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Primula  作者: 澄葉 照安登
第一章 二人目の新入部員
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二人目の新入部員 4

 1日の学生生活の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 今日一日は先日まで行われていた期末テストの返却が行われていた。

 授業が一時限終わるたびにテストの点数がよかった悪かったとクラス中がその話題で持ちきりだったが、放課後ともなればそんな話題にも飽きが来るのかみんなこれから来る夏休みの話ばかりしていた。

「ハル、マコ、部室行こうぜ」

「今行くよ」

 斜め前の席に座るソウが俺とその延長線上の窓際の席にいる真琴を振り返りながら言う。

 返事をしたのは俺だけで真琴はさっさと帰り支度を終わらせて俺たちのほうへ向かってきていた。

「……そういえば今週の土曜神社で祭りやるよな?」

「あー、そういえば今週だったっけ?」

 ソウが思い出したように俺に尋ねてくるが、普段からそういったイベントごとに執着しているわけでもないので覚えていなかった。

「今週であってる。毎年七月の第三土曜」

 帰り支度を終わらせて俺たちの席までやってきた真琴が淡々と答える。

「ならさ、部活のみんなで行かね? 楓ちゃんも入ったばっかで歓迎会もしてないし、ちょうどよくね?」

「いいかもね」

 確かに、二人いる新入部員のうち片方だけしか歓迎会をしないのは申し訳ない。入部した時期が遅くともちゃんと歓迎会をしたほうがこちら側としても気分がいい。

「毎年行ってるし、誘ってみるだけ誘ってみようか」

 去年も男三人で寂しく、それなりに楽しく神社のお祭りに顔を出したのでなんとなく今年も三人で行くのかなとは思っていたし、ほかの予定も入っていないから不都合はない。

しかし、それの頭に不安がよぎる。

「いきなりで永沢さん来るかなぁ……」

 ソウはともかく俺と真琴は永沢さんと初めましての挨拶くらいしか言葉を交わしていない。昨日入部したばかりとは言えその後まったく会話をしなかったのはどうかと思ってしまう。会話をしていたソウだって仲睦まじいとはとても言えない。そもそも仲を深めるために歓迎会をするのだと言われてしまえば至極その通りで反論の余地もないが、それでもどこか遠慮が混じってしまう。何より、彼女の怯えるような様子を見て参加してくれないんじゃないかという懸念が膨れ上がる。

しかしソウは深く考えていないのか、キョトンと目を丸くした。

「歓迎会も兼ねてっていえばくるんじゃね? とりあえず誘ってみようぜ」

「……それもそうかもね」

 ソウがそういうのならば任せよう。そう思って同意した。

誘う前から来てくれるかどうかを予想したところで大した意味はないだろう。別に俺が誘うわけでもないだろうから緊張したところで肩透かしもいいところだと思って立ち上がる。

「じゃあ、部室行って話そうか」

「あ、ちょい待ち。ユサ! ちょっといい?」

 しかしソウは俺が立ち上がるのを見ると少し慌てたように言って、今まさに教室から出ていこうとしていた女子生徒に向かって声を投げかけた。

その女子生徒が小首をかしげながら早足に向かってくる。

「なぁに? うちこれからバイトだから急いでるんだけど」

 ショートカットの彼女はやや早口でせかしてくる。そんな彼女を見たソウは固いこと言うなとばかりに破顔した。

 彼女の名前は間城夕紗ましろゆさ、文芸部に所属している幽霊部員の一人だ。ショートカットでスポーツ少女という見た目をしているので初めてあった人は一目見て文芸部に所属しているとは到底思わないだろう。

そんな彼女に向かって、破顔したままソウは言う。

「土曜日に文芸部のみんなで神社の祭りに行こうと思ってんだけど、ユサはどうする?」

 ほとんど部活に顔を出さない間城も文芸部の部員だ。当然こういったイベントごとや、部員全員に影響のある話があるときはちゃんと連絡している。幽霊部員と言ってもたまに顔を出したり、文化祭の時は部誌に短編小説や詩なんかを掲載したりもしている。ちなみにあともう一人の幽霊部員は本当に名前を貸してもらっただけなので一度も部室に来たことがなく、相手からも部員として扱わなくていいと言われているので連絡を入れることはまず無い。

ソウに問われ、顎に手を当てた間城は首をかしげる。

「今週の土曜? 午前中は空いてるけど午後は六時からバイト入ってるから、うちはちょっと参加できないなー」

「そっか、わかった。またなんかあったら連絡するよ。新しい部員も入ったから近いうちに一回顔出してくれよな」

「んー、わかったよ。……じゃあうちはもう行くね、四時半からバイトだからさっ」

 間城に言われて教室の入口近くにある壁掛け時計に視線をやると時刻はもうすでに4時過ぎ。バイトをしている場所はわからないが、もしも少し離れたところであれば今から急いで行かなくてはいけないだろう。

「おっけ。足止めして悪かったな。バイトがんばれよ」

「おうよ! じゃあまたね」

 間城は男らしくそう言うと、タタタッと走って教室を出て行ってしまった。

「……それじゃあ俺らも行くかな」

「そうだね」

 間城の背中を見送ったソウが振り返り様に俺たちに言ったのを見て、立ち上がって鞄を背負う。いつも部室のカギを持っていくのは部長のソウだ。そのソウがここにいるということはまだ部室は空いていないということ。もし後輩たちが先に来ていたら待ちぼうけを食らわせてしまうことになる。

 少し急ぎ足で廊下に向かおうとする。

「陽人ー」

「ん? なにー?」

 ふいに教室の奥のほうから、まだ教室に残っていた男友達が声を投げかけてくる。

「明後日暇? みんなで遊びに行こうと思ってんだけど、どう?」

 そう言いながらその男友達は親指で自分の後ろにいる数人の男子生徒たちを指さす。

「ごめん、その日はもう予定が入ってるからパスで。ごめんー」

「おう、わかった」

 やんわりと断るとその男子生徒は大して粘るでもなく簡単に引き下がった。

「……早めに行ったほうがいいんじゃないのか」

「あ、ごめんごめん」

 少しだけトゲのある声に振り替えると教室を出ようとしていた真琴が俺をにらんでいた。俺は慌てて真琴たちの後に続くと教室を出るときに窓際で固まっていた一団に手を挙げて別れの挨拶をした。

 俺たちの教室がある3階から階段をいくつか降りて1階の職員室へと向かう。別に部室のカギを取りに行くのは一人でもいいのだが先に行ったところで部室に入れないのだからやることもない。なので、いつも決まって3人で職員室へと向かう。

「失礼しまーす」

間延びした挨拶とともにソウが職員室内にあるカギ箱のところまで歩いていく。三人そろって職員室の前までやってきても。職員室の中に入ってカギを取ってくるのは基本的に毎回ソウだけだ。3人で入っても動きにくくなるだけだし。

 失礼しました、と挨拶して文芸部と書かれたラベルの付いたカギを揺らしながらソウが職員室を出てくる。ここからまた4階にある文芸部の部室までいかなくてはいけない。正直この往復を毎日やるのは面倒だと思う。

「毎回カギ借りて返してって面倒だよなー」

 俺と同じことを思ったソウが右手でカギをもてあそびながらため息を吐く。

外に部室のある運動部ならば部室に向かうついでに職員室による感覚だろうが、校舎内の、それも1階と4階をほぼ往復するとなると面倒だ。何が面倒かといえば階段をもう一度上らなくてはいけないのが面倒。

「まぁ、暑い中外で何かするよりはいいじゃん」

「まぁな……」

 俺とソウは二人で校舎の外を見る。

 7月の暑い中運動が好きでもない俺たちにとって外での運動は楽しいものとは言えない。通学するときの10分程度ですら俺とソウは常に文句を言っているくらいだ。汗を流してスポーツに打ち込むのもかけがえのない思い出になるとは思うが……。

「外で運動するくらいならさっさと家に帰る」

 並んで歩く俺たちの後ろにいる真琴が言う。どうにも俺たち3人にはそういった青春は性に合わないらしい。のんびりと仲間同士で過ごしているのが性に合っている。

同じことを思ったらしいソウもふっと笑顔をこぼす。

「俺もさっさと帰るなー。チャリ漕ぐのだって嫌だし…………あっ」

「どうかした?」

 突然ソウが何か思い出したように立ち止まる。俺と真琴も立ち止まってソウのほうを見る。

「悪い。チャリ修理に持ってくの忘れてた。今日休みってことで!」

 そう言いながらソウは部室のカギを俺に押し付ける。

「え、ちょ、お祭りの話は!?」

「ハルが話しといてくれ! 集合時間と場所は後で連絡してくれ!」

 そうまくし立てるように言うとソウは駆け足で玄関のほうへと走って行ってしまう。俺にそんな大役を任せないで暮れと付け足して言いたくなったが時すでに遅し。ソウの姿は見えなくなってしまった。

「……え、マジで」

 真琴のほうを振り向きながら尋ねる。

「任されたの陽人だし」

 薄情な悪友はそれだけ口にしてさっさと歩いていこうとする。とりつく島もないとはこの事かと思って天井を見上げた。

「……マジか」

 いつもこういったことはソウがしているので、まさか自分が部員全員に対して何か連絡ごとをすることがあるなどとは思ってもいなかったので少し緊張する。

 しかし、任されてしまったものは仕方がない。ここで駄々をこねてもいいことは何もないのでさっさと腹をくくろう。

俺ではなく真琴に頼むというのもありかもしれないが、真琴が人当たりよく接しているのは想像できない。業務連絡みたいな感じになるだろうし、そもそも相手から少しでも良くない反応が帰ってきたら「別に強制はしない」とか言って諦めそう。

「……まぁ、部活の後輩とぎこちないっていうのは嫌だし、それなりにがんばってみよ」

 ため息混じりの声で自分に言い聞かせるように口にして、ソウから受け取った部室のカギを握りしめる。

 放課後になってからだいぶたってしまっている。おそらく後輩二人は部室の前で待っているだろう。あまり待たせないようにと思いながらやや早歩きで部室へと向かった。


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