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Primula  作者: 澄葉 照安登
第四章 溢れた思いが言葉に変わる
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溢れた思いが言葉に変わる 10

 修学旅行といえば学生にとっては大きなイベントごとで、学友との仲を深める何かになったり、思い人との関係を進展させる何かになったりするものだ。

 しかし、学校の行事だ。当然それには生徒たちが遊びに行ったりするための手伝いをするわけではない。修学という言葉の通り、この旅行にだって何かを学ぶという大義名分があるのだ。旅行という形をとらなくては学ぶことができない何かを学ぶために。そうでなくてはただ観光して遊んで終わりになってしまう。

 今回俺たちが沖縄に来たのもここでしか学べないこと、ここだからこそより深く学べることを学ぶためにやってきたのだ。そして修学旅行一日目はその責務を果たすために平和記念公園なるところにやってきた。今回俺たちがここにやってきたのは戦争の話をじかに聞くためだった。そのころどんな生活をしていたか、何が苦しかったか、何が大変だったか。損なことを実際に戦争を経験した人に教えてもらう。そのための修学旅行だった。

 実際話を聞いた直後は皆口々に戦争の話を口にしていたようにも思えた。自分がその時代にいたらどうだったかなんて話をしていた。

 けれど、それも新しい観光地についてしまえば簡単に消えてしまうもので、首里城に到着したころにはみんな沖縄の観光を楽しもうと笑いあっていた。

 一クラス分の生徒を乗せていたバスから次々と生徒が降りて引率の先生が先頭だって首里城の敷地内へと入っていく。

「やっぱりバスの外は熱いな~」

 そんな人口密度ばかりが上がっていく道すがら、茶髪の幼馴染が浮かぶ太陽に手をかざして大して役にも立たない日陰を作りながら空を仰ぎ見た。その姿は少し絵になっているようにも思えて男の俺から見てもかっこいいなと思ってしまう。

「そうだよね、やっぱ向こうとは違うよ」

 ソウのつぶやきにその真横にいた間城が答える。

「確かに、ちょっと熱いよね」

 そんな二人を見ながら俺は服の胸元をつまんでパタパタと仰ぐ。今の気温は二十八度。九月終盤の気温とは思えないほどに厚かった。前もって沖縄は熱いという知識があったからみんな半袖という夏らしい服装だが、それを知らなかったら今頃誰かが暑さにやられて倒れていた可能性だってある。

「……あつい…………」

 実際、今俺の隣にいる背の低い悪友は頬から汗を滴らせ、ゾンビのようにだらりと腕を垂れながら歩いていた。

「真琴、ほんと大丈夫?」

「大丈夫なわけあるか……」

 言った真琴の瞳はどこか虚ろで、足取りはおぼつかなく今にも倒れそうだ。いつか階段ダッシュをした時のように、いやそれ以上に疲弊していた。

 俺は苦笑いを浮かべながら今にも倒れそうな真琴を励ます。

「真琴、あともうちょっとだから」

「……まだバス出たばっか……」

「わかってるならもうちょっと頑張ろうよ……」

呆れて返してみるも真琴の歩くペースは落ちる一方だ。

「マコー、がんばれー」

「……総の笑顔見ると腹立つ」

「マだいぶやられてんなー」

 ソウが振り返りながら言うと真琴が恨めしそうににらむ。とりあえず落ち着いてくれと心の中で苦笑い。

「というか、二人とも先生にばれたらなんか言われるよ?」

「大丈夫大丈夫」

「いや、絶対注意されるって」

 カラカラと笑うソウに俺は苦笑いを浮かべ、少し先にいる引率の先生を見つめる。

 俺たちは今は高校生。義務教育自体は終わっているもののまだ学校という施設に拘束される身だ。当然ルールはある。学問に励むだとか、他人に迷惑を掛けなくてはいけないとか常識的なことから部活動に入らなくてはいけないというこの学校ならではのルールがあったりする。

 そしてそれはこういった団体行動の際にも当然あるわけで、今俺たち生徒は出席番号順に二列で並ぶことを義務付けられている。

 ソウの苗字は岡林。俺たちのメンバーの中では唯一列の前方に位置しているはずなのだが、今現在俺たちの目の前にいる。ほかにも俺たちのように列を半ば無視しているせいと入るものの、ソウのようにあからさまに列からはぐれている生徒はいない。多少は大目に見てくれるかもしれないがここまで大きく崩しているとさすがに注意を受けるだろう。そしてそれは真琴もだ。

俺と間城は二人とも頭文字が「ま」なので出席番号順だと近いのだが、真琴は本来ならば俺たちの少し前を歩いているはずなのだ。しかしながらこの体力のなさと暑さに対する体制の無さでこうしてじわじわと列からはぐれ俺たちの傍まで下がってきてしまったというわけだ。

「みんなほとんど守ってねぇし、それに中はいるまでだろ」

 ソウが言いながら前方に視線を向ける。その先を見てみればレンガでくみ上げられた壁のようなものが見える。

 一応今日は首里城を見て回るということになってはいるが、それ自体は学年全員での行動ではない。一応首里城の敷地にの中に入ってからは自由行動となっている。そのため中に入るまでは団体行動とされているだけだ。

 そして当然周りをキョロキョロと見まわしながらでは列も崩れる。一応先生が時たま注意したりするもののほとんど意味をなしていない。まあそれでもほかの生徒は一応はちゃんと出席番号順に並んではいるのだが。

「まぁまぁ、いいじゃん。あと数十秒だし」

「まあいいんだけど」

 間城もソウと同じように言うので、俺は一応注意したからねと卑怯にも安全マージンを取っておく。俺と間城に関しては順番を守ってはいるわけだしね。

 そんな風に言いながら歩いていると先導していた先生が石造りの壁の入り口で立ち止まって中に入る生徒たちを送り出している。ここからは自由に回っていいということだろう。やや後方に位置していた俺たちもそのうちに順番が回ってくる。

 ソウと真琴へのお小言と共にチケットをもらうと石造りの壁を越えて中へと入っていく。

そして団体行動から解放されるや否や、真琴が口を開く。

「休ませろ……」

 真琴の切実な呟きに俺たち三人はそろって振り返る。

「どっか休めるとこあんのか?」

「どうだろう」

 ソウの問いかけに相槌を返しながらあたりを見回すが、後ろには今くぐってきた石の壁に、正面に視線を向ければこれまた石造りの階段があるだけだ。

「とりあえず上って行かないと休めそうにはないけど」

「……俺をおいて先に行け」

「真琴……」

 きっともっと必死な感じで言えばかっこいいであろうセリフを、疲れて動けない動きたくないという自堕落な視線で言うからまったくカッコよく聞こえない。必死という点では同じなのにこうも情けなく映るものなのかとしらっとした目で真琴のことを見てしまった。

いやそんなことはどうでもいい。とりあえずはさっさと上ってくれないと後ろから来ている生徒や観光客の邪魔になってしまうし、休むどころの話ではなくなってしまう。

「真琴、とりあえず上るだけ登ろう?」

 まるで幼子あやすような言い方で真琴を諭すが、真琴は動きたくないというオーラをまとい放っている。

「……ソウ、先に行っててくれる?」

 やむおえず、俺はソウに言った。

 真琴が動けないことはよくわかったのでとりあえずは他の人たちの邪魔にならないようにしなくてはいけない。なのでいったんは階段の端のほうによって休憩してから上がるしかない。しかし四人そろってそんなことをしていてはどちらにしろ邪魔になってしまう。ならば少しでも人数を減らしておくべきだろう。

「ん? まぁいいけど、ハルは?」

「俺は真琴と一緒にゆっくり行くよ。間城も先に行っててよ」

 間城に視線を向けて言うと間城はオッケーと指でわっかを作ってくれる。

「一人で大丈夫か?」

「大丈夫だよ。別に担ぐわけでもないし」

 まったく動けない真琴を背中に担いで階段を上るとなるとつらいと言うか絶対にできるわけもないのだが、真琴もそこまでしてほしいとは言わないだろう。そう思っていたのだが真琴は大粒の汗で頬を濡らしながら息も切れ切れに俺のことを見て言った。

「……俺は担いでほしい……」

「……担ぐとお互いの体温で余計熱いよ?」

「絶対に担ぐな」

「理解が早くて助かります」

 何とか担ぐことなく済みそうだ。俺は我が悪友の体力のなさにため息を吐く。

 そして溜息を吐きながらもソウのほうに向きなおって、自嘲気味に笑顔を浮かべる。

「……というわけだから、あんまり大勢でいると邪魔になっちゃうし先に行っててよ」

「んまぁ、そうだな。ユサと先に行ってるわ」

「そうして」

 俺がそう言うとソウも仕方ないと思ったらしく腕を組んで数回頷くと跳ぶように階段を数段上った。

「ん、じゃあ先行くな」

「いってらー」

 振り返ったソウに気の抜けるような返事を返して手をひらひらと振った。

「間城も先行ってて」

「うん、じゃあまた後で」

 俺は間城にも視線を向けて言う。すると間城は嬉しそうに笑うと俺に数歩歩み寄って、その唇を俺の耳へと近づけていった。

「…………ありがとね」

 吐息にくすぐったさを感じたときには、間城はもう背を向けて階段を上がって行ってしまっていた。

 俺はいったい何のことかと首をかしげたが数瞬の間をおいて理解する。俺に全くその気はなかったが結果的にソウと間城を二人きりにすることに成功した。間城はそれを俺の協力と取ったのだろう。二人になる時間を作ってくれた、そう思ったからありがとうなどと口にしたのだ。

 遅れてそれに理解してなるほどと思う。

「……どうかしたのか」

「……いや、何でもないよ」

 真琴に尋ねられて何か言うべきか悩んで、口を紡ぐ。

 ここで真琴に間城の告白の話をしてしまうのはよくないと思った。真琴にも協力してもらえるのならそれに越したことはないのかもしれない。協力者が増えれば今のように二人きりになれるタイミングだってたくさん作れるだろう。けれど、それは俺の口から言ってはいけない気がした。

 間城の気持ちは間城のものだ。俺が知った風にベラベラとしゃべっていいものではない気がした。俺が簡単に口にしてはいけない気がした。

 間城だって「あいつ告白するんだって」なんてを誰かれ構わず話して回られたらいい気はしないだろう。だから言うならば間城本人からではなくてはいけないと思った。

 だから俺は一つ息を吐いてから真琴に笑顔を向けた。

「じゃあ真琴も登ろうか」

 言うと真琴はあからさまに嫌な顔をした。

「下るって選択肢は」

「上なら休めるところあるかもよ?」

「…………はぁ……」

 嫌だと言いたげにため息を吐く真琴。それを見て意地でも上ってもらおうと笑顔を浮かべる。ふと視線を階段の先のほうへ向けてみれば、ソウたちの姿は見えなかった。代わりに見えるのは大きな屋根の付いた門のようなもの。

「あっ、そうだ」

 ふと思いついて俺はスマホのカメラをそれに向けシャッターを切る。そして振り返って先ほどくぐった最初の門のほうへも同じようにする。

「何してんだ」

「せっかくだから写真送ろうかなって」

「誰に」

「…………後輩たち?」

「そっ」

 階段の縁石に持たれながら言う真琴に答えて俺はスマホを操作する。一応文芸部のグループラインがあるにはあるのだが、別にそこには送らなくてもいいかと思い俺はとりあえず後輩との個人のトークページを開く。

 最初に永沢さん、続いて立花さんにも今撮ったばかりの写真を送る。

「律義だな」

「そんなことないよ。……さ、登ろうか」

「…………はぁ……」

 真琴がため息をついて仕方ないと言いたげに足を動かし始める。俺はそんな真琴に苦笑いを浮かべながらあとに続いた。

「真琴、ホテルに行ったらすぐ寝そうだね」

「夜は涼しいから平気」

「沖縄だから熱いかもよ?」

「熱かったら部屋にこもる」

「わざわざ沖縄に来て引きこもりって……」

「熱いなか動けるのは人間じゃない」

 そんなどうでもいい会話を繰り広げならソウたちが昇って行った石段をだいぶ遅れて登っていく。

 昼も過ぎて傾いているはずの太陽はまだまださんさんと輝いている。普段学校まで通っている道とは大違いで同じ日本だとはとても思えない。九月後半だというのに周りの人はみな半袖、中にはノースリーブの人もいる。

 そんな中、暑さにやられた友達を介抱しながら階段を上っていく。

 階段を上っているのだからその先は当然より太陽に近くなり、日の光を遮るものも少なくなるだろう。だから自然と階段の先を見つめて思った。

 この先は、もっと熱いのだろうなと。


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