溢れた思いが言葉に変わる 12
夕飯の時間になると、俺たち生徒はプライベートビーチに備え付けられたウッドデッキに集まっていた。
本日の夕飯はこのウッドデッキでバーベキューということになっていて、それを今か今かと待ちわびていた生徒たちのせいもあってか、既定の時間になるよりも少し早めに夕飯の時間が解禁された。
しかし、早く始まってしまうということは逆に早く終わってしまうということだ。
引率の先生が時間の短縮を告げたわけではないにせよ、人一人に入り切る食事の量などたかが知れている。学生皆が大食いなわけではないのだから。
七時半をすぎるとコンロの周りの生徒たちも減ってウッドデッキに残っているのは俺たち四人を筆頭に、コンロの周りでたむろしている数名の同級生くらいのもの。ほかはどこに行ったかと問われれば、自室に戻った人もいるが、大半は浜辺ではしゃいでいた。
「みんなはしゃいでるな」
そんな名も知らぬ同級生を眺めながらソウが他人事のようにこぼす。
「夏って感じだね」
俺はそれに同意するようにぽつりと返す。
この場にいる四人の誰もが返事を口にはしなかったが、海特有の潮の匂いと日が落ちてなおまだ暖かい沖縄の風を受けた三人も俺と同じように思っただろう。
人もまばらなウッドデッキで、丸太を縦に割ったようなテーブルを囲みながらやや食べ始めるのが遅かった俺たち四人は修学旅行初日だというのに余韻に浸るかのように海を眺めてみた。
「あつい……なんで外なんだよ……」
そう思ったのだが、どうやら一人だけ例外がいたらしい。
日が落ちてもなお昼間と同じように額に汗を浮かべながら真琴がつぶやく。暑さで体力を奪われて自分の頭を体で支えることもできないのか、テーブルに着いた肘をつっかえ棒のようにして頭を支えている
「真琴、今日一日ずっとそんなだね」
俺は真横で死にそうになっている真琴を見て苦笑いを浮かべる。今日首里城に行ってからというもの、真琴は体力と呼べるものをすべて使い果たしたのか終始こんな感じだった。
ややオーバーが過ぎる真琴の様子に若干呆れながらも、とめどなく汗を流し続けているその姿を見てそれなりに心配になってしまう。
「飲み物持ってくる?」
「肉」
「食欲はあるんだね」
間髪入れずに帰ってきた答えに少なからず安心する。
まあ何にせよ望んでいた答えではないにしろリクエストをもらった手前、聞き流すのもかわいそうだと思って俺は疲労で若干重くなった腰を上げた。
「二人はどうする? 何か持ってくる?」
俺は一応確認のため正面に座る二人に向かって言う。
バーベキュー会場に若干遅れてきた俺たちだが、それでも一時間以上このウッドデッキにいるためそれなりに腹も満たされている。もうさすがにおかわりはいらないかな、なんて思いながらも腰を伸ばすと真向いの椅子が音を立てた。
「俺も取りに行くわ。ユサなんかリクエストあるか?」
おもむろに立ち上がったソウが俺と同じように腰を伸ばしながら隣にいた間城に尋ねる。
「うちはそんな入んなそうだなー。てきとーに軽く持ってきて」
「はいよ」
具体的なリクエストは何もなかったものの、ソウが軽めの返事をしたのでそちらはソウに任せるとしよう。
「真琴はどれくらい食べれる?」
隣にいる友人を気遣ったソウに倣って俺も真琴に今一度聞いてみる。
真琴の様子を見る限り二口三口でもう食べられないと訴えられるような気もするのだが、一応本人の口からきいておいた方がいい。バーベキューももう終盤だ、残っているものも少ないだろう。
大量に欲しいなんて言わないでくれよと思いながらも真琴の答えを待つ。
けれどそれは杞憂に終わり、真琴の口からは力ない声が漏れ出た。
「食べれる気がしない」
「なんで持ってきてくれなんて言ったの」
さっきと言ってることが真逆な真琴に思わず苦笑い。まあその様子を見たらそう返ってくるのは目に見えてはいたけれど。
真琴が食べられないというのであれば俺がコンロの前まで遠征に行く必要はないので、つい先ほど休憩時間に入った椅子にもう一度腰を下ろそうかと思ったのだが、真琴がプルプルと震わせながら俺の目の前に手をつきだしてきた。
「二枚」
「……はいはい」
指を二本立てた真琴に笑顔を浮かべながら返事をする。もちろん苦笑いだ。
俺は椅子をまたいで通路に出るとソウとアイコンタクトをしてコンロのほうへ向かう。ウッドデッキ中央のコンロまでのとても短い道すがら、ソウが笑いをかみ殺すようにして言った。
「マコバッテバテだな」
「本当にね」
「さすがインドア体質」
「ソウが言えたことじゃないでしょ」
俺は隣を歩くソウを見ながら言った。
明るめの髪の毛にヘラヘラとした態度。どこかに遊びに行くという話になれば必ず話の発端は彼から生まれる。アクティブな彼を一目見てインドアだなんて言える人はなかなかいない。俺だってきっとソウの中身を知らなければどこかのチャラ男くらいの印象しか受けないだろう。
けれど、そんなソウだけれど彼は何よりも小説を愛している。運動だって苦手ではないけれど、人づきあいだって得意だけれど、彼は小説を書くことを一番としている。
取材と称してどこかに出かけたりもするが、それだって全部小説のため。自分の自由に使える時間の大半を室内での執筆に当てているのだから、インドアと言わずして何と言おうか。
けれど、やはり彼は快活な笑顔でケラケラと笑う。
「まあそうだな、俺らは皆インドアだな」
「そうだね」
ソウの言ったみんなとは、俺たち三人のことか、それとも間城を含めた四人のことなのか、はたまた文芸部全員を指しているのか定かではなかったが、どちらにしろ俺の返す言葉は変わらなかった。
短い距離を談笑しながら歩き、コンロの前までやってくるとまだ食欲を満たしきれていなかったクラスメイト達が俺たちに気付いた。
「なんかほしいのか?」
「まだに食って残ってる?」
問われた質問には答えず、けれど回答とも取れる問いを返した。
「まああんまないけど、少しくらいならあるぞ?」
「じゃあ肉を数枚」
俺が言うとそのクラスメイトがトングを器用に使ってささっと紙皿に肉を乗せて俺に渡してくれた。
「ありがとう」
俺は笑顔を浮かべながらさっさと戻ろうと思って踵を返した。
「あれ? ソウ?」
しかし、つい数秒、どれどころか数瞬前まで隣にいたはずのソウの姿が消えてしまっていた。誰かの影になって見えないのかと思って体を動かしてコンロの周りの見てみると、何やらコンロの前でじっと固まっている幼馴染を発見した。
「何してるの?」
何か食材をもらうだけならばそんなところでかがまなくてもいいのにと思いながらその手をのぞき込むと、何やら割り箸に刺さった白い物体が見えた。
コンロのすぐそばまで近づけたそれをくるくる回しながらソウが得意げに言う。
「マシュマロ焼いてんだよ」
確かに、ソウの持っているそれはマシュマロだった。両手に一本づつ握られている割り箸には二つのマシュマロが突き刺さっている。
「あー、真琴好きそう」
甘い匂いが舞い上がってきて鼻孔をくすぐった。あんまりに甘い匂いなので刺激が強すぎて顔を逸らしてしまう。
「片方はマコのな。片方はユサの」
焼き加減を調節しているのか、割り箸に突き刺したマシュマロをじっと見つめるソウがさも当然の様に言ってのける。こういうところはさすが付き合いが長いというか、わかっているなと感心させられる。
「間城も甘いもの好きなの?」
「甘いものってか、マシュマロが好きなんだよな」
「なんか意外」
「俺も思ったわそれ……よし」
俺のこぼした言葉にソウが同意しながら屈めていた腰を伸ばす。どうやら焼きあがったらしい。歩きだしたソウを追うように真琴と間城のいる席へと戻っていった。
席の戻ると二人は何も言葉を交わしていなかったのか、俺たちが席と立つ前と同じ格好のまま俺たちのほうに顔を向けた。というか、ソウの手元に視線を向けた、二人そろって。
「総……」
先の声を上げたのは真琴だった。真琴はソウの名を呼ぶと同時、ソウに向かってよこせと言わんばかりに手を伸ばした。
ソウが手の持っていたそれを手渡すと、真琴は体を持ち上げてマシュマロにかぶりつく。
「予想以上の口つきだな」
ソウが笑いながら言うともう一方の割り箸を間城に手渡した。
ほらよともなんとも言わなかったソウだが、間城はきっちりとそれを受け取ると小声で「ありがとー」と礼を口にした。
「真琴、これも食べるんでしょ?」
マシュマロを頬張る二人を見ながら俺は手に持った紙皿を真琴の前へと置いた。
「…………」
「真琴?」
すると真琴はマシュマロを咥えたまま紙皿に乗った肉を見つめると、ゴクンと喉を鳴らしてから告げた。
「食えないかも」
「…………マシュマロのせいですか?」
俺が言うと真琴はコクリと頷いた。
せっかく持ってきたのになんだろう。というかこれどうしよう。
ため息を吐きながらも俺は拒絶された肉を供養してやろうと自分の前に持ってきた。
「ソウもよかったら食べて」
「いや、俺腹いっぱいだから」
「俺もだよ……」
言いながらため息一つ。隣にいる真琴は悪いと思ってすらいないのかマシュマロに夢中だ。
向かいにいる間城も同じようにマシュマロを頬張っていた。そんな二人を横目に、俺は自分の胃を酷使するべく箸を手に取った。
食事時に甘いものと言えば、やっぱりそれはデザートだ。駄菓子じみたマシュマロであってもその在り方はきっと変わっていない。
もう生徒もほとんど残っていない。さっきまで浜辺のほうから聞こえていた騒ぎ声ももう聞こえなくなっていた。聞こえているうちは鬱陶しくも感じたが、いざなくなると得体の知れない寂しさがこみあげてくる。それはきっと暗闇の向こうから聞こえてくる波の音がより一層そうさせるのだろう。
そんな寂しいウッドデッキを、オレンジ色のライトだけが温かく照らしている。そのライトがついている限りはまだ今日は終わらないのだと言われている気がする。
けれど、もう時間も時間だ。決められた入浴時間に入浴を済ませてあとは消灯時間を迎えて寝るだけ。消灯は確か十時半。まだ数時間あるにせよ、今日という日の終わりを感じずにはいられなかった。
「……じゃあ、俺らも戻るか?」
間城と真琴、そして俺が各々の目の前にあったものを平らげるのを確認するとソウが言った。
けれどそれに答えるものはいない。俺も、疲弊しきった真琴も何も言わない。そして、間城も黙っていた。
男子と女子では入浴時間が異なっている。だから入浴時間の合間に会うというのは難しい。
消灯前にバタバタとしている状態でというのもきっと嫌だろう。
もう、時間は待ってくれない。
今日という日は終わってしまうから。
だから、踏み出さなきゃいけない。それを一番わかっているのは、彼女自身だ。
「真琴、歩けそう?」
「歩ける」
俺が尋ねるとぶっきらぼうに言った真琴がすねたように立ち上がる。俺たちを待たずに真琴がホテルのほうへ一歩二歩歩みを進めウッドデッキの端まで歩いていく。
俺はそれを見てから立ち上がって、一度彼女のことを見た。
「じゃあ、戻るよ」
そう言って俺も真琴のところまで行く。律義なのか寂しがり屋なのか、真琴はウッドデッキの出口で待っていた。
目は、合わなかった。けれどそれはきっと自分を奮い立たせるためだと思った。だから、邪魔者はいなくなるから、あとは彼女次第だ。
「陽人」
真琴のもとまで行くと、真琴は俺の後ろを凝視していた。
俺は振り返ってさっきまで座っていた席のほうを見ると、うつむき気味な間城を驚いたように見つめるソウ
が見えた。
「……真琴、戻ろう」
「お前…………」
一瞬、真琴が目を見開いた。なんとなく悪いことをしている気分になった俺は苦笑いを浮かべた。
もしかしたら今の一瞬だけで真琴は気付いたかもしれない。何もかも察することができるわけではないにしろ、何か様子がおかしかったりすれば真琴はすぐに気付いてしまう。それこそ、何かある、ないの違うくらいであればすぐに。
一応、協力らしいことをしてみようとこんなことをしてみた。たぶんそれはいつもの俺からは少し外れていて、真琴には違って見えたはずだ。だから、きっとばれたのだろう。
そもそも、ウッドデッキであんな顔をしたソウを見てしまえば、嫌がおうにも分ってしまう。
人気のなくなったウッドデッキは、波の音がよく聞こえた。だからそれにせかされるように、俺はもう一度誠に行った。
「……戻ろう」
真琴は睨むように俺のことを見たが、ため息を吐くとホテルに向かって歩き出してくれた。
さすがに、人の告白の邪魔をしようとは思わないのだろう。
真琴があまり女性にいいイメージを持っていないのは知っている。だからこんな反応になるのは理解できなくもない。嫌なんだろう。恋愛を見せられるのが。
俺とは違うから、そんなは不愛想な態度で、睨むような視線を向けたのは当然だと思った。
けれど、違った。真琴が睨んだのは、
「無駄なことしたな」
俺だった。




