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Primula  作者: 澄葉 照安登
第三章 淡くも確かなつながりを
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淡くも確かなつながりを 3

 取材と銘打たれたお出かけの当日、集合時間よりもかなり早く到着した俺たちは昨日の約束通りに駅前のハンバーガーショップで昼食をとっていた。

「今日はちゃんと寝れたみたいだね」

 四人掛けのテーブル席で俺の正面でハンバーガーにかぶりつく幼馴染に向かって言う。

「あったり前よ! 今日取材してそれを今日の内に書かなきゃいけねぇからな」

「なるほど……」

 じゃあ明日は寝不足で半日は舟をこいでいるのだろうなと思ったが、口にはしない。

「たっぷり寝貯めしたから今日は徹夜だな」

 あきれ顔の俺とは違って、ソウは心からワクワクしていると言いたそうな満足げな表情だ。少しチャラついた見た目のソウがそんな顔でそんな発言をすれば、今日は一晩中どこかに行って遊んだりするのかと思ってしまいそうになる。その実彼は今日一日を小説を書くために使うというのだから人は見た目で判断してはいけないという言葉を体現しているなと思えてしまう。

「総はいつもそればっかりだよねー。せっかくの青春時代が白黒になっちゃうよ」

 このメンバーで唯一の女子である間城の明るい声が聞こえてくる。その声の主はハンバーガーのセットの乗ったトレーを両手で持ちながらソウの右隣りへと腰かける。

「俺の青春は小説に捧げてるからな」

「本当に小説ばっかりだね」

 ニッと誇らしげな笑みを浮かべて言うソウに向けて、俺と同じような苦笑を浮かべる間城。

「もっと青春しよー! とか思わないの?」

 間城がポテトをつまみながら首をかしげる。

「んー、俺は青春してると思うけどな……。ユサの言う青春ってどんなの?」

「そりゃもちろん恋とかいろいろあるじゃん。せっかく新入部員が二人も入ってそれらしいことが起きてもおかしくないのに、そんな小説ばっかでいいの?」

「別にそんなことが起きるわけないだろ。なぁ、ハル」

「え……。あー、ソウダネー」

「なんで片言?」

 別に意識したつもりはかけらもないのだが、俺から発せられた言葉は感情がこもっていない機械的な声になってしまっていた。

 だって……ねぇ? ソウはこの部で唯一そう言った色恋沙汰が起きそうな立ち位置にいるわけだ。ソウは立花さんと普段から仲良さげにしゃべっている。それはもう先輩後輩の垣根を飛び越え友人よりももっと親密な関係であるかの如く。正直二人は付き合っているのではないかという疑問も何度浮かんだか覚えていないほどだ。普段から立花さんも口を開けばソウの話ばかりだし、ソウも立花さんとしゃべるときは声のトーンが一個あがって楽しそうだし、むしろこれで二人が付き合っていないとかありえない気がする。

そしてさらにソウには永沢さんのことを体を張って助けたという実績がある。それに関しては俺も参加しているが、カッコよく立ち向かったのはどちらかと言われればソウのほうだろう。俺はただその場にいて立っていただけ、相手に向かい合っていたのはソウなのだから。正直、あんな場面を見せられれば惚れてしまってもおかしくはない。そう、俺の幼馴染は三角関係になっていてもおかしくはないのだ!

つい昨日間城が俺に誰と付き合っているのか、とからかい半分でメッセージを送ってきたが、それは本来ソウに向かって送るべきだったのだ。反応がどうとかではなく、はっきりさせるために。そしてはっきりしたならもっとのろけ話を公にしてくれはしないだろうか、あわよくばいい雰囲気になっている二人を遠目に見ることができないだろうか。

そんな無粋な期待をしてもう数週間。いまだにそれらしい決定的なものを見つけることはできないない。

いうなれば、鈍感主人公がヒロインの気持ちに気付かず今このメンバーでいる日常を大事にしよう、とか言っているようなものである。ヒロインの気持ちを考えるとやるせない気持ちになってくる。早く気付いてあげてよ。

俺の妄想の世界でソウが鈍感主人公へと変換されていたせいでソウに向ける視線が呆れを通り越して残念なものを見る目になっていた。

「なんか、ものすごく嫌な視線を感じるんだが」

「あ、ごめん。ちょっと妄想と現実の区別がつかなくなってて」

「それはかなりやばい奴だぞ」

 自覚はあるので口にしないでいただきたい。ともあれ、ソウ自身には高校生らしい青春の気配は漂いまくっているわけだ。しかしながら、当の本人はというと。

「でもまぁ、俺は小説に一途だからな」

 などと誇らしげである。んー、じれったい。

 今まで真琴くらいしか俺の妄想癖について詳しく知ってはいなかったため、ソウ相手でもそれなりに気を遣って自分を落ち着けようと心がけていたわけだが、この夏になってからというもの、これまでもソウに妄想癖気付かれていたということがわかってからはいつも一緒にいる男三人組では気にしなくなってしまっていた。

「まっ、総はいつも通りだけど。……松嶋もいい性格してるよねー」

「あははー……忘れてください」

 そして間城に関してもそこまで気にならなくなってしまったためこの四人でいるときはブレーキの壊れた車のように減速という言葉を見失ってしまっていた。とはいえこんな風に女子に注目されてしまえば人並低喉羞恥は感じるもので、俺はそれを隠すために自身のトレーに乗っているハンバーガーにかぶりつく。

「松嶋は結局誰かと付き合ってたりしないの? ほら、楓ちゃんとかさ」

「はぇ? なんで?」

 今はソウの話が続くとばかり思っていたので素っ頓狂な声を上げてしまう。

「いや、なんでって。花火大会の時、なんかいい感じだったんじゃないの?」

 頬杖を突きながら間城が俺に尋ねる。

花火大会の時、俺と永沢さんがいい感じだったかと聞かれても首を縦に振ることはできない。もちろん横に振ることもできないが、間城の言う青春という意味には当てはまらないと思う。だから俺は間城と同じように頬杖をついて天井を見上げる。

「別にそういうのじゃないよ。あれは何て言うか、部活の仲間としてみたいな感じだし」

 あの日も一日考えて、答えが出るまで悩んで、それでようやく自分の中で結論が出た。俺が永沢さんを気にかけていた理由は同じ部の仲間としてだった。守らなくてはいけないという義務感に似たものだった。だから、

「間城の言う青春とは、ちょっと違うんじゃないかな」

 部活に真剣に取り組むことも青春と呼べるだろうが、間城の言う青春は恋愛のことだ。だから違うと答えた。俺の中に、恋愛感情はないから。

「えー、なんかいい感じだったじゃん。そういう話じゃないの?」

「そういうのじゃないよ」

 そう言いながら愛想笑いを浮かべる。

 俺は今も昔も変わらずに恋に憧れを抱いている。だから、もしもそういった出来事があるのならば、経験ができるのならば、そう思わずにはいられない。けれどやっぱり自身の身にそういったことは訪れてはくれないのだ。

 何年も前からずっと憧れ続けている恋や運命なんて言うものは、俺の前には現れてはくれない。

「なーに言ってんだよハル。そんな照れることないって! 付き合ってんだろ?!」

 ソウがいつもの調子で俺をからかってくる。その言葉をそっくりそのまま返してやりたいが、それもするりと躱されてしまうのだろう。だから俺は少し頭を使って、間城が食いつきそうな言葉をソウに投げ返した。

「付き合ってないよ。ソウは今二人の女の子から言い寄られてるんじゃないの?」

「え!? どういうこと総!!」

 案の定、間城が思いっきり食いついてきてくれた。その表情は驚きと、なぜか焦りにも似た何かが混じっているように見受けられる。

「え、ちょ、ハル何それ! そんなことかけらもないんだけど!」

「総詳しく!!」

 ソウが普段からは想像できないような焦り方をしているので効果は覿面。俺のほうへと向いていた話題の矛先は一気にソウへと向けられた。まぁ、誰と誰が付き合っているとかいう話よりも、三角関係のほうが話題としては大きいから当然と言えば当然だ。

 自身の妄想力を初めて有効活用できた気がして少し誇らしい気分になる。これを執筆にもいかせたらもっといいだろうな。などとどうでもいいことを考えながら手に持っていたハンバーガーを置いた。

「お前ら、そういう話好きだな」

 すると俺の隣でただ一人、会話に加わらず手元のスマホに視線を落としてゲームをしていた真琴がようやく口を開いた。

「まぁ、みんなお年頃だからね」

 俺がそう言葉を返すが、俺たちの向かいに座っている二人は俺の投げつけた一言のせいでこっちに気付いてすらいない。二人の様子ははた目から見ると痴話げんかをするカップルだ。

「真琴はそういう話興味なさそうだよね」

「他人のこと気にしても仕方ないだろ」

「まぁ、そうだよね」

 そう言いながら俺はソウと間城を無視して、真琴に倣ってスマホのアプリを起動させる。

「そういえば真琴は今レベルいくつなの?」

「150」

「うわ、カンスト……」

 ゲームのロード画面で待っている間に雑談として真琴に訊いてみると予想以上の答えが返ってきて驚いてしまう。

 もともと真琴がやっていたので俺とソウも始めたゲームではあるが、真琴がそこまでやりこんでいるとは思わなかった。俺なんて真琴の半分くらいのレベルにしか達していない。

 ようやくロード画面が終わり、ゲームのホーム画面に移行する。するとポンとお知らせが画面いっぱいに表示される。

「あ、そういえばイベントやってるんだね。真琴はもうやってるの?」

「全部終わった」

「えっ。イベントっていつからやってるの?」

「先週の金曜」

 だいぶ前からやっているらしかった。先週の金曜ということはもう1週間以上たっているということだ。

「ちなみに終わるのはいつ?」

「来週の金曜」

 来週の金曜、つまりは八月三十一日。八月いっぱいまで。本来ならば丸々2週間あったはずなのに今日はもう土曜日だ。

「間に合わなそうだなー」

 そう言いながらもイベントの画面へと進む。イベントのシナリオがあるが、今読むわけにはいかないので適当にスキップしてしまう。

「ガチャだけでもやれば?」

「んー、なんかいいのキャラクター出たの?」

「水着」

「あー、水着か……」

 別にキャラの衣装とかを重視していない俺からするとあまり魅力を感じなかった。俺たちがやっているゲームはよくあるキャラクター同士が戦うRPGゲームだ。そのため別に水着である必要はないと思ってしまう。かっこいい武器やら防具やらならば魅力を感じないこともないのだが、水着となるとあまり……。

 本気でゲームをやっているわけでもないので性能がどうとかも気にすることもないので、今回は少しだけやろうと思ってバトル画面に移行していた俺のスマホを操作する。

「運試しで一回やってみ」

「んー、わかった。これ終わったらね」

 そう言いながら操作を続ける。シナリオ上のバトルなのであまり難しくはない。

「真琴はガチャ回したの?」

 俺が訊くと隣の真琴がピタッとゲームをする手を止めてうなだれてしまう。

「最高レアだけでない」

「あー、そうなんだ。課金はしたの?」

「これ以上したら金がなくなる」

「………………まじ?」

 無口な親友はこくりと頷く。その背中には哀愁にも似た何かが見て取れた。真琴、なぜそんなになるまでやってしまったんだ。

 俺は若干引き気味に真琴から視線を正面へと移すと、さっきまで痴話げんかを繰り広げていた二人が何やらしゃべりながらハンバーガーをかじっていた。落ち着いたようで何より。

「陽人もやれ、そして爆死しろ」

「いや、そんな本気でやってるわけじゃないから」

 そう言いながら俺はバトル終了の文字が浮かんだ画面をタップする。

「限定だから今しかない。回せ」

「真琴怖い。恨みみたいなのこもってる。……とりあえず一回ね」

 俺は真琴に言われた通りガチャ画面へと移って期間限定と書かれているガチャをタップする。一回だけで引くか、十回連続で引くかで二つのボタンがあるが、連続のほうが時間もかからないし一枚はそれなりのレアが確定らしいのでそれで回した。ちなみにこれを回すと俺は後二回しかガチャを回せない。どれだけこのゲームをやっていないかがわかってしまう。

「今回の限定って、真琴の好きなキャラだったりするの?」

「一番好きなキャラ」

「あー、それは残念というかなんというか」

「限定だから今やらないと……、銀行に……」

「真琴それはやめたほうがいい」

 このままだと俺の親友が大変なことになってしまいかねない。そう思いながらガチャ画面を連続タップでスキップして何か新しいのが出たか見てみる。見ると10個のアイコンの内一つに水着を着たキャラクターが表示されていた。

「…………真琴、これって」

「なんだよ」

 意気消沈している真琴にスマホの画面を見せる。

 すると真琴は目を見開いてしばらく硬直して、さび付いた機械のようにカクカクとした動きで俺のほうを見る。その瞳には底知れない闇のようなものが感じられる。

「……当たった?」

 俺が恐る恐る訊くと真琴は立ち上がり、一言口にした。

「銀行行ってくる」


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