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Primula  作者: 澄葉 照安登
第四章 溢れた思いが言葉に変わる
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溢れた思いが言葉に変わる 9

「んー! 沖縄とうちゃーく!」

 飛行機から出て空港のロビーに出るなり間城がそんな風にはしゃぐ。飛行機の中でずっと座っていたせいで体が固まってしまったのだろう、体を目いっぱい伸ばして気持ちよさそうにん~と声を上げる。

「空港内じゃ実感わかないだろ」

「確かに……」

 そんな間城に聞こえないくらいの小さな声で真琴がつぶやく。それに同意しながら俺は見慣れない空港内を見回す。

 関東の空港にだってよく行くわけではないし、どこがどう違うかなど分からないのだから飛行機に乗ってそのまま元いた空港に戻ってきていても多分気付かないんじゃないだろうか。

 ほかの旅行慣れした人は違うかもしれないが、飛行機に乗っての旅行が初めての俺はそう思えてしまうほど沖縄に来たという実感がわかなかった。

「お土産とか見ればそれなりにそういう気分になれるぞ、ほらあれとか」

 後ろからやってきたソウがロビーの端のほうにある売店を指さす。真琴と二人してその指さした先を見てみれば、売店の一番目立つところに沖縄土産と書かれた商品が並んでいた。

「あー、沖縄っぽいかも」

「ぽいじゃなくてここ沖縄だろ」

 それを見てようやく今自分たちにいる場所が沖縄なんだという実感がじわじわとわいてくる。そんな俺のつぶやきにソウが面白そうに顔を歪めながら言う。

「ほらお前たち、集合しろ」

「あ、はーい」

 そんな会話をしているうちにいつの間にか引率の先生が集合の合図をかけていたらしく注意を受けてしまう。けれどソウは大して気にした様子もなく軽い返事を返していた。

 ロビーの端のほうで邪魔にならないように集合した俺たちは引率の先生の話を聞かされるのだが、

「あ、メール来てるわ」

「私も来てた」

 そんな会話をしながらクラスの半数近くの生徒がスマホを見つめていた。

「…………」

 俺もそんな周りの環境に当てられて鞄の外ポケットに入れていたスマホを取り出す。見るとスマホの右上には緑色のランプが点灯していた。

 メッセージが来ていることを知らせるそれにこたえるために俺はスマホの画面を見つめた。

『もう着きましたかー? お土産ちゃんと買ってきてくださいね?』

 それは最近俺のことをからかうのにはまってしまった自称不純な後輩からのものだった。

「……一日目からお土産の催促って……立花さんは……」

 俺は苦笑いを浮かべながらなんと返したものかと画面の上の虚空を指で弄ぶ。

「松嶋、何してんの?」

「うわっ。……間城か」

 不意に話しかけられたものだからてっきり引率の先生が直接注意に来たものだと思って驚き声をあげてしまう。そんな俺の反応を見た間城は不思議そうに目を丸くしたまま俺の横から俺の手に持たれているスマホを覗き見る。

「あっなに、彼女からの愛のメッセージ? 恋人がいる人は違うねー」

「いや、彼女じゃないって」

 俺のスマホを覗き見た間城はニヤニヤしながら俺の肩を小突いてくる。

「いやいや、照れなくてもいいんじゃん。美香ちゃんと付き合ってんでしょー?」

「だから違うって」

「あ、楓ちゃんとも付き合ってるのか」

「お願いだからそういうこと言わないで……」

 いつかのように最悪な誤解を招きそうなからかい文句で俺のことをからかってくる間城。前はスマホでのやり取りだったが、こうして声に出して言われてしまうと大変よろしくない。事実無根ではあるがこんなことを誰かに聞かれていたらどんな誤解をされてしまうかわかったものじゃない。……いや、たぶん後輩二人に手を出した二股の最低男だって誤解しか受けないだろうけど。

「…………はぁ……」

 俺はそんな誤解はされたくないなと思いながら深いため息を吐く。いつの間にかこんな冗談が行きかうのが普通になってしまったなと思うと急に体が重くなった。

「そんな顔しないでよ、ごめんごめん」

 そんな俺の様子を見た間城がニヤニヤしながらも謝罪してくる。その顔は絶対に反省してはいないだろうと思いながらもいいよと手でジェスチャーする。

「……まぁ、でも松嶋」

 すると途端に間城が静かな声になったのでなんだろうと思ってうなだれた頭もそのままに視線だけ間城のほうに向けて様子をうかがう。

 すると間城は俺の耳元によって、静かな声で俺に言った。

「自分のことだけじゃなくて、うちのも頼むからね」

 その声は静かではあるものの、決意と覚悟のこもった鋭い声だった。

 冗談の一切含まれていない声音に思わず目を見開く。驚きではなくどこか恐ろしいものを感じたから。

たぶんそれは、間城が自分の気持ちにそれだけ本気だということの表れだったのだろう。

 それだけ言うと間城はすぐに俺から距離を取る。見ればその表情はニヤニヤとした笑顔を携えていて、とても真剣で鋭い声を吐き出した本人だとは思えなかった。

「…………」

 その落差のせいか俺はうまく声を出すことができずにうなずくだけの返事しかできなかった。

 協力してほしい。今間城はそうは言わなかったけれど、何を伝えたかったのかは多くを語らなくとも理解できた。

 今間城の視線の先にはソウがいる。そしてその瞳がともす色は、はかなげで、真剣で、どこか迷いを秘めていそうな、力強くも弱弱しい恋する乙女の瞳だった。

 普段のさばさばした、少しギャルっぽいとも取れる間城の様子からはとても想像できない。髪の毛も女子にしてはかなり短めだし、スカートをはくようなイメージもない。運動部のレギュラーにでもなりそうな出で立ちの間城にはあまり恋する乙女、という表現が当てはまるような人物ではない。女子高であればアイドル扱いされるやもしれない。

 けれど、その瞳を見ればやっぱりそうとしか形容できなかった。

 きっと、今まで見てきたどの間城よりも。今まで観察してきたどの名の知らぬカップルよりも。今の間城は恋に夢中なんだと思わされる。

「…………ん? どしたの松嶋」

「あ、いや、何でもないよ。…………可能な限り、手伝いはするよ」

「……ありがとね」

 俺が慌てて言うと間城はやはりどこか迷ったような、はかなげな目をして言った。そんな表情が、余計に俺の視線を引き付ける。

 正直、間城のそんな様子を見せられてしまうと何年も恋に憧れ続けている俺としては羨ましくて仕方なかった。顔を見ただけで、表情を見ただけで恋しているのがわかる。目を見ただけで、視線を追っただけで、誰のことがどれほど好きなのかと教えてくれるから。だから、そんなにも真っすぐな恋をすることができる彼女のことを羨ましく思ってしまった。

 まだ恋を知らない俺は、いまだかつて見たことのない大きな思いを目の当たりにして、その憧れをより一層大きなものに変えてしまった。変えられてしまった。

 ああ、恋がしたい。

 間城にちゃんと協力するようにと釘を刺されたばかりなのに今はそんなことしか考えられなかった。間城のために何をすべきか考えなくてはいけないはずなのに、そんなことを考えさせてはくれない。

 人が恋するさまを見て、恋に恋する気持ちが大きくなる。

「…………はぁ……」

 今日は、少しため息を吐く回数が多い気がする。真琴ほどとは言わないけれど、普段からしたらかなり多いほうだ。けれど今回のため息だけは、陰鬱なものではなかった。

 俺も、早く初恋を見つけたいな。

 そんな受動的にもどこか前向きな気持ちから出たため息だった。

「じゃあ、バスで移動だからな。クラスごとにバスに乗るように」

 先生がそう号令をかけたのを合図に、座っていた生徒たちがわらわらと動き出す。一瞬なんで動き出したのか理解が遅れるが移動するように言われたのかと思い至ってその流れに従ってロビーからバスロータリーのある屋外へと向かう学年一つ分の生徒たちが揃って移動するため狭い出口付近は渋滞が起きている。みんなに大きな荷物を持っているから余計に渋滞がひどい。

 そんな人口密度の高い空間を抜けると広いバスロータリーに出る。屋内から屋外へと急に出たせいかまぶしいほどの日の光を感じて目を細める。空調の利いていた飛行機内や空港のロビーとは違って屋外の気温を感じて声を漏らす。

「……熱い、ね……」

 誰に話しかけるでもなくそう呟くと改めて先ほどまでとの気温の違いに驚く。空調が利いていた屋内はもちろん涼しく快適だった。それと大きな差があるのは当然のことだ。けれど、驚きはそれだけではない。

 さっきまで俺たちのいた関東と今いる沖縄では屋外の気温も大きく違う。それは今まで屋内にいたから錯覚しているわけではなかった。九月ももう終盤。本州のほぼ真ん中に位置する関東は残暑だとは騒がれていても着実に秋の涼しい空気を取り込んでいた。

 しかしここ沖縄はそれとはまったく違い九月終盤の今でも八月初旬なのではないかと疑いたくなるほどの外気温を誇っていた。

「……あつ……」

 そんな俺と同じように、少し遅れてやってきた真琴が目に見えない沖縄の気温に向かって迷惑そうな視線を送りながら文句をこぼす。俺がそれに苦笑いを返すと真琴がめんどくさそうに俺のもとまで寄ってきた。

「……俺帰りたい」

「沖縄に付いたばっかりなのにいきなりだね」

「熱いの苦手だからな」

 屋外に出たばかりだというのに早速汗を浮かべ始めた悪友に再び苦笑いを返す。真琴はもう嫌だと言わんばかりにため息をついている。

 そして睨み半分にお前は気楽でいいよなと視線で訴えかけてくる。そこでふと、真琴が何かに気付いたのか視線を止めた。

「…………陽人、なんでスマホ握ってんの」

「え、あー、そういえば」

 真琴に言われて右手を見るとそこにはさっき手に持ったスマホがそのままに握られていた。

「立花さんから連絡来ててさ」

 俺は言いながらもう一度スマホの画面を立ち上げて連絡用のアプリを開く。先ほど見た立花さんのメッセージにOKというスタンプを送信して視線を真琴に移す。

「…………真琴?」

 すると真琴が俺のスマホをじっと見つめているので何かと思って声をかける。スマホに何か不思議なことでもあったのだろうかと思って首を捻ると真琴がぶっきらぼうに単語だけで言葉を紡ぐ。

「……お前、付き合ったのか」

「いや、付き合ってないから」

 間城のように質問形式ではなく断定的な言葉に慌てて説明する。すると真琴は興味なさげにふーんとうめいて背中を向けてしまう。見ればみんなそれぞれ指定されたバスに向かって歩いている。このままでは俺たちが最後になってしまうと思って俺も真琴に倣って歩き始める。

「…………」

 真琴の隣に付いたはいいけれど別にそれ以上何か会話が起きるわけでもない。ただ流れに沿って俺たちが乗り込むように指定されたバスに乗るだけだ。

 だから、俺はもう一度スマホに目を落としてメッセージがちゃんと送信されたかを確かめる。見るとそこには数分前の時間とともに俺の送ったスタンプが表示されている。それを確認して俺はホームに戻ろうとホームボタンを押す――。

 直前、なぜか永沢さんのことがよぎった。また前のように彼女以外にメッセージを送ったから違和感を感じたのだろうか。けれど今こうして連絡を取っているのは立花さんだけだ。ならば後輩の片方だけに連絡を取っていることに違和感なり罪悪感なりを感じたのだろうか。

「…………」

 ……いや、それは違う。

なぜだろうそれは不思議と断言できた。

今俺は、彼女にも何かメッセージを送らなくてはいけないという義務感を感じたわけではない。これをしなくてはいけない、自分にしかできないなんて言う使命感とも違う。

そうただ純粋に、メッセージを送りたいと感じた。

普段から連絡を取っているわけではない、用事のあるときくらいでしか連絡を取らないというのに、それが普通だというのに。

意味もなく、直感的に、感情的に思った。彼女と連絡を取りたいと。

俺は自分の気持ちに理解が及ばずそのまま固まってしまう。どうしたんだろう。自分でもわからない。何かに当てられてしまったんだろうか。そう思っても固まった視線がスマホから離れない。

 みんなが次々と俺を追い越してバスに乗り込んでいく中、俺だけが時間が止まったように固まってしまっている。

 なぜ、どうしてと考えるうちに、動けなくなってしまっていた。

「……陽人、どうした」

「えっ? あ、いや、何でもないよ」

 少し先から真琴が振り返り俺のことを呼ぶ。その声のおかげでようやく止まっていた時間が動いて体が動かせるようになる。小走りに真琴へと駆け寄り目と鼻の席のバスへと乗り込む。けれど、俺は最後に何かを思い出したように先ほどまで俺が立ち止まっていたロータリーの一角を見つめた。

「松嶋、どうした。早く乗りなさい」

「あ、すみません」

 担任の先生に言われて慌てて乗り込む。俺は後ろ髪を引かれる想いでバスに乗り込んだ。

 あの場所に何があったのか、そう考えても答えは出ない。始めてきた場所なのだから当然だろう。そこに運命的な特別な意味など見いだせない。

 なら、なぜこんなにも俺はもやもやしているのだろう。その答えは、いくら考えても出なかった。


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