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Primula  作者: 澄葉 照安登
第三章 淡くも確かなつながりを
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淡くも確かなつながりを 7

 土産物屋や食堂にドクターフィッシュなど、さまざまな看板の出ていた通りを突き進んでいくといよいよ江之島の内側が見え始める。駅のほうから見ただけでは山を背負っている小さな島という見てくれだが、本来江之島に来る観光客はお参りや神頼みといったものを目的として来ているものだ。有料のエスカレーターが設けられているのも、そう言ったお参りを目的とした人たちが急な階段を上らなくても済むようにとの配慮なのだろう。

 しかし、俺たちは文明の利器にあやかることなく自らの足で江之島に内包される三つの社を回ることにしていた。取材という名目なので、自分たちの足でいろいろ見て回るべきだとソウが言ったためだ。

 そして今俺たちはもっとも険しい段差であろう石段を登り切り、もっとも手前にある社の前に来ていた。

「ちょっと、二人とも待ってよ……」

 息を切らしながら前方にいたソウと間城ようやく追いついた俺は二人にに懇願するように言う。見ると、周りのみんなもそれなりの運動量を感じていたのか額に汗をにじませていた。

「ハル、まだ入り口だぞ? 今日は一番奥まで全部回るからな」

「いや、それはいいけど駆け上るのは二人だけでやってよ」

 急な坂道とはいえ、ゆっくり喋りながら登っていたのであれば俺を含めその後方にいた四人はここまで疲れてはいなかっただろう。

 ならどうして今こんな状態になっているのかというと、先頭にいた二人が後ろの俺たちのことも考えずにそそくさと昇って行ってしまったのが原因だ。

 俺たちはまたはぐれてしまわないように駆け足で登って行ったのだが、それを見た間城が何を思ったのか同じように駆け足で登り始め、ソウまでもがそれに乗っかりまるで追いかけっこでもしながら石段を登りきるという苦行を課せられてしまったのだ。

「みんなバッテバテだね~」

 おそらくこの状況を一番楽しんでいるのであろう間城がニヤニヤしながら膝に手を付く俺たちを見つめる。

「お前ら、ほんと馬鹿か……はぁ……」

 最後尾で額を流れる汗をぬぐいながら、呆れと疲れのにじみ出たため息を吐く真琴。俺も同じように文句を言ってやりたいくらいだった。

「っていうか、観光に来たのになんで運動部の合宿みたいなことになってるの……。もっとゆっくりでいいでしょ」

「いやぁ、なんか追われたら逃げたくなっちゃうじゃん?」

「味方から逃げるのはやめようよ」

 俺は呼吸を整えながらいまだに元気百倍の間城に向かって苦笑いを向けた。

「なんか、出だしから散々だなお前ら」

 ソウがあははと笑いながら間城の後ろから顔を出す。ソウも駆け上がってきた一人だというのに夏の暑さのせいで汗を浮かべてはいるものの、俺たちのように息を切らしていたりはしていない。みんな文化部のくせになんでソウだけ体力があるんだか。

「観光なんだから、ゆっくり行こうよ」

「まぁ、それもソウなんだけど、ユサが勝手に行っちまったからな」

 一度大きく息を吸い込んで呼吸を整える。普段から運動したりもしなければバイトなどで鍛えられているわけではない純粋な文化部の俺たちにとって階段ダッシュはかなりきついものだった。

「楓ちゃんと美香ちゃん大丈夫?」

 さすがに肩で息をする後輩二人が心配になったのか、間城が二人のもとへ駆け寄る。

「あ、私は大丈夫ですよー。なんか面白かったですし」

「私も、大丈夫です……はぁ、はぁ……」

 息を切らしながらも笑顔で答える立花さん。それに引き換え永沢さんは胸に手を当てて必死に呼吸を整えようとしていた。当然だろう。駅で集合した段階ですでに息が上がっていたというのにこの階段ダッシュだ。さらには先ほど軽めの昼食として買い食いをしていた。食事の後すぐに過激な運動をすると横腹がいたくなったりするが、まさに彼女はその状況だろう。

「ユサ、こっからはゆっくり行こうぜ」

「あーうん、わかってる。……ごめんね楓ちゃん」

 間城が苦笑いを浮かべながら永沢さんに謝った。彼女はいつもと変わらず気にしないでくださいというが、そんな疲弊した姿を見ていてはみな気を遣ってしまう。その状況を引き起こした張本人ともなればなおさらだ。

 間城は自身の悪ふざけを反省するように頭の後ろに手を当てていた。

「まぁ、少し落ち着いてから動こうぜ。別に時間は何とかなるだろうし」

 ソウが言いながら皆を観光客の邪魔にならないよう階段横の一角へと誘導する。

「今日一日この調子だと明日は動けないよ」

 俺は少し早くなって動悸を収めるために再度息を吸い込んだ。

 目の前を見れば社務所と書かれている大きめな建物が見える。そしてそのまま視線をスライドさせれば縄で作られている大きな輪に参拝堂。そしてそこに並ぶ多くの観光客が見えていた。

 現在時刻を確認してみれば二時四分。みな昼食を済ませて行動を開始したのであろう。石段を駆け上がってきた俺たちに続くように多くの観光客が参拝堂に並んでいく。

「……ソウ、あの縄は何?」

「ん? あれのことか?」

 呼吸が整ったので暇つぶしがてらにソウに訊くと、ソウは二人くらいであれば簡単に通り抜けることができるであろう大きな輪を指さす。

「なんか書いてあんじゃん。えーと」

 そう言いながらソウが身を乗り出してつるされたリースのような輪を支えている外枠を見つめる。

「自らの罪汚れを落として参拝しましょう。って書いてありますよ?」

 しかし答えたのは目を凝らしていたソウではなく、立花さんだった。

「あー、清めの何とかみたいな感じなのかな」

 そう言いながら俺も二人に倣ってその縄に視線を向ける。

 するとタイミングがいいのか悪いのか、その輪を潜り抜けようとしているのはカップルだった。俺たちよりも少し年上、社会人に見える男女が、輪のところに設けられて小さな段の上に二人して立つ。そして一、二秒待ったのち二人して息を合わせてその輪を潜り抜ける。

 清めの儀式のはずなのに、妙に甘ったるいなと思いながらそれを見てしまう。

「先輩! 私たちもあれやりましょうよ!」

「え、あれって、くぐるやつ?」

「はい!」

 立花さんが満面の笑みで言うと俺の手を取る。階段を駆け上がったせいか立花さんの手から感じる体温が熱く感じられてしまう。

「あ、いいけど……」

 そう言いながら、俺はちらりとソウのほうを見た。

 これはソウのほうに話を振ったほうがいいのではないだろうか。相も変わらず二人は付き合っているのかどうか定かではないが、それなりにいい関係であることも事実だ。もしも立花さんがさっきのカップルを見て同じような雰囲気を味わいたいということで提案したのであればここはソウに話を振るほうがいいはずだ。もしかしたらそういう風に遠回しにソウを誘いたくて俺に話しかけたのかもしれない。…………あー、それだったらなんてけなげで可愛らしいアピールだろう。お兄さん応援したくなるよ。

 自身の勝手な妄想のおかげで妙なやる気を出してしまったので、俺は笑顔で提案する。

「どうせならソウと一緒にくぐっ――」

「じゃあ総はうちと一緒にくぐろうよ」

「…………」

 俺がそう口にすると、まるでタイミングを見計らったかのように間城がソウの前に現れて言った。

「ん? まぁ別にいいけど」

「んじゃあ行ってくるねー」

 二つ返事でソウが了承すると二人で歩いてさっさと縄の前へと歩いていってしまう。俺はそんな二人を見送るしかできなかった。

「…………立花さん」

「はい? なんですか先輩?」

「ごめんよ」

「ふぇ?」

 いいパスを出すことができなかったので謝ってみるものの、立花さんはいったい何のことかと小首をかしげている。ああ、気を遣わなくてもいいんだよ。ごめんよ。

「とりあえず私たちも行きましょうよ!」

「え、ああ、うん」

 俺の失態などまったく気にしていないと言いたげな満面の笑みで手を引かれて俺は立花さんと一緒に縄のほうへ向かう。

「あ、真琴、ちょっと行ってくるね」

「行ってら」

 去り際に動きたくなさそうに石の柵に身を預けていた真琴に言ってその場を後にする。

 見ればソウたちはもうくぐり終えていて、俺たちの元居た場所へ帰ろうとしたソウたちと俺たちは選手交代と言わんばかりにすれ違う。

 俺と立花さんは縄のほうに並んでいる数人の列の最後尾絵と並ぶ。幸い、参拝堂に並んでいる客に比べて縄のほうへ並んでいる客は少なかったため大して待つことなく俺たちの順番になるだろう。縄をくぐるだけなので列の進みも早い。

「先輩、こうしてるとカップルみたいじゃないですか?」

「そうだね、さっきもカップルが一緒に通ってたしね」

 そんな風に先ほど見かけたカップルを探して視線をきょろきょろさせる。もしかしたら何か甘いイベントが起こっていたりしないだろうかとふしだらなことを考えながら。

「違いますよー。これですよ、これ」

 しかし立花さんが言いたかったのはそういうことではないらしく悪戯っぽい笑みを浮かべながら立花さんが自分の右手を上げる、それと同時に俺の左手も連動するように上がっていきそれを立花さんが笑顔で指し示す。

 立花さんの右手には、俺の左手が握られていた。

「あ、ごめん! 手繋いだままだったねっ」

 俺は慌てて未だ立花に触れたままだった手を離す。

「別に気にしませんよ? あ、もしかして先輩意識しました? しましたよね!」

「ちがっ…………」

 俺の反応を見て小悪魔じみた笑顔を浮かべて俺のことを煽ってくる立花さん。そんな風に煽られるとそんなことはないと口にすること自体が恥ずかしく思えてきて黙りこくってしまう。

 その反応を見てさらに立花さんがニヤニヤと頬をゆがめる。くっ、後輩にこんな風にいじられるのはなんか悔しい。けれど仕返しをするにしても何をしたらいいかわからない。どうすればいいのこれ。

 なんて思っている間に俺たちは最前列まで来ていた。列を滞らせてしまわぬように流れに従って俺たちは小さな段の上に乗る。しかし、この段は思っていた以上に小さく、二人で立つには肩を寄せ合わなくてはいけないほどに幅がなかった。

「……先輩っ」

「え? ちょっとっ」

 それをチャンスと見たのか、またも俺をからかうように今度は立花さんが俺の腕に抱きつくようにして小さな段に飛び乗る。当然、俺は立花さんの思惑通り心をかき乱されてしまい変な声を上げてしまう。

 そんな俺の反応を見てか心底楽しそうに笑う立花さん。これ以上からからかわれまいと俺は顔を逸らしながらほんのり上気してしまった自分の顔を冷ましていく。

 流れを乱してしまわないように数秒の間に縄をくぐると立花さんは俺の腕に絡めていた腕をほどいて俺から少し距離を取る。

「先輩って面白いですね」

「ははは、ありがとう……」

 喜んでいいのかわからず乾いた笑いを浮かべた。後輩との距離が近くなること自体は悪いことではないのだろうが、それでもこんな風にからかわれてばかりいるのはどうなのだろう。

 そんな風に思ってもうため息を吐くと立花さんがまた俺のすぐ横を陣取って言った。

「楓たちはくぐらないんですかね?」

 そう言われて俺は社務所の前で邪魔にならないように集まっている四人のほうに視線を向ける。見れば、珍しく真琴が永沢さんと何か喋っているようだ。そしてその永沢さんは何かを口にし終えると小さく嘆息している。明るい話という雰囲気ではない。何か相談でもしているのだろうか。

 不思議に思いながら俺は立花さんの質問に答えるべく口を開く。

「んー、永沢さんはいろいろせかされて疲れてるだろうしね。真琴もこの中じゃ一番体力がないだろうし、めんどくさいことしたくないだろうからしないんじゃないかな」

「まー、そうですよねー」

 そう言いながら立花さんは俺のもとから離れてタッタッタと四人のほうへと駆けて行ってしまう。俺もそれを追うように歩調を上げて真琴たちのもとへと帰還する。

「んじゃあ、みんな揃ってお参りして動き始めるか」

「おー!」

 俺たちが帰ってきたのを見たソウがそういうと間城がまだまだ有り余っている元気を声でアピールする。階段ダッシュしたばかりなのにつくづく元気だなと感心する。

 俺たちは先に歩き出したソウたちについていくように動き始める。毎度のことながらソウに引き連れられている俺たちは見方によれば金魚のフンだ。

 少し並んでいた参拝堂への人垣に紛れて俺たちも自らの番が来るのを待つ。さっきまでの名残でソウの隣には間城、その後ろにいる俺の隣には立花さん、そして一番後ろには真琴と永沢さんという並び順で並んでいる。

 人口密度と日差しのせいで余計に熱さを感じながら待っていると、ちょんちょんと俺の背中を誰かがつついた。振り返ると、真琴が人差し指を俺に向けていた。

「何、真琴?」

「……お前、いいのか?」

「へ? 何が?」

「……………………はぁ」

 主語のない言葉にわけがわからず疑問符を返すと、真琴が呆れたと言わんばかりにため息を吐いてしまう。

 いいって、いったい何のことがだろう。抽象的な言葉のせいで真琴が何に対して言っているのか、どんなことを意味して言っているのかが全く理解できずに頭にはてなマークが浮かび続ける。

 けれど真琴は何も言わずに呆れたようにため息を吐いているだけだ。どうしてだろうか。

 わけがわからず首を捻っていると、真琴の隣にいた永沢さんと目があった。しかし、避けるように逸らされてしまう。その反応に疑問を抱きまた首を捻る。

 結局、真琴が何を伝えたかったのかなど結局わからず、俺たちはお参りを済ませてゆっくりと歩き始めた。

 夏場の二時過ぎともなれば日差しが脳天を焼かんばかりに照り付けている。帽子をかぶっているわけでもない自身の頭を熱せられて視界に陽炎がちらつく。

 階段ダッシュのせいか、立花さんのからかいのせいか、夏の暑さのせいか、それともそのすべての影響か。真意のほどはわからないが、俺はハンバーガーショップで決意したことをすっかりと忘れ去ってしまっていることに気付いていなかった。


年末年始は休みなのでできるだけ毎日更新しようと思います。

感想や誤字脱字の指摘等ありましたらぜひ感想のほうへコメントしていただけると幸いです。

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