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Primula  作者: 澄葉 照安登
第四章 溢れた思いが言葉に変わる
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溢れた思いが言葉に変わる 11

 俺たちの宿泊するホテルは、海沿いのホテルだった。

 ホテルの敷地内にはとても小さいながらにプライベートビーチがあったし、そこにウッドデッキが組んであったりもしてとても修学旅行とは思えない豪華さだった。

 ホテルの外観を見ながらほえーっと口を開けながらぞろぞろとそろってホテルへ入っていき、売店を真横に配置したフロントのほうへ引率の先生が向かっていく。しばらくすると部屋のリーダーに任命されていた生徒が集められそれぞれが宿泊する部屋の鍵を渡された。当然俺たちはいつもの三人で班をくんだ。規定では四人一組の班なのだが、クラスの人数上三人組になる班が一組あってそれに俺たちがありついたというわけだ。ちなみに、当然のことながら間城は同じ部屋ではない。女子と男子が同じ部屋で寝泊まりをするのを学校が許すはずもないし、俺たちもそこまで区別のできない子供でもない。

 そんなこんなで首里城その他もろもろを歩いて回った自らの足を休めるべく、俺たちは部屋に荷物を運びこんで一息ついていた。

「……飯まであとどんくらいだ?」

 ソウがベットに寝転がりながら聞いてきたので俺は部屋の壁にかかっていたアナログ時計を見て答える。

「あとほぼ一時間、かな」

 現在時刻は五時五十分。晩御飯の時間は六時半からということになっていたためあと四十分なのだが、暑さにやられていたのかテキトーに答えてしまっていた。

「んー、一時間か……」

 ソウが何しようかなーと呟きながらベッドの上を転がる。どうでもいいけれどホテルのベッドってどうにも気持ちよさそうに見えてしまう。

 俺たちに割り振られた部屋はこれまた修学旅行に見合わず豪華なもので、寝室として用意されているのであろう一部屋にベッドが二つ、そしてその隣には五、六畳ほどの和室が備わっていた。ベッドが二つだけなので一人は和室のほうで布団を敷いて寝ることになるようだが、別にそれ自体に不便さは感じない。和室と寝室はふすまで区切られているだけなのでそこを開けておけば談笑するのに不便はないだろう。ベッドの頭が和室とは逆方向を向いているので多少距離は離れてしまうだろうが。

 俺は和室のほうに自分の荷物を置いて一息つく。もうすでに二つのベッドは俺の友の手によって制圧されてしまっているので必然的に俺は和室で寝ることになる。二人はベッドのすぐ横に自分の鞄を置いて寝転がっている。真琴に至っては硬直したようにうつぶせで眠っていた。首里城の時にだいぶ体力を使ったみたいだからな、今は寝かせといてやろう。

「ソウ、俺ちょっとホテルの中見て回ろうと思うんだけど、ソウはどうする?」

「んー。いや、俺はいいや」

 俺が訊くとソウはベッドの上をごろごろしていた体を止めて足を振り下ろした勢いで起き上がる。

「俺はプロット書くよ。今日のもいろいろ思いついたからな」

「そっか」

 立ち上がったソウをしり目に俺は鞄の中から財布とスマホを取り出してポケットに突っ込む。

「じゃあ、俺そのまま晩御飯行っちゃうから真琴のことも頼んでいい?」

「はいよー、任せとけー」

 言ったソウは早くも鞄からプロットを掻きとめるのに使うのであろうB罫の小さなノートを取り出すと、寝室に備え付けられた化粧台の上に広げ何やら書き始めた。

 俺の声が届いたかどうかはわからなかったが、とりあえずは返事をしてもらえたのでよしてして俺は靴をつっかけてホテルの一室から出ることにする。

 部屋から出ると絨毯の敷かれた、いかにもホテルの廊下と言いたげな足元を今更ながらに意識した。左右を見てみればそこにも同じ学校の生徒が数人見て取られ、違う部屋同士の住人たちがお前の部屋はどんな感じと口にしながら互いに割り当てられた部屋を行き来している。俺はそんな生徒たちの横を通ってエレベーターのほうへと向かう。

 今回の修学旅行で泊まることになったこのホテルは今現在、三階四階のほぼすべての部屋をうちの学校で貸し切っている状態だ。ちなみに俺のいる部屋は三階で、男子生徒は全員三階の部屋に割り当てられている。まぁ当然の措置だろう。

 このホテルにはエレベーターは一か所にしかなく、ホテルのど真ん中に四つのエレベーターが設けられる形となっている。そのため階をまたぐためにはそのエレベーターを使わなくてはいけないのだが、先ほど騒いでいた男子生徒が言うには女子のいる四階のエレベーターの出口には引率の先生がいるらしく男子禁制の花園と化しているらしい。まぁ、仕方のないことだろう。

 ほかの生徒たちは知らないが、俺たち三人に関して言えば女子の部屋にわざわざ遊びに行くなどする理由がない。悲しいことながら俺たち三人には女子の友達が非常に少ない。まともに会話をする女子生徒なんて同学年では間城くらいのものだ。だからわざわざ女子部屋に行く用事などないのだ。まぁ、逆に間城が俺たちの部屋にやってくるとかならありそうだが。

 いずれにせよ、俺が四階に足を運ぶことはないだろう。隠れて女子部屋に行ったりするのは修学旅行のだいご味だろうが、理由がないのだから。俺たちとは違ってほかの男子生徒はどうにか監視の目をかいくぐれないかと躍起になりもするのだろうか。

 自身には関係ないことを考えて適当に武運でも祈っておこうとエレベーターのボタンを押す。当然押したボタンは下りのボタンだ。

 今はあまり階を行き来する人が少ないのかエレベーターはすぐにやってくる。誰も乗っていないエレベーターに乗り込んで一階のボタンを押す。

 ホテルの構造上、どうしても用があるならば一階になってしまう。二階以降はほぼ客室でこのホテルには屋上なんて言うものはない。理由は台風でめちゃくちゃになってしまうかららしい。沖縄の台風はすごいらしい。関東とは比べ物にならないのだとか。まあ屋上があるホテルのほうが少ないのかもしれないが、旅行経験のあまりない俺はその辺ことはよくわからない。

 とりあえず俺は一階に降りて、チェックインの時に見た売店を見ようとそちらへ向かう。まだ修学旅行一日目、お土産を考えるにはまだ早いが目星をつけといて悪いことはないだろうと思って売店を覗く。見れば俺と同じように売店に足を運んでいる観光客も何人かいた。

「あっ、松嶋じゃん」

 そしてその中に、見知った顔も。

「間城も来てたんだ。何か買うの?」

「何か面白いのあるかなって思っただけ、晩御飯まで暇だしね」

 間城がそんな風に言いながら俺の横までやってくる。すると間城は俺の背後を覗き見ると小首をかしげた。

「……総と原君は?」

「真琴は疲れて寝ちゃったみたい。ソウはプロット書いてるって」

 言うと間城は、はーっと感心したように口を開けた。

「本当に総は小説が好きだね」

「ずっと書いてるからね」

 そう言いながら俺は手持ち無沙汰になって店頭に陳列されていた沖縄土産紅芋タルトを手に取った。

 ソウが小説を書き始めたのは確か中学生のころだったか。それ以来口を開けばプロットがどうこう伏線がああだこうだと言っていた。

 ソウが小説を書き始めた経緯にもいろいろあるにはあるが、なんにせよこの数年間ずっと小説のことを考えているのだ。それは周りから見たら感心に値するものだろう。俺だって幼馴染のひいき目が多少あるにしても感心してしまう。

 そう思っているのは同じ文芸部にいる間城も同じようで、ふっと優しい吐息が聞こえた。

「……ほんとに、総は小説が好きだよね」

「…………」

 間城のその言葉に、声につい振り返ってしまった。その言葉には、憧れや羨望、感心といったものは感じられず、ただ純粋な切なさを含んでいたから。

わずかに落とされた視線にもまた同じ色が見える。その表情をみて、胸が締め付けられるような錯覚を起こした。今まであまり見たことのない、間城のセンチメンタルな一面をみて、同じ気持ちを共有はできなくても感じ取れてしまったから。

 ふと俺の視線に気付いた間城は俺を気遣うように取り繕った笑顔を浮かべた。

「そう、昼間はありがとね。おかげでソウと二人きりで回れたよ」

「あ、いやいいよ。協力するって言ったんだし」

「ん、ありがと」

 間城はそう言うとやっぱり取り繕った笑顔を浮かべた。そしてそのまま俺に背を向けて売店の奥のほうへ向かう。俺は別に手招きされているわけでもないのに手に持っていたお菓子の箱を置いて間城のあとを追った。

 間城はレジの真横にあるキーホルダーのかかった回転ラックの前でしゃがんでいる。俺はそのすぐ隣まで歩いていってさっきと同じように肩を並べる。俺が来ることを予想していたのか、間城は驚いた様子もなく俺をちらりと見ただけでお土産の物色に戻る。

 俺も同じように動物やゆるキャラなんかのアクリル製のキーホルダーを手に取って眺めてはラックに戻した。

 その行動自体に意味はない。物色とも呼べない、手持ち無沙汰を紛らわせるだけの行動。

 誰かと一緒に居るからか、会話をするつもりもないのになんとなく脅迫観念に駆られて何か言葉を紡がなくてはいけないような気がしてくる。だから俺は手に取ったキーホルダーの形もおぼろげにとらえながら物色を続ける。

 けれど、やっぱりそれはその場しのぎで、話すべきこと、話したいこと、聞きたいことが浮かび上がってくるのだ。

「……間城、本当にするの?」

 だから俺はそう尋ねていた。真琴のように、主語のない問いかけだった。だから言葉を付け足すべきなのだろう。けれど間城にちらりと向けられた視線のせいでその言葉が引っ込んでしまう。

 主語はない問いかけ。けれど、今俺たちの間で交わされる会話は一つのことに限られていると言っても過言ではない。だから、それだけで伝わったのだろう。

「……うん、するよ」

 ひざを折ってしゃがんだまま間城はそう答えた。

 主語はないけれど、それが何を意味しているか理解したうえで、そう答えた。

「……しないほうがいいと思う?」

 そして間城は、そう続けた。

 俺は何と答えていいのかわからず口ごもってしまう。どう答えたらいいか、わからない。

 立花さんのことを思うなら、たぶんここで間城を引き留めてチャンスを残すことが正しいのだろう。けれど、今それは関係ない。今は立花さんとソウの話じゃない。

 今は、間城とソウの話だ。

 間城は、この言葉にどんな意味を込めたのだろう。もしかしたら、止めてほしいのだろうか。やめておけと、言ってほしいのではないだろうか。

 疑問形で訊ねた間城の言葉、もしかしたらそんな意味が込められているのではないのだろうかと思って黙ってしまう。けれど、それはいつものように、俺の無意味な妄想だった。

「うち、告白するよ」

 その声音には、決意が感じられた。

 主語を交えなかった曖昧な言葉ではない。告白という言葉を使って自分が本気だということを伝えるためにそれを口にする。

 間城は、俺に問いかけるような視線を向けてくる。

 私はこう決めてるよ、何か言いたいことはある? そう問いかけてくるように。

 強気で勝気なその視線は、俺の無駄な言葉など欲していないように思えて、俺は声を出さずにただ首を横に振った。

 そうすると間城はニカッと笑顔を浮かべる。まるでもう告白に成功したかのように満足げに。

 そんな顔を見せられてしまっては、今更何かを言おうとは思わない。もともと止めようとも思っていなかったのだから。

 けれど、協力するといった手前今更知らんぷりもしたくなかった。それに、純粋に興味もある。だから聞いておこうと思った。

「…………いつ、するの?」

 俺は回転ラックの隣にあった棚から適当にお菓子を物色しながら呟くように言った。

 視線は交わさず、会話などしていないかのように。ただ偶然隣だって商品を物色しているかのように。そんな体を装って。

「…………今日、夕飯の後で」

 間城も同じように、俺に瞳を向けることなく。視線を下ろして言った。

 俺は間城の言葉に驚いてピクリと体が動く。

「…………明日とかじゃなくて?」

 言いながら横目で間城のほうを見れば、間城は小さくうなずいた。

「……なんで、今日なの?」

 俺は重ねて訊ねた。

 飛行機の中で後ろに座る女子生徒が言っていた。告白するなら二日目だと。修学旅行最後の夜だと。その気持ちは恋をしたことがない俺でも何となくは理解できた。

 修学旅行の最後の夜。それはもはやそれだけであらゆる人の期待をあおるものだろう。最後だから、チャンスが今しかないから。告白する、告白されるかもしれないと、そんな決意や期待が収束するのが修学旅行最後の夜だ。

 けれど間城は、修学旅行初日の夜に告白するといった。別に悪いとは言わない。告白するタイミングは人それぞれ、それを咎める権利なんて誰にもない。でもやっぱり、なぜと思ってしまう。

 修学旅行最後の夜に告白するのは何も最後という言葉に脅かされただけではない、煽られたからというだけではないだろう。修学旅行最後の夜ということは、翌日はもう帰るだけに等しいということだ。

もし仮に振られたとしても翌日は帰るだけ。顔を合わせて気まずくなる可能性が低くなる。そんな防衛本能と与えられたチャンスを逃してはならないという意識に脅かされて告白という行動が叶うのだ。

 だから思った、なんでそんなリスクの高いことをするのかと。

 だって明日は自由行動だ。もしかしたらその自由行動は最悪なものに変わってしまうかもしれないのに。

 告白が成功するよっぱどの自信がなくてはそんなことはできない。けれど、それほどまでに大きく強固な自信があるのなら、きっとそんな顔はしない。切なさを噛み殺すような、胸の内で膨らむ何かに圧迫されるような、切羽詰まった必死な顔はしない。

 強固な自信もないのに、なんでリスクの高い告白をするのか、その理由が知りたい。

「……明日、自由行動でしょ」

 俺が間城の言葉を待ち望んでいると、ゆっくりと間城が話し始めた。

「もし今日告白が成功したら、明日の自由時間は恋人として一緒に居られるの。もしもそうできたら、きっと忘れられない思い出になる。そう思わない……?」

 その気持ちは、わからなくもない気がした。修学旅行を好きな人と一緒に、恋人として過ごせたら。きっとそれは幸せなことだ。だって高校生の修学旅行はこの数日間しかない。ここを逃したら二度とは訪れてくれないのだから。

けれど、俺はうなずくことはできなかった。やっぱり、リスクのほうが圧倒的に大きい気がして。うまくいかなかったときの危険が大きすぎる気がして。

 けれど、俺の同意がなくとも間城の話は続く。

「だから、明日恋人としてソウと一緒に居るために、今日告白する。うちがそうしたいから、そうする。……もし松嶋に止められても止めない」

 最後に言った言葉は、俺を責め立てるような強さを持っていて、何も言えなくなってしまう。

 別に今更止めようとは思わない。告白するタイミングは、本人の自由だから。

告白するのは当人の自由だ。そこに他人の介入する余地はない。俺は口出しなどしないしできるはずもない。だから間城の忠告は意味がない。

 けどだからこそ、その忠告が、間城自身に向いているように感じた。

 もう止まらない、だから覚悟してと、自分に覚悟を問いかけているように聞こえた。

「…………わかった」

 それでも、俺が何か言うことはなく、頷きもせずにそう言った。。ただ、間城の決意をそのままに受け止めて、それを聞き届けて、結末を見届けることしかできない。

 俺が聞き届けたと伝えると間城はため込んでいた何かを吐き出すように大きく息を吐き出した。

「……ありがと。明日は松嶋に気を遣わせないと思うから」

 それは、いったいどういう意味だろう。告白した後に、俺が何を気遣うというのか。

 成功したならば何も言うことはない、むしろ喜ばしいことだ。自由時間を二人で過ごすのだって邪魔したりはしない。それこそ俺の妄想の種火になるだろうし、二人が一緒に行動できるようにわざわざ気を遣うまでもない。

成功したならば、俺が気遣うことは何もないのだから。

けれど、それに意味するところはなんとなく理解できて、理解できてしまってうわ言の様に口を開いた。

「いや、別にそれは――」

「――今日で、終わらせるから」

 けれどそれは遮られてしまって黙るしかなかった。

 終わらせる。その言葉にそんな意味はきっとなかったはずなのに、そんなつもりで言ったわけではなかっただろうに、その言葉がまるで……。

諦めているように聞こえた。

「……応援してる」

 だから俺は、少しでも間城の背中を押せたらと思ってそう言った。そんな言葉が力になるとは思えなかったけれど、言わないよりはましだと思って口にした。

「……ありがと」

 すると間城はそう言って、俺に笑顔を向けた。その笑顔は、やっぱりどこか取り繕っているように感じたけど、どこかすがすがしい気持ちにさせるものがあった。

 そう、それこそ、もう決着はついているかのように。


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