表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Primula  作者: 澄葉 照安登
第三章 淡くも確かなつながりを
29/139

淡くも確かなつながりを 6

 橋を渡り切り、がやがやとした雑踏で声を大きくしなければ会話をするのも難しくなってしまった。

「とりあえず、みんな食いたいもんがあると思うから、いろいろ見て回るか」

 ソウが振り返らずに声を張り上げてみんなに言う。

『はーい』

 間城と立花さんが声を上げる。ようやく江之島にたどり着いてワクワクしているのだろうか小さくスキップしている。

 俺たちが雑踏を縫いながら進んでいくと、真っ先に目に入ってくるものがあった。

「しらすアイス」

 それは本当にアイスなのかと言いたくなるような単語が目に飛び込んでくるが、県外から来たわけでもないのでこの地域のしらすの押し方を多少なりとも知っているのでそこまで大きな驚きはない。

 江之島に限らず、鎌倉に関してもいろいろなものにシラスが使われていたりとシラス押しの強い地域だ。

「先輩、食べたいんですか、あれ」

 と、俺のつぶやきを聞いていた立花さんが引き気味に呟いた。

「いや、目に入っただけだよ。どうせなら普通のバニラとかがいい」

「まぁ、そうですよね」

 そう言いながらしらすアイスなるものの味を想像してみる。しかし、簡単には想像できない。というかしらすってアイスにするものじゃないと思う。

「そう言えば、真琴も色々食べるって言ってたけど何食べるの?」

そう言いながら最後尾にいる真琴に声をかける。

「これ」

 そう不愛想に言った真琴を見ると、その手には白いソフトクリームが握られていた。

「え、いつの間に買ったの」

「今買ってきた」

 そう言いながら真琴は買ってきたソフトクリームをぱくっと口に含む。

 いつもと変わらず無表情で食べているのでおいしいのかおいしくないのかわからない。けれど、無表情ながらにぱくぱくと食べ進めている姿を見るとおいしそうに見えてきてしまう。

「それはバニラ?」

「しらす」

「えっ」

 おいしそうに食べているように見えていたそれの正体を知って唖然としてしまう。しらす、しらすアイス? それ食べてるの?

「なんだよ」

「あ、いや、それおいしいのかなって……」

 俺の思っていることが顔に出ていたのだろう。真琴が怪訝そうな瞳で睨んでくるので聞いてみた。

「食う?」

「……………………」

 真琴に訊かれるが、素直に首を縦に振ることができない。

 俺はじっと真琴の手にあるソフトクリームを見る。さっきまではただの白いだけのアイスだと思っていが、よく見るとしらすらしきものが見え隠れしているのが見える。それを見てさらに警戒。そしてまたじっくりと観察。

 人間、未知のものに遭遇したときはこんな反応になってしまうものらしい。自分に害があるかどうか、気のすむまで観察。

 しかし、観察しているだけではその実態はわからない。ましてや食べ物なんて食してみないとどうかなんてわからないものだ。

 売り物にされている以上毒は入っていない。真琴だって食べてるし。

 ならば、少しでも興味があるのならば食べてみるのが一番手っ取り早い。

 そう思った俺は若干の恐怖を感じながらもそれを食してみることを決意する。

「ひ、一口だけ」

 そう言った俺の目の前にしらすアイスなるものが付きだされる。

 一瞬躊躇してしまうが、自身の愚かしい興味に誘われるままに一口、それを口に含む。

 口にした瞬間、アイスクリームのひんやりとした感触が舌に広がる。がしかし、次の瞬間、口にしたものが本当にアイスクリームだったのかと疑問を持ちたくなるほどの衝撃が襲い掛かってくる。

「しょっぱ!? え、なにこれ!? え、甘っ」

 俺の舌が感じたのは、アイスクリームに期待すべき甘味ではなく、塩を舌に着けたかのようなしょっぱさだった。しかし、衝撃はそれだけでは終わらない。塩の味を感じたと思ったら次は尋常じゃない甘さを感じる。直前までしょっぱかったせいもあるのだろうか、ただただ甘い。とてもアイスを食べているという感覚ではいられない。二段階の味の攻撃、そしてそれに加えて、本当にアイスなのかと問いたくなるようなもったりとした舌触りが襲い掛かる。それのせいでたった一口食べただけだというのにその何とも言えない不快にすら感じる甘さが口の中に残り続ける。

「先輩、大丈夫ですか?」

 暴れたりはしていないものの、青い顔をしていた俺を心配そうに、そして少し引き気味に見ながら尋ねてくる立花さん。なんと言葉を返そうと口に残っている妙な重みを感じるソフトクリームを飲み込む。

「んっ、はぁ。…………」

 何とか飲み込むことに成功する。しかし、すぐさま言葉を発することができない。あまりの衝撃に言語能力が一時的に低下してしまっているようだ。

「…………真琴……」

 俺は例のソフトクリームを差し出してきた友人を信じられないものを見るような目で見つめる。

「よく、おいしそうに食べれるね」

 正直、まともに食べられるようなものではなかった。

 ソフトクリームに期待すべき何もかもが削除されたソフトクリームだった。たぶん、生クリームを分離させて塩を大量に混ぜ込むと同じようなものが出来上がると思う。

 そんな、誰もがしでかさないようなミスで作り上げられているような食べ物だった。

「別に、そんなまずくない」

「……嘘……?」

「嘘じゃない」

「…………」

 今度は、絶句だった。

 俺が絶句している間も真琴はその手に持ったしらすアイスをパクパクと口にしている。……真琴、味覚大丈夫かと言いたくなってしまうが、口が動かない。そんな俺を見かねてか、真琴がフォローを入れるように付け足してくれた。

「まぁ、うまいかと言われたら美味くはない」

「だ、だよね」

「次食う時は絶対頼まない」

 どうやらおいしそうに食べていた真琴も気に入っていたわけではないようで少し安心した。味覚は人それぞれだとは思うが、さすがにこれを大好物と言い張られたら理解を示すことができない。

「そんなにおいしくないんですか……」

 俺たちのやり取りを見ていた立花さんが嫌そうな、けれど興味ありげな視線を向けてくる。

「立花さんも買ってみたら」

「嫌ですよ! そんな先輩見て買いたいと思うわけないじゃないですか」

 まぁ、それもそうだろう。美味しい美味しいと言いながら食べていたのならば食べたいと思うだろうが、俺は若干グロッキーだし、真琴は二度と食べないと言っている。そんなものをわざわざ買ってきたいと思うわけはない。

「でも、食べてみないとわからないよ?」

 しかし、俺と真琴だけがこの苦しみを味わうというのも納得いかない。こういうものはみんなで仲良く散るものだろう。なので彼女の背中をそれなりに押してみる。立花さん自身ずっと興味はありそうなので少し押せば食べてくれそうだ。みんな仲良く苦しもう。

「それもそうですけど……んー」

 俺の逆恨みにも等しい後押しを受けて唸り声をあげる。そしてしばらくそうしたのち、彼女は声をあげて言った。

「原先輩! 一口ください!」

「嫌だ」

 立花さんが言うなり、真琴は寸分の間もあたえずに断った。

「えー、いいじゃないですかー。一口でいいので」

「嫌だ」

 手を合わせて頼み込む立花さんだが、真琴の答えは変わる気配はない。まぁ真琴はそういうよね。

 そんな真琴の反応をどう解釈したのかはわからないが、立花さんがいたずらっぽい笑みを浮かべてからかうように言った。

「もしかして、間接キスとか気にしちゃってます~?」

 その言葉に、俺がドキッとしてしまった。なぜかなんて簡単だ。そういうの大好きだから!

 間接キスっていいよね。恋人未満の関係でもまだ許容範囲内と言えなくはない唯一と言っていいキス! たとえ頬だろうが異性にキスするのは抵抗がある。けれど間接キスであればふとした瞬間に、ちょっとしたハプニングとして起きてしまうことすらある! そしてそれを自覚してお互い顔を赤くしながらちょっとぎこちなくなるとかね!! うわなにこれマジで最高。にやけそう。

 そんな風にテンションが上がっていくが、口の中の不快な甘ったるさに現実に引き戻される。くっ、しらすアイスめ。普段の妄想ならそこからさらに二人が意識して少しずつ距離を縮めていくところまで妄想できるのに。いや、もうすでにできてるなこれ。

 現実と空想のはざまで右往左往している俺とは違って、真琴はいたっていつも通りだった。

「他人の食ったものに口付けるとか、無理」

「……原先輩って潔癖症なんですか?」

 そう尋ねた立花さんだが真琴は答えを口にすることなく代わりにもうすっかり少なくなったアイスを口にする。

「真琴、俺には食わせたのに」

「男は別に気にしない」

「やっぱり間接キス気にしてるんじゃないですかー! かわいいー」

 また立花さんがからかうように言う。しかし真琴は照れたり焦ったりすることなく「はぁ」とため息を吐いた。

「陽人、口直しに何か買ったら?」

「え、あー、うん。そうする」

 からかう元気が残っている立花さんと違って、俺はいまだに自分の口に残った違和感と戦っていた。それを見かねた、真琴がそう提案してくれて俺は目の前にあったしらすアイスの看板が出ている店で普通のバニラのソフトクリームを買おうと体の向きを変える。

「お前も、なんか買ってこいよ」

 そう真琴が声をかけたのは、また気を遣っていたのか単独行動をしようとはしなかった永沢さんだった。

「え、あ、はい」

 真琴のおかげで自分のための買い物ができる大義名分をもらった永沢さんが返事をしてあたりを見回す。食べたいものでも探しているのだろう。

 そんな彼女に気を取られて俺が視線を向けていると、そんな俺を見ていた真琴に気が付いた。

「……二人で行けばいいだろ」

 ぶっきらぼうに、興味なさそうに真琴はそう言った。

 真琴がそんなことを言うのは少し意外で絶句とまではいかないが呆気に取られてしまう。

「え?」

 そう思ったのは永沢さんも同じだったのか驚きの声を上げていた。

 今のはつまり、俺と永沢さんの二人で買いに行ってこい、ということだろうか。そう思って視線が真琴へ、そして永沢さんへ向かう。

 永沢さんも同じようにしたのだろう、俺と永沢さんの視線が交わる。それがなぜか照れくさくて反射的にそらしてしまった。

「あ、わ、私。コロッケ買ってきますっ」

 照れ臭かったのは永沢さんも同じだったのか焦ったような声とともに、俺の横を風と共に通り過ぎて行ってしまう。

「あー、俺も買ってくる」

 なんとなくいたたまれなくなってそんな風に言って目と鼻の先にある出店に向かう。永沢さんは少し離れたところにあるコロッケと看板の出ている出店のほうへ向かってしまっていた。

 その後ろ姿を追いかけてしまってまた恥ずかしさがこみあげてくる。それをかき消すように早足に目の前の出店へと向かった。

 足を動かし始める瞬間、またしても俺の真後ろから真琴のため息が聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ