じりじりと照り付ける太陽は、子供の悪戯といえるほど微笑ましいものではなかったけれど、俺は自然と笑顔を浮かべた。

 今はあまり、暑さは気にならなかったから。

「……陽人、どうした」

 いきなり立ち止まった俺を不思議に思ったのか、迷惑に思ったのか、真後ろにいた真琴が目を細めながら俺に言った。見れば、屋外に出て十数秒しかたっていないというのに真琴の額には汗がにじんでいた。

「何でもないよ」

 そんな真琴に笑顔を浮かべながら言うと、スキップしてしまいそうなほど軽い足を動かしてソウの後を追う。

 暑さは、気にならなかった。体の内と外の差があるから熱い寒いと感じるだけなのだろう。だから、気にならなかった。

 何かから解放されたかのように軽い体は沖縄の暑さももろともせずに軽い足取りで歩みを進めてくれる。暑さどころか、疲れや空腹感なんてものも気にならなかった。

 そして、見えていなかった。

 後ろで睨むように俺を見ていた真琴のことが。


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