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Primula  作者: 澄葉 照安登
第一章 二人目の新入部員
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二人目の新入部員 2

「んで、夏休みに部活をどうするかって話なんだけど、どうしたい?」

 放課後。一学期の期末テストも終わって部活動の再開が許され、俺たちの所属する部活――文芸部の部室に集まっていた。部室といってもただ空き教室の中央付近に机を6個くっつけてみんなで話ができるようにしてあるだけの空間で、ほかの教室と違うところといえば教卓に古いノートパソコンが一台置いてあるくらいのものだ。

 そんな部室に主要部員の俺、真琴にソウ、そして新入部員である立花さんが集まったのを見計らって、部長のソウが口を開いた。

「夏休みの間この部室で集まったりするか決めてくれってことなんだわ。先生が一応その辺も決めといて報告してくれってさ」

 普段部活に顔を出さない顧問の先生からのお達しに少し面倒臭そうにため息を吐く。部長なんだから仕方ないとはわかっているものの面倒なことは面倒なのだろう。

「え、集まったりしないんですか? 私てっきり普通に部室で部活やるのかと思ってましたけど……。去年はどうしてたんですか?」

 そんなソウに不思議そうな顔で立花さんが疑問を投げかける。立花さんは今年から入部したこの部活唯一の新入部員だ。なので当然去年のことは知らないのだが、去年も別に大したことはしていない。というか……。

「去年は一度も部活はやらなかったんだよ」

 黒板の前にある教卓でパソコンをカタカタいじっていた真琴がキーボードを打つ手を止めてぶっきらぼうに言う。

 そう、去年文芸部は夏休み中に部室で集まることは一度もなかった。俺はソウと真琴とは個人的に集まって図書館に行ったりだとかそれなりに文芸部らしいことをしていたのだが、いかんせんこの部活は人数が極端に少ない。

そう思ったとき、俺の幼馴染みはぽそりと呟くようにいった。

「部員もちゃんと参加してるのはここにいる男三人だけだったかんなー」

 そう、この文芸部の部員は新入生の立花さんを含めても6人しかおらず、さらにはちゃんと部室に顔を出しているのは今ここにいるメンバーだけなのだ。

「もう一人たまに来るやつもいるんだけど、そいつはほぼ毎日バイトしてるからなかなかこないしな」

 ソウが付け足すように言う。

「あー、確かにそうですよね。私もほかの人が来てるところほぼ見てないです」

 天井を見上げながら記憶を手繰り寄せる立花さん。

「だから去年は夏休み中は学校に集まったことはなかったってこと。まっ、俺が無理やり入部させたようなもんだし仕方ないんだけどな」

 大して気にも留めないでいうソウ。立花さんの前なのだから一応カッコつけたほうがいいと思うんだけどな……。ソウは立花さんのこと好きなんだろうし。

 そんなことを考え始めてまた俺の妄想癖が出てしまいそうになっているとコンコン、と部室のドアをたたく音が聞こえて部室内の視線が一気に扉のほうへと集中する。

 ガラガラ、と学校の教室のドア独特な音を立てて部室の中に入ってきたのは、文化祭が近くならない限り極力部室に顔を出さない顧問の桐谷先生だった。

「……今日はこれだけですか?」

 教室を見まわして桐谷先生がソウに視線を向ける。ソウは立ち上がって桐谷先生のほうを向いて答える。

「まぁ、そんな感じですよ。どうかしたんですか? 珍しいじゃないですか顔出すなんて」

 別にどうでもいいけど、と最後に付け足してしまいそうな態度でソウが言う。

 ソウは別に先生のことを嫌っているというわけでもない。二人の仲が悪いわけでもない。ただお互いに不干渉というか、相手のことに興味がないのだ。ソウからしたらただ利用できそうな先生だったってだけのことだし。

「頼んでおいた話はどうなったのか聞きに来たんですよ。あともう一つ用事があったんですけど……」

 そう言って桐谷先生はもう一度部室の中を見回した。

 もう七月で夏休みも近いから前もって日程の希望を確認しに来た。それはまだわからなくもない。しかし、もう一つの用事とは何だろう。その疑問は俺だけでなく真琴や立花さん、ソウも同じだったようでみんなして先生と同じように部室内にいる人に視線を向ける。

 桐谷先生が部活の話をするときはたいていソウを経由して部員に伝わる。そのため用事があると言ったらソウに話すのが通常なのだが、どうやら今回はそういうことでもないらしい。ほかの部員に用事でもあるのだろうか。部活のことではなく先生の担当している現代文の授業のこととか。期末試験は終わったばかりでまだ答案も返却されていないのでそのことではないだろうとは思うけど。

「夏休みの予定は今みんなで話してたことろっすよ。直接ここで話していきますか?」

 俺が思考を巡らせているとソウがとりあえず今すぐ進められる話題から片付けようと思ったのか口を開いた。

「いえ、一度席を外します。あとでもう一度来るのでその時に夏休みの話をしましょう」

 しかし先生は必要最低限の受け答えだけするとそのまま部室に入ることもなく出て行ってしまった。

「……なに、今の」

 ソウが珍しくきょとんとしている。まぁ気持ちはわからなくもない。というか俺も間の抜けた表情をさらしていると思う。

 部活中にほとんど姿を現すことのない顧問の先生が珍しく現れたと思ったらいまいち中身のない受け答えだけして姿を消した。

 夏休みの予定を早く決めろという催促に来たわけでもないらしい。もしそうなら今この場ですぐ決めてしまうのが最も効率がいいとあの先生は判断するはずだ。あまり言葉数が多い人ではないけどやるべきことだけはきっちりやってくれる先生だし。

 そうなると誰かを探しているってことになるが――。

間城ましろに用事があったんだろ」

 そう思いを馳せた時、真琴がこの話はこれで終わりとばかりに結論付けてまたノートパソコンをいじり始めてしまった。

 間城とは、この部活のメンバーの一人で、ついさっき話に出てきたバイトばかりしている俺たちの同級生のことだ。今年に入って部室に顔を出した回数は片手の指で足りるくらい。桐谷先生ほどではないがあまり部活のメンバーという感じはしない。

 しかし、それも仕方のないことだ。そもそもこの文芸部は去年、俺たちが作った部活なのだから。

 部活設立に必要な人数をクリアするためにクラスの中で仲のいい人を適当に誘って、その時に名前だけ貸してくれみたいな感じでとりあえず最低ラインの五人を集めたのだ。そのため今では二年生男子の俺たち3人が集まる場所のような感じななってしまっている。

「まぁ、ユサに用事があるなら明後日の授業の時にでも先生が話しかけるだろ」

 ソウも真琴の結論に付け足すように言って腰を下ろす。

「結局夏休みの予定どうする?」

 教卓の前でパソコンを鳴らしている真琴はほっといてソウがしゃべりだす。

「桐谷先生が後で話に来るって言ってたけど、今決めるの?」

「いや、とりあえず案だけまとめとこうかなって思ってさ。いつ戻ってくるかもわかんねーし、っていうか戻ってくるかもわかんねーからさ」

「あー、確かに」

 あっけらかんと言うソウに苦笑いで納得してしまった。

 間城を探しに来たという真琴とソウの予想があっているのであれば、わざわざ戻ってくることもないかもしれない。

「んで、結局どうしたい?」

 そう言ってソウの視線が立花さんのほうへと向かう。俺もそれにつられて立花さんのほうへ視線を向ける。

「私ですか? えーと、できるならたまにでいいので集まったりしたいなーって思います。夏休み暇になっちゃうので」

 えへへ、と苦笑気味に微笑んで立花さんは答えた。

 彼女はなんとなくそんな風に答えると思っていた。俺もソウと真琴がいなかった夏休みに遊んだりするような相手もいないだろうし、大して中身のない夏休みになりそうだ。俺って友達少ないななんて思っているとはたと思い至る。

 これってもしかしてただ単純にソウと一緒にいる時間増やしたいだけなんじゃないか? いやでもそんなことしなくても付き合ってるんだったらいつでも会えるからいいような気が、もしかしてまだ付き合ってない? お互い両思いで、だけどまだ告白してないから付き合ってないみたいな感じか。付き合う前の両想いってやつなんじゃないかこれ。え、なにそれ青春。

「まぁ、そうだねー。俺もみんなに会いたいし」

 ソウがそんな風に言うものだからまた俺の脳内に燃料が注がれる。

 いや、それはみんなじゃなくて立花さんにってことでしょ。俺らと真琴となんていつでも集まれるじゃん、つまりそういうことじゃん。っていうか絶対この二人両想いじゃん。その空間に俺ら必要ないじゃん、俺と真琴いらないでしょ。ここで俺たちが席外したら告白とかしないかな。放課後二人っきりの部室で告白とか興奮するシチュエーションじゃんッ。

「……陽人。ちょっとこっちきて読んでくれ」

「……はぇ?」

 そんな具合で俺の妄想が加速してきたところで真琴がノートパソコンを打つ手を止めて俺の名前を呼んだ。

「え、あ、ああ。わかった」

 あまりに突然のことで加速していた俺の妄想に急ブレーキがかかり一気に頭が冷え始める。

 真琴が俺のことを呼んだのを不思議に思いながら教卓のところへ向かう。普段はこんな風に書き途中の小説を俺に読ませたりしないんだけど、どうしたんだろうと思いながらディスプレイをのぞき込む。

「ここ」

 真琴が指さしていたのはさっきまで書いていたであろう小説の本文、ではなくその本文から3行ほど改行した先のところだった。

 真琴の指先を見つめてみれば、そこには『落ち着け。』とだけ書かれていた。

「…………」

 俺は一瞬固まってソウと立花さんのほうを見た。

 ソウと視線が合って不思議そうな顔をされたけどすぐに立花さんのほうを向いてまた会話を始めてしまった。

「……ちょっといい?」

 俺は真琴にそう言ってからノートパソコンに文字を打ち込んだ。

『気づいた?』

 慣れない手つきの俺がそう打ち込んで真琴のほうを向くと、真琴は素早いタイピングで文字を打ち込む。

『にやけてたからすぐに』

 打ち込まれた文字を読んで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。真琴にまた助けられてしまったのだ。

 俺は、ソウにはあまりこういった妄想の話したりしていない。隠しているわけではないのだが、これを知っているのは今のところ真琴だけだ。幼馴染のソウは知らなくて、中学からの付き合いの真琴が知っていると言うのもおかしな話だが、これにはわけがある。

 中学に上がるときにソウは引っ越しをした。一軒家を購入したソウの家族はほんの数十メートル先、俺の家から橋を越えたところに引っ越したのだ。

 ほんの数十メートル先の家に引っ越しただけだったのだが、俺の家は市の境目付近に建っていて、川が市の境目になっていた。そのため川を越えたところに一戸建てを購入したソウの家族は隣町の住人となってしまって同じ中学校へ進学することができなかったのだ。

 そして俺の妄想癖は中学2年の後半から出てきたもののため、そのころ学校内で仲の良かった真琴のほうは俺のそういった一面をよく知っていて、他校へ行ってしまったソウは俺のそういった一面をあまり知らないというわけだ。

『そんなわかりやすい?』

 俺は改行してからそう打ち込むと。真琴は無言で頷いた。

 心の中で申し訳ないと呟いて小さくため息を吐いた。

 別にこの妄想癖を隠しているというわけではない。別に男同士ならば気にしないどころかそういった話をしたいとすら思う。しかし、妄想の対象が目の前にいるとなると話が変わってきて、中学のころそれで相手に嫌な思いをさせてしまったことがあったので、それ以降妄想の対象相手、特に女子のいるところでは妄想を垂れ流してしまうのを自制しようと思ったのだ。

 しかし、妄想が簡単に止まるはずもなく、俺自身にできることはせいぜい言葉に出さないようにするくらい。それでも表情に出てしまうのは抑えようがなく、こうして真琴に助け船を出してもらうことが多々あるのだ。

 せめて女の子の前では自制できるようにしよう。ノートパソコンに打ち込んだ真琴との会話をバックスペースキーを長押しして消しながら俺は心に誓う。

 するとコンコン、と部室のドアをノックする音が響いた。

 桐谷先生が帰ってきたのだろうか。まさか本当に戻ってくるとは思っていなかったのでドアのほうを見つめて桐谷先生かどうか確認しようとしてしまう。

「陽人、消しすぎ」

「え? あっ、ごめんっ!」

 扉のほうに意識をとられていたせいで俺と真琴の会話部分だけではなく真琴の執筆中だった小説の本文まで少し消してしまった。

「ほんとごめんっ、見てなくてっ」

「戻せばいいだけだから気にしなくていい」

 そういいながらパソコンを操作していく。ばつが悪くなってしまって真琴の操作するパソコンを見ているとガラガラ、と部室のドアが開いた。

 部室に入ってきたのは桐谷先生。本当に戻ってきたのを目の当たりにして少なからず驚く。

 それは俺だけではなかったらしくパソコンを操作している真琴以外の俺を含めた3人は桐谷先生のことを見ていた。

「失礼しますよ。取り込み中でしたか?」

「あ、いや、何でもないです」

 先生の視線に晒され反射的にどもりながらそう答えてしまう。

「そうですか。ならよかった」

 そう言うと、先生はソウのことを見た。解放されてホッと胸を撫で下ろして俺も視線をノートパソコンへと戻す。パソコンのディスプレイにはさっきまでの俺たちの会話までしっかり復元されていた。

「夏休みの予定の話、でしたっけ? とりあえず今のところ――」

「すみませんが、その前に一ついいですか?」

 視線を向けられたソウが口を開くと桐谷先生は珍しく言葉を遮った。

 一瞬固まったソウがふぅ、と一つ息を吐くと桐谷先生のほうへ手の平を向けて話の主導権を譲った。

「それでは……どうぞ」

 そう言って桐谷先生は部室の中ではなく廊下のほうへと声をかけた。

 桐谷先生の行動に訳が分からず俺たちはただ桐谷先生のほうをじっと見ていた。

 そして次に桐谷先生が発した言葉でようやくその行動の意味を理解できた。

「今から新しい仲間です。仲良くお願いしますよ」

 桐谷先生に促されて一人の女生徒が部室へと足を踏み入れた。


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