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Primula  作者: 澄葉 照安登
第一章 二人目の新入部員
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二人目の新入部員 3

永沢ながさわかえでです。よろしくお願いします」

 桐谷先生に連れられてやってきた少女は、前髪で自分の顔を隠しながらおずおずと自己紹介をした。

 俺たちはみんなで顔を見合わせ頭の中を整理していたが、ガタッとわれらが部長のソウが立ち上がると入口のところにいる女生徒へと歩み寄る。

「岡林総。みんなには気軽に下の名前で呼んでくれて構わないよっ」

 ほかの誰もが動くことができなかった中、ソウはその子に言葉をかけた。

 こういうことは俺や真琴にはできないことだから、素直にすごいと思ってしまう。理解が早いというか、容量がいいというか。

「何て呼べばいいかな?」

「あの、好きなように呼んでください」

 満面の笑みでしゃべりかけるソウ。片や俯きながら、しかし視線だけはしっかりとソウに向けながらどこか警戒した様子で答える女の子。

「じゃあ楓ちゃんで。これからよろしくねっ」

 そう言いながらソウが右手を差し出す。

 しかし、フランクに接するソウとは対照的に、少女は警戒するように差し出された手を見つめながら半歩後ろに下がった。

「……? 握手、のつもりなんだけど……。ちょっとなれなれしかったか。ごめんな?」

 そう言いながらソウは手を引っ込める。

 まぁ、初対面の異性からいきなりスキンシップを求められたらこんな反応にもなるだろう。初対面の人はソウを一目見て真面目や硬派という印象は抱けない。浮かべている笑顔同様フレンドリー、悪く言えば少々軽薄な印象だろう。もちろん、いいやつではあるのだが。

 欧米かぶれな挨拶に若干苦笑しながら見ているとソウがちらりと俺たちのいるほうを向く。

「じゃあここ来てもらっていい?」

 ソウは言いながら俺と真琴のいる教卓の前を指し示す。永沢と名乗った女の子は促されるまま俺たちのほうへと近づいてくる。決して距離があったというわけではないけれど、近くによって来てくれたお陰で彼女の姿が鮮明に映った。

 立花さんと同様の指定の学生服。校章の色も立花さんと同じ一年生カラー。あまり運動はしないのか肌は白く対照的に背中まで延びた髪の毛は真っ黒だ。俯いた前髪からかすかにのぞく瞳を見れば、キョロキョロと回りを見回しなにかに怖がっているような、警戒しているような印象を受ける。

 たった数歩の移動なのにそれが妙に長く感じて、彼女のことを必要以上に観察してしまう。突然の新入部員なのだから目の前の女の子が視線を集めてしまうのは仕方のないことだろう、しかしこうも観察されると余計に警戒させてしまうような気がして、俺は少し視線をずらす。

「んじゃ、お前らも自己紹介してくれよ」

 そらした視線がソウとぶつかる。ソウはニカッと笑うと俺の視線を新入部員の少女に誘導する。どうやら俺から名乗れと言うことらしい。

 俺は苦笑いしながら彼女――永沢さんのほうを向く。

「えっと、松嶋陽人です。永沢さんの一つ上って、言わなくても校章で分かるよね。……とりあえずよろしく」

 うまくしゃべれず自分の後頭部を掻きながら言葉を終える。人見知りが露呈してしまう言葉遣いに苦笑いが浮かぶ。

「次、真琴」

「……原真琴。よろしく」

 対して俺の悪友は名前と必要最低限の挨拶だけをぶっきらぼうに口にした。いくら何でも愛想なさすぎだろう。真琴の瞳を見れば興味もないことがすぐにわかってしまう。挨拶するなり目線を戻してパソコンをいじり始めた姿を見て、彼女が歓迎されてないと思ったらどうするんだと思って苦笑いとため息が漏れた。

 しかしそれも杞憂で、心配しながらちらりと永沢さんのほうを覗うと大して気にした様子もなく小さく頭を下げていた。気にしていないようでよかったけれど真琴のこういうところは少しひやひやする。立花さんと話すときもぶっきらぼうだし、必要なこと以外は話そうとしない。それどころか、中学から一度も真琴が異性と話すところなんて見たことがない。本当に部活内の必要最低限の会話のみだ。

 そんなにも異性が苦手なのだろうか、なんてどうでもいいことを考えていると、俺たちのほうへ近づいて来ていた立花さんが永沢さんの後ろから顔をのぞかせた。

「最後にそこの背後霊さん、よろしく」

 ソウが茶化しながら残る部員立花さんのほうに手を向ける。

「っ!」

「あ、ごめん驚かせちゃった? 私は立花美香……って楓ちゃんは同じクラスだから自己紹介しなくても大丈夫だよね」

「あ、うん。……よろしくね」

 俺たちの自己紹介とは違う溌剌とした明るいトーンでしゃべる永沢さん。会話を盗み聞くにどうやら二人は知り合いだったらしい。

 永沢さんからしたらこの部室は初めての場所、言ってしまえば未知の空間だ。知り合いがいるのといないのとでは大きな差があるだろう。下がっていた視線もしっかりと立花さんの目に向けられている。僅かだが表情も柔らかくなった。

 立花さんがいてくれてよかったと、胸をなでおろしているとソウも同じことを思っていたのか小さく息を吐いている。俺とソウはお互いに気付いて目の前の女の子達に気付かれないように小さく笑う。

「自己紹介は終わったみたいですね。私はこれで戻りますのであとは仲良くやってくださいね」

「はーい、わかりました」

 答えたのはソウではなく立花さんだ。ふっ、と微笑むと先生はそのまま部室のドアを閉めて出て行ってしまう。

「あ、私のことは美香って呼んでねっ」

「うん……。私も楓でいいよ」

「ん! わかったよ楓。よろしくね!」

「うん、よろしくね」

 そう言いながら永沢さんの手を取る立花さん。突然のスキンシップに驚きながら照れているのかかすかに頬を赤くして笑顔を浮かべている。女の子同士だと仲良くなるのが早いというかなんというか。

 そんな風に見ていると永沢さんと目が合う。するとさっきのソウの時のように半歩下がって距離をとられてしまう。立花さんと話していた時の穏やかな表情も消え、また警戒心全開な小動物のような視線を向けられてしまう。驚かせてしまったのだろうか。あまり警戒させないように視線をそらしていたのにプラマイゼロだ。

 俺は反省しつつ苦笑を浮かべる。逃げられたり隠れられなかっただけよかったかな。

 ぎこちない目配せをする俺たちを見て、さっきまで一緒にしゃべっていた立花さんはきょとんとしている。

「あー、とりあえず座って話そうか」

 気まずくなって永沢さんを部室の中央付近の机のほうへと促す。

 奥手の窓側に座った俺の向かいには永沢さんが座り、左隣にはソウ、その前に立花さんが座る。

「マコもこっち来いよ」

 ソウが教卓でパソコンと向き合っていた真琴に声をかける。真琴ははぁ、と短いため息を吐くと心底面倒くさそうな表情を携えながらみんなで集まる机のところまでやってきた。そして空いているソウの右側ではなく、わざわざ椅子を持ってきて俺の左隣に腰を掛けた。

 それを確認したソウがよし、とばかりに息を吐いた。

「んじゃ、さっきの話の続きでもするかな。結局夏休みは部活として集まるかだけど、俺はそんながっつりやらなくてもいいんじゃねぇかなって思ってる。集まっても部活らしいことはしないと思うしな」

 ソウの言う通り、この文芸部はこれをしなければいけないというノルマがあるわけではない。各々好きなことをしているだけの、ただのたまり場のような場所だ。

 真琴とソウは積極的に小説を書いているが、執筆は孤独な作業だ。周りに人がいようがいなかろうが関係ない。むしろ人がいれば集中力が削がれてしまって返って悪影響だったりするので一人のほうが良かったりするだろう。

 俺と立花さんに関しては基本的に持参した小説を読んだり、ほかの二人が書いた小説を読んだりするくらいで自分たちで小説を書いたりはしていない。俺に関しては去年の文化祭の時に販売した部誌にすら作品を掲載していなかった。読むのが専門になってしまっている。

 しかしながら――。

「ただ、まったく活動してないとなんか言われそうだけどな」

 俺の思ったことを真琴が無愛想な声で代弁してくれる。

 その通りなのだ。幽霊部員と今しがた入部してくれた永沢さんを入れても7人しか部員のいない、実質部の扱いですらない同好会のような部活であっても、まったく活動しないのは問題がある。この学校には厄介な校則があるのだ。

 この学校の生徒には例外なく部活動に所属することが義務付けられている。普段から集まって遊んでいる俺たち三人がこの部活を作ったのもそれが理由の一端になっている。

 そこまで考えて、ふと疑問が浮かび上がった。

「……あれ? そういえば永沢さんってほかに部活やってるの?」

「え……。どうしてですか?」

 少し身を引きながら若干俺のことを睨むようにして聞き返してくる。俺は何か悪いことでもしてしまったんだろうかと思いながらも続ける。

「いやさ、この学校って部活に入らなくちゃいけないでしょ? だからほかの部活に入ってたのかなって思ってさ」

「……いえ、部活には入ってなくて。それでどこか部活に入れって先生に言われたので」

 僅かな間の後、彼女は目を反らしながら答えた。

 彼女はいままでどこの部活動にも所属しておらず、そのことが先生や誰かに気付かれてしまって部活動に入るよう催促が来たと、そういうことだろうか。

 顎に手をやりながら考えていると、その隙に立花さんが声をあげた。

「文芸部に来たってことは、小説が好きなの?」

「書いたことはないけど、読むのは好き、だよ」

 身を乗り出して尋ねる立花さんに少し緊張しながら答える永沢さん。

 彼女も俺と立花さんと同じような感じらしい。そもそも小説を書くのが趣味という人はそれなりに珍しいだろうし対して驚きはない。

 ついさっきまで夏休みの予定を話し合っていたはずなのにいつの間にか新入部員への質問タイムになっている。

 しかしそれもいいだろう、と思いながら二人の後輩を見つめていると、俺の隣からぶっきらぼうな声が飛んだ。

「……夏休みの話どうするかさっさと決めてくんない?」

「あ、すみません」

 頬杖を突きながらそっぽを向いて心底どうでもいいと言いたげに真琴が言うと、立花さんがしゅんとしながら頭を下げた。

 ぶっきらぼうというか、もう敵意が込められているような気がしてならない。立花さんも怯えているというか、少し距離があるようなしゃべり方だし。

 もともと真琴は女子と仲良くするタイプではないし。中学の時からこんな感じだけど後輩に対してはもう少し優しくしたほうがいいのではないだろうか。

 苦笑いを浮かべながらも、あまり気まずくなってしまわないように俺は助け舟のつもりでソウに言った。

「週一回とかでいいんじゃないかな。それくらいなら今来てない間城も来れるだろうし」

「んー、週一だと少なくないか? もうちょっと回数増やそうぜ。せっかく楓ちゃんが新しく入ったんだし」

「じゃあ週二?」

「うんまぁ、そんなもんかな。どうかな?」

 そう言ってソウは後輩二人へと視線を向ける。

「私は構いませんよー。特に予定も入ってないので」

「……私は、お任せします」

 とりあえず二人の同意が得られる。続いてそっぽを向いている真琴のほうへ視線を送ると、好きにしろと言わんばかりに手で追い返された。

「んじゃま、週二で曜日は月木とかでいい?」

 ぐるりとソウが全員の顔を見まわす。俺たちが皆こくりと頷くとよし、とソウも満足げにうなずいた。

「じゃあそれでオッケーだな。ユサにも一応伝えとくか」

 そう言ってソウは制服のポケットからスマホを取り出してタタタと素早くタップして間城に連絡を取る。

 それを見た立花さんが首をかしげながら呟くように言った。

「そういえば間城先輩は今日もバイトなんですか?」

「そうみたい。ほとんど毎日バイトしてるからね、休みの日がいつなのかソウは知ってるんじゃないかな」

 スマホをいじっているソウに変わって俺が答える。するとスマホをいじっていたソウがフワッとした声をあげながら振り向いた

「んや、俺も知らん。あいつ掛け持ちしてやってるからな。休日は基本的にずっとバイトだし。何なら平日もずっとバイトしてる」

 すらすらと答えたソウは連絡を終えたのかスマホをポケットにしまった。

 前に聞いたことだが、間城がこの部活に入ったのはバイトをするためっていうのが大きいらしい。

 ちゃんとした部活に入ると拘束されて時間が無くなるからあんまり活動のない部活がいいと、俺たちが新設しようとしていた文芸部に入ってくれた。

 そんな俺たち会話を聞いているだけだった永沢さんをちらりと見れば、どうしたらいいかわからないのかきょろきょろしていた。

「……あぁ、えっと今話してるのは今ここにいない部員のことで、間城夕紗って言う人のことなんだ。俺たちと同じ二年生。」

 蚊帳の外に追いやってしまったことに罪悪感を感じながら説明する。

「あ、ごめんねー。なんかほかにも聞きたいことがあったら言ってくれていいからさ。どんどん聞いてね」

「……はい」

 俺とソウがしゃべりかけるとやはりどこか警戒しているような受け答えが返ってくる。わずかだけれど身を引いて距離を取ろうとしているし、どうにも緊張という感じではない。どこか真琴に近いものを感じる。壁や距離があるというよりも、ちょっとした敵意があるような、そんな感じだ。

 けれど、それを気にしても仕方ないと思ったのか、俺の幼馴染みは立ち上がった。

「じゃあ夏休みの予定はそんなんで決定な。もちろん必ず参加じゃないから休む時には連絡してくれればいいから」

 ソウが言い終わるとそれを解散の合図ととった真琴がさっさと立ち上がって教卓のところへと戻って行ってしまう。それをみてソウも俺も若干呆れ笑いを浮かべている。

「……そうだ、楓ちゃん連絡先教えてくれる?」

「あ、私も教えてー」

「あ、はい……」

 ソウに続いて立花さんもスマホを取り出して連絡先を交換し合っている。俺はといえば、真琴に向けてたははと苦笑を向けていたせいで反応が遅れてその輪に入り損ねてしまう。出来れば俺も連絡先くらいは交換しておきたかったんだが、とりあえずはいいだろうと思ってひとつ息を吐いた。

 そのさなか、連絡先を交換し合っている三人を見つめる。

 チャラ男のようなソウ。明るい立花さん。そして新しくここに来た永沢さん。教卓のほうに視線を向ければ真琴がパソコンに文字を打ち込んでいる。そしてそんな風景を見ている俺。バイトばかりでなかなか現れない間城。

 なんとも凸凹で不安定な部活だなと思ってしまう。まとまりがないというか、共通点がないというか。まだ新設されて一年、新入生も入ったばかりとは言え一つのグループとしては上等なものではないな、などと他人事のように思いながら俺は外を仰ぎ見る。

 夏らしい積乱雲に水色の空。まだ陽炎は揺らいでいないものの蝉の声は聞こえてくる。

 グラウンドを見ればサッカー部と野球部が暑い中練習に励んで汗を流している。

 外の景色は夏の色に統一されていて、まるでこの部室とは別世界のようだ。

 外はこれから温度が上がっていく未来を簡単に想像できるのに、部室内はこれからどうなっていくのか先が全く見えない。

 決して不安なわけではないけれど、これから何か変化があるのではないかという予感があったのは、季節外れの新入部員の存在の影響だろうか。

 もう一度部室の中へと視線を戻し、後輩たち二人を見つめる。相変わらずソウは人付き合いが得意というか、器用なもので。もう二人としゃべっていた。

 俺も積極的に話しかけたほうがいいのかな、なんて思いながらも結局行動に移すことはなく、俺はただしゃべっている三人を見つめる。

 立花さんがソウに向ける視線には好意にも似たものが含まれている気がする。ソウもそれに対して笑顔で接していてまんざらでもなさそうだし、近いうちに二人は付き合いだすかもな。なんて、また妄想が捗りかねないことを考えてしまう。

 夏は恋の季節。なんていう言葉を聞いたことがあるけど、俺はそういうのに縁がなさそうだな。

 憧れながらも自分には訪れないだろうなと半ば諦めて仲のよさそうな男女へと視線を向ける。少し遠目に見たそれは、やっぱり少し羨ましい。俺もそんな風に女の子と親しく接することができたら恋ができるのかな。そんな風に思いながら俺は視線を永沢さんへと向ける。しかしそうしたところで苦笑いが浮かんだ。いくらなんでも即物的だろうと自分を戒め、俺はまた視線を外へとむけた。

 外を照らす太陽のせいで目を細めなければ眩んでしまいそうになって、俺は少しだけ目を細めた。

 まだ見ぬ初恋に、わずかながらの希望を抱きながら。


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