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Primula  作者: 澄葉 照安登
第四章 溢れた思いが言葉に変わる
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溢れた思いが言葉に変わる 4 

 一週間の授業も終わり来週の火曜日から修学旅行ということもあってか、クラス内では買い物に行こうという話声があちこちから飛び交っていた。

 そしてそんな例にもれず、俺たちも間城の一存で決定した修学旅行の前準備の買い物のために町へと繰り出していた。

「あれ? 原君は?」

「マコは行く理由もないから家でゲームしてるってよ」

「原君らしいねー」

「まぁあいつは行くって言ってなかったしな」

「確かにねー」

 そして俺は今現在、仲睦まじく歩く男女の後方を、まるでストーキングでもしているかのようについていっていた。

「俺も断るのが正解だったかな……はぁ……」

 俺はため息交じりにショッピングモールの天井を見上げる。

 目の前の二人を見ていると俺が邪魔ものに思えて仕方がない。別に二人は付き合っていたりとか、好意を抱いているとかそういうわけでもないのだろうが、いかんせん二人で会話しているのをこう後ろから見させられてしまうと気まずいというかなんというか。

「ハル? どしたん?」

「……いや、何でもないよ」

 俺は思い出したように俺のほうを振り返ったソウに嘆息しながらひらひらと手を振る。ソウは一瞬不思議そうな顔をしたもののすぐに間城との会話に戻ってしまった。

仲睦まじい二人の姿は、恋人に見間違われても不思議ではない。そう見えてしまうくらいに二人は仲がいい。けれどソウ、それでいいのか。立花さんにそんなところを見られたら嫉妬やらヤキモチやら何やらで修羅場に発展してしまうぞ。……………あ、だから俺も呼ばれたのか。二人きりで出かけたわけじゃないというアピールのためだけに俺は呼ばれたのか。ソウ、なんて恐ろしい子。

 そもそも今日は間城に誘われたのだというのにそんなことを想いながら俺はソウたちの後をついていく。もちろんついていくだけなので二人の会話に加わったりはしない。ただ後ろから二人を見ているだけだ。

「んで、まずは何買うんだ?」

「んー、とりあえずは水着かな」

「最初にそれかよ」

「うん、ていうかそれ以外は大体そろってるし」

「いや、マジでお前女友達と買いに来いよ」

「まぁまぁ」

 やめて、そういう会話やめて。なんかもう俺消えたくなるから。普通の会話のはずなのに二人を見てると違うものに見えてくるからやめて、早急に解散しよ。もしくは俺帰宅していい? 立花さんのことを思うと胃が痛くなる。

 俺が腹を抱えながら二人の後をついていくと二人は先ほどの会話通り水着ショップへと入って行った。

 俺も数歩遅れて入っていこうかと思うが、そこで足が止まる。

 ランジェリーショップではないもののやはり男の俺にはやや抵抗がある。というかだ。間城の連れとして入っていくのはいいが、それならそれで俺も会話に入れてほしい。そうしてくれないとまるで男一人で女性用水着を物色しに来たみたいに見られてしまうじゃないか。もし店員さんが不審がって声かけてきたりしたらどうするの。

 自身が積極的に会話に加わろうとしないくせにそれを棚に上げてそんなことを想いながら俺は数歩後退る。するとそんな俺の姿を見たソウが少し焦った様子で俺の名を呼んだ。

「おいハル逃げんなよー」

「いや、なんか入りにくくて」

 間城と一緒に入って行ったソウが俺のことを手招きするが俺は苦笑いを浮かべるだけだ。そしてそのまま後退って店から距離を置こうとしたのだが、ソウが俺のほうへと歩み寄ってきて笑顔で俺の両肩を掴んだ。

「俺だって入りにくい。だから同じ苦しみを分かち合え?」

「いやー、ちょっと厳しいかな……。ソウ、がんばって」

「いやいや、なら俺も外で待ってるわ。んじゃなユサ!」

「あんたたちどんだけ小心者なの」

 どこかの芸人のようにひたすら譲り続ける俺たちに間城が残念なものを見る目を向けていた。俺自身思う。女々しいことこの上ないなと。

 先日立花さんに言われたことを思い出しながら苦笑いを浮かべると間城が一つため息を吐いてから言う。

「っていうか、荷物持ちのために連れてきたんじゃないんだしちゃんと付き合ってよ」

「…………」

「…………」

 間城に言われて俺とソウは目を合わせる。そして小心者と称された俺たちは観念して間城の後をついていくことに決めた。

「ん、じゃあちゃんと手伝ってね」

 俺たちが来たのを確認して満足げに頷くと間城は俺たちの先頭を切って水着が吊るされているハンガーラックの間を突き進んでいく。

「っていうかユサ、俺たちは何を手伝うんだよ。水着買うので手伝えることねぇだろ」

「荷物持ちでもないって言ってたしね」

 間城を先頭に一列縦隊で進んでいく中、前方にいるソウに続いて間城に問う。

 すると間城は振り返りもせずにラックにかかっている水着を物色しながら当然のように言った。

「水着、どれがいいか選んでもらうの」

『よし俺たちは外で待ってよう』

 俺とソウは示し合わせたかのような見事なシンクロで口にしていた。

「あんたたち、どんだけ慣れてないのよ」

 間城はため息をつきながら物色を続ける。

「いや、それこそ俺ら必要ないだろ。店員に聞けよ」

 ソウが言ったその言葉に同意して俺もうんうんと頷く。

 しかし間城はそんな俺たちの訴えに不服そうに頬を膨らませる。

「こういう店って女の人ばっかりでしょ? だから男子の目から見てどうか知りたかったの」

 間城は言いながら両手に一着ずつ水着を持って俺たち見せてくる。

「どっちがいいと思う?」

「どっちって言われても……なぁ……?」

「そう、だね」

 俺たち二人は間城に見せられた二着の水着を見て口ごもってしまう。

 間城の右手には赤と白のビキニタイプの水着。そして左手にはビキニの上部分が短いキャミソールのようになっている白い水着。どちらも多少の露出度は異なるもののまごうことなきビキニだった。

 当然、思春期の男子高校生がそんなものを見せられてしまえば目を逸らしてしまうのも必然。ましてやどっちがいいかと女子に尋ねられているのだから羞恥すら感じてしまう。

「もうちょい布が多いのにしたらどうだ? ほら、下がスカートっぽくなってるやつとか」

 ソウが言いながらちょうど自分の近くにあったそれを指さして言う。

「んー、それでもいいんだけど、マリンスポーツ用だからあんまり無駄な装飾無いのがいいんだよねー。動きにくくなるし」

 間城は言いながら自分の両手にあったビキニを交互に見る。

「とりあえず、この二つならどっちがいい?」

「あーっと……。俺は右、かな」

「俺も、それで」

 聞かれてしまった以上答えなくてはいけないと思ったらしいソウは少し目を逸らしながらも間城が右手に持っていた赤と白の水着を指さした。俺もそれに倣ってソウの後を追うように言葉だけで答える。

「ん、じゃあ次はこの辺かな?」

 そう言って間城は白い水着を置いて、今度は水色のビキニを手に取った。

 そしてそのまま俺たちのほうへ視線を向けてくる。

「……右」

 ソウがちらりとその水着を見て言う。別に考えていなかったわけでもないだろうになかなかに早い回答だった。

「やっぱり赤? ソウは赤が好きなの?」

 ソウの答えに首をかしげてどうして、と尋ねてくる間城。普段のボーイッシュな姿とは違った可愛らしいしぐさに当てられたのか、ソウが恥ずかしそうに顔を逸らす。

「別にそういうわけじゃねぇよ」

「じゃあ、どういうこと? 露出度は変わんないでしょ?」

「別にそういうの関係ねぇよ……。ただ……」

 ソウはそこで一度言葉を区切り、もう一度ちらりと間城の手に持った赤と白の水着を見てから少し恥ずかしそうに言った。

「ユサなら赤っぽい色だなって思っただけだよ」

 僧のそんな言葉を聞いて、俺ははーっと感心してしまった。立花さんというものがありながらそんな態度でそんな言葉を口にしてしまうとは。何俺の幼馴染クズ野郎なの?

なんて思わないでもないが、感心してしまったのは本当だ。こんな居心地の悪い空間の中、恥ずかしさを感じつつもそうやってしっかりと考えていたのがすごいと思ってしまった。ちゃんと相手の要望に応えようと逃げることなく目線を合わせている。すごい。俺はさっきからずっと周りをきょろきょろして間城と視線を合わせないようにしているのに。

「ふーん……そっか」

 間城は満足げに呟くと今度は俺のほうへ視線を向けてきた。

「松嶋はどう? どっちのほうが似合うと思う?」

「えーと……、俺もソウと同じ意見で」

「あ、松嶋逃げた」

 俺が顔を逸らしながら適当な答えを口にすると間城はそんな風に呟く。

 逃げたという言葉のせいでなんとなく咎められているような気分になってしまうが、決してそんなことはないのだろう。間城だって変にそれ以上の意見を求めてこようとはしていないし、表情だってさっきまでと変わらず水着を見比べているだけ――。

 そう思いながらちらりと確認するように間城のほうを向くと、とても愉快そうにニヤニヤと笑みを作っていた。

 直感的に思う。ああ、またこれはからかわれるんだろうなと。そしてその予感は外れることなく間城はゆがんだ口元から言葉を吐いた。

「松嶋、あんまり水着とか興味ないわけ~?」

「別にそういうわけじゃないけど」

「けど?」

 俺が口ごもりながら言葉を紡ぐのを面白そうに眺める間城。わかってはいるものの周囲に女性用水着が存在している中、冷静を装うほどの余裕は俺にはなかった。

「その、慣れてないからどういうのがいいとかわからないんだって」

「ふーん。そうなんだ~」

 そう言った間城はまたもラックにかかっている水着を物色する。そしてその中からまた別の水着を手に取って俺に見せてきた。

「こういうのなら、美香ちゃんに似合うと思うよ?」

 そう言って間城が俺に突き出してきたのは胸元の中心を結んでいるかのようなリボンの装飾の付いた黒いビキニだった。

 目の前にビキニを突き出された俺は目を逸らしながら半歩後ろに下がってしまう。

「あと、これなら楓ちゃんかなー」

 そう言いながら間城が手に取ったのは、先ほど間城が左手に持ってどちらがいいかと尋ねてきたキャミソールを短くしたようなデザインの水着だった。

 …………確かに、永沢さんならそういうのに合うかもしれない。あんまり露出しているのを切るようなイメージがないので追加でパレオと麦わら帽子とかで、清楚なお嬢様風みたいなのがいいと思います。というか俺に限らず男子ってみんな過度な露出の水着とかって嫌うよね。皆パレオとか好きっていうし。誰が言っていたかはわからないけど。

ふと、それを着た永沢さんを想像してしまいそうになる。というか完全に想像している。

 とっさの想像してしまった永沢さんの姿にどきりとして顔の温度が上がった気がした。

そんな俺の反応を見た間城がニヤニヤと笑いながらその水着を戻している。

「いや~、松嶋は面白いね」

「俺で遊ぶのはやめてくれ……」

 俺はため息をつきながら間城に懇願する。

「ごめんごめん。なんか松嶋って二人のこと話題に出すと反応が面白いからさ」

「誰だって水着を目の前に突き出されたらそうなるって」

 俺は言いながら隣にいるソウにだよな、と同意を求めて視線を投げる。

「なんかやましいことでもあるんじゃねぇの? 二股とか」

「ソウ何言ってんの、大丈夫? 頭大丈夫?」

 ソウの悪ふざけに驚きすぎてしまった俺はなぜかソウの心配をしていた。

「お前、焦り過ぎだってっ、ぷはッ」

 間城に続いてソウまでもがそんな風に言うが俺の胸中は穏やかではない。いやソウ。二股っておい。その言葉だけでもなかなか物申したくはあるが、それ以上に話題になっている相手だ。立花さんだぞソウ。いいのかソウ。本当にそれでいいのか。

 疑念と焦りで自身の胸中でひたすらに質問を繰り返していた。

 そんな中、事の発端である間城がこの話題に飽きたのか水着選びに戻っていた。男心を弄ぶだけ弄んでなんとマイペースな。そう思って間城をジトっとした目で見ると手に持っていた赤と白の水着を見て小さく微笑んだ。

「じゃあ、うちこれ買ってくるね」

 そう言った間城の頬は、少し赤みを帯びていた。


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